もろい世界の堅牢な繭で - 5/9

 悟飯は夕飯の席で、元に戻りたいと思っていること、今まで待ってみたり気を抑えようとしたりしても駄目だったこと、今は他に戻れる方法が無いか探していることを伝えた。
 言葉にする時に少し緊張していることを自覚して、悟飯は無意識に、自身が強くなったことを喜んでいる様子の悟空へ相談することを避けていた自分に気がついた。
 チチは悟飯の考えに全面的に賛成した。
「それがええ、学校でお勉強するには過ぎた力だよ。ペンも折ってばかりじゃ環境に悪いだ。なっ悟空さ」
「まあそうかもなあ」
 あっさり同意した悟空に、悟飯は内心ほっとする。
 悟天が暢気な口調で言った。
「ドラゴンボールにおねがいすれば~? ねがいがかなうんでしょ?」
「そうだ、悟天ちゃんの言う通りだべ」
 明るく悟天の思いつきを褒めるチチに、悟飯は「残念ですけど」と眉尻を下げた。「オレ……いや、ボクもそう考えて、可能かどうかデンデに聞いてみたんです。でもこれに関しては、神龍の力では無理だろうということでした」
「神龍は作成者の力を越えちまってる願い事は叶えらんねえって言ってたからなあ。人造人間をどうにかしてくれって願いも無理だったろ」
 悟飯じゃまず無理だろう、と納得した様子の悟空に、悟飯は肩を落とす。
「やっぱりどうにもならないんでしょうか……」
「う~ん。力になってやりてえけど、オラ強くなる修行しかしたことねえかんな……弱くなる修行なんて聞いたことねえし」
 悟空は真剣な表情で腕組みして考え込んだ。
「要するに、気を抑えることも今は出来てねえわけだよな。悟飯、おめえ明日休みだろ? 亀仙人のじいちゃんの所にでも一緒に相談しに行ってみっか」
「は……はい!」
 悟飯はぱっと顔を明るくして頷く。
 チチが感心したように言った。
「意外だ~。おらてっきり悟空さはそのまんまでいいって言うかと思っただよ。今までいっつも悟空さときたら、悟飯ちゃんを強くすることばっかりだったでねえか」
「つっても、もう今んとこ強え敵もいねえし」悟空は笑って悟飯の肩に手を置いた。「協力するさ。オラだって悟飯の学者さんになるって夢、応援してんだぞ」
 悟飯は顔を綻ばせて、噛み締めるように言った。
「……ありがとう、おとうさん」

「っつーわけなんだけど、どうしたらいいと思う? じいちゃん、いざって時以外は力抜いて過ごすのメチャクチャうめぇじゃん。なんかうまい方法知らねえかな」
 ざっくばらんに経緯を説明してそう結んだ悟空に、亀仙人はしげしげと悟飯の姿を上から下まで眺めて言った。
「そりゃあそんだけ気を漲らせとったら、平穏に学生生活なんぞ送れんわな。天界で姿を見た時もたまげたもんじゃが」
 亀仙人は持っていた雑誌を畳むと、座っていた一人用のベンチから降りて二人の前まで近づく。
「瞬間的に気を高めているのではなく、潜在能力を解放して素の状態を底上げした結果がその状態であるから、変身を解くように前の状態へ戻すことが出来なくなってしまったというわけか」
「はい……」
「困ったもんじゃな、その界王神とやらも。上げたら上げっぱなしでアフターケアなしとは」
 亀仙人のぼやきに、悟飯は頭を掻いて言う。
「まったく無かったというわけでもないんですが……少なくとも上げてしまった力をまた下げることは、界王神さま達の力でも無理だということでした」
「ふむ」
「やっぱ亀仙人のじいちゃんでも無理か。そりゃそうだよな、界王神さまにも出来ねえのに」
 真っ先に頼ったわりにさっさと見切りをつけようとする悟空に、亀仙人は慌てて怒鳴る。
「そう結論を急かすなっ。まだ考え中じゃ」
 おまえは昔からせっかちじゃった、とぶつぶつ言いながら、亀仙人は悟飯を手招きして木の下まで連れてきた。
 芝生の上に向かい合って座り、改めて悟飯に問う。
「その様子だと悟飯よ、自らの意思で気を消すことも最早出来ておらんな? 魔人ブウを倒したあの日からというもの、遠く離れたこのカメハウスからでも常にお前の強大な気が分かるぞ」
「はい。前は出来ていたはずなんですが、今はもう上手く出来なくなってしまって……後から後から湧き上がって、抑えられないんです」
「自らの気を自分で把握しきれなくなっているんじゃな。だがおまえ、周囲の気は驚くほど正確に読めるのではないか? ずっと遠くの、ほんの小さな気でも」
「あ、はい。前よりも誰かの気を探るのが得意になりました」
「おめえが瞬間移動覚えたら、すっげえ遠くの星まで行けるだろうな」
 横で感心したように言う悟空に亀仙人は「話の腰を折るな」と短く釘を刺す。
「何だよ~」
