明るいバッドエンド

1.

 チチが天国へと旅立った時、悟飯は初めて、父である孫悟空の涙を見た。
 その様子を目にして悟飯は少しだけカルチャーショックを受けた。父は――あの世とこの世の境を何度も行き来した事もある、特殊な地球人、孫悟空は――今日この時にあって、実は泣く側のひとだったのだ、ということに。
 そして同時に悟飯は、かつて父が未練なく死を受け入れた時のことを思い出さずにはいられなかった。少しの非難する気持ちと共に。
 その時の、少女のような母の涙を今も覚えているから。

 法事の諸々がひと段落ついた頃、悟飯と悟天は遺品整理のために改めて実家を訪れた。
 悟天も既に家庭を持ち、子供も成人を迎えている立派な社会人だ。父子三人水入らずで集まるのは本当に久しぶりだった。
 家の中には長年の暮らしで溜まった様々な物が溢れかえっていたが、その殆どがチチのものだったので、この機会にさっぱり片づけたいという悟空の要望もあり大作業になった。

 作業がひと段落した小休止の席で、未だモヤモヤしていた悟飯は、悟空にある思い出話をした。悟空の死後、いつだったかチチが諦めたような顔で零していたことがあったのだ。
『男っちゅうもんはみーんな〝えごいすと〟だべ』と。
 悟飯はそもそもあの時の父の死の原因は、自身の未熟さによる所だと思っていたから、非難できる立場ではないことは重々承知していた。しかしその選択を受けての母の苦労と悲しみをそばで見ていたのも悟飯だけだった。だからせめて、その母の立場を少しでも父に思い知っていて欲しいという気持ちになってしまったのだ。
 しかし話を聞いた悟空は真面目な顔で「『えごいすと』ってなんだ?」と悟飯に聞き返してきた。
 早々に挫けて閉口する悟飯に代わり、横から悟天が「ワガママ、ってことだよお父さん」とフォローする。
 悟空は得心したように頷いて、それから苦笑した。
「ワガママかあ。そうかもしんねえなあ」
 ぼそりと呟くと、さみしそうに悟飯の淹れた茶を飲む。
「チチには苦労ばっかりかけちまった……」
 そのしみじみした吐露に、話をふった悟飯の方が動揺した。
「お、おとうさんからそんな殊勝な言葉が出るなんて……」
 悟飯は急に全てを許す気持ちになってしまい、やさしい声で悟空に言った。
「ごめんなさいおとうさん、意地悪なこと言って。ボクはただ、おかあさんもおとうさんの死をさびしがっていたこと、知っていてほしかったんです」
「ああ……。わかってるさ」
 悟空もずっと変わらない、やさしい父の顔で悟飯の肩を叩く。
 すると悟天が横から遠慮ない口調でつっこんだ。
「許すの早っ。兄ちゃん基本お父さんに甘すぎだよ」
「えっ」
 うろたえる悟飯の横で、悟空が笑う。
「悟飯はチチに似てっからな」
「あー」
「え、そうかなあ……」
 自分ではあまりピンと来なかったが、二対一で言い切られてしまっては分が悪い。それに、では父似なのかというと、確かに自分でも違うだろうなと思った。
 何だかんだ夫を許してしまう妻の甘さが息子の自分にも遺伝しているというのは何だか複雑な心境だったが。
 悟飯は気持ちを切り替えて、悟天に振った。
「悟天はおとうさん似だよな」
「そうだな、悟天はオラにそっくりだ」
 悟空もすぐに同意する。
「え〜」
 冗談か本気か、イヤそうな声を出す悟天に悟飯は笑った。悟空も「なんだよ〜」と言いつつ面白そうにしている。
 悟飯はふと、ひどくさびしくなった。ここに、おかあさんが居たらよかったのに。

「今日は二人とも泊まってくのか?」
 日の傾いてきた空を見上げながら問う悟空に、悟飯は考えてなかったな、と思案する。休みはとってあるので、仕事に差し障りはないのだが。
 悟天が少し不満げな声をあげて悟空に訊く。
「お父さん、瞬間移動で送ってってくんないの?」
「お前んちの家、お前以外は気小せえから探すの大変だ」
「ちぇ。じゃあ兄ちゃんが泊まるなら泊まる」
「どうだ悟飯?」
「じゃあ、ボクもそうさせてもらいます」
 兄弟の答えに、悟空は機嫌よく笑った。
「じゃあ三人分食えるぐれえのでっけえ魚取ってくっか!」
「手伝いましょうか?」
「おめえらは火と、フロの用意しといてくれ」
 快活に家を出ていく悟空を見送って、悟天がぼやいた。
「フロってやっぱ、あのドラム缶風呂かあ。でも確かに汗流したいし……カプセル持ってくればよかったな」
「昔はいっつもあれに入ってただろ?」
 悟飯は苦笑したが、気持ちは分からなくもない。
 悟天は肩をすくめる。
「今じゃ考えらんないよ。都会じゃ自動でお湯が出るのにさ。よくおかあさんは火の番とかしてくれてたなって思う」
「……そうだな」
 悟飯はしんみりと頷いて、それから気を取り直して言った。
「じゃあ風呂の用意はボクがするよ」
 悟天はうれしそうに笑った。
「やった。ありがと兄ちゃん」

