イラスト3枚追加&発作的な長文

手術終わってT村去るまでの三日間核心的な話を何も出来ないまま留まっていた龍一について考える絵

 

首の後ろむんずって掴むのも中々だよねっていう絵

ところで1枚目と2、3枚目の間には20Pの漫画が挟まってます。
明らかに何かこう一歩〝掴んだ〟感覚があるなと…カメラを引けるようになったというか…

 

やっぱ龍太郎のこういう地の人格の「ケアに秀でた部分」って、その道に価値を見出した最初のきっかけは覚悟キマったオヤジの背中だけど、実際会話して対人態度に影響を与えてきたのは専らナースの母親ともっちゃんだったっていう生育環境のバランスによるのかなって。

こう、今から急に男女論の話をするんですが、ここ最近時系列バラバラで見かけた話題の集積として
1.「女子トイレに男児を連れて入らないでほしい、多目的トイレを使えばいいのに」
2.「男子トイレに子供用のベビーチェアやオムツ交換台が無くて困る」
3.「旦那に赤ちゃんや小さい子を任せたら考えられない危険な扱い(食べさせるものや風呂の温度、出先で一人にして目を離す等)をするので任せられないという嫁の愚痴」
4.「アメリカの研究で女性医師にかかった患者の方が救命率が高いという研究結果が出た。理由は女性の方が患者の話をしっかり聞くから」
あたりを治安の悪いXのおすすめ欄で見かけたんですよ。最近のインターネットはより一層男女論で吹き上がってるところがありますからね。

で、この辺の主観の強さ弱さや根拠の薄さ濃さ入り混じった主張をざっくりまとめると「男は女に比べてケアに向かない」というのが社会的なイメージとしてあるんだなと。

(※と、言っても上記の話題があったことは事実ですが世の中には逆の意見や別の意見もあるはずで、今これらを上げたのは話をまとめるために統一性が出る関連トピックしか挙げていない私の恣意性と、そもそもそれを見せてきたXのフィルターバブル効果の二重検閲がかかっているので話半分に聞いてください。)

上記の話題に対しての個人的な見解をまとめると、
1に関しては多目的トイレに該当する個室がないトイレも多いし、2に関しても働く男と育てる女という社会規範が長くスタンダードだったことと店舗側のコスト判断の結果そうなってしまっていることはある程度仕方ない面もある、また未だに母親の方が子供の面倒をみるという役割分担の家庭は主流だし、3のような意見もあるので、
1は「未就学児とかなら仕方ないじゃないの…」
2は「そうだね」
3は「怖。でも落ちかけたり車が突然突っ込んできたりって場面で通常考えられない反射速度で子供を守るパパの映像集とか見た事あるから危機感度の強化部分が違うのかも。予防と対処で」
4は「そういうこともあるかも」
と思っています。

勿論なんにでも例外はあるし、こういう主語のでかい話というのは不毛だと基本的には思うし、私がかつてお世話になって一生感謝してるお医者様も男性だったし、出勤中脳貧血っぽくなって電車でしゃがみこんじゃった時に席を替わって座らせてくれたり荷物をいったん預かってから持たせてくれたり停車駅でベンチまで一旦電車降りて付き添ってくれたりと親切に介抱してくれた周りの人たち全員男性だったし、経験から考えてやはり実際は必ずしも性質を男女で分けることは出来ないと思うんですが。

しかしここで考えたいのは、少なくともフィクションとしての概念的な「男らしさ」というものを考えた時に、それは確かに「ケアする」方向には向いてないよなと思うんですよ。

こう、「男らしく」「他人を守る」という構図を描写しようとすると、「他者を背に庇い自分は敵と対峙する」という感じが「男性的」「父性的」であって、守るべき他者に向き合い注意を向けて変化によく気づいて世話をするというのはむしろ「男性的だった男に訪れた柔らかな変化」的な文脈で描写されることが多いかなと思うんです。

で、そうしたナラトロジーがもしかしたらしようと思えば普通に伸びたかもしれない男性における「ケアのスキルツリー」を伸ばさない社会構造を作り出し母数として得意不得意を有意に分けさせる、ということもあるかなというね。

で、K2の話に戻るんですが、K2っていうのはブラックジャック+北斗の拳なので(言うほどマガジン時代よりは北斗の拳してないと思うけど)、「医者として患者のケアをする立場」と「男らしさ」を両立する必要がある話なんですよ。そういうキャラクター設定だから。
男らしい登場人物が患者の異常に気付き問題を解決できるのはどうしてか、というと「能力がすごくて物凄い医療知識があるから」千里眼のように気づき、例え千里眼には及ばなくとも真摯に患者に向き合えるのは何故かというと「その道を自分は歩むのだと心に決めており、その責務に真面目だから」。

つまり医者という職業選択があって、その役割に真摯であろうとする研鑽が他者への真摯なケアの眼差しを生んでいると。
他者を救う、そういう特殊な職業に従事する人間だから、その責務を全うするために患者の些細な変化も見逃さぬよう注意し、全精力を傾けて治療にあたるよう心掛けねばならないと。
K2に登場する〝良い医者〟のスタンダードというのはそういう「覚悟ガンギマリの医者」であり、在野のすばらしい医者がめちゃくちゃ登場し、それが光の医療漫画、とよく言われる所以であるわけですが。

