始めは飲んでいなかった筈だが、少し目を離した隙に猪肉のヤケ食いからヤケ酒にシフトしていたらしい。
「岬さんの旦那さん、オレとぜんぜんちがうタイプでした……」
「……そうだな」
「落ち着いてて、穏やかな感じで……勇ましい岬さんとは正反対な感じで……でもそこがいいんでしょうね……案外ビシッと決める所は決めるとか……包容力があるとか……岬さんにしかわからない魅力がいっぱいあるんだろうな……でなきゃ結婚なんてしないですもんね……」
「……そうだろうな」
「きっと変なキノコとって食べちゃう、うっかりしたとこもカワイイんだろうな……」
「……それは困るがな」
佐治さんの家を辞する段階になって、酒が入って危なっかしい龍太郎に手を貸すと、そのまま杖のようにひしと両手で一人の腕を掴んで離さなくなった。
足元も覚束ない事だしそのまま帰路につくと、身体的接触により気が緩んだものか、訥々と今日知った事実に対する心情を道すがら一人に吐露してくる。
「オレなんて……オレなんて渋さのカケラもない年下で……初めから全然眼中になんかなくて……ただ面倒みてくれって頼まれたから連れ歩いてくれただけで……それを舞い上がって、ひとりでトキメいて、バカみたいっスよねホント……」
「いや……」
そんな事になると全く想定していなかったとはいえ、引き合わせた負い目のある一人は言葉を濁す。
龍太郎を彼らに同行させて間もない時点で、麻上が困惑したように一人に確認してきた事があった。「岬さんは確か、婚約なさってましたよね」と。
そうだが、それがどうかしたのかと問い返した一人に、麻上は難しそうな表情で言ったのだった。
「ちょ〜っとあれは……勘違いしちゃうかも、と」
麻上のその危惧通り、龍太郎は自己嫌悪にか羞恥にか、言い訳するように唸りながら一人の腕を抱え込んだ。
「でも岬さん、肩とかよく触ってくるんス! 気さくに名前で呼んでくれたり……あんなの意識しちゃうっスよ……! その気になってもしょうがない仕草だったっスよ……!」
不貞腐れたように零しながらぐりぐりと一人の肩に額を押し付けてくる。
一人はため息をついた。
「確かに気さくだが、性格の範疇だろう」
「わかってます……わかってますけどぉ……」
「それにそれを言うなら、お前のこれはどうなんだ」
「?」
怪訝そうな顔で龍太郎が顔を上げた。
その腕にはすっかり、ぬいぐるみか何かのように一人の左腕がぎゅっと抱き込まれている。
まだ風の冷たい春先、腕全体を暖める他人の体温は熱いほどで、触れることへ躊躇いのないその気安い熱が、酒の入った身体にやけに心地好い。
麻上に指摘された時はいまいちピンと来なかったが、確かにこうされると分かる気がする。そのつもりもなかった筈が、思わぬ近さに惹かれるように、心が違う方向に流れる感覚が。
言われて初めて今の自分の状況を認識したという顔でぼんやりと腕に抱きついたまま一人の肩あたりを見ていた龍太郎は、ふと顔を上げて言った。
「〝かずと先生〟」
不意打ちで呼ばれる、長く馴染んだ、しかし親しんではいないその名にぎくりとする。
反射的に間近にあるその顔をまともに見て、後悔した。
薄暗い夜道でもハッキリと分かるほど近くから、縋るような潤んだ目で見上げてくる眼差し。寂しくて、それを曝け出して、相手が手を伸ばしてくれるのをいけしゃあしゃあと待ち望む、甘え切った顔。
「どうですか? オレのこと好きになってきます?」
恥ずかしげもなく口にしながら、無邪気にうりうりと頭を押し付けてくっついてくる身体に、引力のようなものを感じた。
くらりと来た己を律するため、一人は眉にギュッと力を入れる。そして戒めに龍太郎の額をべちんと叩いた。
「いってぇ!」龍太郎の情けない声が森閑とした夜の村道に響いた。