 巨大な魚を三人でペロリと平らげて、寝る前に交代で風呂に入って、広くなった部屋に布団を敷いて雑魚寝する。
 端っこが良いらしい悟天の「兄ちゃん真ん中でいい?」という要望で、特に希望の無かった悟飯は真ん中になった。したいことや欲しいものをハッキリ言う悟天といると、悟天の選ばない方を選べばいいので昔から気楽だった。
 眼鏡をはずして悟飯が布団に入ると、既に横になっていた悟天が不意に言った。
「兄ちゃん、眼鏡かけててよかったね」
「ん? 似合ってるか?」
「じゃなくて。イイ感じに年齢不詳に見えるから」
 期待した理由ではなかったが、悟飯は納得して笑った。
「ああー。確かに、孫先生っておいくつなんですか?って会った人にはいつも聞かれるなあ」
「正直に答えてるの?」
「そりゃあ答えるさ。ウソついたって経歴見れば載ってるし」
「ふーん……」
 意味深な悟天の沈黙を、検討中のそれだと思った悟飯は朗らかに眼鏡族の仲間入りを勧める。
「悟天もかけてみたらどうだ? 伊達眼鏡とか。おまえも若く見られて困ってるんだろー」
「兄ちゃんほどじゃないから大丈夫だよ」
「そっか。まあ十歳ちがうもんな」
「っていうより……兄ちゃんほど年齢不詳じゃないってこと」
「ええ?」
 悟飯は裸眼でぼやけた視界で、まじまじと悟天の顔を見た。
「悟天だって、とてもじゃないけど成人した子供がいるようには見えないぞ」
「でも、常識の範囲内だよ。若い時の子でって言ったら納得されるし、実際そうだし」
「そうだけど。それじゃあまるで、兄ちゃんが常識の範囲外みたいじゃないか」
「そうだよ。兄ちゃんは常識の範囲外だよ」
「えっ」
「だって見てよこの肌。ピッチピチじゃん。ねえお父さん」
 そう言いながら悟天はぺちぺち、と悟飯の二の腕に触れた。悟天に振られ、まだ起きて二人の会話を聞いていたらしい悟空も「んー?」と片肘をつき、悟飯に手を伸ばしてくる。
「まあな。でも肌がピチピチなのはチチ似だからじゃねえか? 色が白いのも似てっしよ」
 そう言って頬を手の甲で確かめるように撫でられ、懐かしい仕草に悟飯は何とも言えない気分で黙り込む。昔からよく悟飯に触れてくれた父の手は、昔と変わらず壮健で温かかった。
「でも全体的にさ、下手したらお父さん達の同じ歳だった時より全然歳とってなくない?」
「おめえが言うならそうなんかもな。オラはいつ見ても変わんねえってことしか分かんねえけど」
 己を挟んで弾む二人の会話に、悟飯は俄かに衝撃を受けて聞き返す。
「えっえっ。じゃあ、もしかしてボクもおとうさんとかベジータさんと同じで、若い時間がすごく長いのかな?」
 悟天は呆れ返った口調で言った。
「既に長いんだから当然そうでしょ」

 自分は半分は地球人の血だし、髪型の変わらない彼らと違って、放っておくとすぐに髪も伸びてくる。きっと地球人として普通に歳を取っていくのだろう。
 悟飯はそんな風に漠然と、しかし疑いなく信じていた。六十をとっくに過ぎた今になっても。

2.

 翌日帰宅した悟飯を、ビーデルは労りに満ちた声で「おかえりなさい」と迎えてくれた。
 悟飯はホッと表情を緩めて「ただいま、ビーデルさん」と微笑む。いつも見ている妻の顔は、悟飯に自分の家に帰ってきたということを実感させてくれる。
 パオズ山の実家は、もうずっと前から父と母の家であり、悟飯の家ではなくなっていた。きっと悟天にとってもそうだろう。自分の家庭を持つとはそういうことだ。
 それでも父と母の揃う家はそれはそれで、満たされた器のように一個の完成した家庭を形作っていた。
 母のいなくなった今、あの空間はまるで空っぽの箱のようだった。あの家を〝家〟にしていた大部分は、母の存在だったのだと今は思う。

 一人になった悟空に、一緒に暮らしませんかと悟飯は提案した。ビーデルも賛成していた。けれど悟空にはあっけらかんと断られてしまった。
 元々一人暮らしが苦ではない性質だし、ましてやその辺のじいさんと違って健康そのもの、面倒を見てもらう必要も無いのだから気にするなと。そう言われてしまえば引き下がるしかなかった。
 悟空があのがらんとした家に一人で暮らすと思うと、悟飯は居たたまれない気持ちになるのだけれど、そもそもの性質が違うと言えば確かにそうなのだ。昔から遠くへ修行に行って数ヶ月帰ってこないということもザラであったし、家というものの位置づけが悟飯とは違うのかもしれなかった。
 悟飯にとって家は、一人ではなくなるためのものだ。でもきっと、父にとっては違う。それがどういうものなのかは、分からないけれど。

