生きている体 - 6/10

 明くる日、槇寿郎宛にお館様から手紙が届いた。
 久々に会うお館様直属の鴉から恭しく供された手紙を、朝日を灯りに読み進める。
 代筆で書かれたその中身は言ってみれば、遺言だった。
 これから無惨が産屋敷邸を訪れる。自分はその際自爆して無惨の動きを止める為に死ぬ。その後は六歳の息子の輝利哉が当主となり鬼殺隊の指揮をとる。槇寿郎に、その警護を頼みたいと。

『私はこの戦略で無惨を倒すつもりでいるし、倒せると信じている。
 持ち得る全ての戦力を注ぎ込んでも失敗する確率の方がずっと多い計画であるのは事実だ。
 だが成功する望みが一縷でも有ること自体が奇跡なのだから、賭けないという選択肢は私には無い。

 欠けていた全ての歯車が揃い、大きな仕掛けがようやく回りだしたこの僥倖をどう表現しようか。
 おそらく君も以前言っていた、日の呼吸の剣士が鬼殺隊に入ってきた時の当主も同じ気持ちだったのだろうね。そして残念ながら君も知る通り彼でも無惨を討てなかったわけだが、それでも彼は幾つかの種を撒いてくれていた。
 今回の計画で重要な役割を果たす珠世という鬼の存在もそのひとつだ。協力者として泳がせた彼女のことを日の呼吸の剣士から当時の当主が知らされて以来、産屋敷の人間だけが代々その存在を把握していた。禰豆子の件は聞いているかな。君も驚いたと思うが、実は既にずっと以前から、産屋敷は鬼と協力して無惨と対抗するつもりでいたんだよ。
 カナエを覚えているだろう? 彼女の妹が今蟲柱を務めてくれているんだが、鬼を殺せる毒を作り出した素晴らしい薬学の才能を持つ子でね。今回無惨を倒すための毒作りに珠世さんと協力して貰っているんだが、人一倍鬼を憎んでいる子だから、やはり少し怒らせてしまったようだ。子供たちは鬼殺隊として全身全霊を捧げてくれているのに、秘密の多い父ですまないと思っている。
 だが彼女たちの作った毒は必ず無惨を追い詰めるだろう。動きは鈍り、隊士たちの攻撃が通る余地が生まれる。

 もしそんな夢のような薬がいずれ出来上がると教えてあげられていれば、あの時力が及ばないと絶望してしまった君を引き留めることも出来たのかもしれないね。
 ただあの頃はまだ私にも、君へ具体的に示せるだけの希望が見えていなかった。当時の君と同じぐらいの情報しか私も持っていなかったから、絶望してしまう気持ちはよく理解できたよ。なまじ君は柱の中でも特に素晴らしい剣技を持っていたから、刀だけでは届かない事実を余計絶望的に感じてしまったんだと思う。
 だが君と違って形として示せる力を持たない私は、骨の髄から無惨を恨むためだけに生まれた男だ。形のない想いの深さと強さだけは誰にも負けない。私にはこの世に生を受けた時から果てしない呪いと罪があり、それが爛れ落ちる肉体を生かし、この千載一遇の機を引き寄せ、今まさに鬼舞辻無惨の首に刃を突きつけようとしている。

 人間の力というのは積み重ねなんだ。積み重ねさせるのは人の想いに他ならない。そして、一度積み重ねたものというのは決して消えない。
 君が投げ捨てたつもりの力も、杏寿郎がそれを拾い上げて、来たる大願成就の夜へと繋ぐ架け橋になってくれた。それを受け取って機を掴んだ私の遺した力もまた、輝利哉が受け取ってくれる。
 そうして重なり続けた多くの願いの重さを、近く無惨は思い知るだろう。

 何だか説教臭くなってしまったね。すまない、あくまでこれは私の考えだ。君はどちらかと言えば、無二である個々の命を強く心に留める考え方をする人だった。もしかしたら少し、私の父に似ていたかもしれない。
 昔、君の父がどんな人だったのか尋ねた私に「好きじゃなかった」とだけ君が答えた時の事を覚えているかい。あの頃の私にとっては本当に予想外の答えで、思わず子供みたいに笑ってしまった。とても面白くてね。似た立場だと思っていたが、君は私とは全然違う人なんだと思ったよ。
 槇寿郎は出会った時にはもう自分の子供の父親になろうとしていて、だからこそ鬼殺隊から去っていった。いつかそんな日が来るだろうという気はしていたんだ。君はいつでも正気の人だったから。結局一度も君の父親役にはなれなかったね。