「わしの考えでは、再び自分の意思で気をコントロールし、抑えた状態を維持できるようになれば、おそらく力を無くさないまま眠らせることも可能となるだろう。わしのようにな。規模こそ違えど原理は一緒のはずじゃ」
「ほ……本当ですか! それは一体どうすれば……?」
「そのためには今、おまえの中に湧き上がっている膨大な気すべてをお前自身が掌握する必要があるが、今のように広く周囲の気を拾っている状態では至難の業じゃ。一旦周囲の気をすべて遮断して、自分の内側の気のみに集中せねば不可能じゃろう」
 そう言うと亀仙人は、悟飯の額の前に人差し指を翳した。触れそうで触れないその指先に、亀仙人の気が集中する。
「目の前にある、一番近いこの気だけにまずは集中しろ。この気ひとつ以外は感じられないという状態にまで持っていけ。そうすればお前の外側にある気は一つ、内側にある気も一つじゃ。一対一の状態になる。すると、わしの気ではないものはすべておまえのものという事になる……目印にしたひとつの気を利用して、対するおまえの気の全容を把握するわけじゃな」
「は、はあ……」
「まあ、まずはやってみい。ひとつずつ順番にな」
「……はい! やってみます!」
 座って目を閉じ集中し始めた悟飯を見守りつつ、悟空がしみじみと小声で亀仙人に話しかけた。
「なつかしいな、じいちゃんのとこで修行してた頃を思い出すぞ」
「ほっほ。おまえにもそういうことを考える情緒があったか」
「よくここで国語の授業やったけどよ、今思うとあの本ってさあ」
「役に立ったじゃろうが」
 ひそひそ話している所に「あの……」と申し訳なさそうに悟飯が口を挟んでくる。
「ほれ見い、おまえがうるさくするから気が散るんじゃ」
「あちゃ~わりぃな悟飯」
「いえ、そうじゃなくて……おとうさん、出来れば気を抑えてもらえませんか? おとうさんの気が、どうしても無視できなくて……」
「おお、忘れとった。そりゃそうじゃな、悟空の気はわしより遙かにでかいんじゃ。こんな距離ではわしの気の方が近くても引っ張られるわ」
 悟空は慌てて気を抑えた。
「これでいいか?」
「はい、ありがとうございます」
 悟飯は改めて目を閉じ集中し始める。今度は口も閉じた二人の前で、悟飯はやがて周囲にパチパチと放電のようなエネルギーの余波を漂わせ始めた。
 不安定に気が上下し、眉を寄せ苦労している様子の悟飯の毛髪が時折金に染まったり戻ったりする。
 まるで点滅しているようなその様子に感心しながら、悟空は思わずまた小声で亀仙人に尋ねる。
「超サイヤ人になりかけてるみてえだ。これであってんのかな? 界王神さまが、このパワーアップさせた形態は別に変身してるわけじゃねえって言ってたけど」
「そのパワーを掌握して抑え込むのに、一旦超サイヤ人のパワーを挟む必要があるんじゃろう」
「潜在能力が強すぎっから、それを抑え込むために超サイヤ人のパワーを使ってるってことか?」
「そういうことじゃな」
 悟空は思わず気の抜けた笑いを零した。
「パワーダウンするために超サイヤ人化か。本当に、オラとてんで反対だな」
 亀仙人も楽しげに笑うと、からかうような口調で言った。
「世界は広いな。悟空よ」

 そんな話をしている内に、悟飯の身体が一度白く光って消えたかと思うと、莫大な気も火を消すかのごとく一気に鎮まった。同時に、顔つきや体つきも魔法が解けたようにパワーアップ前の姿に戻っていた。
「おお! 戻ってるぞ悟飯!」
「や、やった……!」
 まだ余裕がないのか、目をぎゅっと閉じたまま喜ぶ悟飯に、亀仙人が声をかける。
「では、ゆっくりわしの気を消していくぞ。そのまま維持するんじゃぞ」
「え! は、はい……!」
 そして宣言通り亀仙人は指先に集中させた気を少しずつ落としていった。悟飯は時折不安定に超化の気配を見せながら、何とか抑えた状態を維持したまま必死についていく。
 いきなり大きく落としたり、かと思いきやじっくりと時間を置いたり、遊ぶように緩急をつけて指先の気を下げていった亀仙人は、冷や汗をかいている悟飯に軽い口調で声をかける。
「じゃあ全部消しちゃうよ」
「あっちょっと待ってください……! まだダメそうなんです……!」
 いっぱいいっぱいの上擦った声で、急激なエネルギーの上下のためか白い頬を上気させて制止する悟飯に、亀仙人は至極愉しそうな声で「えいっ」と気を完全に消す。
「う、く、くく……!」
 また金色になったり黒く戻ったり不安定なグラデーションを描きながら、どうにか制御しようとしているらしい。しかしどんどん金色の割合が増えてきて、悟飯は薄目を開けて懇願するように亀仙人に言った。
