基本十代から二十代の若者ばかりの柱の中で一人だけ、酒を飲んで任務についている職務態度最悪のオッサンが混じっていた。
不死川は柄が悪いだけで職務態度自体は至って真面目であり足並み揃えぬ人間を許せない性質であったし、宇随は己より派手な人間すべてに反感を覚えていたので、その異彩を放ちまくっていた炎柱・煉獄槇寿郎にそれぞれ当然のように裏で喧嘩を売り、ボロクソに負けた。
鬼殺隊に由緒ある家柄だか何だか知らないが、高潔な思想もなく遵法意識も低く人助けに心を燃やすでもない不真面目極まる剣士の癖に、ただただ戦闘がクソ強いというだけで人員の入れ替わりが激しい柱を長いこと務め続けている凶悪な男だった。
実際、偶々訪れた共同任務の機会には、鬼の行動を先読みする直観の鋭さと加える攻撃の容赦のなさ、冷たい殺意とでも言うべき冷静かつ豪胆な状況判断によって不利な現場でも一気に攻勢へ転じさせる実力を目の当たりにさせられた。ただやはり協調性は無かった。
誰がどう見てもろくでもなく何もかも気に食わないのに勝てないという忌々しさで当時強烈な印象を残し、精神的に落ちぶれて引退したその後に入ってきた息子が正反対の好漢だった対照さもあり、当時を知る隊士の間では未だある意味での伝説として脳裏に刻まれている。
尊敬を集めていたその息子も故人となり、生前彼が何より大事にしていた弟が件のろくでなしとたった二人で広い家に残された。その状況を、煉獄槇寿郎を知る者はやはりいずれも大なり小なり気にかけているらしい。
煉獄家に行こうと宇随が不死川と冨岡を誘うと、珍しく即答で了承の返事が来た。
「ようこそおいでくださいました」
柔和な笑顔を浮かべた千寿郎の手放しの歓迎ぶりに三人で和む。戦い終わった蝶屋敷での療養中にも、見舞いに来ていた千寿郎と各々いくらか言葉を交わしており、ある程度気心は既に知れていた。
三者三様に邪魔することを告げ、案内に従い中に入ると、居間には胡坐をかいて座る煉獄槇寿郎その人がいた。
一瞬無言で三人を見た後、「……おう」とぶっきらぼうな挨拶とも言えない挨拶をされる。
「よく来たな、くれぇ言えねえのかい旦那」最近はわりと煉獄家へ訪れている立場の宇随が軽口を言うと、槇寿郎は堂々と「俺は別に呼んでない」と返す。
「もう、父上!」
あくまで不愛想な父親に、千寿郎が窘めるように呼ぶと、意外にも今度こそ歓迎の言葉が掛けられた。
「……よく来たな。」
若干棒読みだった。
冨岡と不死川も微妙な顔で「お邪魔します」と声を揃える。こちらも棒読みだった。長く柱をやっている男などというものは、大体そんなものなのかもしれない。
三人が来るというので張り切って用意したらしい千寿郎の作った飯は品数も多く、どれも気合が入っていた。二人の好物を事前に聞いて用意したという鮭大根とおはぎの味に、冨岡も不死川も素直に感動している。
がっつく三人を嬉しそうに見守る千寿郎に、槇寿郎が空の猪口を差し出した。千寿郎は嫌な顔ひとつせず、三人を見守る目と同じ和やかさを湛えて酌をする。
「酌ぐらい自分でしろ飲んだくれがァ……」
その光景に青筋を立てながら地を這う声を出す不死川に、宇随も「そうだそうだ手酌で飲めェ」と同調する。
黙れとばかりに目を眇めつつ酒を口にする槇寿郎の横で、千寿郎は少し照れたように言った。
「僕がやりたいので……」
「そんなオッサンに酌して何が楽しいんだァ」
食い下がる不死川に笑顔で答える。
「おいしそうに飲まれるので、見てると楽しいです」
「何故それが楽しいんだ」
冨岡が素で理解できないという口調で更に繰り返す。千寿郎は戸惑ったように考え込んだ。
「えっ……なんででしょう……父上だから……?」
「かーっ! 俺にも注いでくれや千寿郎!」宇随がでかい声で言う。
「ダメだ。手酌で飲め」
横から槇寿郎が即座に断る。心なしか勝ち誇って見下したその顔に宇随はキレ気味に「はぁ~? アンタに聞いてねえんだが!?」と言い返しつつ千寿郎に猪口を差し出した。
普通にそこへ替わりを注ごうとした千寿郎を、誰にもやらんとばかりに槇寿郎が横から抱え込み妨害する。
「邪魔すんなよオッサン!」
「こいつに近づくな千寿郎、嫁にされるぞ」
「よ、嫁に……?」
「鬼にされるみたいに言うなや!」
