ノブレストリガーオブリージュ - 9/14

「へえ、いい店だな。思ったより高級そうだ。何より個室があるってところがいい」
「でしょ? でしょ? でもお安いんで安心していいですよ」
「どれどれ……うわ安」
「俺せっかくなんで天ぷらうどんで!」
「天ぷらついても安いな……」

 侵攻以来、土地代の大幅に下がった三門市警戒区域周辺には、新築物件と古い建物を増改築した物件の二種類が爆発的に増えた。見た所この店は後者であるらしい。
 カウンターと座敷が選べたので座敷を選んだ所、料亭のような庭こそ無いものの、手入れの行き届いた小綺麗な和室に通された。これなら込み入った話をしてもプライバシーは守られそうだ。
 唐沢が相手だからと、配慮して太刀川がこの店を選んだのかは分からない。十中八九考えていないとは思うが、彼はどこまで気がついてどこまで気にしていないのかが読めない所がある。
 ちゃんと話をしてみれば頭脳も明晰で、よく周りを見ていることが分かるのだが、本人がそういった思索の殆どを頓着なく内心に捨て置いてしまう傾向がある。
 謙虚なのではない。ただ彼にとっては結果として示せる事だけが、他人と共有したいことの全てなのだという印象だった。

「でもメリットうんぬんの話なら、唐沢さんの方が謎だと思いますよ」
 注文を終えて、サービスされた茶を飲みながら太刀川が言う。
「何が?」
「ボーダーにとって有用すぎって話です。有能すぎてヤバいとか、今のボーダーがあるのは唐沢さんのおかげとかよく聞くし」
「へえ、光栄だな。といっても、俺は安全圏で金を引っ張ってきたりしてるだけだからね。実際戦闘に参加するのとはまた違うと思うけど」
「そうですか? でも、あえて唐沢さんみたいな人がボーダーに居るのは、面白いからなんじゃないんですか」
「……それは、そうかな。その通りだよ」
「じゃあ、一緒ですよ。面白いってことが、俺がボーダーから得るメリットです」
「……なるほど?」
「そのノリで遠征のことも考えるから駄目ってのは、分かってるんですけどね」
「まあ行ったらおそらく君は、能力的に斬り込み隊長とか、戦闘の真っ只中に突っ込むポジションになるだろうからね」
「それは望むところなんですけど。忍田さんからよく言われるのは、俺自身がどういうスタンスで近界に行くのかっていう」
「スタンス?」
「迅みたいに、友好関係結びたいと思って接触するのか。三輪とかみたいに、近界人殺す〜っていう殺意バリバリで行くのか」
「領地での専守防衛から一歩外に踏み出すからには、正当な理由をって事か。流石本部長は真面目だな。しかしそれで行くと君は、見たところ近界人に恨みも無さそうだけど……なら玉狛みたいなスタンスで行く、とは言わないのかい?」
「うーん。昔から居たなら色々違うこと知ってるんだろうし、考え方も違うんだろうけど。俺は近界人にも色んなのがいるっていう、人から聞いた情報しか知らないし……見たことない近界人のことに比べたら、現実に起こった大災害の方がよく知ってるわけだし。その上で玉狛のスタンスに賛同しようって気持ちは、今の俺には無いですねえ。近界自体に興味はあるけど、今後の関係とかまでは興味ないっていうか」
「そりゃそうだ。真っ当な考え方だね。そもそも玉狛と同じ旧ボーダーの人間である忍田本部長が今は防衛主体の立場に収まっているのも、そういう負の側面の方を重く見た面もあるんだろう」
「それに近界のトリガーを持ち帰ってくれば、もっと防衛を強化することに役立つっていうのが一応遠征のメイン理由っぽく言われてるじゃないですか。それだって、俺の愛用トリガーは元々あった弧月なんだから関係ないでしょ」
「確かに」
「知らないトリガーの相手とは戦ってみたいし、持ち帰ったトリガーで強い奴が増えるんならうれしいんですよ。で、俺としてはそういう理由だけで全然行けちゃうんだけど……それがどういうスタンスなのかっていえば、結局どうしても観光気分っていうか……エンジョイ勢って感じになっちゃうっていうか……」
「……いいんじゃないか?」
「ですよねえ?」
「君は行ってみたくて、そして間違いなく行けば役に立つわけだから」
「ですよねえ!? いや、俺もそこが大事だと思うんですよ。行って役に立てるんなら、俺にとってのメリット……つまり、目的? それは別に、そこまで重要なことでもないんじゃないかっていう」
 そこまで話した所で、座敷の外から失礼します、と控えめな声が掛けられた。
 注文したうどんが卓に置かれるのを、明らかに嬉しそうな顔でキラキラと見守る様子に笑う。
 いちいち反応が高校生にしては無邪気すぎる気がしなくもない。黙っていると大人しそうな、むしろそこはかとなく上品さすら漂う雰囲気があるのだが。
「あえて丼ものとはツウですね唐沢さん」
「こういう蕎麦とかうどんメインの店で出す丼ものって結構美味いんだよ」
「へえ〜。じゃあ、いただきまーす」
 手を合わせて幸せそうに食べ始める。
「うん、美味いな」
 唐沢も二口ほど食べて、お世辞抜きに賛辞を述べる。米も味付けもレベルが高い。
 しばらくお互いうまいうまいと言って夢中になって食べた。旨そうに食べる様子につられて箸が進む。