「悟天くんも泊まったんでしょう? 久しぶりだったんじゃない? 二人でパオズ山に泊まるのは」
「うん。三人だけであんなに長く過ごすの、もしかしたら初めてかも。今までは家族で集まるって言ったら母さんも絶対いたし」
「そうよね……」
 ビーデルは寂しそうに頷いた。チチは母を早くに亡くしたビーデルに、本当のおっ母と思って何でも遠慮なく言うだぞとよく気にかけていた。ビーデルもチチを慕って、悟飯抜きでもよく会っていた。
 葬式の時にはパンと一緒に、初めて見るぐらいに泣いていた。

「でも、最後までお元気だったわよね。やっぱり武道をやってらっしゃったからかしら。私も見習いたいわ」
 実家から悟飯が持ち帰ってきたアルバムを懐かしそうにパラパラと捲りながら、ビーデルがさらりと呟く。
 悟飯はその言葉にどきりとした。
「ビーデルさんは母さん以上にバリバリやってるじゃない」
「そうかしら? お義母さま結構すごかったわよ。あの悟空さんの奥さんだけあるわと思ってたもの。私は結局、常識の範囲内だし」
 常識の範囲内、という昨晩聞いたばかりの言葉がぐさりと刺さる。
 黙り込んでしまった悟飯に、ビーデルは「どうしたの?」と不思議そうに問うてきた。

 上手いこと誤魔化すような言い回しも、誤魔化すべきことなのかどうかも分からずに、悟飯は正直に昨晩悟天に言われたことをビーデルに伝えた。
 自分はもしかしたら、父さんやベジータさんのように、全然年をとらないかもしれないと。

 ビーデルはきょとんとした後、おかしそうに明るく笑った。
「あははっ」
「あ、あははって……」
 冗談だと思われてる?と狼狽えた悟飯に、真逆の答えが返ってきた。
「やっと自覚したの?」
「ええっ」
「もうそんなのずーっと前からわかってたわよ。ほら見てこのアルバム、悟飯くんの周りだけ動くパラパラ漫画みたいじゃない」
 あっけらかんと言いながらパラパラ捲られるアルバムを隣で覗き込む。
 確かに周りに映る人間の様相と、自身の髪型や服装は折々で変わっているが、よく見ると肉体そのものにはまったく変化が見当たらない気がした。
「で、でも……あんまり年取ったように見えない人って、結構いっぱいいるし」
「そういう人でも、限度はあるじゃない。悟天くんの言ってる通り、悟飯くんはそこを越えてるの」
 絶句してしまう悟飯に、慰めるようにビーデルが肩に手を置く。
「大丈夫よ。仕事で会う人たちは、皆さんもうそういうものって分かってくださってるみたいだし。パンの旦那さんやご両親にも事情は話してあるから」
「じ、事情って……」
「そういう人なんです、って」
「そうなの……?」
「そうよ」
 ビーデルはそのまま悟飯の肩に頭を預けて、懐かしそうにチチも一緒に映る家族写真を撫でた。
「ずっと一緒にいるんだもの、とっくに分かってたわ」
 そして少しだけ拗ねたような可愛らしい口調でごちる。
「わたしはもうおばさんになっちゃったもの」
 時折、何気ない時に、ビーデルがそんな風にこぼすようになったのはいつからだっただろう。
 悟飯はその度に心底驚いて、ビーデルの肩をゆるく抱き寄せると首を傾げて言った。
「ビーデルさんはいつもかわいいよ」
 今もまったく同じ気持ちでそう呟く。
 ビーデルもいつものように、くすぐったそうに笑って「悟飯くんは変わらないわね」と微笑んだ。

 本当の気持ちなのに。
 変わったかどうかなんて、考える必要もなかった。
 ずっと隣にいるビーデルを見て過ごしてきたのだから、今のビーデルが悟飯にとっては一番身近なビーデルだった。ビーデルが歳をとったと言うなら、悟飯も同じだけ歳をとっているつもりだったのだ。

3.

 サイヤ人は若い時間が長い。
 ベジータがもたらしたその情報は、正しくサイヤ人であるベジータ自身と、同族の孫悟空が証明していた。彼らはもう八十を越している。しかし未だ肉体に衰えは見えず、精悍な若々しい姿のままだった。
 では、寿命は? かつて、あくまで同族二人に限った話として尋ねたその問いの答えを、ベジータも持たないらしかった。
 はっきりしているのは、戦い続け、力を持った戦士ほど若さを保ち長命な種族だったという事。
 あまり戦わず力も低いままの下級戦士は五十年も生きず老いを迎えて死ぬが、常に戦闘に身を置き高い力を維持した者は六十を越えても若々しい。サイヤ人はそういう種族だった。老いて力が落ち戦闘から遠ざかるのではなく、戦闘から遠ざかり力が落ちれば老いるのだ。
 それでも限界はあったらしい。フリーザ軍と同盟を組む前は移動手段が限られていたため、外敵が居なくなり戦う機会自体が減少した結果力を落として老いるか、単に戦闘に身を置きすぎて自滅するかのどちらかで、やがてはそう地球人と変わらぬ寿命で死を迎えるのが〝一般的な〟サイヤ人の生態だった。
 しかし、ではその種族の間で伝説とされていた未知なる力を手に入れ、それすらも越えて今も力を磨く生き残りの二人は、どこまで若く生きる時間が与えられているのか。
 かつて空恐ろしくなって聞くのをやめたその問いを、悟飯はもう一度聞きに行くことにした。今度は、自分も無関係ではない話として。

