防衛任務から戻って来ている筈の太刀川慶の姿を探して、唐沢は散歩がてら施設内を歩いていた。
普段、唐沢の方から太刀川に声を掛ける機会はあまり無い。根付と鬼怒田は遠征、ひいては城戸司令派への勧誘を試みてたまに接触しているようだ。
以前は基本的に訓練室に行けば大体会えると言われていたが、ランク戦へのモチベーションが専ら下がっていると噂の最近はどうか分からない。太刀川はまだどの隊にも所属せずフリーのため、施設内での居場所が読めない部分がある。
そう遠くない内にどこかの隊に所属する事にはなるだろうが、その際にはどこかの隊に入るというよりは、自分の隊を持つ可能性の方が高いだろう。ボーダーは今後、本格的に編隊を組んでの戦闘訓練に主軸を置いていく方針が決まっている。その先駆けとして結成された東隊も、今朝がた遠征に出発したメンバーに含まれていた。隊員も皆一級の精鋭揃いだ。東から優れた戦術眼を学び、やがてはそれぞれが独立して自分の隊を持つことを想定されている。
ボーダーで開発されたトリガーはやはり“こちらの世界仕様”である為、チームワークは隊員が備える能力として重要視されていた。刃物、短銃、狙撃銃、爆弾、盾、防護壁……従来使われていた武器を基にした各トリガーにはそれぞれ強味もあれば弱味もある。“原始的”な軍隊で扱われている武器である以上、やはり組織的な運用が最大の効用を生むように出来ていた。
当初は太刀川も同年代の二宮や加古と共に東隊へ入る話が出ていたが、それは見送られた。人数枠の問題もあるが、どちらかと言えばもっと優先して入るべき隊員が居るという単純な優先順位の問題だ。
太刀川は一人だけで小隊と同等か、それ以上の能力をもって任務を遂行することが可能だった。少なくとも、防衛任務に限って言えば。
どこに居るかと思ったが、一応覗きに行った対戦室から本人が出てきたお陰で施設中探す手間は省けた。
太刀川は唐沢の姿を見つけると、至って軽い調子で挨拶してくる。
「あ、唐沢さん。おつかれさまでーす」
「お疲れ。もう帰り支度かい?」
換装を解いて学ラン姿でいる様子を見て言う。
「君が対戦室に入る姿を見るのは久しぶりなのに。お眼鏡に適う隊員がいなかったのかな」
水を向けると、太刀川は若干シュンとした顔になって言った。
「遠征置いてかれちゃったし、今日は久々にランク戦やろっかなって気になって行ったんですけど」
「うん」
「みんなキラキラした顔で、『いつか勝負してください』としか言ってくんなくて……」
「あー」
ただでさえ上位勢の居ない今、遥か遠い天上の存在扱いをされてしまったらしい。
戦った所で、挑戦者からすればポイント差的にリスクよりリターンの大きさの方が目立つ筈だが、そのリターンが入る可能性が八百長なしで一分でもあるかと言うと厳しいのも事実だ。
「太刀川くん後輩からポイントカツアゲしてる〜とか言われたらやだから……」
「世知辛い話だ。じゃあ太刀川君、俺も帰る所だから送っていってあげようか」
「えっいいんですか!」
「ちょっと夕飯には早いけど、ついでに飯でもおごるよ」
「ええっいいんですか!!!」
やったぜ、と一気に上機嫌になってから、太刀川はハッとして言った。
「あ、でも俺この次の遠征は行っていいってお許し出たんですよ。忍田さんから」
「へえ? よかったじゃないか」
「でももう言っちゃったからには奢ってもらいますよ」
離さないというように袖を掴む太刀川に唐沢は笑う。
「心配しなくても、これは別に賄賂じゃないよ」
太刀川はホッと力を抜いてあっけらかんと言う。
「なんだ。唐沢さんがどっか連れてってくれるなんてレアだから、裏があるのかと思った」
「俺は遠征の内容自体にはノータッチの人間だからね。君を勧誘する立場にはないんだよ。まあだからこそ、君の立場というものにちょっとした興味を持ってるんだけど」
