担任教師の憂鬱
掃除完了の報告に訪れた孫次郎と平太に、斜堂はゆったりと尋ねた。
「昨日のピクニックは楽しかったですか」
外出届を渡した時に、四人が“ピクニック”に行くのだという話は聞いていた。乱太郎ときり丸としんべヱに教わった休日の楽しみ方なのだと。
己の影響で日陰ぼっこを嗜む四人はどちらかといえばインドア派で、それはそれでいいのだが、やはり忍たまとしては外に出て遊んで体力をつけて欲しいという思いもある。
なので珍しくアウトドアな休日を計画する四人を、斜堂は内心喜ばしく思っていた。
訊かれた孫次郎と平太は、揃って笑顔で頷いた。
「はい、とっても楽しかったです。色んなステキな道がいっぱいあって」
「みんなでお弁当も食べられました」
「そうですか。それはよかったですね。怪士丸と伏木蔵も楽しんでいましたか」
「すごく楽しそうでした。怪士丸は洞窟がとっても気に入って、コウモリが飛んできたのが特に良かったみたいで」
「伏木蔵もすごいスリルってはしゃいで、また絶対みんなでピクニックに行こうって言って」
斜堂は少し沈黙した。
「……洞窟ですか。いいですね。スリルなピクニックだったんですか?」
「はい。すごくいい感じの洞窟で、長くて暗くて」
「怪士丸が打竹を持ってて」
「ぼくが洞窟に写った影にビビっちゃって」
「走っていった平太を追いかけて外に出たら、タソガレドキ忍者隊が訓練してて」
「孫次郎と怪士丸がつかまっちゃってたから、ぼくと伏木蔵でぶつかっていったんですけど、やっぱりつかまっちゃって」
「でも伏木蔵が組頭っぽい感じの人と知り合いだったんです。帰り道も、伏木蔵がその人に道を聞いてくれたから無事帰れて」
「おやつももらえました」
突然急展開を見せた話へ完全に思考ごと沈黙した斜堂に代わり、同じく室内に居た日向先生が場をとりなしてくれたらしく、孫次郎と平太はいつの間にか部屋を辞していた。
「斜堂先生……大丈夫ですか?」
日向先生がこわごわと聞いてくる。
「はい……問題ありません」
言いながら斜堂は棚へ近づくと、土産で貰ったまま溜めていた菓子類の中から数個を掴み取り、無言で封を開けバリバリと食べ始めた。
「うわあっ、やっぱり大丈夫じゃないですよ」
「そうでしょうか」
「そうですよ、間食なんて普段まったくしない斜堂先生が……」
「土井先生はストレスが加わると胃を痛めて食欲が失われるようですが、私はむしろ旺盛になるみたいでして……」
「け、健康にはむしろ良いんでしょうかね……?」
「さあ……」
そのまま味も分からず茶で流し込み、ようやく斜堂が落ち着いたのを見て取ると、日向先生が腕を組んで大きく息を吐いた。
「まさかたかがピクニックで、そんな危険な目に遭うとは……」
「ええ。多少の危険ならば、あの子たちも忍たまですからある程度は対処ができるとしても……よりによってタソガレドキとは。あの子たちは暗い道でも平気ですから、人の立ち入らない奥まった地域まで行ってしまったのでしょう。盲点でした」
「伏木蔵が雑渡昆奈門と顔見知りだったおかげで大事には至らなかったのが、まあ不幸中の幸いですか」
「むしろそれが問題です。今度の機会には、私もそれとなくついていくことにしましょう」
斜堂が言い切ると、日向先生は苦笑する素振りを見せる。
「タソガレドキ忍者隊組頭……斜堂先生は、やはり警戒しておられるのですね」
「ええ。学園の催しで接触してしまうことは不可抗力と思っていました。妙に気に入られているし、妙に懐いているので。しかし……こういうパターンもあり得るとは」
タソガレドキの雑渡昆奈門は、以前保健委員の善法寺伊作に助けられた義理から、園田村での戦闘の際に忍術学園に対し協力的な立場をとった。影響力の大きな城であることもあり、それ以来何だかんだと忍術学園とは顔を合わせる機会がある。
