急に暑くなってからというもの龍太郎があまり俺の所に寄ってこなくなったと思う。
少し前まではこういう、診療時間外で、往診も回り終えて、束の間の余暇が出来たような中途半端な時間には俺の周りをチョロチョロしていた。俺が診察室にいたらやはり同じ空間に居たし、俺が部屋にいたら特に用事が無くても顔を出したりした。しかしずっと引っ付いているというわけでもなく、入ってきたと思ったら30秒ぐらいで出て行ったりする。おそらくこの診療所という建物の中で、退屈を感じた時に一番面白いものが俺なのだろう。だから真っ先に寄ってくる。そして飽きたら離れるのだ。本人に指摘すれば否定するだろうが、俺はそう見ている。基本的に龍太郎は俺をナメている。
しかし最近龍太郎は自室に留まることが多くなった。何故か。答えは単純で、その場所が一番涼しく過ごせるからだ。
診療所の室内は全体的に、暑くも寒くもなく感じられる室温にセットしてある。だが急に暑くなった気温に対応を迫られる昨今、龍太郎はその室温では物足りないらしい。
実際、最後に部屋に来た時「暑くないんスか?」と眉を寄せて俺の部屋の設定温度を眺めていたのを覚えている。俺は何と答えたのだったか。とにかく、それ以来部屋にも来ていない。
俺に対する興味より涼しさを求める気持ちの方が勝っている。そういうことだろう。まあそれはいい。
それにしても、これは下げ過ぎじゃないのか。
俺は腕を組みながら龍太郎の部屋の設定温度を確かめ、そして改めてベッドの上で眠る龍太郎を見下ろした。
確かに今日の気温は高く、今しがた所用で少し外に出ただけでも蒸すような暑さだった。戻ってきた今、ガンガンに冷房を効かせた龍太郎の部屋は天国のようだ。
しかしその室温のまま寝るとなると話は別になる。事実、外の気温は30度越えだというのに龍太郎はベッドの上で自分の身体を抱きしめるように縮こまって、明らかに寒がっていた。本末転倒だ。
眠る頬に触れると、すっかり冷えてひんやりしている。
身体に悪い。医者の不養生だ。起きたら説教しなければなるまい。
そんなことをつらつら考えながら頬を温めていると、龍太郎の手が持ち上がり、自身の頬に触れた手に重ねられた。
「あったかい……」
半分眠ったような声で呟きながら、心地よさげに丸く冷たい頬が擦り寄せられる。
「……寒いんだろう。室温を下げ過ぎだ」
咎める調子で言うと、龍太郎は薄く瞼を開けた。ぼんやりと霞んだような眼差しが見上げてきて、言った。
「一緒に寝ませんか……」
「……」
俺は呆れた目で少し眺めた後、しかし何も言わずに望むまま横に寝転がった。そして、その冷え切った身体を抱きしめてやった。
すると龍太郎は心底気持ちよさそうに背に手を回して擦り寄ってきた。
「あったか~……先生大好き……」
「……フン」
現金な好意に鼻で笑いつつ、冷たいうなじの感触を掌全体で感じながら、柔らかな髪に顔を埋める。
こいつは全身を熱に包まれている心地だろうが、こちらは全身でぬるい氷を抱いているようだ。
喉元に押し当てられた柔い頬の冷たさが血を冷やす。
内に籠った体温が下がっていくのを感じる。
気持ちがいい。目眩がしそうなほど。
微かに聞こえる龍太郎の吐息は既に寝息に戻りかけていた。
こちらは眠るつもりは無い。ある程度暖めてやったら放り出して設定温度を変えるつもりだ。いっそ休みだからといって寝てばかりいるなと叩き起こしてやってもいいだろう。
しかし今はとりあえず瞼を閉じた。視覚を塞いで、冷たい人肌に浸る魅力に抗えなかったのだ。