 カプセルコーポレーションには先代の置き土産として、世界中のあらゆる珍しい生物が伸び伸びと暮らしているため、悟飯は今もよくブルマの家に遊びに行っている。
 今回も庭の動物たちを見せてもらうついでという建前で、悟飯はベジータの所に顔を出した。
 最近ベジータは家にいることが多いのでアポなしでも会えると踏んだのだが、目論見通りだった上に、珍しくトレーニング中でもなかった。
 おくつろぎ中の所失礼します、雑談しに来ましたという体で寄ってくる悟飯をベジータは明らかに不審な目で眺めていたが、サイヤ人の生態についてそれとなく尋ねると、以前も聞いたサイヤ人における戦闘力と老化と寿命の話を簡潔に繰り返してくれた。そして、あっさりと言った。
「お前もオレ達と同じだ」
 それは、何故悟飯がこんな話を聞きに来たのかを言わずとも分かっている様子だった。
 悟飯は、言い切られた言葉に何か言い返そうとしたが何も思い浮かばず、ぽかんと口を開ける。
 ベジータは続けた。
「トランクスに尻尾は初めから無かった。ブラもそうだし、悟天もそうだったんだろう。お前だけはサイヤ人の血が濃いんだ」
 確かに、サイヤ人の血を引いた地球人の中で、悟飯以外に尻尾を持つ者はいない。
 悟飯だってそんなことはとっくの昔に分かっていた。悟天のおしめもパンのおしめも替えていたのだから。
「しかもお前は誰よりもぶっちぎりで潜在能力が高い。サイヤ人の形質が完全な形で受け継がれた上でそのパワーなら、いつまでも青二才みたいなツラしてるのも道理だ」
 畳みかけるベジータに、悟飯は弱々しく反論する。
「で、でも……例えボクの血の方が濃かったとしても、悟天やトランクスの才能はボクを軽く凌いでいました。あっさりと超サイヤ人にもなったし……」
「技術的な才能とエネルギーの総量は違う。お前は自在に自分のエネルギーを引き出す器用さこそ奴らに及ばないかもしれんが、眠っているエネルギーそのものは比較にならんほど莫大だ。おそらく肉体の維持に関しては、内蔵するエネルギー量をどれだけ落とさず維持出来るかの方が重要なんだろう。永久エネルギーを持つあの人造人間が全く歳を取らないようにな」
 お孫さんが出来た今もギャルの名声を欲しいままにしている懇意の奥さまを引き合いに出され、自分が社会においてどのように見られる存在なのかがいよいよ現実感を持って迫ってくる。今や社会的には悟飯もとっくにおじいちゃんの立場であるし、すっかりそれを板につけているつもりでもあったというのに。
「で、でもボクはここしばらく修行もサボってますし、戦いから遠ざかってますよ。体も鈍って力も大分落ちてるんじゃないかな……」
「その気になればいくらだって強くなるだろうお前は。本当の意味で力が落ちはしない。持って生まれた膨大なエネルギーは常に奥の方に手つかずのまま残ってる、どれだけ怠けていてもな」
 言いながらベジータは、ソファの背もたれの上に軽く腰かけたまま固まっている悟飯との距離をゆっくりと詰めてきた。
 追い詰められている気分で、目を泳がせながら悟飯は問いを重ねた。
「でも……でも、寿命は? サイヤ人が仮に六十とか七十まで若いままだったにしても、残りの五年十年で一気に老いるとか……そんな風に、寿命自体は地球人と変わらないんだと以前おっしゃってましたよね」
「普通のサイヤ人はそんなものだったさ。超サイヤ人をおとぎ話だと信じていた、昔のオレを始めとする一般的なサイヤ人はな。だがもう、オレたちは普通のサイヤ人じゃない」
 ベジータは悟飯の頬に触れて、その顔を眺め下ろすと言った。
「お前もこっち側だ」
 呪いのように語り掛けながら、非対称にやさしく触れてくる手。
 悟飯はふと、ナメック星で二度目にベジータと会った時にもこんな風に触れられたことを思い出す。
 あれは一体、もう何十年前のことになるだろう?
 あの緑の空は遠い遠い昔の風景なのに、肉体はその遠さに非対称な近い場所へと取り残されている。

 例えば、クリリンさんの傍の18号さん。例えば、ブルマさんの傍のベジータさん。例えば、お母さんの傍のおとうさん。例えば――ボクの傍のピッコロさん。
 少ないが、知る範囲においては決して珍しくはない時の流れの非対称性において、そういう風に自分は〝こちら側〟に対置される存在なのだと悟飯は思い込んでいた。思い込んでいたのだが、どうやらそうでもないらしかった。

「ベジータさんは、いつドラゴンボールで不老不死にしてもらうのをやめようと思ったんですか?」
 悟飯の問いに、ベジータは少しの沈黙の後、不意打ちで悟飯の腹に膝を入れた。
「ぐはッ!」
「くだらんことを訊くな」
 腹を押さえて膝を折る悟飯に言い捨てて、ベジータはぷいと踵を返し行ってしまった。
 幸いにも、蹴られた痛みは子供の頃ほどではなかった。

4.