 でも杏寿郎が炎柱になれる実力を積むまで本当に長い間、厄介な任務だけはずっと請け負い続けてくれた。君に助けられた人々も隊士も数え切れない。その一人である伊黒も、今は立派な柱だ。
 君の剣は、絶望していても決して冴えを失う事が無かった。積み重ねた研鑽の賜物だろう。思えば私は、君の何もかもが羨ましかった気がする。鍛えれば鍛えるほど応える肉体の強さも、強い想いの前にはそれをあっさり手放してしまう心の弱さも。私には生涯持てなかったものだ。
 連綿と続いてきた煉獄家を本気で潰そうと思える君の自由さを私はとても気に入っていた。

 妻は初めから巻き込むつもりだったんだ。この手紙も妻が代筆してくれている。しかし、上の子二人の志願に欠片も迷わなかったと言えば嘘になる。その子達自身というより、遺された弟妹達が可哀想だろう。
 妻子を犠牲に怨念を晴らそうとする私を、妻子の息災を願い続けた君は軽蔑するだろうか。
 でもそうさせなければそれはそれで、多くの大切な子供たちを死なせておきながら己の子供は守ろうとする不公平の罪がある。上の子たちも、産屋敷の正義を虚仮にしない事こそが己の役割だとずっと前から心に決めていたようだ。
 いずれにせよ潔白の選択肢など存在しない。呪われた家だ。私は何としても自分の代で産屋敷の呪いを断つつもりでいる。それだけが私の示せる償いだ。

 現役の隊士は全て前線に投入しなければ勝てない。先に述べたように槇寿郎には、宇随と共に輝利哉が指揮を執る場所の警護を頼みたい。後に場所を記す。慌ただしくて悪いが万一場所が外部に漏れない為に、この手紙を飛ばすのは決戦の直前になる予定だ。私の勘が鈍っていなければね。読んだその日の夕刻までに集合してくれ。

 最低でも両組織が壊滅状態になる事は必定だろう。考えたくない事だが、もし無惨を殺すのに失敗した時には確実に輝利哉だけは守ってくれ。潜伏先の候補は輝利哉が知っている。無惨は今度こそ完全に産屋敷も鬼殺隊も断とうとするだろうが、私が死んでも〝お館様〟さえいれば鬼殺隊は終わらない。何としても逃げ果せてほしい。無論、そんな事態にはならない事を祈っているが。

 引退し、杏寿郎を亡くし、遺された末息子と二人で暮らしている君に、断れないだろうと知りつつこのような大事を頼むのは申し訳ない。しかし、私の最後の頼みと思って聞いてくれ。
 君は素晴らしい力を持った隊士でありながら、この私からも子供を守ろうとした父親だ。そんな君に〝お館様〟としてではなく、同じ人の親として願う。私が残酷にも遺していく子供たちをどうか生かしてほしい。
 私が鬼殺隊を巡る因縁を道連れに出来たら、彼らは初めて〝お館様〟ではない普通の子供として生きられるようになる。私が父親として彼らにしてやれる唯一のことがあるとすればそれだけだ。彼らを子供にしてやることだ。
 そして鬼のいない世で、君も君の息子と一緒に、どうか健やかに過ごしてくれることを祈る。

 以上、勝手ばかりですまないがよろしく頼んだよ。すべて終わった後、たまに気が向いたら私の墓も参ってくれ。その時はお酒を備えてくれると嬉しい。生きている間はとてもじゃないが飲める身体じゃなかったけれど、君がしょっちゅう飲んでいたので実は興味があった。
 しかし君もお酒は程々に。杏寿郎も心配していた。

 それでは、末筆ではあるが改めて、長きに渡る忠義への礼を言いたい。
 炎柱として長い鬼殺隊の歴史を支え産屋敷に尽くしてくれた煉獄家に対し、産屋敷家を代表し心よりの感謝を述べる。

 産屋敷家当主 産屋敷耀哉』