「四人目だ」「多すぎる」
不死川と冨岡は何故か槇寿郎の発言の方の肩を持った。
「しねぇーよ!」
孤立無援で宇随が弁解する中、槇寿郎に抱えられた千寿郎はにこにこしている。
その様を見た冨岡と不死川は、この家に来る前に宇随が「でもなんか、案外うまいことやってんだよな」と、親子の現状を指して面白そうに言った理由を理解した。模範的な態度という訳ではなくても、目の前の親子からは単純に、お互いへの好意が滲み出ていた。
そして少し過ごしてみて、宇随が最近ここへしょっちゅう通っているという気持ちもまた理解した。だだっ広い家を持て余すように、全く異なる価値観同士の二人きりで身を寄せお互いを頼みにし合うささやかな家庭には、変わらないものと新しく知るものだけで出来上がった固有の時が流れている。
あまりにも無垢な子供と、あまりにも壮健な父親。膨大に残る未来は、晴れ渡った日の早朝のようにとてもゆっくりと、ともすれば静止しているかのように何をも急かす事はない。過去も未来も、ここではひどく遠く思えるのだった。
飯を食った後、特に何をすると決めていた訳でもなかったが、気付けばやたらと話が盛り上がりそのまま座談会になった。場が自然と、それぞれが記憶している槇寿郎のぶっ飛んだ過去の素行についての報告会と化していた。
あんな事もあったこんな事も聞いたとじゃんじゃん三人の口から飛び出す槇寿郎の破天荒な話に、千寿郎は目をきらきらさせて聞き入っている。本人は真面目かつ優しさと道徳心を塗り固めたような性格をしているが、その反動なのか突飛な話が存外好きらしい。
槇寿郎は忌々しそうに他人の過去をベラベラ喋る三人を睨みつつ、たまにそんな事してない言ってないと否定したが、三人居ると記憶を補完し合えるため大体真実であることが証明された。
千寿郎がちょくちょく「どうして皆さん行ってるのに行かなかったんですか?」とか「そんな事して怒られなかったんですか?」等この上なく真っ直ぐで真っ当な質問を本人にぶつけるので余計笑える。
それにより今になって判明するその行動や発言の真意に三人で呆れたり驚いたりして、時折それはおかしい、いやおかしいのはお前らだというような喧嘩に発展した。
特にお館様への態度にはうるさい不死川とはしばしばお互い血管を浮かせての怒鳴り合いになったが、千寿郎が困ったように酌をしたりおはぎを差し出したりするのに毒気を抜かれて何とか殴り合いには至らずに済む。
口数では他の二人に一歩譲る冨岡も、ここに来る前に師の鱗滝から聞いたという若い頃の槇寿郎の話を仕入れてきており、やさぐれていた時期とはまた違った派手な話に宇髄も不死川も爆笑した。
「あの天狗爺……」低い声でぶつぶつ言う槇寿郎に、千寿郎は興奮した顔で「父上は鱗滝さまとも面識がお有りなのですね!」と嬉しそうに聞く。見舞いの時に話して以来、鱗滝にちょっと懐いているらしい。
「あいつにも近づくな千寿郎。どう見ても怪しいだろ」
嫌そうに咎める槇寿郎に、千寿郎は心外だという様子で「そんなことないです、かっこいいです」と言った。
「かっこよくはないだろォ」
知っているその格好を思い出しながら言う不死川に真顔で冨岡が返す。
「なんだと。先生はかっこいい」
意見が割れたので宇随も感想を述べる。
「派手ではある」
「三対二ですね、怪しくないです!」
何故そこまで鱗滝を支持するのか、我が意を得たりと笑顔の千寿郎にすぐ首を振る。「いや怪しくはある」
「宇随……裏切るのか」
「裏切ってねえよただの事実だ」
非難するような冨岡の口調に、何故鱗滝派にされているのかと宇随は突っ込んだ。槇寿郎のように隊士だった頃の姿を知っているでもなし、変な天狗の爺さん以上の印象を宇随は持っていない。
「旦那が初めて会った時にはもうアレ被ってたのかい。つーか何年前だ? それ」
「被ってた。柱になって会ったのが初めだから、二十年ちょっと前だな」
「アンタ二十年前既に柱かよ。ジジイ~」
「殺すぞ」
「鱗滝さま……お元気でしょうか?」
どこかもじもじしながら千寿郎が尋ねるのに冨岡が目を細めて頷く。
「ああ。ご健勝でおられる」
「あの爺さんなんであんな子供ウケいいんだァ? 蝶屋敷のとこのガキもみんな懐いてただろ」
「炭治郎の妹もなぁ」
