ピッコロがスマホを持ったというニュースは瞬く間に仲間内に知れ渡り、「ちょっと番号教えなさいよ」「オレの番号これな」などと自分では一切触らぬ間にやいのやいのと皆の手元で操作され、気づけばずらりと見知った面子の番号で連絡先が埋まっていた。
始めにビーデルが「ピッコロさんへの連絡手段が欲しい」と言い出し、悟飯が「いいですねえ持ちましょうよピッコロさん」と気楽に乗ってきて、何だかんだ押し負け、渋々持たされたものだった。
こんな喧しい板を持った所で何になるんだと初めは意味が分からなかったのだが、予想以上に周囲の食いつきが激しいので驚いた。
しかも精々非常連絡用だろうと思っていたのに、案外頻繁に連絡が来る。勿論人によるが、持ち始めは特に悟天とトランクスがひどかった。他の面々は流石に大人なので用がある時しかかけて来ないが、あの二人は「ピッコロさん今何してんの~?」と用もないのにかけてくる。用もないのにかけるなと怒ってもキャッキャと喜ぶ始末だ。あの二人には連絡先の交換を断固阻止すればよかったと本気で後悔した。だが幸いにも物珍しさによる一過性のブームだったらしく、次第に連絡頻度は落ち着いてきているのでホッとしている。
今の着信履歴は実際に何だかんだと細々した用事(ほぼパンに関すること)があって連絡が来るビーデルの名前が一番多く、そこに悟天とトランクスが不規則に入ってきて、たまにその他の面子が混じるというような画面になっていた。
「兄ちゃん全然かけて来ないんだねー」
悟飯の家からの帰りに立ち寄って、ピッコロの横でくつろぎながらピッコロのスマホを勝手に指ですいっすいっと弄っていた悟天は、意外そうに呟いた。
「悟飯? アイツから掛けてきた事なんて無いが」
ピッコロが言うと、悟天はやれやれというように首を振った。
「案外兄ちゃんもタンパクだもんなー。そういうとこはお父さん似なんだきっと」
「ビーデルの方に呼ばれたりして何だかんだしょっちゅう顔を合わせるんだ。わざわざ電話をかける必要も無いだろう」
「でも二十四時間いっしょってわけじゃないしさ。それにせっかく電話持ったんだから話してみたくならない? フツー。ピッコロさんは兄ちゃんにかけてみたことないの?」
「あるわけないだろう。オレは念話で連絡がとれる」
「はー。こういうのってあの、アレだ、『猫に小判』ってやつだね」
右手でペネンコのスマホケース側を表に捧げ持ち左手を高く上げる悟天に、フンと鼻を鳴らしてピッコロはスマホを奪い返した。
「別にオレが欲しがったわけじゃない」
「なんかもったいないなあ。そうだ、今度兄ちゃんに言お。ピッコロさんに電話しなよって」
「なんでそうなる。何のためにアイツがオレに電話するんだ」
「知らない。別に用なんて何でもいいじゃん。じゃあボクそろそろ帰るね~」
おじゃましましたー、と言って悟天は夕暮れの近付いてきた空に向かってビュンと飛び去った。
そんな会話があった事など、日を跨いだ頃には殆ど忘れていたのだが。
ある晩、夜の静寂を唐突な電子音が遮り、ピッコロは眉を顰めながら忌々しい板のところに向かった。
そして訝しく画面を持ち上げ、そこに表示される『孫悟飯』の文字に目を見開いた。
悟飯だ、と先ず当たり前のことを思う。
加えて他の誰でもなく悟飯が、自分のスマホに向けて発信してきている、という事実に、これまでこの小さな板に関して抱いてきた感情のどれとも違う感慨を抱く。
数秒その発信者の名を眺めた後、人差し指で通話ボタンを押した。
画面が切り替わり、小さな掌大の薄暗い四角形の中に、悟飯の顔が映る。
初めの一瞬まじめな顔で画面を見つめていた悟飯の顔が、おそらくピッコロの顔が映ったのだろう、ぱっと和らいで笑顔になった。
『ピッコロさん。こんばんは』
耳に刺さるはずの変換された電子音声。しかしそれでも確かに悟飯の声であることで、これもまた、異なる感覚をピッコロの耳に齎す。
「……悟飯。どうした……何か用か」
訊くと、悟飯は照れたように笑った。そして夜だからか、柔らかく落とした声で言った。
『特に何か用があるわけじゃないんですけど。そういえば、ピッコロさんにかけたことなかったなって思って、かけちゃいました』
「……そうか」
そうか、だと。自分の現金さに、自分で呆れてしまう。
クソガキどもには、用もないのにかけてくるなと言ったその口で。
「いま、家か」
『ええ。仕事にキリがついて、そろそろ寝ようかなって所です。ピッコロさん、まだ起きてました? もしかして起こしちゃいました?』
「いや。起きていた」
『そうですか、よかった』
囁くようにそう言うと、悟飯は頬杖をつき、機嫌よく目を細めて画面を眺めた。きっと向こうをじっと見つめる己が映っているであろう画面を。
『なんだか不思議な感じがしますね。ピッコロさんとこうして電話で話すの』
「……そうだな」
目の前には居ないのに、こちらを見つめる悟飯を穴の開くほど見つめている。
『たまには電話で話すのも、いいもんですね……。ねえピッコロさん。またこんな風に、用がなくてもかけていいですか?』
少しだけ眠そうに緩んだ微笑みで、率直に請う愛弟子に、ピッコロは本当に自分に呆れ果てながら、隠しようもなく柔らかい声でぼそりと答えた。
「スキにしろ」
悟飯は画面越しにえへへ、と嬉しそうに笑った。そして『おやすみなさい』と甘ったるい声を最後に残すと、通話を終えた。
ピッコロは消えた画面をしばらく見つめると、ハァー、とため息をついてテーブルの上にスマホを置いた。
上になったペネンコのスマホカバーを眺め、ふと悟天に対し、幾許かの反省をする。
今までは単にうるさい板だった。だが確かに実際、猫に小判だったのだろうと認めざるを得ない。
そこに価値が生まれる使い道を知ってしまった今では。
ピッコロは着信履歴を開くと、一番上に表示された『孫悟飯』の名前をもう一度眺め、フンともう一度だけ自分を鼻で笑った。