 健康を絵に描いたような様子を眺めていて、ふと素朴な疑問が浮かんだ。
「そういえば本部長はともかくとして、君のご両親は何も言わないの? 遠征に関して」
「あー、勉学に支障が出るようなら考えろって言ってます。でもボーダー無くっても元々勉強なんかしないし関係ないですよハッハッハ」
「いやいや……安全面とかさ」
「そういう混み入ったことはよく分からないから忍田さんに一任します、って丸投げですよ。忍田さんのこと俺より信用してるから、忍田さんに任せとけば安心って考えみたい」
「はは……責任重大だな。慎重になるわけだ」
「でも心配するにしたって、俺が危険になる遠征なんてボーダー全体にとっても大ピンチの時でしょ。そこまで気にしてたら始まらないですし」
「ごもっとも。でも、安全以外にも一つ気にしなきゃならない事はある。遠征に一度参加してしまうと、おそらく君のその後の進路はかなり限定されてくるだろう」
「あー、忍田さんが言ってました。行ったらもう辞めるの難しくなるって」
「そう。前例はまだ無いが、もし遠征に参加した隊員がボーダーを辞めるとなると、仮に人格面に問題が見られなくても記憶処理を施される可能性が高い。今後遠征のプロジェクトが公になる事があれば、また事情も変わってくるだろうけど」
「お前は知り過ぎた、ってやつですか」
「そういうこと。君の実力なら、連れていける限りはマストで連れて行かれるメンバーだろうしね。だからおそらく本部長が心配してる所っていうのは、君がボーダーにとってどうかって事じゃなく、君がボーダーで後悔しないかって事に尽きるんだろう」
「後悔……」
 太刀川は呟いた後、残りのうどんを啜ってしばらくモグモグと考え込んでいたが、綺麗に平らげた器をゴトリと置いて言った。
「俺、最近ずっと考えてたんですよ。みんなのテンションと、俺のテンションが違ってるのは確かなんだろうなって」
「テンション?」
「はい。俺は多分根っから、今のことしか考えない性質なんです。後のことも先のこともどうでもいい。だけどみんなはそうじゃない。過去にあった何かか、未来の何かの為に、みんな違うどこかを目指して俺が居るあたりをいずれ去っていく。今回迅が、迅だけの理由でランキングから一抜けしたみたいに。……でも、俺はきっとこれからもずっとこうです。これは経験がどうとかじゃなくて性分だって、自分のことだから分かります。で、思ったんです。違うものは違うんだからしょうがない。俺は要するに、才能が無いんだって」
「……何の?」
「こう……目的を持つ才能? 絶対これをするぞ、しなければならない! ……みたいなやつを、思いつく才能」
「えーっと……一位になったのは、別に目指してたわけじゃないんだっけ」
「目指してたっちゃあ目指してましたけど……でも、なったら嬉しいけど、なれないのも嬉しいですよ。強い相手がいるってことだし」
「なるほど。過程を楽しむタイプなんだな」
「そう、そうなんですよ。一位をとるのが楽しいんであって、一位にならなきゃいけないわけじゃないんです」
「うん」
「だからね、そういうのは他の人に任せればいいんじゃないかなって」
「そういうのとは?」
「ならなきゃいけないとか、しなきゃいけないとか、そういうバリバリした目的を持つこと。俺は今やれることと今やりたいことが分かるだけで、将来的にどうって考えは無いんだけど、でもボーダー的には……っていうか、組織人? 的にはそれじゃダメなわけでしょ。だから最低限、この人は正しいっぽい目的を持ってるなって人が誰かだけ分かっておけばいいんじゃないかなって。そしたら、その人の役に立つことをすればいいわけだし」
「ふうん……それは、君にとっては忍田さん?」
 唐沢は頬杖をついて聞いてみた。思いがけず、何か核心を突いたような言葉が眼前の若者から出たことに、自然と口元が緩んでいた。
「そうですね。でも忍田さんだけじゃないですよ。風間さんとか、基本正論しか言わないから頼りになるし。迅も本音を言う事は少ないけど、いいやつだし。東さんはパネェし。いや、東さんはテンションを計り知ることすら出来ないから参考にするのはむずいかな」
「彼は確かにねえ」
「でも何にせよ、この人が言うんなら正しいんだろうなって人でも、きっと全部に対してそうだってわけでもないでしょ。この部分ではこの人が正しかったけど、あの部分ではあの人が正しかったみたいな」
「うん」
「だから、知らないことはなるべく知っておいた方がいいと思うんです。知りすぎたかどうかなんて、結局知ってからじゃないと分からないし。だから遠征も行ってみない事には、判断も出来ないからやっぱ行きたい。……あれ。俺、面白いこと言ってますか?」
「ん? いや? どうして」
「なんか笑ってるから。それどういう笑いです?」
 唐沢の真似をするように頬杖をついて太刀川が訊く。ムッとするでもなく、ただ不思議そうに唐沢の反応を見ている。
「わかるなあって思って。君の考え方」
「え、ほんとですか」
「うん。俺の考え方はかなり君と近い」
「どのへんが? どのへんが?」
「しいて言えば……」
 同意を得られて嬉しそうな太刀川へ、言いかけた言葉を遮るように、二人への緊急連絡とサイレンが同時に鳴り響いた。