飼い犬とのふれあいは大事

 ランサーが庭の掃除を終えて正面玄関の方に向かうと、誰か一般人と言峰が話しているのが見えたので出て行くのはやめた。
 タイミング悪ぃな、と思いながら建物の影の死角で留まる。どうやら初老の男は、犬の散歩で教会の前を通りがかった信徒らしい。リードに繋がれたままヒャンヒャンと懐く犬を、言峰はしゃがみ込み笑顔で撫でてやっている。
 べろべろと手を舐める犬に構わず顎の下をくすぐってやる手つきは優しく、犬は嬉しげに腹を晒した。
 しかしごろんと晒された犬の腹を目を細め撫でるその目つきは微妙に薄暗く、言峰という男を知っている身としては心温まる光景とは言えない。どうせ無邪気に懐く犬に対して嫌な方向の愉悦を感じながら撫でているに違いない。
 何となく普段犬犬言われている現状のせいか妙にいやーな気分になり、ケッと毒づくとランサーは踵を返し、裏口から中に戻る事にした。

 台所で手を洗いソファーにどっかり座って伸びをしていると、そこに丁度言峰がやってくる。
「おら、庭掃除は終わらせといたぜ」
「お前も犬と戯れれば良かったものを。仲間だろう」
「誰が犬だよ!」
 気配で気付いてやがったのか、つーか期待してなかったとはいえ労いの言葉とか一切ナシでそれか、と忌々しく睨みつけていると、言峰は機嫌良さそうにランサーの隣に腰を下ろした。
 そして何の前触れもなくランサーの頭をぐしぐしと撫でる。
 ピタ、と思わず目を見開いて固まるランサーをにこにことして言峰は撫でながら、その瞳に向けて穏やかに言った。
「えらいえらい。よくやったなランサー」
「……、……」
 衝撃過ぎて全く言葉を出せないランサーの頭をてっぺんから髪の結び目まで掌で優しく撫でると、ごく自然な流れで言峰はその手を笑顔で差し出した。
「お手」
「誰がするかああああ!!」
 バシッとその手を叩いて一気に憤怒するランサーをニヤニヤ眺めながら、言峰はやれやれと首を振ってダメだしする。
「出来の悪いお手だな。さっきの犬の方がよほど良いお手だったぞ」
「今のはお手じゃねえ!! な、な、何考えてんだまったく!」
 わけもなく頬が熱くなるのは怒りのせいだと思う。このマスターは定期的に予想もつかない行動をしてくるから性質が悪い。
 というか悲しい。あんな素直で優しい扱いをされたのは初めてだ。それが完全な犬扱いをされている今という事が無性に虚しい。
「普段労いの言葉とか全くねえ癖に何が起こったかと思ったら…っ」
「いやなに、犬の躾には良い事をしたら褒める、悪い事をしたら叱るというメリハリが大事だと聞いて私も反省したのだよ。お手も満足に出来ないとなれば益々きちんとした躾が必要だな」
「だから犬扱いすんなっつってんだろクソ神父!!」
「どうどう」
「聞けえええええ!!」
 頭を完全に犬に対する手つきで撫でて宥めてくる言峰に、ランサーの心は宥められるどころかヒートアップするばかりである。
 というかこの神父に頭を撫でられるという状況があまりにもイレギュラー過ぎて頭が全く落ち着かない。
「な、撫でんのやめろ!!」
「嬉しそうだが」
「どこがそう見えんだよ!!」
 顎の下をくすぐる手を頭を振って避けながら怒るが、顔が赤いのはランサーも自覚している。なんだか屈辱であるのと同時に無性に照れるのは何故なのか。
 言峰はおかしそうに笑ってランサーの手をとる。
 これまた珍しい接触にドキッとして固まるランサーに、言峰は楽しそうに、噛んで含めるように言った。
「いいかランサー、お手はこうだぞ」
 示すように軽く握った指先を振る言峰に、ランサーはぶち切れた。その手を引き寄せてがぶりと噛み付く。
「いい加減にしやがれ!! もう我慢ならねえ」
 がぶがぶと怒りやら照れやらで赤くなった顔のまま指を噛むランサーの背骨辺りを、尚も「こらこらランサー、噛みグセはよくないぞ」と楽しそうに犬の毛並みを撫でるように指でくすぐる感触に、絶対許してやんねえと思いながら両肩に手をついて押し倒しがぶりと首筋を噛んだ。

 結局襲われて完全にそういう状態になっても犬扱いを頑としてやめない言峰にランサーの方が折れて、開き直り噛んで舐めて噛んで舐めてを執拗に繰り返し続け、焦らして焦らした結果謝らせる事には成功したので良しとする。