「む、武天老師さま、もうちょっと……もう一回だけ気を上げてくださいませんか……っ」
 セルゲーム前にお披露目されて以来目の当たりにする悟飯の翡翠の目に熱心に見つめられ、亀仙人は若干ときめく。
「しょうがないの~」
 亀仙人にとって悟飯は、悟空が初めて連れてきたほんの小さな頃からずっと成長を見守ってきた可愛い孫のようなものだった。ピッコロや悟空の指導と多くの実戦によって瞬く間に強くなっていく姿を横目に、亀仙人は弟子として直接教える機会を持たなかったのも大きいだろう。自分はただ甘やかし可愛がっていればいい立場として長く見守ってきた子どもというのは、亀仙人にとっても希有な存在だった。
 そんな悟飯に初めて多少なりと教えを授け、請われている今の状況というのは中々心躍るものがある。
 ねだられた通りもう一度気を集め、根気よく付き合おうとした亀仙人の横で、悟空が唐突に気を抑えるのをやめた。
「あっ!? ちょっ、ダメだこれ……ッ」
 焦った声と共に、悟飯の気が一気に抑える前の莫大な気まで膨れ上がる。
 周囲を巻き込むその圧で、悟空と亀仙人は勢いよく後ろに吹っ飛んだ。
 間の抜けた声を上げて揃ってゴロゴロ転がり、砂浜にひっくり返る二人に、少し間を置いて慌てた悟飯の声がかかる。
「すっ、すみません……っ! 大丈夫ですかお二人とも!」
「コ……コラ! 悟空! 突然何しよる!」
「いや~ワリィワリィ! ここでオラの気上げたらどうなんのかなと思ってよ!」
「こうなるに決まっとるじゃろうがっ!!」
 笑って頭を掻く悟空に、砂まみれで亀仙人が怒鳴る。
 全く反省の色が見えない弟子に他にもいくつか小言を垂れた後、ようやくある程度溜飲を下げ、亀仙人はしゅんとしている悟飯に向き直って改めて言った。
「まあ、いきなり挑戦したにしてはようコツを掴んどる。流石実戦で鍛えてきただけあるな。あとは慣れるだけじゃ。最初はあえてわしの気で練習させたが、悟空の大きい気を目印にして同じことをする方がずっと簡単じゃろう。ほれ、もう一度やってみい」
「は、はいっ」
 再び集中した悟飯は、亀仙人の言う通り先ほどまでよりもスムーズに抑えた状態まで戻った。
「わしの気を抑えていなくても維持出来るな?」
「はい……何とか……出来てます」探り探りという様子で悟飯が頷く。
「それでええ。要領をつかむまで、同じ方法でとにかく練習せい」
「は、はい……! ありがとうございます、武天老師さま!」
 感謝を表情いっぱいに浮かべて、ぺこりと頭を下げる悟飯に鷹揚に頷く。
 悟空も悟飯の横に並ぶと、改めて礼を言った。
「オラからもサンキューなじいちゃん。やっぱ流石だなあ」
「おまえはどこまで本気で思っとることやら……」
 やれやれと首を振りつつ、亀仙人はふと言い足した。
「悟飯。これからずっと、それだけの膨大な気を常に把握していかなけりゃならん。慣れるまでは、おそらくうまく他人の気を察知することが出来なくなるだろう。眠らせた状態が自然になれば、おそらくまた勝手に意識に入ってくるようになるとは思うが……いずれまた邪悪な気が我々の前に現れるとも限らんからな。気を付けるんじゃぞ」
「わかりました……」
 少し不安げに顔を曇らせる悟飯の肩に、悟空が手を置いて言った。
「そういう事なら必要ねえ」
 そして安心させるように悟飯に笑いかける。「やべえ気が地球に来たりしたら、オラがちゃんと見てっから。な、悟飯」
 悟飯は少し驚いたように目を見開いた後、ゆっくりと破顔して頷いた。
「……はい」
 亀仙人も満足げに頷く。
「それもそうじゃな。いざという時は悟空がおる。悟飯、おまえは安心して学業に進せい」
「はい!」
「まずはその状態にとにかく二十四時間慣れることじゃ。寝る時でもまあ、目印にした気が近くに居れば可能じゃろ。手伝ってやれよ悟空」
「分かってるって! じゃあホント、ありがとなじいちゃん! またな!」
 そのままさっさと肩を引き寄せて今にも瞬間移動しそうな悟空に、悟飯は慌てて頭を下げた。
「あっあっありがとうございましたっ本当にっ! 今度お土産持ってきます!」
 そして手を振る亀仙人の前で、二人は来た時と同様一瞬で姿を消した。

 亀仙人はかつて、わざわざ変装までして悟空に世界の広さを教えようと試行錯誤したことを思い出す。
 しかし今や悟空のそばには常に、誰よりも勝った力を備えながら、力の世界とは異なる世界を望む存在がある。これ以上悟空を謙虚にさせる存在があるだろうか?
 育てたつもりで教えられるのは、どの導き手も同じか。亀仙人は愉快な気持ちで、再び一人用のベンチに寝転がり雑誌を広げた。