しかしたまに暗黒面に堕ちた医者も描かれるわけです。臓器移植手術の第一人者でありながら移植臓器の不足を嘆き、クローン臓器組織の協力者として闇の世界に足を踏み入れてしまった相馬教授や、功を焦った自身の医療ミスを隠蔽するため婚約者の麻上さんに濡れ衣を着せようとした鴨川純一や。
現実でも「闇のK2」と不名誉な呼称をしばしばされているT田くんなんかの医者が存在するわけです。

そういう〝悪い医者〟と、前述の〝良い医者〟を生んでいるロジックというのは実は表裏一体だと思うんですよ。
要するにどっちも主語が「自分」で完結しているんですよね。「今の力不足の自分が許せない」という向上心が優秀さを生む一方で、その許せなさの向く矛先が「自分の能力」ではなく「自分を評価しない環境」や「自分の能力はあるのに発揮できない環境」に少しずれただけでとんでもなく性質の悪いエネルギーを生んでしまう、そういう危うさがあると思うんです。

例のT田くんも明らかに向いてないのにやたらと脳の手術をしたがったのは、脳外科医が一番外科界隈で権威があり、かつ手術実績が無いと認定が受けられないから。
明らかにやらかしまくってるのに中々処罰されないのは(最近は裁判等で進展があるようですが)、国家資格である医師免許というのはそれだけ強力だから。また、そこを断罪しちゃうと他にも存在するあらゆるグレーな部分も問われてしまう事になってくるから(普通の市井の人間は一也の〝お初〟になりたがった村人のようにペーペーの研修医の練習台になりたがりなどしないが誰にでも初めてはあるので実際生贄は必要であり、オーベンがフォローして結果オーライになるだけでこっそりと練習台に誰しもがなる可能性はある)。

で、男らしくも心優しかったこれまでの診療所メンバーは皆、物語開始時点で観察眼も能力もすごかったドクターKに感化され、今の己を変えたいという責任感から進んで師事し、自己の向上に励み、見事立派な医者になって巣立っていったので、「今日からここでお世話になります!自分変わりたいっス!」みたいな現状を変える熱いパッションが一切感じられない龍太郎を麻上さんが初め「ハズレじゃないですかあの研修医?」と感じてしまったのも仕方ない面はあると思うんですが。
加えてそれが龍一の「責任感がまるでない」という下馬評を証明するような態度に見えたのも相まってね。

しかし私は会社で今後のキャリアプランとかを定期的に問われるのとかが大っ嫌いなんですよ。要するに「どうなっていきたい」みたいな利己心がないと真面目に仕事しないだろうみたいな、だからちゃんと仕事するために自分の問題でしかないそういう希望を持ちなさいみたいな、そういう理屈がめちゃめちゃ嫌いでね。

それが必須ではないだろ? 自己実現への熱い欲求がある=いい仕事をするではないだろ?と。
実際口でなんか理想論語って「どうなっていきたいです!」って意欲抜群の発言ばっかで蓋開けてみればお前なんもしねーな!? なんか成果出したか!?みたいな人間は世の中の組織にゴロゴロいるわけですよ。
つまり関係ないんですよ結果とは。それより重要なのは向いてるかどうかじゃないですか? やるのが人間である以上はそこに向いてる人間と向いてない人間っていうのがあり、その向き不向きを決定付けるのは結局本人の性格だと思うんですよね。
根本的に他人のことが考えられない人間っていうのはいますよ。そういう人がいくら意欲を燃やしたって向いてない仕事や分野っていうのはあるわけです。三つ子の魂百までと言いますが、もうその資質というのはキャリアじゃなく生育と人生経験で培われた人間性だから。
でも人間何にでも取り柄があるものなので何かが出来ない分他の何かが出来たりするわけです。

で、医者の適正っていうものがそういうパッションであるとはどうしても思わないんですよ。何故なら前述の表裏一体問題があるから。
現状を何とかしたいパッションに能力を与え、鍛えて、それが飛天御剣流で暗殺繰り返した緋村抜刀斎にならない保証はありますか? アナキン・スカイウォーカーにならない保証はありますか? 相馬にならない保証は? 実際一郎と村井もちょっとライン越えしたじゃないですか。そこの分かれ目ってどこにありますか?

あってもいいし、良いことではあるけど、あくまで個性の範疇じゃん。そういう人ってだけだよね。もっと大事なことがあるよね。それが何かって言うと難しいけど…みたいなモヤモヤを抱えつつ、しかしK2は前述の通り男らしさとの両立を果たしてきたのもあって麻上さんの言う通り「みんな」が自己実現への希求の先に成長していく作品だったから、やっぱそこがスタート地点なのか? それがスタンダードなのか?ってところに、龍太郎が「自分の現状を変えるパッションよりは圧倒的に不安の方が強いが、素で真面目さと他者をよく見てケアする性格を備えているので成果をあげまくる」っていう活躍を見せたので、やるやんと。

なんかこう〝正しい〟と思うんですよ。そういう役割じゃなくたって、人のことを考える人は考えるし、親切にする人は親切にするじゃないですか。冷静に。
そうすることが自分を導く使命だと自負しなくたって、素の人間が極めて善性で、他者への慈愛を備え、真面目さを持ち、ちゃんと正規のルートでストレートで国家資格を取れるほどの能力があったなら、放り込まれた先で遭遇する患者を根こそぎ発見して連れてくるようになるんですよ。
良い医者である要件は自己意識の高さじゃないんです。やっぱ真面目で優しくて良い人間であることなんですよ!
真面目なら関わった仕事には最後まで責任持つし、優しければ言われなくても他人に気を配るし、尚且つそこに知識があればその様子の原因に気づくし、良い人間なら自分の利益なんか一切無くたって熱心に奉仕するんです!! しかもエネルギー源が利己じゃないから暴走もしない!!
聞いてますかオヤジさん!! あんたの嫁がやる気なくても関わった人間のケアを初めからちゃんとする女だったように!! 表面上の態度関係なく向いてる人間というのは存在するんですよ!! そういうところをちゃんとあんたが見てればなー!!(いつまで蒸し返すんですか?)