 追い詰められた悟飯はカメハウスに赴いて、このあいだ母の葬儀で会ったばかりの頼りになる面々に、自身の窮状を訴えた。

「自分がトシくってないことを今まで気づいてなかったぁ!? あっはっはっは! おまえらしいなー!!」
 訴えた結果、クリリンを始めとする一同に爆笑されてしまった。

 伝え方としては「どうもやっぱりサイヤ人の血の影響で歳を取るのが遅いらしい」というようなふんわりした言い方をしたのだが、傍目から見ると〝今更自覚して焦っている〟ことが一目瞭然だったようだ。
 やっぱりそうなんだ……と肩を落とす悟飯に、笑っている一員ではあったが18号が慰めを言ってくれる。
「でも案外他人の見る目なんていい加減だから、格好さえ年相応にすれば結構紛れるもんだよ。わたしも髪ショートにしてからは、そのへんのガキにオバさんって言われたこともあるし」
「えっほんとかよ。そのガキ殺してないだろうな」
「するわけないだろ。多少シメはしたけど」
 若干話が逸れている中、悟飯は18号の言葉に我が意を得たりと大きく頷いた。
「そうなんですよ! ボクも同年代の研究者と同じような格好してるし、髪だって学会の時は固めてるし、眼鏡してるから全然みんなとおんなじ感じだと思ってて」
「自分で気付かないのはまた別問題だよ」
「鏡見て気づけよ」
 夫婦揃っての冷静なツッコミを受けて悟飯はまた消沈した。
 亀仙人が煙草をふかしながら気楽に言う。
「しかし若いまま長生きなんて羨ましい話じゃの。ワシもヤングなハンサムのままなら今頃ギャルと遊び歩いておったんじゃが」
「そのスケベさじゃ見た目がヤングでも逃げられますよ。今時のヤングはコンプライアンスに敏感なんすよ」
「時代の移ろいは世知辛いの~」
 クリリンの苦言に悲し気に眉を顰める亀仙人は、確か聞いた話が本当ならそろそろ四百歳が見えてくる年齢だった筈だ。
「武天老師さまは、それほど長生きでおられてさびしくないのですか?」
 もう少し迂遠な言い回しを探そうとしたが、思い付かないので悟飯は直球で聞いた。
 亀仙人は思いがけないことを聞かれたというように眉を上げてから、快活に声をあげ笑った。
「ほっほっほ! 見た目だけじゃなく中身も青いのう悟飯よ!」
「おまえ相変わらずデリケートなことをハッキリ口にするなあ~」
 横で茶を飲みながらクリリンが悟飯に感心している。
「なんじゃ、お前が気にしておるのはそこか?」
 笑み混じりの亀仙人の問いに、悟飯は素直に頷いた。
「ベジータさんに聞いたら、ボクたちはイレギュラーだから、いつまで生きるかまったく分からないって言われちゃって……なんか途方に暮れちゃって……」
「まあ、生物学上はただの地球人の武天老師さまだってこんだけ生きてるんだからなあ。お前らほどになると見当もつかないな」
「そもそもなんでそんなしぶとく生きてるんだい、ジイさん」
 18号の問いに、亀仙人は飄々と何でもないことのように言った。
「仙道を極めると、自ずと枯れながらも自然し続けるパワーが身につくようになるんじゃ」
「そういや、カリンさまも猫だけど仙猫様だからめちゃめちゃ長生きって言ってましたね。たしか800歳とか言ってたかな」
「へええ……。仙人って、どうやったらなるものなんですか?」
 悟飯の素朴な疑問に亀仙人が言う。
「なに、そう呼ばれないだけでお前の父親もほぼ仙人みたいなものじゃ。心を読む技法はもう身に着けておるようじゃしな」
「ああ、やってましたねそういや。いつ頃からだったかな」
「心を読むって……あの、頭を触って相手の記憶を探る力ですか?」
「そうそう」
 悟空がクリリンの記憶を読む所を、悟飯も隣で見たことがある。
「じゃあつまり、武術というよりは精神的なコントロール能力でそのようになるって事でしょうか?」
「そういうことじゃ。天然の枠を超えて長生きする境地に鍛錬によって到達した時点で、精神もその粋に到達しておる。だからお前の問いに答えるとすれば、ぜ~んぜん寂しくない」
「はあ……」
 あっけらかんとした断言に、悟飯は圧倒されてしまった。
「ボクは、ひとの考えてることなんてちっとも分かりません……」
 呟くと、クリリンが亀仙人に尋ねた。
「ナメック星行く時、悟飯と頭の中でお互いに戦闘のイメージトレーニングしてたんですけど、ああいうのとはまたちょっと違うんですよね?」
「それだと頭の中に展開した戦いに向かって昂ぶる気を読んどるだけじゃからな。心というもののほんの一部分に過ぎんよ」
 18号が肘でクリリンを小突いて言った。
「アンタも修行して仙人名乗れるようになりなよ」
「ええ~? オレ~?」
「そうですよ、ぜひ修行してくださいクリリンさん」
「そうなると何仙人になるんだろうオレ……」
「ほっほ。まあ、仙道なんてのもひとつの指針に過ぎん。悟飯よ、お前がお前なりの道を辿って、結果永い時を生きるならば、それはそれでお前なりの心のありようもまた見つかるじゃろうて。さて、ワシちょっとトイレ」
 軽快な足取りでトイレに向かう亀仙人に、クリリンは呆れたように呟いた。
「すごい人ではあるんだよな……そんな感じはしないけど……。あ、そういや悟飯。こないだ獲れた魚余ってるんだ、土産に持ってけよ」
「あ、ハイ。ありがとうございます……」
 昔から変わらぬ兄貴分の気安さで、クリリンもキッチンの方に向かっていく。