「俺の立場?」
「君ほど費用対効果のアンバランスな人材は他にいないからね」
「ひようたいこうか……」
「ま、とりあえず出ようか」
駐車場に停めてあった車に乗り込んで、一頻り車の高級感について感想を述べた後、太刀川はふと思い出したように言った。
「そういえば唐沢さん、今日の出発見送りに出たんでしょ? ちゃんと飛びました?」
「飛んだよ。次交信可能になるのは24時間後……つまり、明日の午前中になるそうだ」
「授業中かあ〜」
「気になるのかい?」
「なりますよ。宇宙との交信ですよ? まあ初交信ならまだ移動中だろうから、内容はあんま興味ないけど」
「はは。ところで、どっか行きたい店ある?」
「俺が選んでいいんですか?」
「頼むよ。接待以外の店を選ぶのが苦手でね」
「俺は別にそういう店でもいいんですけど……じゃあ、俺の最近お気に入りのうどん屋でいいですか? 割とここから近いんですよ」
言われた店名をカーナビに入力する。地図は太刀川の言う通り、ここから東の警戒区域ギリギリの一角を示している。周囲は大きい工場に囲まれていて、近隣に他の飲食店は見当たらない。
「随分渋い場所にある店知ってるね」
「前に防衛任務の時見つけて、あとで食いに行ってみたらチョーうまかったんです」
「へえ、楽しみだな」
エンジンを始動させる。太刀川も楽しそうにシートベルトを締めた。あの太刀川がランク戦をやらなくなってしまった、と鬼怒田や根付が騒いでいたから一体どんな様子かと思ったが、見た所普段は全くもって元気そのもののようだ。
走り出す車内で、唐沢は感慨深く言う。
「しかし、忍田本部長もとうとう折れたか。迅君もS級になってしまった事だし、観念したって所かな」
「ま~そんな感じですね。最近なんか優しいし……でも俺、確かに迅と戦えなくなるのは残念だけど、仕方ないって納得したら諦める程度の聞き分けの良さはありますよ」
「切り替え良さそうだしね君」
「それに、つまんないから遠征行きたいなーっつってホイホイ行っていいもんじゃないって事は分かってますし。あっちじゃバチバチ戦争してるから、フツーにその辺に死体とか転がってるんでしょ?」
「そうらしいね。一応言っとくけど、その情報遠征組以外にはあんまり言っちゃダメだよ」
「わかってますって。一気にガチ感出てヒかれちゃいますもんね。遠征に関わるかどうかが、ボーダーが防衛隊か軍隊かの境目、なんでしょ?」
「おお、本当によく分かってる」
「忍田さんが言ってました」
「やっぱり。……まあ、忍田さんは君に防衛隊のままでいて欲しい気持ちがあったようだけど」
「そうですねえ。こっちでトリオン兵倒してる限りは、ボーダーって正直ゲーム感覚というか……ほぼ部活とか、バイトみたいなもんですからね。ベイルアウトある限り、下手な生身の活動より安全性高いし」
「でなきゃ保護者の方々に、大事なお子さんを所属させようなんて思ってもらえないだろ?」
「確かに。中学生とかも部活兼小遣い稼ぎでバンバン入って来てますもんね。そりゃそうですよ、新聞配達よか稼げますし、楽しいし。バイトと違って高校生以上の縛りもないし」
「歩合給だが、逆にいえば上限も無いしな」
「もし今後、A級入りするような優秀な中学生が出てきて、且つ本人が希望したら……やっぱり遠征にも行かせちゃうんですかね?」
疑問を口にする横顔をちらりと見る。赤く夕焼けに染まり始めた空を車窓からぼんやりと見上げている表情には、肯定的なものも否定的なものも、どんな感情も滲んでいない。
「……一応協議中だけど、城戸さんは行かせていいって方針でいるね。鬼怒田さんが特に、この件には難色を示してるんだけど。でも多分……最終的にはアリになると思うよ。まあ、少年兵だよな」
「ハッキリ言う~」
「根付さん辺りからは怒られる発言だけどね。チクらないでくれよ」