龍太郎をそういう、なんていうんですか、「こういうキャラもこの世界において存在できるんじゃん」っていう革命的な存在だと思ってるんですけど、うまいこと言えない上に誰も同じこと言ってないので同じような話を何度もしている。自分の解釈通りの作品が自分で描いたものしかないのでめちゃめちゃ二次創作もしてしまう。
イレギュラーすぎるので今後どういう着地をするのかもまったく読めない。とりあえずこれもbotのように何度も言ってますけど組織運営には向かないタイプだと思うんで親の病院には戻らないで欲しいんですよね~。一兵卒で患者さんを診まくることに専念した方が絶対いいですよ。逆に斎藤さんの方がバリバリ体育会系の闘争心バリ高人間なので向いてると思う。
要するに彼女は男らしい。一方龍太郎がイレギュラーとして自己実現欲求から解放されている所以は、男らしく優しかったこれまでのレギュラーと違って男らしくあらなくてもいいキャラクターなのがかなり大きい気がする。女性二人に専ら育てられて途中で男らしさという「しんかのいし」が使われなかった結果、ちっちゃい頃のがそのままでっかくなった感じで他人にピュアに親切できる印象がある。

しかしこんだけ語っといてそもそもなんですけど、K2っていう漫画は考察が不要な漫画だと思うんですよね。私がたまに発作のように考察厨になるだけで、作品としての作劇を綺麗に描き切るから、なんかこう上記の男らしさとケア性の両立、龍太郎のイレギュラーさ、とかも私が勝手にそう思ってるだけで実際どういうつもりで描かれているのかっていうのは話がうますぎて全くわからない。

とりあえず今はずっと気になってたもっちゃんが再登場したので続きがめちゃめちゃ気になります。
少なくとも龍太郎への言及ぐらいはあると思うんですが。どういう距離感で今はどうお感じになっておられるのか…!?

マジで龍太郎が登場するまでは、無料開放で面白~と思って読みだした純粋な読者だったのに。君のせいで…俺は…俺は普通だったのに…君のせいで今大変なんだから…。

ずとたろ←いち漫画一本追加

悪い夢

20ページ一丁あがり!(キマった目)

いやでもマジで漫画描くのが一番画力のレベルアップを感じます。
今なら何でも描ける気がする(※気のせい)

ペン入れという工程がずっと苦手だったんですがようやくコツをつかんできたかも!
要は線は細ければいいというものでもないし拡大して描き過ぎない方がいいし別に強弱はそこまで気にしなくてよくて、あとは慣れでした…やっぱりね…理論よりも最終的にはね…

あとコマの背景はどの程度白くてよくてどの程度なんかあった方がいいのか若干掴めてきた。
ありとあらゆる素材を使いまくりました。楽しくて。大体なんでもあってすごい。
この10ページ目とかやばいです、森も素材だし屋根も素材だし土台も素材だし草も素材だし壁も床もモップの柄の木目もジーパンの縫い目もすべて素材です無料の。神か?

話の内容としてはイシさんが話してた説が実はあっているという若干SFな話でした。

つまり龍太郎in高総が背景に花を背負いキラッキラ輝いていたのは龍一ビジョン。
現実の高総時代は陰からもっちゃんとわちゃわちゃしてるのを覗き見ててさ…面と向かうと何話していいか分かんなくなってさ…高圧的になっちゃってさ…でもトラウマ封印の楔にするほど重い存在でさ…思い出が溢れて泣いちゃうほど大好きでさ…その思い出もまともに構えてた小さい頃の記憶ばっかでさ…そんなこの世の特異点が立派に白衣着て自分の前に立った時、直視できないほど眩しいと感じる意識がどこかにあったんじゃないかと思うわけ…
意識の上では自他境界があいまいで医者としての自分へのストイックさやKを看取らなかった自責の念を碌に見もしてない龍太郎に転化して勝手に焦燥を募らせ落第判定していたとしても…(龍太郎は許しているが私は許していないのでいつまでもネチネチ言う)

でもうっかりログインした神代一人のせいで龍一成分100%のドリーム龍太郎に神代一人成分が混じりだし、龍一は知らないはずの「熊」というキーワードを出したり初対面って設定のはずなのに神代一人が熱く後方師匠面で語り出したりしてもう大変~という。

しかし主導権はあくまで主体の龍一なので本人登場により奪い返されました。神代一人のNTR顔。
いやでも現実でも寝取って夢の中でも寝取るなんてあんまりですからね。龍一からしたらオレの夢で何してくれてんねんという話ですよ。
ていうかなんで一緒に寝てるんですか?(作画コスト削減のためです)
でもこの二人なら楽しいからとか寒いからって理由だけでワンチャン一緒に寝てそう(風評被害)

