無惨は倒せない。
先代の遺した文書から導き出される結論はそれしか無かった。
長きに渡りこの世を血に染め呪う全ての鬼の始祖。柱にだけ明かされるお館様の推測――無惨を倒せば鬼は全滅する。確証は無いが、しかしお館様が口にした見通しを、その先見の明を疑う隊士など鬼殺隊には存在しない。かの存在を打倒することは、即ち鬼殺隊の悲願そのものだった。
日の呼吸は無惨を葬れる唯一の型だと、先代は手記にて記している。他の型はすべて開祖の技術に少しでも近づくために足掻いた結果生じた派生でしかない。一方、日の呼吸は無惨と直接相見えた呼吸の開祖が、その生態的特質のすべてを凌駕し日輪刀でもって動きを封じるための無二の解法として完成させたものだという。
少なくとも鬼殺隊において、その継承は既に途絶えている。開祖の男が死没した後、使い手の悉くが鬼に狩り尽くされた。だがそれらの使い手のいずれも、結局は誰一人として開祖と同じように日の呼吸を扱うことは出来なかったという。
先代が鬼殺隊に招き入れ、隊に呼吸という技術を齎した得体の知れぬその男は、特別な人間だった。生まれつき額に奇妙な痣を持ち、どれほど動いても疲れというものを知らず、万力の力は底が無く、握るその刀は奇妙に赫く染まった。その剣技を、先代は神の御業と称した。
そして後にも先にも生れ得ぬその天才すら、無惨を斃すことは出来なかったのだ。
鬼は夜毎、人間を喰っている。鬼殺隊は命を賭して鬼から人間を守り、悪鬼滅殺の志のもと日夜鍛錬に励んで刀を振るっている。それは隊士の格を問わず変わらない。
だが柱は、その中においても最も優れた剣士として、志だけではなく明確な結果を出すことを求められ存在している。
誰しもが鬼をこの世から恒久的に葬り去ることを望んでいる。少なくとも槇寿郎もそれを夢見て、煉獄の名のもと鍛錬を積んできた。この剣でもって忌まわしき歴史を終わらせてしまいたいと。
しかし炎の呼吸を極め柱となっても、その呼吸は所詮日の呼吸に敵わぬ派生。そして仮に失われた日の呼吸を我が物と出来たところで、ただ使えるだけの凡俗と神の御業との間にある隔たりは果て無く遠い。また、その神の御業すらも、鬼の始祖には――。
辿り着けない高みなど等しく天井と変わらぬ。
毎夜駆けずり回る隊士の誰一人として鬼の首領に刃が届かぬのならば、それはつまり果てがないということだ。鬼は老いない。斬らぬ限り死なぬくせに、数は増やす。そうして闇夜の鼬ごっこを永遠に続けるのか。柱とは、雑魚よりも性質が悪い、ただそれだけの使い魔を斬るための存在でしかないのか?
徒労、という言葉がいつしか過るようになった。個々の任務に対してではない。もっと永く、大きな何事かに対して。
煉獄家の古い荷の中に丁寧に仕舞われていた先代の手記を読み解いて以来、身の内に隙間風が通り抜けるような虚無感を押し込めながら鬼の首を狩り続け、そこに付随するいくつもの人の生死があっけなく左右されるのを数多も見届けた。そうする内に、妻が病により死んだ。
全て終わったのだという気がした。目が覚めるように。
己の人生を捧げた研鑽が結果という実を結ぶことはない。少なくとも結べる者として、己は生まれついていない。
使命に誠実であれと妻は常に願っていた。その凛とした態度を愛していた。だがその使命に柱として毎夜駆けずり回っている間に妻は亡骸となった。
人生を捧げた炎柱としての役割が空虚であったのならば、残るのは一人の男としてのただの生活だ。しかし過去には合間を縫うような僅かな安楽の他にはただ使命だけがあり、そこで犠牲になった生活を取り戻すことはもう未来永劫叶わない。ならば人生そのものも、ただ空虚だ。
『体を大切にして欲しい』
杏寿郎は使命に生きた息子だった。今や立ち尽くすばかりの己よりも遥かに。妻の遺志は息子に継がれ生きた。
向かう先で悔いるとも知らず昔その背を押したのは、外ならぬ己だ。物心ついた時分より煉獄家の名を背負い、父が教えを放棄した後も自己研鑽に励み、父とは違い炎柱の名に誇りを抱き続けた。
投げ出した父を反面教師にするように、使命に生き使命に殉じた息子であるから、そんな父に対する遺言など言われずとも百も承知の叱咤に違いないと思った。
しかし杏寿郎が遺したのはただ、親の身を案じる息子としての素朴な労りだった。
煉獄家など関係のない、炎柱としてでも、鬼殺隊としてでもない、ありふれた心配。
その遺言を聞いて初めて、赤子のころから知る、己の実の息子を――亡くしたのだと実感した。父親として。
使命も能力も関係ない。ただの息子としての杏寿郎はずっとそこに居た。姿を見せ、生きていた。だがもう居ないのだ。
結局落ちぶれたつもりでいて、その場から一歩も動けてなどいなかった。投げ捨てた使命にすらも囚われて、ひとつの人生を取り返しのつきようもなく失ったことに、また後になってようやく気付くだけだ。所詮己が己である限りはいつも。
曇った眼に堰き止められていた悲しみは知らぬ間に恐ろしいほど重く大きくなっていた。妻を喪った時から今まで虚無感で麻痺していた分も含めて、怒涛のように槇寿郎の胸の内を荒らした。
それまでも過ぎていた酒の量が更に増えた。
最早酒に溺れているのか、悲しみに溺れているのか、自分では分からなかった。
「父上、おはようございます」
声が掛けられ、少し間をおいて障子が静かに開けられる。
「朝餉をお持ちしました。ここに置いておきますのでお召し上がりください。膳は後で下げに参ります」
返事をしないが起きてはいる背中を確認し、控えめな声量で言い置くと、再び障子を閉めて音を立てず去っていく。
ああして父の様子を伺うように甲斐甲斐しく食事の用意をする千寿郎は、兄の最期の言葉を伝え聞いたあの日から、少しずつ立ち直ってきているように見える。秤の上、過去の重みに押し潰され沈んでいく己の反対側で浮き上がっていく皿のように。
先に何も無いというのに常に新たな一日を受け入れざるを得ない日常は苦痛だが、酒を飲めばただでさえ勝手に進む時間が一層勝手になり、多少は気が紛れる。
だが未だ十年余りしか世界を知らず、現実を紛らす術すら碌に持たぬ軽い身体……一つ屋根の下にいる弟息子が今、絶えず流れていく時間をどのように生きているのか。槇寿郎には皆目見当がつかなかった。
千寿郎がまだ物も分からぬような時分に母親は死んだ。父親の記憶も、殆どがこうして居なくなった家族を引きずって背中を向けている姿ばかりとなれば、家族としての千寿郎にとってのよすがは杏寿郎ただ一人だった。
その兄を亡くし、千寿郎に残るものはなんだ。
限られた過去、そのすべてを与えていた者が去ってしまった。そんな子供に持ち得るものに一体何がある?
同じ髪色を持つどう見ても血の繋がった人間だが、違う生き物だと改めて感じた。今あの子供が何を感じ何を考えているのか全く分からなかった。ともすれば杏寿郎とは比較にならないほど、何一つ内心の想像がつかない。今までどう千寿郎という息子と接してきたのかと思い出そうとした。そしてすぐに、上手く接した覚えなど無いことを思い出した。