関わる切っ掛けだったこともあり保健委員には特に目をかけているようだが、まず前提として子供好きらしく、忍たま達には無条件で好意的だ。
問題なのは一年ろ組の伏木蔵が、生徒の中でも特に雑渡昆奈門と親密な間柄であるということだった。
伏木蔵は生来の怖いもの知らず、いや怖いもの好きだ。得体の知れない雑渡昆奈門を気に入ってしまうのも仕方がない面がある。雑渡昆奈門にしたところで、特に目を掛けているグループの中で特別懐いてくる子供を贔屓目に可愛がるのも、まあ無理はないだろう。
学園で催される行事によって、関係者の目の届くところで交流があるのは大目に見ていた。二人きりにはしないよう、オリエンテーリングや文化祭の時等は伊作が目を配ってくれていた事もある。
しかしそのグループも離れた、保健委員でも何でもない“鶴町伏木蔵”個人としての付き合いが出来てしまってはまずい。監視の目が届かなくなるからだ。
血腥いタソガレドキの忍者隊首領。自分の教え子と親密になる相手として、斜堂は全く信用していなかった。
◇
通りがかりに行き会って挨拶してきた乱太郎ときり丸としんべヱに、斜堂は挨拶を返すと共に、付け加えて礼を言う。
「この間はうちの生徒にピクニックについて教えてくれて、ありがとうございました」
「そんなのお安い御用っすよ!」
「楽しかったみたいでよかったねって、ちょうどいま話してたんです」
「ええ、ほんとうに。ところで次また同じような相談をされたら、私にも教えておいて頂けますか」
その申し出に、三人は顔を見合わせた。
「いいですけど……」
「あの、もしかしてやっぱり何かあったんですか? ピクニックにしては言ってることが妙になんだかスリルとサスペンスみたいで」
少し心配そうな乱太郎の問いに、斜堂はちょっと間をおいてから、四人が体験したらしい出来事をそのまま伝えた。
このあいだ幽霊城で接触があったばかりらしいタソガレドキの名が出て、三人は派手にリアクションした後、しみじみ納得した様子を見せる。
「そりゃースリルだわ」
「平太がチビっちゃうのもしょうがない」
「でも伏木蔵、雑渡さんに会えたんだ。よかったねー」
「よくはありません」
聞き捨てならない乱太郎の言葉に思わず口を挟んだ斜堂へ、三人は首を傾げる。
「もしかして斜堂先生が心配してるのって、雑渡昆奈門と会った事ですか?」
「ええ、まあ」
三人はなあんだ、と朗らかに笑った。
「たしかに、見た目はちょっとおっかないですけど」
「でも、雑渡昆奈門と伏木蔵でしょ? 大丈夫っスよ、なんかもはやトモダチみたいな感じっすよあの二人」
「むしろ一緒にいたら、守ってくれて安心だと思いますけど」
「それはそうかもしれませんが、学園の目の届かないところで会われると……」
寄せられる暢気なコメントに、より暗い影を背負う斜堂にとって、更に受け入れがたい言葉が続く。
「でももう会ってるよな、フツーに」
「うん」
「えっ」
普通に、とはどういうことだろう。沈黙する斜堂に、きり丸が笑顔で説明する。
「伏木蔵が図書室から借りた本、あの組頭が持って帰っちゃったらしくて。あとで利吉さんづてに返却してきたり」
「どうしてそんなことに」
全く理解のできない情報に呆然とした声で呟く。乱太郎が笑顔で情報を追加する。
「こないだ八方斎が忍術学園に紛れ込んでた時も、伏木蔵こなもんさんに会ってアドバイスもらったって言ってました」
「何故、いつの間に」
八方斎の忍術学園潜入の窓口に伏木蔵が利用されたというだけで肝を冷やしたというのに、裏で雑渡昆奈門にも接触されていたというのだろうか。しかもアドバイスとは。
しんべヱが追い打ちのように目を輝かせて言った。
「お休みの日にピクニック行っただけでも偶然出会っちゃうなんてすごい!」
乱太郎ときり丸も深く頷いて同意した。
「よっぽど縁があるんだな」
