名残惜しみながら、槇寿郎と千寿郎は蝶屋敷に暇を告げた。
手紙をこれからも送り合おうと約束する炭治郎に、落ち着いたら今度は皆さんで家に遊びに来てくださいと千寿郎も約束を返す。
宇髄も次は不死川と冨岡も連れて飯を食いに行くと言い、千寿郎はお待ちしていますと笑顔で頷いた。今度親子揃ってウチに遊びに来いと槇寿郎も約束させられる。
そうして今まではどこか叶わない夢のような響きを持っていた他愛ない先の約束を、真新しい玩具を手にした子供のように誰もが次々と交わし別れた。
「賑やかでしたねえ」
「そうだな」
急ぐこともない帰路。
千寿郎は時折懐に仕舞った鍔を確かめるように撫でながら、病室で出会った人々の様子を、聞いた話を、兄の思い出を、取り留めなく言葉に乗せては槇寿郎を見上げて微笑む。
ゆったりしたその声に耳を傾けながら道行く歩を進めていたが、槇寿郎はふと、隣を歩くその姿に見入った。
闇夜でも負けぬほど濃く鮮やかな槇寿郎や杏寿郎の髪色と違って、千寿郎のそれは明るく陽に透けるような淡黄だ。
鶯の横切る薄く刷いたような水色の空の下、柔らかい風に髪を揺らす千寿郎の周囲を、緩々と舞い落ちる薄紅色の花弁がいくつも通り過ぎては新たに降り散ってゆく。
全てを明るく照らされた春の視界は、槇寿郎の目には夢のように現実感が無く映った。
そして千寿郎の姿があまりにもその景色に溶け込んで映えるので、まるで千寿郎自身が夢幻の一部かのように感じられた。
心許なさに、その薄い掌に手を伸ばす。
繋がれた手に千寿郎は目を丸くして槇寿郎を見上げ、やがてふわりと笑った。
柔らかく滲むような笑顔は、やはり他の誰とも似ていない。どこか儚く、甘いほどに優しい。
千寿郎の手もまた、確かめるように槇寿郎の手をしっかりと握り返してきた。
生きているその温度は、やはり夢のようでしかない今この瞬間が、それでも決して終わらないものだという事を教えてくれる。
家まではまだ距離があり、遠く伸びる一本道には切れ目が見えなかった。同じように、今やこの身を待ち受ける時間は果てしなく先に延びて、一体どこまで続くのか見当もつかない。
しかしその事実が槇寿郎の内に与える懊悩は既に何一つ無かった。これからどうしていけば良いのか、答えをもう知っている。
ただ、隣を見ていれば良いのだ。
千寿郎が嬉しそうに満面の笑みで繋いだ手を大きく前後に振る。意外なほど子供らしいその仕草に、槇寿郎は声を上げて笑った。
<了>