あと「おはよー…ございます」はKAZUYAのこと話した翌朝に龍太郎が言ってたのでその記憶が出典でしょうね。あれマジかわいくない? おそるおそる入ってきたというのもあるけど、最初にオヤジが目に入って肉親相手にございますつけるかちょっと迷ったでしょ? ていうか最後にオヤジにおはようって挨拶したのいつ? 怖…

「だって~」とかも漫画の中でイシさんに言ってるシーンがある、ので滞在中イシさんに言ってるのを見てたみたいな。ていうか夢の中の龍太郎のかわいい顔はK村滞在中わだかまり解けてからの数日リラックスするようになった龍太郎がイシさんとか先生にいつも通りの顔を見せるようになったのを自身も精神の霧が晴れた状態で横で見て「えっ…オレの息子かわっ…えっ…えっ…?」ってカルチャーショック受けたのが影響してるみたいな。
で、その姿が自然と己の日常に存在する「何も間違えなかったIF」をうっかり夢見てしまったみたいな。

フラグメンツってエロ漫画の「夢だね。今よりもっとマシな人生があったんじゃないかって悪夢」ってセリフが大好きなんですが、そんな感じです。

でも龍太郎が龍一にあんな顔しない以上に龍一があんな風に龍太郎に接せられないじゃん実際には?という事実によってこの話はおしまいです。お前はダメなオヤジだ。愛を与えなかった罪を愛を傍に置けない罰で償いつづけるがいい(龍太郎高総戻るな委員会)

死印の小説一本追加

勝利の美酒

※ゲーム内容のネタバレ注意!

ひっそりとフロントページ下に貼ってあるyoutubeリンクでゲーム実況始めたんですが、一本目の死印をめでたくクリアしました。
そして世界観とキャラクターが気に入ってしまったので気づけば流れるように二次SSを書いていたのだった。
やっぱ創作が一番やってて楽しいなあ!
でも創作というアウトプットをするためにはその手前にインプットが必要なのであった。何事も同じ一個だけをし続けるということは不可能なのですね。

それにしてもゲーム実況、滑舌だけじゃなくて喋る時の言葉の出やすさとかにかなりの効果を感じているので是非続けたいところです。
要するに独り言なんですが、他人を拘束せず喋る訓練がしたいなと思っても独り言を言うキッカケというものが無いと中々出来ないものでしてね。
本をひたすら音読するのもすぐ疲れるし。
その点ゲームは読み上げだけじゃなく状況変化に対するリアクションもすることになるので、反射的な頭の部分も使うことになるのが良いのかなと。
安住アナも学生時代アナウンサーになるため、道を歩きながらすれ違う人の様子とかをブツブツ実況しながら歩くことで話す力を鍛えたって言ってましたし、予測できないものへの言語化能力っていうのはやっぱ実際そうすることでしか鍛えられないのかなって。

で、そうはいっても楽しくないとする気にならないので面白いゲームを探しつつの実況。
もはやそういうプラスアルファのメリットがないとゲームを消化できないさもしい精神性になりつつあるので積んゲー消化にも寄与。
聞き返さないと改善点が分からないので録画。
誰も見てないとしてもネットに公開するというスリルによって改善の必要性増。

完璧な計画だ…。(なんの?)
ちなみに録画のためのキャプボはUGREENの4K&パススルー機能つき4500円のやつ繋げてるんですが全然問題ないですね。FPSとかの激しく動くゲームとかだともっと良いスペックが要求されるんでしょうけど、そういうのはやんないしね!
動画編集ソフトもググるとなんかメジャーな有料ソフトを揃って挙げてくるんですけど、Win11にデフォでついてくるclipchampってやつで全然事足りました。ほぼ撮って出しで、たまにカットとかテキスト挿入とか音量調節出来ればいいし。
いい時代になったもんですね~。

やっぱ社会生活を送る限り、仕事を筆頭に「口使って喋る」って行為からは逃れられないのでね!
それがうまく出来なきゃ場合によってはナメられるし。
嗜好としては一日中テキストの世界で生きてるだけで十分幸せなんですが、そうも言ってられないので趣味の延長で向上出来たらいいなというところです。

でも言うてテキストの方にもいい影響がある気がする。
あまりに長年インターネットにどっぷり浸かりすぎて、生身の人間性がテキストから置き去りになることによって私のピクシブのキャプションはあんなにもキモい感じだったのではないでしょうか?(でしょうか?)
創作品は別として、自分の言葉として言語化するときはテキストであっても薄っすらと「この言い回し肉声で言えるか?」という視点を持って良しとしたいものですね。おわり。

もうコーヒーをやたら凝った淹れ方する動画と色混ぜる動画しか見たくない

嘘。もうちょっと色々見てる。

コーヒーやたら凝った淹れ方するチャンネル①

このBGMと共にチョコの上からコーヒー注いで溶かすだけのショート好き。チョコがちゃんとホールインワンするのか固唾をのんで見てしまう。

コーヒーやたら凝った淹れ方するチャンネル②

始め「高そうな道具ですねカメラか何かですかな?😄」って見てたらコレ全部コーヒー淹れるためだけのギミックなのォ!?と度肝を抜かれたショート。このチャンネル以外にもめっちゃこういうエスプレッソマシンギミック動画見つかる。わけがわからない。この繊細なからくり仕掛けの細い針みたいなのでくるくると粉を整えることは本当に合理的なのですか? もはや茶を淹れるという生活的行為を越えた儀式性を帯びてはいませんか? ディープすぎる世界。私はOXOのほっとくとドリップしてくれるコーヒーメーカーでコーヒー飲んでます。(お呼びじゃないんだよ帰りな)