「伏木蔵スリルが好きだから、スリルの方からやってくるんだよ」
「相思相愛じゃん」
あははは、と明るく笑う三人。
斜堂はフラフラとその場から離れる。
途中で日向先生が力ない斜堂の様子を見て驚き、声をかけてきた。
「どうしました、斜堂先生」
「……うどんを……」
「はい?」
「二杯……食べます」
「えっ? な、何があったんです? 斜堂先生!」
それからはしばらく、伏木蔵がまた偶然にあの組頭と会うような事態にならないか、それとなく注視するようになった。
しかし以降はそんな出来事も特になく、二度目のピクニックへと四人が出掛ける機会が訪れても、今度は危険なことなど何も起こらない平和なピクニックとなった。
斜堂も途中で合流したが、地味でどんよりとした暗いピクニックもそれはそれで四人を満足させたようで、安堵した。
ただ、その日の晩に、食堂の中で乱太郎と伏木蔵が話しているのを陰から偶然耳にした。丁度、今日のピクニックの話をしていたらしい。
乱太郎が何気ない調子で伏木蔵に尋ねた。
「今回はちょっとこなもんさんにばったり会ったりはしなかったの?」
伏木蔵は首を振ってのんびりと答える。
「ううん、なかったよ」
「そっかあ。忙しそうだしねー」
「そうだねえ」
頷いた伏木蔵は柔らかく笑った。少し寂しそうな、しかし和やかな笑みだった。
「会いたいなあ。元気かなあ」
その言葉が、あまりにも素朴な慕わしさに満ちていたので。
そのとき斜堂は、ひとまず諦めようと思った。案ずることを。
件のタソガレドキ忍者隊組頭と伏木蔵が、今後どんな形でまた会おうとも。
◇
それにしてもまさかこれほど堂々と、名指しで伏木蔵を招いてくるとは想像していなかったが。
放課後、作法委員会の作業をしていた斜堂に事務の小松田くんが持ってきた話は、まさに寝耳に水だった。
雑渡昆奈門主催の雑炊パーティーに伏木蔵を招く……意味が分からない。何を考えているのか。
動揺で思わず、外出届を自分が持っていたことを忘れていた。
おそらく首領の名のもとに堂々と招き、責任の所在を包み隠さないことで、害意のないことを証明しているつもりなのだろう。
だとしても一年の生徒をたった一人で自軍の集まりに来させて問題ないという判断を下すと思われていることが癪に障るが。
しかしこんなことは、閉鎖的なタソガレドキにとっても例外中の例外に違いない。大人数を招くということはまず出来ないし、するつもりもないだろうことは理解できる。
そして、こうして伏木蔵の方を招きでもしない限り、伏木蔵とあの組頭が会う機会は無いのだ。
会いたいと言った伏木蔵の笑顔が脳裏に浮かぶ。そうすればもう、何も言えなくなる。
だが味方でもない手練れの忍者隊大勢に一人で囲まれて食事するなど、大人でもぞっとする状況だ。
出発する伏木蔵に少しでも不安な様子が見えれば止める。そう思い門のすぐ内側まで来ると、同じ考えだったのかは分からないが日向先生も現れて隣に並んだ。
しかし門の外で、小松田くんなりに心配しているのか「門限までには帰ってこられる?」と問われた伏木蔵は、はにかんだように笑って答えた。
「さあ、分かりません」
行ってどうなるのか、本当の詳細など伏木蔵には実際まったく分からないだろう。その上で、その分からなさ自体が嬉しいと言わんばかりの伏木蔵の様子に斜堂は閉口した。伏木蔵のスリルの許容範囲がどこまでなのか、教え子ながら未だに掴み切れないところがある。
「大丈夫。私が責任をもって送ってきますから」
案内役の諸泉尊奈門が言う。土井先生によく勝負を挑みに来るため顔が知れていて、ある程度力量があり、それでいて土井先生には勝てない、つまり忍術学園でどうにか出来る程度の実力者。
案内人として適任ではある。若干有事の際の不安もあるが、その場合は尊奈門もただでは済まないわけで、言ってみれば人質も兼ねる。そんな彼を寄越して丁重に送り迎えさせる姿勢には誠意を感じた。