 二人を見送った悟飯の肩に、不意に18号が手を回した。
「アンタの気にしてることが甘いとは、わたしは思わない」
「え?」
 戸惑う悟飯に、18号は当然のような落ち着いた顔で言った。
「わたしはブルマに頼んで、もう一度緊急停止スイッチをつけてもらった。クリリンの生体反応が消えたらわたしも停止する仕様で」
 悟飯は目を丸くした。
「……それは……クリリンさんには?」
「言うわけないだろ。わたしが勝手にそうするだけだ」
「はあ……」
「放っておけばわたしのエネルギーは永久に尽きないらしいが、いつまでも生きてたってキリがないからね。行くのが天国だが地獄だか知らないけど、わたしは仙人じゃないんだ。どうせ飽きるならキリのいいところで去る」
「飽きる……ですか」
「ああ。わたしにとってもうクリリン以上に面白いものも見つからないだろうし、マーロンも立派に自立した。あのジイさんみたいに世の中を眺めるだけで満足していつまでも暮らすことは出来ないし、お前のオヤジみたいな戦闘狂でもなければ、お前みたいに何か興味のあることを研究するような頭もない。今後ブルマのようにわたしの構造を理解する科学者と知り合う機会も無いだろうしね。サクッと決めたよ」
「そういう、ものですか……」
「だからまあ、アンタよりは先に行くだろう。たぶんね」
「それは……」
 悟飯はその時のことを想像し、しょんぼりした顔で言った。
「そうだとしたら、寂しくなりますね」
 18号はフッと笑って、悟飯の肩を軽く叩いてから離した。
「それにしたってだいぶ先の事にはなるだろう。あるいはとうとうアンタも敵わないような何かが出てきて、アンタが普通にアッサリと死ぬ可能性もあるし。そうなったら地球も終わりだろうけど。この先アンタが仙人みたいに悟った心境になって、寂しいなんて感情が無くなる可能性もある」
「はい……」
「まあ、頑張んなよ。アンタなりに」
 さっぱりした激励に、悟飯は笑った。
「ありがとう、18号さん」

5.

 自宅に戻る途中、飛んでいた悟飯の行く手に突然悟空が現れた。
 瞬間移動で進行方向を塞ぐように現れた為、何も気にせずスピードを出していた悟飯は慌てて急停止する。
「あ、危ないですよおとうさん!」
「はは、ワリィワリィ」
 どうにか勢いを殺した悟飯を軽く受け止めて、悟空はあっけらかんと笑った。
「またしばらく修行に出るからよ、おめえには一言知らせとこうと思って」
「ビルスさんの所ですか?」
「おう。とりあえずな」
 ということは、そこからまた別のどこかに行く可能性もあるのかもしれない。
 しばらくというのは、本当にしばらく戻ってこないのだろう。何となく悟飯も予想はしていた。ここ何年か悟空はあまり家を空けず、チチの傍にいた。傷心旅行というのでは決して無いが、母のいなくなったあの家で一人懐かしむように長く過ごす父というのが想像出来なかった。
「ベジータさんも?」
「いや、ベジータは行かねえ。当分は来ねえんじゃねえかな。ブルマの傍にいるってさ」
 へへ、と笑いながら悟空が言った。面白がるような、しかしどこか祝福するような気のいい調子があった。
「そうですか……。ボクは今、カメハウスに行って、クリリンさんたちに会ってきた所なんですよ」
「へえ、そうなんか。みんな元気だったか?」
「はい。色々と、アドバイスに乗ってもらって」
「アドバイス~? 何のだ?」
「うーん、説明が難しいんですけど……そうだ、おとうさんってこう、相手の額に手を当てて記憶を探れましたよね?」
「おう」
「やってみてくれませんか?」
 悟飯が額を差し出すと、悟空は怪訝そうな顔をしつつ「どれ」と言って要望通りにした。
 少し考えるようにじっとしていた後、悟空は笑い出して、そのまま悟飯の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「おめえは変わらねえな。ホントに、昔っから」
「そ、そうでしょうか……」
 どういう意味でだろう、と考え込んでしまう悟飯に、悟空は優しい顔で言った。
「そのうち、お前も一緒にオラと修行しに来いよ」
 しばらく。そのうち。
 予想の立たない何時かばかりが引き合いに出される話に、悟飯はうーんと首をひねってから、曖昧に頷く。
「……考えときます」
 悟空はおかしそうに笑った。
 最後にポンポンとまた頭を撫でて、悟空は遠い地へ旅立っていった。
 

6.

