ノブレストリガーオブリージュ - 10/14

 会計を済ませ、不安げな店員に一応非難の用意を促しつつ、二人で車に乗り込む。
『門の数は左程多くないが、一つの門の大きさと、出てくるトリオン兵の数が異様に多い』
 通信越しの忍田の声には緊迫感が漂っている。
『門を解析して封鎖に当たっているが、完全に閉じるまで数分かかる。巡回の隊員が既に交戦中だが手数が足りない。通りに手分けして人員を配置するとしても、横道が多く入り組んでいて抜けていく可能性がある。一つの拠点に人数は割けない』
 車のナビに本部作戦室と同じ画面を表示する。地図には発生した門と、各隊員の位置が示されていた。
 上層部の車のみに備え付けられた機能に一頻り感心しつつ地図を眺めていた太刀川は、通信越しに忍田に話しかける。
「忍田さん。俺のいる位置から東に400mくらいのでかい道路なんですけど」
『慶か。ん? 唐沢本部長と一緒か』
「どうも。車のナビで見てます。移動はサポートしますよ」
『助かります。慶、この大通りがどうした?』
「この道、本部まで一直線でしょ。発生したゲートのちょうど真ん中ぐらいにあるし、市街地から距離も十分ある。せっかく少ない門でまとめて出てくるんだから、ばらける前にこの道に全部集めませんか? 両サイドからちりとりみたいに」
『一直線に集めてどうする? 無人の廃棄都市とはいえ、流石に砲弾は撃てんぞ』
 鬼怒田の疑問に太刀川はさらりと答える。
「まさか。今ちょうど俺、この道路の端に近いとこに居るじゃないですか。出てきてるやつ全部この道路にギュッと固めてさえくれれば、俺まっすぐ走って全部斬りますよ」
 本部作戦室がどよめく。
『何体いると思っとる!』
「いっぱい。だから市街地手前でゴールキーパーみたいに各々迎え撃とうとすると、多分今の戦力じゃ弱いとこから突破されますよ。手堅いとこが終わり次第脆いとこのサポートに行っても、後手後手だから警戒区域からはみ出すのは避けられないと思います」
『確かに、横道を壁で塞いだところでこの数に集中されれば、押し切られて突破されてしまう危険性の方が高いのでは……広範囲を相手に出来る上位勢が多数不在の現状では……』
 不安げな根付の言葉に、太刀川は我が意を得たりと続ける。
「でしょ。周辺の家とか壊されちゃいますよ。それ考えると倒せなくてもこの道路に追い込むって方が、各地点で一匹も漏らさず撃破するよりイージーだし確実なんじゃないかなって」
『……お前一人で百体ぐらいは斬らなければならないぞ』
 確認する忍田の声は、既に判断を終えた声音をしていた。
 太刀川は笑みを乗せて聞き返す。
「でも、俺なら出来るでしょ?」
『……わかった。それでいこう。当該道路両側に部隊を展開し、敵を追い込んで封鎖する。慶に近い方を優先、完了次第後方の封じ込めに合流する。保険として、背後に抜けた敵に対処する隊も配置する』
 そう言いつつも、防衛能力の高いチームは全て追い込みに回され、太刀川の背後に配置された隊はB級上がりたての新人だった。
『慶、お前は道路の端で待機しろ。近い区画の封じ込めが完了次第合図する。あとは片っ端から斬れ』
「太刀川了解」
 そう答える口元は弧を描いていた。

 待機地点に向けて車を発進させると、太刀川がシートベルトを締めながら言う。
「で、唐沢さんと似てるとこってどこですか?」
「……落ち着いてるねえ」
「だって気になるし。聞いてスッキリしてから一仕事したいなって」
 唐沢は笑って、信号待ちで停車させながら考える。慌ただしく非難する横断歩道の住民たちを見ながら言った。
「まずは、その割り切りぶりかな。自分には役割があって、それをこなすのがまず大前提……何のためにこなすかなんて事は、俺もあまり考えない性質でね。できるからやるのさ。やった所でその成果を生かすのは、違う人の役割だと思ってる」
「おお……」
「あと、大きな目的を持つのは自分じゃなくていいっていう所。今は何の因果かこんな正義のヒーローのような組織に身を置いてるが、前はわりと対極のような場所に居たんだ。それもあって、一貫してブレないヒロイズムを持ってる人間は分かる。自分とは違う人間だからこそね。俺はどうも、そういう人材をサポートする方が性に合ってるらしい」
「もしかして俺と唐沢さんってすごく似てるのでは?」
「かもね。……でも、やっぱり根本的な所でひとつ違いがあると思うな」
 指定ポイントに入る曲がり角を曲がる。首を傾げて太刀川が訊いた。
「それは?」
「君は、とにかく無欲だよ」
「無欲」
「そう。俺は欲張りだからこそ、成果を出すのに一番理に叶った方法をとる。でも君は、無欲だからこそ一番成果の出る方法を選ぶことができる」
 待機地点に到着し、停車する。二人で外へ出ると、見通しのいい一直線の通りに、既に大量のトリオン兵がひしめいていた。
 それを見ているのか見ていないのか、考え込んでいるような太刀川に、唐沢は声をかける。
「君は、自分だけの何かを背負って戦う周りの“ヒーロー”たちに比べて、何も負わない自身が間違っているのかもしれないと悩んでいたんだろう」
「……はい」
「でも、周りと違っていることと、間違っていることは違う」
 太刀川の目が丸くなる。独特なその瞳に、唐沢は心からの本音として言った。
「もしかしたら、唯一……君の在り方だけが、本当に正しい在り方なのかもしれない。俺はそう思うよ」
 太刀川は唐沢の言った言葉を飲み込むように二度ほど瞬きを繰り返して、それから笑った。
「ありがとう」
 その礼には何の曇りもなく、ただ素直な感謝だけがあった。