もろい世界の堅牢な繭で - 6/9

「ボクのベッドなのに~」
 頬を膨らませて不満いっぱいに訴える悟天に、悟飯は申し訳なさそうに「ごめんなあ悟天……」と、改めて謝った。

 あれから家に帰った後も、何とか気を抑えた状態を維持できていた。しかし悟空が薪を取りに家を離れて距離が出来ると、途端に難しくなった。近くにある悟天の方の気に引きずられてしまうのだ。
 就寝時は悟天と一緒に寝るのだし、今度は悟天の気を目印にして気を抑えようと試みた。しかし悟天の気では、どうしても抑えたまま気を安定させる事が出来なかった。悟天自身の気がまだ安定していないためだ。結局一度戻ってしまい、その衝撃で近くにあった机が無残に壊れた。
 そういうわけで、急遽悟天と悟空の寝床が交換される事になったのだった。
「仕方ねえ、悟天は久しぶりに母ちゃんと寝るだよ」
「ボクもそっちで寝たい!」
「わがまま言うでねえ。ベッドが壊れちまうだろ」
「兄ちゃん、なるべく早く慣れるように頑張るから」
 チチと悟飯が宥める一方で、悟空が面白そうに煽る。
「オラは別にずっとこのまんまでもいいぞ」
「ダメー!」
 悟天がむっとして悟空の体をぐいぐい押す。
「おっやるか? かかってくるか?」
「や、やめてくださいよおとうさん……」
「何時だと思ってるだ、もう寝る時間だよ」
「よし悟天、明日朝から勝負だ。悟天が勝ったら明日からベッドを返してやる」
「ぜったいだよ! やくそくだからね!!」
「おう約束だ」
 悟空の挑発は却って功を奏したらしく、悟天は自分の居場所を取り戻すための戦いに燃えながら、今日のところは大人しくチチと一緒に元は悟空のものである寝床へと向かった。
 見送った後、悟空は楽しげに笑って言う。
「懐かれてんなあ。おめえも小せえ頃は、オラにいつもくっついてばっかだったっけな」
「そ、そうでしたっけ……」
 本当は覚えているが、悟飯は恥ずかしそうにとぼけた。その顔を見つめながら、悟空は労うような声をかける。
「アイツには、おめえが父さんの代わりをしてくれてたんだな」
 悟飯はそれを聞いて少しぼんやりした後、不意に視線を落として、ひどく優しい表情を浮かべた。
 それは父親の不在の中で弟を見守ってきた自分のことではなく、自分が見守ってきた弟のことを想っている、そんな顔だった。悟空はふと、愛情深い兄の顔とはこういうものなのかと思う。
「これからは、悟天といっぱい遊んであげてくださいね」
 穏やかなその声には、今まで叶わなかったことがこれからは叶う嬉しさを滲ませている。しかしその願いの対象は悟飯自身ではない。それが、悟空には少し寂しかった。
「おう」
 頷いて、悟飯を促し床に就く。
 こうして一緒に寝るのは本当に久しぶりだった。天国では歳を取らなくても、時は流れている。悟飯は何もかも悟飯のままで、それでも何もかもがあの頃とは見違えていた。

 寝転がったまま手で頭を支えた悟空は、寝物語にふと思い出して口を開いた。
「くっつくと言えばよ。あん時、おめえと合体しようとしてたんだよな。ブウとおめえが戦ってるところに、オラが生き返ってこの世に戻ってきた時」
「へっ? 合体?」隣の布団に寝そべった悟飯は素っ頓狂な声を出した。
「ああ。あん時おめえが受け止め損ねて落とした耳飾りがあったろ? ポタラっつーらしいんだけど、あれを他人同士が逆の耳に片方ずつ付ければ、付けたヤツ同士で合体出来んだ」
 あの時付けさせるつもりだった悟飯の白い耳たぶを指で摘みながら言うと、悟飯は納得した声を上げた。
「なるほど、もしかしてそれを使ったからあの窮地を乗り越えられたんですか。ベジータさんと一緒に」
「おう。ただ、一度ポタラで合体しちまったら二度と元に戻れないなんて界王神さまが言うからちょっとビビったんだけどよ。ま、グーゼン戻れてよかった」
「えっ」
「だからおめえと合体しようって話になった時も困ったぞ。これからもしかして悟飯の学校に通わなきゃいけねえのかと思って」
「は、はあ……大変なことですねそれは……。あのとき落としちゃっててよかったかも……」
 何とも言えない表情で困惑する悟飯に、悟空は笑いながら言う。
「けどよ。元に戻れねえのは困ったモンだけど、オラは正直おめえと合体出来んなら、いっぺんやってみたかったぞ」
「そ、そうですか?」
「おう。オラも結構ウデは上げたつもりだし……あんだけ強くなったおめえとオラが合体したら、どんだけ強くなれるのか、ちっと試してみたかった」
 内緒話のように打ち明ける悟空の顔を、悟飯は少しの間見つめて、不意に言った。
「……おとうさんは、弱いボクはきらいですか?」
 悟空はその問いに目を丸くする。悟飯は寝転がったまま、静かに悟空を見つめていた。不安そうでもなく、甘えもなく、ただじっと真面目な顔で。
 初めて見る表情の気がした。
 ああ、大きくなったんだなと、眩しげに悟空は目を細める。
「……おめえが、本当の意味で弱くなることなんて無えさ」
 ――特に、オラに対してはな。
 呟いて、悟空は悟飯の頬を撫ぜた。