 帰宅すると、ビーデルはソファーで編み物をしていた。結婚したての頃、女子はこういう趣味も持っといた方がいいだよと勧めるチチに習って以来、熱心にやったり全然やらなくなったりしていた。最近はまた熱心にやっているように見える。
 おかえりなさいという穏やかな声にただいまと返して、悟飯はビーデルの隣に座った。
 そして各方面と話して、納得せざるを得なくなった自身の状態について今更ながらに謝った。
「ごめんね。ボク、思ったより宇宙人だったみたい」
 ビーデルはくすりと笑って、何も言わなかった。
 悟飯は少し拗ねた気持ちで続ける。
「言ってくれればよかったのに。こんなことなら、早くドラゴンボールに『自然な感じで歳をとらせてください』って頼んどくんだった。ブルマさんみたいに」
「ブルマさんのお願い事は逆じゃない。それに、神龍の力を超えた存在にはドラゴンボールじゃ何も出来ないんでしょ?」
「あ、そっか……」
 くすくすと笑って、ビーデルは悟飯の頬を撫でた。
「そのままの悟飯くんがこうなんだから、それでいいわよ。いつまでもカッコいい旦那さんが持てて、わたし幸せよ」
 悟飯はふと、18号が言っていた話について、ビーデルに話そうかどうか迷った。
 迷っている間に、ビーデルが続けた。
「ねえ、わたしがいなくなっても、悟飯くんは誰かといっしょにいないとダメだと思う」
 頬に添えられた手の暖かさを感じながら、悟飯は目を丸くする。
「悟飯くんはさびしがりだもの」
 言われたその言葉自体を悟飯は寂しく感じた。しかし本気で言っていると分かるので、多くを言わず問い返す。
「……そうかな」
 ビーデルはふふと笑った。
「そうよ。どれだけ部屋に一人で籠ってても、晩ごはんは誰かと一緒に食べたい人でしょ。ハイスクールの頃にお試しでひとり暮らししてみた時も、三日で無理になって実家に戻ったじゃない」
「そ……そうだったかな」
 恥ずかしくなって小声になる。
 ビーデルは懐かしそうな声で言った。
「今思うと、きっとパパもそうだったのね」
「お義父さん?」
「うん。母さんが亡くなってから、有名でモテるからって、女の人をとっかえひっかえして。信じらんないって思ってたけど……さびしかったんだと思う」
「……ボクは絶対ちがうタイプだよ」
「もちろん、それは分かってるわよ」
 釘を刺すと、ビーデルはおかしそうに笑った。
「でも、ブウさんと友達になってからはパッタリそういう付き合いは無くなったから。結局、誰かにそばに居て欲しかったのよ。対等な誰かに……。娘だと、たぶんちょっと違ったのよね。パパにとってはあくまで守る対象だから」
「そういうものかなあ……」
「ピンと来ない?」
「ちょっとは分かるけど。うーん……ボクの中にはね、もうビーデルさん専用の椅子があって……ビーデルさんがいなくなっても、その椅子には誰も座れないんだよ。空の椅子がずっとあるんだ。で、それを眺めて、ビーデルさんの椅子だなあって、思い続ける」
「……寂しいね」
「うん」
「パパの中にもママの椅子があったのかな?」
「あったと思うよ」
「誰もいなくなっちゃったのが寂しいんじゃなくて、居た誰かが居ないことが寂しかった? ハイスクールの頃に聞きたかったかも。そうだと思えば、もう少しパパに優しく出来たかな。……ううん、やっぱり出来なかったかも」
「寂しくても女の人をとっかえひっかえはどうかと思うよ」
「そうよね。でも……悟飯くんも寂しいでしょ、やっぱり」
「そうだね。でも……大丈夫だと思う。ボクは」
 18号の話を聞いてから出ずにいた答えが、ビーデルと話している内に出てきた気がした。
 何かすっきりとした心持で言う。
「ボクはさびしがりだけど、寂しいのに耐えられないわけじゃないんだ。抱えたまんまでも、大丈夫だよ」
「……本当に?」
 疑わしそうなビーデルに、悟飯は笑って頷く。
「ボクね、昔ピッコロさんに半年間荒野にひとりぼっちで置いてけぼりにされたことがあって。4歳のころだったかな」
「えぇ……? なんで……?」
 ドン引きした声を出すビーデルに頬を掻いた。
「その時もその時で色々大変で。おとうさんのお兄さんって人が地球を制服するためにやってきて、相打ちになっておとうさんはその時一回死んじゃったんだけど、一年後にもっと強いサイヤ人……ワルだった頃のベジータさんが来るって予告されちゃったから、その時までにボクを鍛えるって言ってピッコロさんがボクを誘拐したんだよ。その修行の始めが、半年間荒野に一人になることだったんだ」
「……ピッコロさんを見る目変わっちゃうかも」
「い、いやまあその後色々あったから。結局一年後、ピッコロさんボクを守って死んじゃったし。……でもね、とにかくそれまでのボクの暮らしというのは、あのパオズ山で周りにずうっとおかあさんか、おとうさんか、おじいちゃんがいつも一緒にいてくれる、すごく平和な暮らしだったから……荒野の生活はすごく寂しくて。昼間はまだいいんだ。でも夜はとても静かで……」
「かわいそう……」
「でもね、置いていかれた時は本気でさびしくて死んじゃうと思ったんだけど、そうでもないんだこれが。涙ぐらいは出るけど、さびしさで死んじゃったりはしないものなんだって思った」
「そういう問題?」
「それに、さびしいと思ってる間にも、鳥とか、虫とか、恐竜とか色んな生き物が周りに現れて、ボクがさびしくてたまらない環境を平然と生きてるんだ。ボクだけがその中で違うことを考えてた。パオズ山の緑いっぱいの景色とか、おかあさんの作ってくれた肉まんとか。家族に会いたいなってことを……。そのことがね、当時はこんな風に形容することは勿論出来なかったんだけど、なんだか……しあわせだったんだ。ボクはひとりぼっちでもボクなんだということが。今は目の前から無くなってしまって、そのことが寂しかったとしても、ボクはそれを確かに持ってたことがあって、その記憶がボクの中にだけあるんだっていうことが」
「……悟飯くんがそんなに強くなっちゃったのは、ピッコロさんが教えたからなのね」
 ビーデルは悟飯の肩に凭れ掛かって呟いた。
「じゃあ、ピッコロさんに責任とってもらわなくちゃ」
「もう十分とってもらってるよ」
 悟飯が真面目に言うと、ビーデルは笑った。
「欲がないんだから、悟飯くんは」