「チクりませんよ。実際そうだよなって思うし。ていうか遠征行かなくても、防衛隊の時点で十分ヤバい集団ではあるじゃないですか、ボーダーって」
「やっぱり自分でやってると、そこは自覚的にならざるを得ないか」
「だって、トリオンで生身の人間を攻撃は出来ないから武器じゃありません〜って公言してるけど、建物はぶっ壊せちゃうんだから。普通に危険物じゃないですか」
「そうだね。二宮君のメテオラとか、火薬であの火力出せるのは空爆ぐらいじゃないかな」
「バックワームも相当ヤバいでしょ。完全に姿隠せるからあちこち侵入し放題だし」
「国外に渡ったら国際問題になる技術の筆頭だよ。トリオン自体は無害だろうと、忍び込んでから通常武器で寝首を掻けばいいだけだからな」
「ていうかそもそもベイルアウトシステムが大問題だと思うんですけど。人体に攻撃できない安全性以上に、いくら物理で攻撃しても効かない無敵状態の人間が好きに行動出来るって危険性のほうがよっぽどデカいでしょ」
「その通り。トリガーの使用記録と使用中の動向は全部監視してるし、危なそうな隊員のチェックはかなり気を遣ってやってはいるけど……手遅れってことはあるしね」
「よく許されてますよねー」
「トリオンやトリガーで出来ることの情報は、対外的にはかなり限定した部分しか公開してないから。ベイルアウトシステムは人を集めるために大々的にアピールしてるけどね。トリガーの種類でハッキリ公式に周知されてるのは、攻撃手用のトリガーと銃手用のトリガーだけなんだよ」
「ああ~。あくまでトリオン兵、しかも近距離かつ単体を想定した武器に絞ってるわけですか」
「そういう事。ついでに言えば弧月は知られてても、オプションの閃空は非公開だよ。使い手によっちゃビルだのヘリだの斬れるなんて大ごとだろう」
「確かに。でもそういうのじゃないと倒せなさそうなデカいトリオン兵がいることはバレてるのに、そんなショボいトリガー情報だけで納得するんですかね?」
「基本世間は細かいことまでは気にしないから。自分が実際戦う立場なわけじゃないからね、いくらでも誤魔化せるもんだよ。まあこの辺は全部根付さんが頑張ってる分野だけど」
「へえ~」
「元々は弧月しか種類が無かったのは事実だしね」
「ああ、噂の旧ボーダー時代。なんか今の体制になってからポンポン新しい武器が増えたって迅に聞きました」
「そう。鬼怒田さんとエンジニアの尽力で……そうするように命じたのは城戸さんだけど。多分旧ボーダー時代にトリガーの種類が少なかったのは、そういう多様な武器開発によるボーダーの危険集団化を抑制するっていう考えもあったんだと思う。勿論技術的な問題もあるが」
「旧ボーダーは今の玉狛スタンスだったんですもんね。大規模侵攻前はわりと穏便にやろうって感じだったけど、城戸さんはもうイケイケ全面抗争って感じだから、バンバカ派手な武器を作らせたってわけだ」
「まあどっちみち君は古式ゆかしい弧月だけど。実際、君ぐらいの技術があれば防衛だろうと遠征だろうと弧月が一番優れてると思うよ。何せ一度出せばトリオン消費がないから、やられない限りはずっと戦闘行動がとれる」
「そう、費用対効果が優秀で……あれ。そういえば、さっきそんな事言ってませんでしたっけ」
唐沢は笑った。
「そういえば言ったね」
「あれってどういう意味ですか?」
「要するに……君が居ることでボーダーが得るメリットと、ボーダーに居て君が得るメリットがアンバランスじゃないかって話さ。しがらみの無さに対して、あまりにも君はボーダーにとって有用すぎる」
「メリット……。お金とか、もらえますけど?」
「報奨金引き出しに入れっぱなしで注意されてなかった?」
「……されました」
「無欲だよねえ。好きな食べ物もうどんだし。……ちょうど着いたな」
「おっ。はえー」
車のナビが目的地に着いたことをアナウンスした。
