悟飯・ビーデル邸半壊事件の経緯は、かつて二人の門出を祝ってその建設に気前よく出資したミスターサタンの耳にも当然入れられた。
直接的な原因は悟飯だったが、しかしそれはレッドリボン軍にパンが誘拐されたことに激怒したためであるという詳しい事情が悟飯本人の口から釈明されると、誘拐事件の方にいたく憤慨したサタンは、むしろ迅速な悟飯の対応を賞賛した。
そしてサタンの人生にも大きく関わった人造人間セルが、セルマックスと名を変えて復活したという話を聞き身震いした。
「とんでもない事を考えるヤツもいたもんだ。セルがテレビ中継を始めたあの当時は、わたし以外もう世界には絶望した人間しか居ないとばかり思ったもんだが。あのとんでもない力を見てなお、思い通り操ることを企むなんぞ、まったく思い上がりもはなはだしい。案の定暴走して地球が滅ぶところだったんだろう? 悟飯くんが何とかしてくれてよかった。何よりパンちゃんに何事も無くてよかった」
「いやあ、ほんとうですね」
サタンの所へ家の件を謝りに来ていた悟飯は、寛大なサタンの態度に心から感謝しつつ、しみじみと頷いた。悟飯はそもそもパンを取り戻すためにあの現場に向かったのだ。セルの復活などという話は完全に寝耳に水だった。
そんな悟飯を眺めて、感心したようにサタンが言った。
「しかし、悟飯くんは妙にセルに縁があるな。昔セルを倒したのも実は悟飯くんだったって話じゃないか」
「ハハ……確かに、言われてみるとそうですね。ありがたい縁じゃあないですけど」
「今回のセルマックスってのには、昔のセルの記憶は無かったのか?」
「無かったみたいですね。完全に理性そのものが無い様子でした」
「そいつは残念だな。蘇ってきたヤツをまた悟飯くんが地獄に送り返してやったんなら、さぞかしいい気味だろうに」
シュッシュッと拳を突き出す仕草で言うサタンに悟飯は「あはは」と笑う。
何となく、楽しいなと思う。
悟飯がセルを倒したことを知っていて、かつ悟空とあまり関わりのない相手と、普通の思い出話のようにセルの話をしている。このひとときは、悟飯の胸に奇妙な安らぎをもたらした。サタンにとっての悟飯は、何の罪もない腕っぷしのある娘婿に過ぎなかった。あやまちを犯した戦士でも、かわいそうな子供でもなく。
「わたしも当時、気持ちだけはかなりがんばっていたんだ」思い出に浸るように目を閉じたサタンは、ふと思い出したように言った。「そういえば、わたしはあの時、キミに向かって生首を投げたんだよな」
「え?」
「もちろん死体ってわけじゃないぞ。パッと見では人間の生首にしか見えなかったからビビったんだが、なんとその状態で喋ったんだ。首からなにかのコードが伸びていて、ありゃ完全にロボットだった。映画だけの話かと思ってたが本当にああいうのはあるんだな。そいつが生首のまんま、あそこにいる少年の所まで自分を連れてってくれって話しかけてきたんだ。で、怖かったら投げるだけでいいって言うから遠慮なくそうした。覚えてないか? なにかキミにしゃべっていたみたいに見えたが」
「もちろん」悟飯はぼんやりと言った。「覚えてますよ」
急速に当時の記憶が蘇る。脳裏を鳥の羽搏きが過ぎる。彼の青い眼差しの向こうに見えた、彼の見ていたであろうもの。悟飯もまた、見つめていたもの。同じように生きていた世界の美しさ。
父と、あと一人。世界からいなくなってしまった人。
「おおそうか。やっぱり夢じゃなかったんだな」
嬉しそうな声を上げたサタンは、十数年越しの話題に興味津々といった様子で尋ねた。「あの時アイツはキミになんて言ってたんだ?」
「……とても大事な言葉です」
忘れたことはない。これからも、忘れることはない。
己を目覚めさせた言葉。
詳細を話す代わりに、考え込みながら悟飯は言った。
「やっぱりお義父さんはあの時、ある意味で地球を救っていたんですね」
「えっ!?」
「ボクはあのひとのおかげで、セルを倒せたんですから」
惜しみない本気の賛辞に、浮き足立つかと思われたサタンは、意外にも気の毒そうな顔になって言った。
「……もしかして知り合いだったのか?」
悟飯は破顔して首を振る。
「いえ、初対面でした。でも……そうですね、なんて言うか……いい人だったんです。少し話しただけだけど、思いました。ボク、このひとのことスキだなって」
面食らった顔でそれを聞いていたサタンは、多くを言わずに頷いた。
「そういうのはあるよな」
そっと、ただ細やかな同意だけを示すサタンのやさしさに、悟飯はにっこり笑って言う。
「お義父さんのことも大スキです、ボク」
「よ、よせやぁい」
サタンはバシンと悟飯の背中を叩いて、満更でもなさそうに笑った。
窓の外、晴れた青空の向こうで、鳥が鳴いていた。