楽しげな様子で出発する伏木蔵の気配を感じながら、ようやく完全に諦めがつく。
少なくとも、安全の面で心配する必要はないと考えていいのだろう。あてのない外出よりはむしろ行先がはっきりしているし、保護者もいるし、配慮はされている。
こんな機会はそう頻繁ではないだろうし、会ったかどうかこちらが必ず把握できるこの形ならば、いざという時は止めればいい。
許せるというよりも、許さざるを得ないという感じだが。この招待自体には、それほど神経質にならなくとも良いのかもしれない。
あとはただ、ここまで周到に招かれるほど気に入られてしまったという事実を憂えばいいだけで。
◇
門限が近くなり、多少物々しいが門前に立って伏木蔵を待つ。こちらが全面的に信用しているとタソガレドキ側に思われても困る。少しでも遅くなればこちらから迎えに行くぐらいの警戒はしているのだと示しておきたいし、実際遅ければそうする。
果たして、伏木蔵は無事に帰ってきた。が、「私が責任をもって送ってきますから」と言っていたくせに、伏木蔵を送り届けてきたのは諸泉尊奈門ではなく、主催者たる雑渡昆奈門本人だった。
近くの茂みから飛び出した影が、斜堂から三間ほど離れた場所に降り立ち、抱き上げていた伏木蔵を丁寧に下ろす。一瞬斜堂にちらりと目をやり、すぐに影は「じゃあね」と伏木蔵に別れを告げて消えた。
あっという間に茂みの合間を遠ざかる影に、「さようなら〜」と手を振って見送った伏木蔵は、にこにこと笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「斜堂先生、ただいま戻りました」
「……おかえりなさい、伏木蔵」
無警戒に往来を親しげに歩くには危険な立場だ。下手に有象無象に目撃されて、敵の多いあの組頭の弱みとでも見なされてしまっては事だ。だから人目を避けて来た……その配慮は理解できる。が、そもそも送って来なければいいだけの話だ。
「雑渡昆奈門さんが、斜堂先生によろしくとのことです」
「……そうですか」
遠くから、門前で待ち構える担任教師の姿を見たあの男はどう思ったのか。狙い通り、多少の牽制にはなっていることを願いたいが。
まったく、どれだけ入れ込んでいるのだろう。知らぬ間に何かあったのだろうか?
あの百戦錬磨の忍者に、こうまで心を許させるような出来事が、伏木蔵との間に。
「先生。心配して下さったんですか?」
首を傾げて伏木蔵が問うてくる。斜堂は答えず、微かな笑みだけを見せた。代わりに問い返す。
「楽しかったですか」
伏木蔵はパッと顔を輝かせて、はい、と頷いた。
不安なことなど何もない、円やかな声が言う。
「行って良かったです」
斜堂は穏やかに、そうですか、とだけ返した。
伏木蔵の背に手を添え、一緒に忍術学園の中へと帰る。
子供は可能性だ。中でも、スリルとサスペンスを求めてやまないこの子の可能性は想像もつかないほど漠として危うい。心配だが、だからこそずっと遠くへと行けるのかもしれないその歩みを、妨げたくはないという気持ちもある。
あのタソガレドキ忍軍の組頭にとって伏木蔵がどういう存在なのかは知らない。伏木蔵にとって先方の存在が、どうなっていくのかもまた然り。
しかし共に居ることで、学ぶところの多い相手であることは確かだろう。この上ない実力者だ。忍たまの成長には協力的なようだし、糧に出来る面はある。
不安の種は尽きないものの、こんな風に忘れかけた頃ふと招かれる程度の付き合いが続くのならば、それもいいのかもしれない。会いに行ったことが分かっているなら、帰りを待てばいい。
気まぐれに懐き、懐かれるような……儚く他愛ない、約束なき親しさならば。
見守っていてもかまわない。今は、まだ。