色混ぜる動画①

 

どの色もきれ~😙って幼児みたいな心の喜び感じる。

色混ぜる動画②

こっちは粘土版。このバージョンは色もキレイだけどそれ以上になんか破壊衝動が満たされる感じがしていい。

以上心の中の幼児性が満たされる動画でした。疲れた時とかにオススメです。

ずとたろ漫画一本うpした

ノーマルブラッドユーティリタリアニズム

舞台装置としての新幹線のような何か。

作品ページにも書きましたがユーティリタリアニズム=功利主義です。
最初「ノーマルブラッド」だけにしようかと思ったけどいまいち芯食ってないなと思って、要するに功利主義だよなと思って英訳調べたらわりと長めな単語だったせいで厳ついタイトルになった。

親の背中を見て子供なりに「無私で他人のために奉仕するってすごいことなんだ、尊いことなんだ」っていうことを理解して医者を目指してからというもの、その過程が龍太郎自身に与える自己肯定感とかは一切なかったし比較されてばかりで自信もまったく持てなかったし良いことなんて全然なかったんだけど、しがみついてここまで来たのは何故かと言うと初めからその動機の焦点が自分のためではなかったからという。

「敷かれたレールに従って医者になっただけの何も考えていない甘ちゃん」と辛辣にこき下ろしつつも「人を救いたいという生得があると信じたい」という第一印象からスタートして、徐々に見どころあるなコイツとなっていって、そういう生得があるのはもはや疑いようがなかったんだけども、むしろその生得だけでここまで来たヤツなので極論を言えば人を救えるなら医者でなくても可だったという事実を目の当たりにして何とも言えないリアクションをするカズトが見どころ。

ちなみに作中で龍太郎が興奮気味に話してるおじいさんは実在の人です。定期的に枯れ専疑惑を持たれる高品龍太郎。
以下引用元↓
献血で240万人の赤ちゃんを救った黄金の腕を持つおじいちゃんが人生で最後の献血を終了 – GIGAZINE

実際そこまで純粋な奉仕精神だけによって医者をやっていくって他の環境だと色々難しそうというか、派閥や金勘定のはびこる薄汚い俗世のホスピタル事情の中では潰れちゃう可能性も大いにあったと思うので、強火思想の一人先生のところに来られて本当に良かったなあって。
するべき話を一切してないとか碌に見もしてないのに最悪の前評判だけ残して押し付けていったとか文句を言おうと思えば無限に言えるとはいえ、一人先生のとこに預けたことそれ自体は龍一が龍太郎にしてやった唯一のいいことだよ。(47巻のカズトがお膳立てしてようやくしてやった諸々はノーカンだよ!!)

そして自分の所に転がり込んできたそういう珍しい善性生物が「育てるべきお弟子さんをお迎えになった」と指摘されるほどカズトにとって育てがいある適正だったというのがエモい。こういうのがタイプだったんだ…って無限に味する。すくすく育てよ。

ずとたろ漫画描いてる

最近絵画技法書を手あたり次第読んでみたり実写で落書きしたりしてたおかげか、合ってるかはともかく色んなアングルとか服のシワが前より明らかにスイスイ描けるぜ!修行の成果が出ているぜ!

ただこの後控えてるペン入れがつら…苦行…助けて…

小説の字下げされてなかったの全部直した

 Wordpressのデフォルトだと文頭・文末のスペースを勝手に投稿時に消去してくるらしく!
 そうしないようにするにはプラグインのとこでチェック一個入れるだけだったんですけども!
 気付いてなかったから!! でも気づいちゃったから!!
 全部!! 全部直した!!! 小説ページのやつ全部!!!!(顔を覆う)
 作業的には決してチマチマスペース入れるとかじゃなくpixivからコピペし直して更新するだけだけど! 量が! 量がああああ!!
 でもおかげで遥かに読みやすさが改善しました。読みにくい状態で読んでくれた人すみません。

 ところで結構前から色んなジャンルを書き散らかしてきてるわけですが、こうして総括して見るとなんかやっぱ一貫性があるなと思いました。なんとなくの傾向が見えますわ萌えに。
 フォーカスするところがそのジャンル内ではメジャーどころだったりマイナーどころだったりするけど並べると何となく共通した雰囲気あるみたいな。おもろ。

K2(小説)にずとたろ一本追加

冷暖房

K先生のプライベートテリトリーに「お疲れ様でーす」って人類史上初の気楽さで入ってきて30秒経ったら人類史上初の関心なさで「おじゃましましたー」って出ていくフリーダム研修医のくだりがお気に入り。

先生のそばでもリラックスして好きに振舞うけど「暑くてもここに来たいからもう少し涼しくして」とか相手に要求しないで「自分にとっては暑くなっちゃったから来ない」をアッサリ選択する龍太郎の未練なさに「薄情だな」とか思っちゃうカズト。

自分の部屋に来てニコニコ話しかけてくる龍太郎にロクに表情も変えなかったくせにそう思っちゃう。
人間…!

