菜園や曲者どもが夢の跡

「伏木蔵くん。おだんご食べるかい」
「わ~、いただきます」
 予め決めてあった合流場所に訪れた山本は、購入したらしい団子の包みを開くと、まず伏木蔵に分け与えた。嬉しそうに喜ぶ伏木蔵へ向けた微笑ましげな笑みは、ほぼ素だろう。
 こちらにも包みを向けながら、矢羽音で状況が報告される。
『煙硝蔵から移された火薬は作法委員会のからくり屋敷から、地下を通じて菜園の下に運び込まれているようです。ドクササコは調査を諦め、菜園に向かおうとしたところを土井先生が足止めし、そのまま保健委員会の店先で交戦中。高坂と尊奈門が助太刀しています』
『……なるほど』
 やはりあの学園長、なかなかの策略家だ。多くの城から探りを入れられている現在の窮屈な学園の状況を、逆に反撃の好機にする大胆さ。何よりもその作り出した機を、生徒の学びの機会としても利用してしまう姿勢。忍者の教育機関を創設した人物だけある。

 雑渡は団子を口布の中に押し込みながら、それにしても、とひとつの懸念を口にした。
「一年は組のよい子たち、危険だね」
 教師も菜園に集結しているし、大丈夫だろうと止めはしなかったが。迷路に戻った彼らが、無事安全圏に留まれるかどうかは保証できない。
「組頭、またそのような食べ方を」
 山本はそっちの方が見過ごせない問題らしい。小言を聞き流していると、離脱していた伊作が戻ってきて言った。
「そう思って、毒虫用の薬をたくさん持ってきました」
 一旦いなくなったのは、医務室に薬を取りに行っていたらしい。保健委員の鑑のような行動だ。離れる際に伏木蔵を雑渡と二人きりにすることを懸念している様子だったが、それを押しても用意しておくべきだと判断したのだろう。しかし、と雑渡は保健委員長の気遣いを切って捨てた。
「毒虫なら心配しないさ。私が危険だと言ったのは、煙硝蔵の火薬がからくり屋敷の床下に運ばれ、それが更に菜園の地下へ移されている、ということさ」
 ひええ、と伊作が素っ頓狂な悲鳴をあげる。
 佐武鉄砲隊まで使って実弾の射的場を作ったのは、菜園が学園にとって最警戒地点であると示し、曲者どもを誘き寄せるための陽動だ。また、集まった暗殺者に先走った行動を取らせないための牽制でもある。
 万が一の場合の保険も兼ねているだろうが、初めから狙撃などさせる気はなく、忍術学園を探っている曲者を一か所に集める狙いしか学園長には無かった。そして余所者が一番知りたがる煙硝蔵の位置は伏せられたまま、その中身の火薬だけが彼らを一掃する。
 その時、団子を食べていた伏木蔵が納得したように言った。
「あ、そうか。それで煙硝蔵が、甘酒屋さんになっていたのか」
 雑渡は僅かな驚きをもって伏木蔵の小さな頭を見下ろす。
 確かに、本来の煙硝蔵の前を雑渡は通り、その存在が隠蔽されていることを確認した。一緒に居たのだから、同じものを見ているのは道理だ。しかし言及もせず通り過ぎただけの目の前の状況を、正しく認識して疑問を持つに至っていた彼の冷静さに感心する。
 田楽豆腐が売り切れたのにまだ別の商品まで用意し、火薬委員会が出店を続けていた理由。そこに答えを出すまでの情報は足りていなくとも、その場所が煙硝蔵である事との間に何かの因果関係があることには勘付いていたのだろう。今この瞬間まで彼が残していたその小さな違和感は、観察眼の萌芽だ。
「伏木蔵はよく見ていたね。えらいえらい」
 頭を撫でて、甘い菓子を与えて褒める。嬉しそうに笑う顔は無邪気で子供らしい。
 しかし他の忍たまが雑渡の顔を見るたび腰を抜かすほど驚く中、平気な様子でくっついて文化祭を楽しみ、実際ちゃんと周りを見る余裕もあったその胆力は間違いなく本物だった。
 それは彼が自分の視点で考え選択した態度だ。雑渡に怯えないのは、雑渡が彼にとって安全だと判断された結果に拠るものであり、そしてその判断は正しい。
 彼が雑渡にそうするように、雑渡も“何者か”として彼に接する気は無いのだから。
「そうか! あれは煙硝蔵と気づかせないための、カモフラージュだったんだ!」
 伊作は伊作で、気付いた途端に今度は傷薬をたくさん持ってきかねない勢いで大声を出した。しかしこの分だと、生徒には被害が出ないよう他の委員会が既に対策している可能性が高い。生徒たちの作った罠だけでは対処し切れない実力を持つドクササコ忍者だけは、菜園に向かう前に教師がきっちり対処しているのがその証左だ。
 最大限生徒の自主性に任せ、教師は影で最小限の助力をする。そうして実力を伸ばすのがこの学園の教育方針なのだろう。

 まったく子供というのは可能性だ。大人のやり方は速く確実だが、多様性という点では負けている。
「どうする、照星。あんたの腕の見せ場が無いな」
 少し離れた木陰に佇む、既に店仕舞いした様子の佐武の忍者へ水を向けた。
 賢明な射撃の名手は、この催しにおける狙撃手家業が虚仮に終わったことをむしろ歓迎するように、悠然と答えた。
「見せるものでもないし、見せるつもりもない」
 もっともだ、と雑渡は肩を竦める。
 食べ終わった団子の串を遠くの屑入れに静定剣よろしく投げ捨て、伏木蔵を他の店に誘う。笑顔で頷いたので、猫のように軽い体を再び抱えて菜園からも保健委員会の店からも離れた方向へと歩き出した。山本はやれやれといった様子で付いてくるが、否を唱える気配はない。
 場所を変えずにドクササコの忍者と交戦しているならば、件の幸運食堂も無事で済んではいないだろう。動きがあれば適当なところで尊奈門共々店番は切り上げるよう陣左には伝えてある。有象無象の暗殺者もそろそろ片が付くのだろうし、気にすべき事はほぼ無くなった。
 と、すればこちらも本格的に店仕舞いだ。今はもう少し、この祭りを楽しんでいたい。招待状に免じ、曲者の身を忘れて。

 やがて花火のような音がして、招かれざる曲者どもがまとめて打ち上がっていく派手な光景に出くわした。
 伏木蔵と二人でその様子を見上げ、おおー、と意味を成さない感嘆の声が揃う。
 何者でもなく無責任に二人見上げる秋晴れの空は清々しい。祭りの空気と共に、他人事の結末は朗らかな感興だけを残して爽やかに消えた。