7.

 ピッコロに会うのはチチの葬式ぶりだった。
 立ち寄ったピッコロの家で、悟飯は最近判明した自身の寿命不明問題と、悟空が再び修行に出た話、チチの遺品整理で見つかったものの話等をとりとめなく話した。
 ピッコロは聞くともなしに聞いていたが、不意に言った。
「ドラゴンボールで母親を延命させようとは思わなかったのか」
「しなくていいって、前から本人が言ってましたから」
 悟飯は簡潔に答える。
 神龍の力を超えている存在は例外だが、普通の人間ならば不老不死すら願えば可能だということをチチも知識として知っていた。
『とんでもねえ話だな。早死にはしたくねえが、ある程度常識的な長さ生きれたらオラは自然に任せてポックリ天国さ行きてえだ』
 身近が人間が何度もドラゴンボールに関わりながらも、一度も使ってみたいとも言ったことのない母の言葉は、掛け値なしの本心だっただろう。
「そういうものか。死を拒む人間は少なくないと思うが」
「おかあさんも何だかんだ魔人ブウの時に一度死んじゃったりはしてますし……おとうさんが死んだり生き返ったり、逆にずっと長生きの人も周りに居たりして、あんまりその辺りにこだわりは無かったんじゃないでしょうか」
「だが、しばらく会えなくなるぞ」
 悟飯は曖昧に微笑んだ。
「……いつかは会えますよ」
 それが何時かは分からないけれど。
 だが、そういうものだ。先のことは誰にも分からない。
「ボクだって魔人ブウの時には死んだような死ななかったような微妙な立場に立たされましたしね。そういう外的要因で、案外常識的な長さで死ぬってことも無い話じゃありません」
「無い話だろう。お前がやられて死ぬような敵が現れたら宇宙の終わりだ。魔人ブウの時もそうだった」
「それ、18号さんも言ってました」
「18号か」
 呟いたピッコロは、冷静な顔で悟飯に言った。
「お前ももしかしたら、不老不死に近い生物かもしれんな」
 あっさりと言われた恐ろしい言葉に、悟飯は苦笑いして頬を掻いた。
「それは、きついですね。ボクもやっぱり緊急停止スイッチとかつけちゃおうかな」
「なんだいきなり」
「だって、さびしくて死んじゃいますよ」
 ピッコロはそれを聞いて、妙な顔をした。何か聞き覚えのある言葉を聞いたというような。
 少しだけ沈黙した後、その大きな手が伸びてくる。そして確かめるような手つきで悟飯の頭から頬までを撫でると、言った。
「オレがいてやる」
 シンプルで、何の裏もない、単刀直入な言葉だった。
 悟飯はポカンとした顔でピッコロの真面目な顔をしばらく見上げていた。それから、ふと呟いた。
「ピッコロさんの椅子は昔からずっとボクの近くにあるけど、座り方や位置をその時々で少しずつ変えてくれているんですね」
「なんだそれは」
 不可解そうなピッコロに笑う。
「口で説明するのは難しいんですけど。そうだ、ピッコロさんって心読めますか? やってみてくれませんか、こう、額に手を置いて」
 差し出すように頭を傾ける悟飯に、ピッコロはフンと笑ってその額を弾く。
「知るか。一人で考えてろ」
 突き放したように言うと、ピッコロは代わりに悟飯の腕を引いた。そして守るためでもなく運ぶためでもなく、ただ抱きしめるために長い腕が悟飯の背に回った。
 びっくりしつつも、悟飯もおずおずとその背を抱き返す。
 二人で初めてするただの抱擁は、慰めにしてはあまりにも馴染んでいて、今までしたことが無かったのが不思議だった。
 今まで、あまり気がついていなかったのだろうか。お互い、自分がどれだけさびしい存在なのかに。
 あるいはやっぱり、気がついていなかったのは悟飯だけで、ピッコロは気がついていたけれど平気だっただけなのか。
 悟飯には分からなかった。こんなに近い相手なのに分からないということは、さびしいことだった。けれど、さびしいことは悟飯にとって、決して悪いだけのことではない。
 胸にさびしさが広がるほど、そこに居てくれるものが一番星のように強く強く輝くことを悟飯は昔から知っていた。それが、たとえ空の椅子であっても。

<終>