龍太郎のせいでバグってめちゃめちゃ〝人間〟してしまうカズトというのがめちゃめちゃ萌える。
逆に龍太郎は前Xで言ったけどコレ。

奉仕に身を捧げる人生を何の見返りも求めず目指す無私精神が突き抜けて私人としてはでっかい子供みたいなとこがある龍太郎が好き。

まだ12人の怒れる男の話する

 まだまだ味がするから!!!!(※細かい内容からラストまで踏み込んだ話もしているので未見の方はネタバレ注意)

 この12人の怒れる男、トータルで皆何に怒ってたかって言うと「真面目にやれ」だったと思うんですよ。
 最初はたった一人、怒りというよりは仄かな憤りを抱いているというような、穏やかな口調で8番の男が議論の終了に待ったをかけます。
 この後ナイターがあるんだよと鬱陶しがる男にも滔々と落ち着いて会話する。

(吹替)
「じゃあなんで無罪に手を挙げたんだ?」
「確信があって挙げたんじゃないんです。ただ、一人の少年の生死を話し合いもせず簡単に決めていものかと思って」
「俺がおっちょこちょいだってのか?」
「いえそんな」
「オレは真っ先に手を挙げたよ? 奴が有罪だと信じてるからだ。たとえ百年話し合ってもオレの気は変わんねえぜ」
「あなたの気を変えようと言うんじゃないんです。……これは人間の命の問題です。簡単に決めて、もし間違っていたらどうします?」
「そんなことオレが知るかよ、そこまで責任は持てねえよ。オレは好きで来たんじゃねえんだよ」
「でしょうね」
「時間をかけたからってどうなんだよ。人殺しは人殺しだ。変わりはねえだろ?」
「話し合いましょう。ナイターまでまだ時間はあります」
「(肩をすくめて折れる)」

 しかし、その後「いいとも。どうせ時間つぶしだ。とっておきのジョークを…」とニヤニヤしながら話し出したじいさんにはキッと睨み付けて「私は真面目に言ってるんです」とマジギレ。初ギレ、初怒りです。
 野球好きおじさんは態度こそヘラヘラしてて自分のことしか基本考えてないものの、他人に割ける僅かなキャパシティで一応自分なりの考えってものを少年に関して持った上で疑問をぶつけてくる。それに対して、ニヤニヤ偉そうな方のおじさんは端からマトモに思考を割こうとすらしてないですからね。

 この「私は真面目に言ってるんです」という怒りこそがすべての怒りのスタート地点です。
 みんな始めは「な~に分かりきったことを今更…w真面目な顔して…w」というノリだった。それが話し合いを続けていくうちに、次々と「真面目にやれ!!」とマジギレする側に回っていく。
 人間がどうでもいい他人の命、人生のために〝マジ〟になっていく過程を描いてるんです。それはつまり『正義』の話ってこと…!!

 で、いきなりラストの話しますけど、こうやって皆で蒸し暑い室内で汗掻きながら直接話したこともない赤の他人の少年のために赤の他人同士で白熱した議論を重ねて自分の良心と向き合って、その結果「無罪で満場一致する」以上の何かが起こるわけではないところが良い!!
 最後の最後、ミスマープルポジだった最高齢のおじいさんが追いかけてきて、「お名前は?」と尋ねる彼に8番の男が名乗り、おじいさんも名乗り、お互い握手し合う。それだけ。
 握手が済んだ後別に他に何があるわけでもないのでおじいさんは「それじゃ、さようなら」とアッサリ別れを告げ、8番の男も「お元気で」と見送って別れる。それだけ。それがいい!!
 だって彼らは自分という人間のためにあそこまでマジレスを交わし合ったわけじゃないから。自分と社会の間に交わした正義のために、あくまで平等な一票の重さでもって、最初から最後まで個の責任においてそこに参加していただけだから! 別にそこから友達付き合いが始まるわけでもないし二度と会うこともないでしょう!! ただそれぞれが軽やかに雨上がりの空の下裁判所前の階段を下りていくことが出来る、後に残るのはそれだけ!! かっこよすぎる!!

 また主人公の8番の人の抑制が効いた表情が本当にイイんですよね…。
 常に理性的で…でも決して何も感じてないわけじゃないことが端々からわかって…。それは優しさとか陳腐なことじゃなくて、もっとこう義侠心というか…一番印象的なのは一番最後に退出する時、皆で議論を重ねたその室を、卓を、しみじみと一度だけ振り返って眺める仕草です。
 〝思うところがあるんだな〟ということはハッキリと分からせる。でもそれが具体的にどういう感情なのか、型に落とし込めるような派手な感動は見せない。ただじっと何かを思っている。
 これこそ抑制ってやつですよ…。渋すぎる…。

 ところで話は変わりますが吹替が素晴らしいですねこの映画。というかアマプラの字幕が自動翻訳の字幕しか無くて酷い。
 もしこの映画字幕で見たら全然面白くないと思う! 絶対に吹替でしか見て欲しくない!!

 特に良い翻訳~と思ったのは下記の「公算が強い」って言い回し。

(吹替)
「分かるんじゃなく可能性が高いと言ってるんです! だから窓から外を見た時も眼鏡を外していた公算が強いんだ! 彼女は寝返りをうった時たまたま事件を見たと言っている! 慌てて眼鏡をかけてもその時は明かりが消えていますよ!」

(オリジナル音声)
I don’t know.
I’m guessing.
I’m also guessing that she probably didn’t put her glasses on when she turned and looked casually out of the window.
And she herself testified the killing took place just as she looked out.
The lights went off a sprit-second later.
She couldn’t have had time to put them on then.

