あとは飛び立つのを待つばかりとなった船内で、小南が不機嫌そうにぼやいた。
「アイツ、結局あたしが一位になるのを阻止しに来なかった。ムカつくわ」
偶然にも、迅がたった今思い浮かべていたのと同じ人物を思い出していたらしい。
小南は今回の遠征から戻ると同時に、ノーマルトリガーとは規格の違うカスタムトリガーに変更申請する。そうなるとS級になった迅同様ランク戦には出られなくなるため、ここ最近は最後のやり込みとばかりにランク戦でポイントを稼ぎまくっていた。
少し前に風間のポイントを既に抜かしており、ここしばらくはひたすら一位の太刀川との距離を詰め、出発ギリギリでとうとう太刀川を追い越し一位の座を奪取して今日の日を迎えた。追い越せたのは、小南が追い上げている間太刀川が全くランク戦に顔を出さなかったためでもある。
小南はその不戦勝に少なからず不満を抱いているようだった。
「誰より熱中する癖に、飽きるのはあっという間って所あるわよね。玉狛にも最近パッタリ顔出さなくなったし」
「……飽きたってわけじゃないと思うよ」
何とも言えない心情で迅はフォローした。件の太刀川の気力を削いだ原因、おそらくその一番大きな要因の自覚はある。小南もそれは分かっているだろうが、それでも納得がいかないらしい。
「でもあれだけランク戦でポイント稼ぎまくってたのに、一位じゃなくなっても全然気にしないなんて」
あいつのバカみたいなポイント抜くの大変だったんだから、と小南が憤慨する。
「太刀川さんは一位であることに執着してるんじゃなくて、一位になる過程が楽しいだけなんじゃないかな。またすぐランク戦には戻ってくるさ。今はちょっと……やる気を無くしてるだけで」
「そこなのよ。ずっとダントツ一位のボーダー隊員って立場のわりに、なんか気が抜けてるっていうか、本気度がないっていうか。まあ今はあたしが一位だけど?」
「ほら、出発するぞ~舌噛むなよ~」
引率の林藤が窘めるように声を掛け、カウントダウンの音声が流れる。小南は慌てて口を閉じた。
遠征艇がゆっくりと離陸し始める。窓の外には城戸、鬼怒田、根付、唐沢の本部組が見送りに来ていた。
一度こうして移動を開始すれば、後は中継地に着くまで遠征艇が停止することはない。
まだ艇がドッグの中に留まっている中、見送りの面子を視界に収め、何気なく唐沢の姿に目を留めた途端――迅のサイドエフェクトは、未来のビジョンを捉えた。
「……!?」
見え方として、それはおそらくほんの少し後の、少なくとも今日中に起こる未来だ。
唐沢と太刀川が一緒にいる。そして――その二人の目の前に大量のトリオン兵が、広い道路を埋め尽くすように押し寄せている。
たった今この瞬間までその未来が視えなかったのは、この遠征艇の出発こそがその襲撃を決定する必要条件だったからだろう。遠征艇用に開けたゲートの反応を伺っていたのか?
加えて迅自身が出発する側の人間であり、その光景を見聞きしない立場であること、そして――
「どうした、迅?」
林藤が迅の深刻な様子に気付いて訊く。
「……この後……結構規模のでかい襲撃が来る未来が視えた」
「えッ!?」
遠征艇内部がどよめく。
「遠征艇の出発が条件で起こる未来だったらしい。こうやって離陸して、条件が確定した瞬間、視えるようになった」
「強敵か?」
「いや、個々の戦力は大したことない。普段相手にしてる、バムスターとかバンダーばっかりに見える。ただ、数がかなり多そうだ……物量勝負に来てる」
「ちょっと、やばいじゃない! 連絡しないと!」
小南が声を上げるのと同時に、遠征艇を飲み込んだ門が閉じた。
「……無理だ。次の中継地に着くまで、本部と連絡はつかない」
状況を受けて、レイジが冷静に遠征艇の仕様を述べると、小南は青くなった。
「大丈夫。被害は出ないよ」
「えっ?」
「規模がでかいだけ。市街地に全然被害は出ないっぽい。だから視えなかったんだ」
「で、でも強い奴はこっちにほぼ出払っちゃってるじゃない。そんな規模の大きい襲撃なら」
「太刀川さんが大活躍する」
小南の口がぽかんと開く。
迅は駄目押しした。「特級戦功かも」
「……特級戦功ぉ!?」
裏返った声で小南が叫ぶ後ろで、安堵したような、呆れたような口調で風間が肩の力を抜いた。
「万が一の留守番が、大当たりだったということか」
「そういうことみたい」
確信をもった迅の言い方に、林藤も一安心した、といった様子で座席に沈む。
「さすが、頼りになるなあ。“虎の子”は」
「ねえ……特級戦功って何ポイント加算だっけ」
小南がふと、慌てた様子で訊いた。林藤が間延びした声で答える。
「あー、確か1500ポイント」
「ちょっと!! もしそうなったら!! またアイツ一位になっちゃうじゃない!!」
「あ、今視えた。太刀川さん一位返り咲き」
「ネタバレやめて!!」
「小南が太刀川抜かしたのいつだっけ?」
「……おととい」
「三日天下にもならなかったなあ」
「キィー!!」
安堵の空気の中、小南一人だけが頭を抱えて絶叫した。
一頻り笑った後、迅は息を吐いて座席に凭れる。目を閉じて、垣間見えた未来の光景を反芻した。ひとり、遠い場所で剣を振るう好敵手。
彼と戦うのが本当に好きだった。
こちらが現在と未来の間をどれだけ右往左往しても、何を手にして何を失っても。
常に変わらずに、ただ磨いた太刀筋だけで高みに立つその存在。
いつも眩しかった。出会った時から、未来までずっと。
