人間的好意

 夕飯に鰯のつみれ汁が出た。
 席に座って手を合わせ、いざ食べようとすると、龍太郎がやけにニコニコとしてこちらを見ていることに気がついた。
 視線で疑問を投げかけると、目元を柔らかく和ませて言う。
「先生、コレ好きっスよね」
 それは微笑ましげ、とも形容できるような表情だった。
 思わぬ指摘に目を瞠る。
「え、そうなんですか?」
 麻上君が驚いたように声を上げる。
 俺は黙り込んだ。その通りだったからだ。
 今まで生きてきて誰にも言ったことはないし、第三者から指摘されたことも無かったが、確かに俺はこの料理が他のものよりも特に好きだ。
 イシさんが若干呆れたような、少し窘めるような口調で言う。
「そんなら何故もっと早く言ってくれんかった。知っとったらもっと作ったのに」
「まあまあ。たまに偶然出るからうれしいって事もあるじゃないスか」
 オレも好きっスこれ、まあイシさんの料理は大体好きだけど、と暢気に言う龍太郎に何も言い返せず、無言でつみれ汁を啜る。うまい。

 実際、龍太郎の言う通り、好物ではあったが偶然たまに食べられれば満足だった。好き嫌い自体が然程無いからだ。
 感心したように麻上君が言う。
「好きな食べ物の話とか、お二人でするんですね」
「いや、別に聞いたわけじゃないスよ」
「え? じゃあなんで分かったんですか?」
「なんとなく、あ~コレ好きなんだろうな~って」
「ええ? 何ですかそれ。本当に好きなんですか?」
 問われ、何やら非常に居た堪れなかったが、本当である以上否定するわけにもいかないので肯定する。
「……ああ」
「へえ……やっぱり当たるんですねぇ。高品先生の〝なんとなく〟……」
 麻上君が感心した声で呟く。
 そうは言っても、診察と俺の好きな食べ物は違うだろう。龍太郎の診察には確かな知識と記憶力の裏打ちがあるが、今のこれには根拠がない。

 イシさんが身を乗り出すようにして龍太郎に訊いた。
「他には何かあるか?」
「あとはー、やっぱ出汁が強く効いた料理は大体好きっスよね。それと基本的になんかこういう、すり身とかつくねとかの、潰して丸めた感じの料理が好きなのかなあ? ハンバーグとかも好きっスよね」
 悉く図星だった。
 へえー、という目でこちらを見る麻上君とイシさんの視線の中、俺は耐えかねて訊いた。
「……何故分かるんだ」
「それは……」
「〝なんとなく〟は答えじゃないからな」
 先手をとって封じると、龍太郎は首を傾げて考え込む。
「やっぱ、気になって見てたからですかね」
「……何を」
「先生って好きな食べ物なんなのかなって」
 何だそれは。
 珍妙な答えに、麻上さんとイシさんも複雑そうな笑みで首を傾げている。
「そういえば、無かったですねえ……そういう視点で気にしたこと」
「んだな。好き嫌いとか無いと思っとったわ」
 それはそうだろう。俺は医者としてここに存在している。そんな俺からそんな他愛のない情報を得ようという発想自体に普通はならない。医者としての俺に関係のある情報ではないからだ。

「そんなことを知って何になる。お前の好物と同じというわけでもないだろう」
 知るのもそうだし、それを口にするのもそうだ。自分の好物を言うのなら、それをイシさんが出してくれる機会が増えるかもしれないのだから、理解は出来るのに。
 妙な照れ臭さもあり、ぶっきら棒な口調になってしまった。それを気にした様子もなく、龍太郎はやっぱりニコニコとして言った。
「好物だった時の、先生の食べてる顔見るの好きなんスよね」

 あら~、という視線を麻上君とイシさんから感じる。
 俺は言葉に窮し、やはり無言でつみれ汁を啜った。そんな事を言われた事がないので、どんな顔をしたらいいか分からなかった。