(私のザコ直訳)
「分かるわけじゃない推測が出来ると言っているんです。だからこうも考えられる、彼女はおそらくかけていなかった彼女の眼鏡を、彼女が振り返り何気なく窓の外を見た時には。
しかもまさに彼女が彼女自身で見たと証言する殺害の場面では、明かりはほんの一瞬後に消えています。彼女は眼鏡をかける時間などなかったでしょう」

 英語の言い回しに対して吹替は口に合わせた上でなんてスマートに日本語化するんだ! と感動してしまいます。
 ちなみに以下は同シーンのアマプラ字幕。

(アマプラ字幕)
「推測ですよ ふと窓の外を見た時も掛けていなかった 見た途端 犯行があった 眼鏡を掛ける暇もなかった」

 ロボットかよ!(ロボットによる翻訳です)
 そもそも英語には丁寧な言い回しという概念はありますが敬語という概念が無いので登場人物基本全員タメ口なのが物足りなさすぎる。
吹替は丁寧な再翻訳によって主人公の紳士さが4割増してる!! 話の面白さも4割増してる!!

 あと吹替は端々の言い回しで「お前が言うな」感がメチャクチャ増してるんですよ。このウィットに富んだ感じは直訳だと出ないと思う。

(吹替)
「横からギャーギャーわめくなって!」(発言者の男は始終横からギャーギャーわめいている)

(オリジナル音声)
Don’t give me that.

(アマプラ字幕)
もう やめろ

 字幕だと全然面白くない!!

 他にもスマートな翻訳だと思った緊迫のシーン。

(吹替)
「それでも男かよ!! あのガキが有罪なのはわかり切ってる! さっさと電気椅子に送り込んじまえ」
「なんてことを! あなた死刑執行人ですか!?」
「だったらどうする!!」
「……自分でスイッチを入れたいんでしょう」
「あのガキなら喜んでやるね!」
「そんな恐ろしいことを平気で言えるあなたにかえって同情します! ここに入ってきた時からあなたの態度は血に飢えた復讐鬼のそれだった。単に少年の血が見たい、それだけで彼を有罪にしたいんでしょう? あなたはサディストだ!」

(オリジナル音声)
-What’s the matter with you guys?
You all know he’s guilty!
He’s got to burn!
You’re letting him slip through our fingers.
-“Slip through our fingers”?
Are you his executioner?
-I’m one of them.
-Perhaps you’d like to pull switch.
-For this kid, you bet I would.
-I feel sorry of you. What it must feel like to wanna pull the switch.
Ever since you walked into this room, you’ve been acting like a self-appointed public avenger.
You want to see this boy die because you personally want it, not because of the facts.
You’re sadist.

(私のザコ直訳)
「お前らどうしちまったんだ? 奴は有罪だと分かり切ってるだろ! 奴を電気椅子に送れ! 俺たちの指から奴をすり抜けさせる気か?」
「『俺たちの指から奴をすり抜けさせる?』 あんた彼の死刑執行人か?」
「その一人だ」
「きっと自分でスイッチを押したいんでしょうね」
「あのガキなら喜んでそうするね」
「同情を覚えますよ。どんな気分でしょうね、そんなスイッチを押したくてたまらないとは。この部屋に入ってきた時から、あなたの態度はまるで社会を代表する復讐者のようだった。あなたが彼の死を見たいのは個人的な欲求だ、事実のためじゃない。あんたはサディストだ」

(アマプラ字幕)
「どうしたんだ? やつは有罪だ 電気いすさ!」
「君は死刑執行人か?」
「その1人だ」
「君がスイッチを?」
「入れてやるさ」
「よくそんな気持ちになれるもんだ 社会の復しゅう者を気取っているのか 個人的な憎しみで殺したいのか サディストだ」

 IQが後半に行くにつれて下がっていく~~~~!!
 逆にアマプラ字幕は小学生とかが見るならむしろ一番適してるのかもしれないと思い始めてきた。(小学生が見て楽しい映画ではないだろ)

 あと激シブのこの台詞。

(吹替)
「本当に殺すつもりで言ったんじゃないんでしょう?」

(オリジナル音声)
You don’t really mean you’ll kill me, do you?

(アマプラ字幕)
「殺す気はないだろ?」

 アマプラ字幕、いちいち省略しすぎなんだよな…。
「少年が殺してやると叫んでいる声を聞いた人間がいる、だから殺意があった」と主張して憚らず、そのぐらい本当に殺す気が無くても言うことだってあるという周りの意見に断固として耳を貸さなかった男が「殺してやる!」と自分に向かって怒鳴ってくるのに対しての台詞なんですよ。
 アマプラ字幕でも深読みすればそういう意図(相手の主張への意趣返し)で言ってるって分かる気もするけど、やっぱ吹替の言い回しが秀逸だと思うな~!
「本当に殺すつもりじゃなくても怒りだけで殺してやると口走ることもあるのが人間だろ、ほら」っていう意図がオリジナルの言い回しよりスパッと明確になってると思う。

 あと敬語だけでなく口調で個性が強まってるのもいいですね。特に眼鏡の人。

(吹替)
「やめたまえ。金輪際あなたの話など聞きたくないね」

(オリジナル音声)
I have. Now, sit down and don’t open your mouth again.

(アマプラ字幕)
「聞いたよ 座って二度と口を開くな」

 吹替はこの眼鏡の人の神経質そうなキャラ付けが非常にうまくいってると思いますね!
 特に好きなのが下記のシーン。

(吹替)
「私は見た。……もっと早く気付くべきだった」

(オリジナル音声)
I did, Strange, but I didn’t think about it before.

