もろい世界の堅牢な繭で - 9/9

 すやすやと気持ちよさそうに眠る悟天の布団をかけ直してやった後、眠りに沈む意識の中で、悟飯は年を召した方の界王神と会った。
「なるほどな。力を無くせはしないにしても、眠らせることには成功したか」
「はい、何とか」
 夢ではあるが本人だと理解して、悟飯は笑顔で頷く。若い方の界王神とは一度会う機会があったが、こちらの界王神と会うのはあれ以来初めてだった。
「フン、嬉しそうな顔しおって。バチ当たりなやつめ。まあ、お前のような力にまったく執着のない性質の者が持つぐらいで丁度いい力なのかもしれんがな」
「……恐縮です」悟飯は頭を掻いた。

 あれから一度、お忍びで悟飯にだけ会いに来た若い方の界王神は、スカウトのような話を持ち掛けてきた。
 界王神界で我々の仕事を手伝いませんかと。
 始めは助手から始めて段階を踏みキャリアを積んで行く行くは等々とどこかの企業のような説明をされて、勿論固辞したのだが、その時に言われたことが少しのあいだ悟飯の心に引っかかっていた。
 ――地上は、今の貴方には生きづらいですよ。

「アイツはおまえの勧誘に熱心だったからな。少し残念がっとったぞ」
「は、ははは……」
 引きつった笑いを漏らす悟飯に、老いた界王神は後進をフォローするように言う。
「直接同じ世界に住んどる地球の神ならともかく、界王とか界王神のランクになると皆そんなもんじゃ。たとえ相手が己より遥かに強い生物だろうが、個の生活史的な事情、ましてや人間の繊細な機微なんぞ深く考えとらん。どうでも良いというより、想像ができんのだ。話半分に聞いとけ」
「は、はあ。どうも……」
「それに、全く的外れな勧誘というわけでもない。だからわしは賛成もせんかったが止めもせんかった」
 戸惑って界王神を見つめる悟飯に、界王神はまじめな表情で続ける。
「お前の強大な力は、お前そのものでもある。能力は常に、お前の精神に要求しているはずだ。力に相応しい振舞いをしろ、強者として生きろと。だがお前はそれを拒み、力にそぐわない世界にしがみ付こうと足掻いている。……力を封じるのは別に良い。火急の用事も今は無いしな。だが何がお前をそこまで、か弱く脆い世界へと繋ぎ止める? かつてお前は力を必要とした。そして今は無力さを必要としている。その必要性とは一体何だ?」
 悟飯は問いかける界王神の顔をじっと見つめて、それが追及ではなく、単純な興味から発せられているものであることを悟った。躊躇いながら答えを口にする。
「か弱い生きものに傷つけず触れるには、弱い力でなければ出来ません。そして触れずにそばにいることは、人間社会ではむずかしい……」
「世捨て人のように生きる事も可能だろう。お前の父親のように」
 痛い所を突かれ、悟飯は苦笑する。そして、正直な気持ちを話した。
「ボクは……強者として一人でいるより、弱者として誰かと一緒にいる方がいい。勿論、みんなを一度に守れる力も時には必要だけど……守ったその人たちの中で、一人の人間として生きてもいきたいんです」
「……難儀な生き物じゃな」
 呆れたような、落ち着いた口調で界王神は感想を述べた。「ある意味この世で最も強い力を欲する者より強欲かもしれん」
「きょ、恐縮です……」
 小さくなる悟飯に、界王神はフンと笑う。悟飯の答えに納得したらしいその声に悪意はなく、どこか好意的な響きすらあった。
「まあよい。いつかまた戦わずにはおれない時も来るじゃろう。だがそれまではせいぜい力を眠らせ、浮世の狭間に揺蕩うがいい」
 許しのような、あるいは祝辞のような言葉だった。悟飯は何となく、界王神は悟飯のためにこうして会いに来たのだと察する。
「ありがとうございます、界王神さま」
 微笑んで、悟飯は心からの礼を言う。
 界王神は鼻を鳴らすと、やっと礼を言いよった、とぼやいた。

<了>