「何がいいんだ、どこがいいんだ」
槇寿郎が胡乱な顔で千寿郎に聞くと、千寿郎は己に問いかけるように胸に手を当てて答えた。
「雰囲気……でしょうか」
「一番真似できねぇやつじゃねぇかァ」
「え、何お前子供に好かれたいの? 子供ウケしてえの?」
「黙れェ」宇随のからかいに不死川は歯を剥き出した。
「先生に今日の事も手紙でご報告する。もしかしたら先生も、お誘いすればこんな風に遊びに来たがるかもしれないな」
穏やかに言われた冨岡の言葉に、千寿郎は顔を輝かせる。
「わあ、是非おいでいただきたいです!」
「来んでいい」
「父上!」
にべもない父親の反応に千寿郎は頬を膨らませた。
知らん顔している槇寿郎から気を取り直すように、千寿郎はどこかどきどきした様子で冨岡に尋ねた。
「やっぱりご飯を召し上がる時はお面を外すのですか?」
問いを横で聞いた槇寿郎は噴出した。
冨岡は苦笑気味に頷く。
「それは……もちろん外す」
「外さずに食ってたら不審者だろォ」不死川が突っ込む。
「だが気持ちは分かる。俺も昔先生と初めて会った頃は同じことを思って緊張した」
「ど、どうでした?」
「ちょっとびっくりする。とても優し気なお顔をしておられるから」
「……招くか」
槇寿郎がぼそりと言った。千寿郎がぱあっと輝いた笑顔で「はい!」と頷く。
「気になるのかよ」笑う宇随に槇寿郎は否定せず「うるさい」とだけ返した。
「お面の下が見たくて招くのかよォ」不死川にも突っ込まれ千寿郎は目を逸らした。
「ち、ちがいます」
「目を見て言えェ」
「……ちょっとだけです」
恥ずかしそうに上目遣いで言う千寿郎の幼い反応に、不死川は微笑ましげに少し目許を和ませた。
しかし槇寿郎が「俺はそれ以外の理由なんか無いぞ」と横から入ってきて「アンタに聞いてねえんだァ」と青筋を立てる。
「父上のお若い頃のお話をもっとお聞きしたいです」
はにかんで言う千寿郎に「やめろ」と槇寿郎は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「きっと連れてくる」
「俺も呼んでくれや。絶対派手な話だろ、聞きてえわ」
「俺も来るわァ」
「はい!」
「来るな来るな」
三人にしっしっと手を振る槇寿郎に構わず千寿郎が弾んだ声で言う。
「お手紙出しますね」
「出すな」
槇寿郎に頬をつままれながら、千寿郎は楽しそうに言い返した。
「いやです」
許されると分かってじゃれるやりとりには、どこか幸福の甘さがした。
「ありゃ千寿郎の器がデケェんだな」
「そうだな」
用意された三組の布団にそれぞれ寝転がる中、不死川の感想に冨岡も同意する。
「あんな大人しそうなたちで、あの親父をうまいこと手懐けてやがる」
「穏やかだが芯が強い。槇寿郎さんは、よかったな。千寿郎がいて」
「……ほんとになァ」
二人の会話に、宇随はしみじみと思い返すように言った。
「会話の流れで弟の話になる度に自慢してたっけなあ、アイツも」
覚えのある二人も低く笑う。
「家族ってのは、やっぱいいもんだ。お前らも一人でいいから嫁さん貰えよ」
「普通嫁さんは一人なんだよ」
宇随の軽口に突っ込みを入れる不死川の反対側で、冨岡が言った。
「……千寿郎みたいなひとが相手なら、それもいいのかもしれないな」
「あ? どういう意味だ? どういう意味なんだ?」
「いきなり何言い出しやがったお前ェ……」
俄かに動揺が走る反応に頓着せず、静かに続きが口にされる。
「共に居られなくなった後も、共に居た時間を傷にせず、幸せに生きてくれるような人であるなら。共に居られる短い間に、惜しみなく愛情を注ぐことも罪ではないだろう」
少しの沈黙の後、宇随は「……なるほどねェ」とため息のように言った。
不死川はふっと微かな笑いを零し、ぼそりと一言だけ呟く。
「煉獄は幸せもんだなァ」
何も起こらない夜は欠伸が出るほど穏やかで、少し前まではその時間こそが各々の勝負時だったものを、今こうしてやる事が無くなった三人で布団を並べて寝転がっている状況はどこか間が抜けていた。
しかしどれだけ据わりが悪くとも勝手に夜は明け朝が来る。
朝ごはんも食べて行ってくださいね、と新しい朝の約束をした柔らかい笑顔が、この間の抜けた夜に僅かばかりの越し方を教えてくれていた。