(私のザコ直訳)
「私は見た。しかし奇妙だが、これまでそのことに気付いていなかった」

(アマプラ字幕)
「見たよ 今になって思いだした」

 この「早く気付く〝べきだった〟」って言い回しでこの眼鏡の人のことめちゃめちゃ好きになっちゃったからやっぱり吹替が至高です!!
 意訳なのかもしれないけど、この人はこの人なりの真面目さでもって有罪側に立ってた人ですからね。真面目にやれ、がテーマだけあって有罪側にいることにガチな奴ほど手ごわい。(ガチの方向性はそれぞれとして)
 彼なりのプライドを持ってそちらに立っていた人、ということで「べきだった」という言い回しはすごく彼のキャラ付けの解像度を上げているなあと。
 実際最後まで残ってたあとの二人はちょっとメンタルに問題ある人だったので、実質彼がラスボスだったと思います。だからこの陥落のひとことを言うシーンが大好き。

 でも息子憎しの男のクライマックスシーンはアマプラ字幕がわりと好きかも。

(吹替)
「生意気なガキどもはみんな死んじまえばいいんだこのクソッタレめ!」

(オリジナル音声)
Rotten kids. You work your life out!

(アマプラ字幕)
「ドラ息子め この親不孝が!」

 このアマプラ字幕の言い回しの方が吹替よりもオリジナルからは離れてると思うんだけど、結局自分の息子への愛憎が彼の頑なさの根底だったっていうキャラ付けの補強としては写真の息子単体に対して罵っちゃうアマプラ字幕のセリフの方が好み。

 いやー言語って奥深いですね。
 あと被告の少年がスラム出身だからって「あいつらに理性とか無いんだ喧嘩っ早いケダモノだ」とかボロクソ言われてる時に「私もスラム出身者です」って憤りながら名乗り出た男が、後半「怒鳴るのもいい加減にしろ頭に来るぞ!」と立ち上がりかけた隣の男を「まあまあ喧嘩はまずいよ」って諫めてるシーンとか、細かい見どころがたくさんある。
 やっぱ〝人間〟を描けてる物語ってすばらしい。

 アマプラ見放題延長して~~~~~(むり)

十二人の怒れる男みた

アマプラで今月末で見放題終了するらしいので、名作と名高いことは知っていた今作をようやく頭痛のする雨の日曜の午後に視聴しました。

おっ……面白かった……!!!!!!!!

別にエモーショナルなシーンとか無しに、純粋に面白過ぎて感動してしまった。
全然場面展開の無い作品らしいってことは聞いてたけど、私の物語に求める理想って〝コレ〟かも!! と思った。
元々ゲームでも小説でも何でも、私は「場所が区切られてる話が好きなんだ」っていう自覚はあったんですよ。ミステリーでも館モノとかクローズドサークルものが好きだし。ゲームでもかまいたちの夜とかまさにそうですよね。クロックタワーも建物から出ないので面白いんだと思うんですよ。
別にずっとその場所じゃなくても、逆転裁判とかも場所単位で物語が進展するじゃないですか。留置所で1イベント、犯行現場で1イベント、関係者の家で1イベントって感じで。場所っていうのは内部の人間の悲喜こもごもを区切る入れ物に過ぎないでほしいんですよ! 舞台は多くなくていいんです! 固定した書き割りが1ターンごとに背景にあればそれでいいんです!
オープンワールドゲーが向いてないのもそこなんですよね多分。開けた場所を走り回って何かする人間の自由さが見たいんじゃないんだ! 閉じた場所で動けずに自分の内面から何かひねり出す人間の不自由さが見たいんです!! 人間ってそこにいるだけで過去のすべてを内包した宇宙だから!!

印象的だったのは11対1で1の側に立って話し合いましょう、と主張した男にちょいちょい他のメンバーがトイレとかで自分から話しかけに来る場面があるところ。
意図を探るような、アンタはどういう人間なんだと問いかけるような。それでいて自分の話を聞いて欲しいような。真っ向からたった一人、味方なしで議論の対面に立つことを表明した相手がゆえに、話しかけやすいと言うとちょっと違うかもしれませんが、ある種の〝話せる信用〟みたいなものが周囲の心に根付いてるような印象を受けます。

実際議論して人を説得するということはカウンセリングに近いものがある。
始めは初対面の社会人同士、本心を見せない、喫煙所で挨拶するような気楽なノリだったのに、どんどんそれぞれがどういう人間なのかが詳らかにされていく。まったく異なる社会生活を送る人間、その相手がどういう立場で人を裁こうとしているのか。立場の表明ということが、すなわち自分の表明に他ならなくなっていく。
自分の選んだ立場を否定されるということはすなわち自分自身を否定されることでもある。対立する立場を主張する相手はすなわちアイデンティティを脅かす敵である。だから皆抵抗する。自分の方が正しいんだとそれぞれの道理でもって主張する。
何故ならこの陪審員制度では、全員一致でなければ総意として提出することが出来ないから! 有罪か無罪か、それは究極の二元論! どちらかを選ぶしかない! 〝審議〟というこの場所で、その営みの中でだけ、立場が可変であるという形で留保が許される!!

最高。面白過ぎ。人類に必要なのはこの部屋なんだと私は思うね。「話し合いましょう」。主人公の男かっこよすぎる。
俳優の人が気になってググったら五度結婚してました。仕方ないね。そりゃモテますわ。

感想2→まだ12人の怒れる男の話する