学園の門前でドクタケ忍者隊とタソガレドキ忍者隊が整列する異様な光景に、学園内では徐々に騒ぎが広がっていた。
挨拶がわりの短い会話も済み、各忍者隊はそれぞれ報告と今後の指示を行っている様子だ。
パーティー主役の安藤を筆頭に、早く帰ってくれないかな……という緊張が門前の生徒たちの間で高まる中、塀の上からひょっこりと顔を出した忍たまが居た。
その影に気付いた雑渡昆奈門が、下に歩み寄って待ち構えるように両手を広げる。顔を覗かせた忍たま――伏木蔵は、それを見てパッと笑顔になると軒から飛び降りた。
「こなも……こんなもんさん!」
「お。正解」
軽く腕の中に受け止めた雑渡に、伏木蔵は間違えかけつつも正しい名前で呼ばわると、ひそひそとその耳へ囁きかける。
「お願いを聞いていただいて、ありがとうございました。お忙しい中、わざわざ来てくださったんですね」
あくまで“安藤先生のために自主的に祝いに来た”という設定を崩さないため、周囲に聞こえないように小声で話す。その意を汲み、雑渡も耳打ちで返した。
「君から貰った手紙が面白すぎたから、是非“その通り”にしたいと思ってね。まさか八方斎も来ているとは思わなかったけど」
「やっぱり、よろしくないのですか?」
「いや? こっちは別に構わないよ。非公式だからね。ドクタケも同じだろう……ただ、学園側はちょっとざわつくんじゃないかな。タソガレドキ忍者隊首領とドクタケ忍者隊首領が、忍術学園の教師を祝うために一堂に会してしまったのだから。世にも奇妙なこの事態、どう思う? 伏木蔵くん」
丁寧に地面に下ろしながらボソボソと問う雑渡に、伏木蔵は堪えるようにぐっと顔を伏せ、抑えた声で言う。
「それはもう……」
そして一拍の後に堪え切れないように上げられた顔は、喜色満面、キラッキラに輝いていた。
「最っ高~にスリルです~!!」
「だよねー」
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる伏木蔵の両手を持ってあやしながら、雑渡は甚く満足気に頷く。
「大事件ですよこれは! スリルとサスペンス! 波乱の誕生パーティー!」
「いやあ私も今回のはかなりツボったね。組頭やっててよかったなって思った」
「すばらしいです、余人には出来ないサプライズですう!」
「もうね、ずっと燃え尽きてたよ」
「ファンタスティック~!」
主語はぼかしつつ手を繋いでキャッキャと喜ぶ伏木蔵とクククとほくそ笑む雑渡は、傍目からも非常に楽しそうにしていた。
しかし俄かに門の内側が騒がしくなると、雑渡は伏木蔵の頭に手を置いて顔を上げる。
「おや、先生方が集まってきたかな。事情聴取される前に、そろそろお暇するよ」
「はいっ。本当にありがとうございました。お手紙を届けてくれた尊奈門さんにも是非お伝えください」
再び小声に戻って、律儀に言う伏木蔵の頭が撫でられる。あっさりと離れたその手は、しかし優しげな手つきだった。
「伝えておくよ。じゃあね」
「さようなら~!」
手を振って笑顔で見送る伏木蔵。軽く手を振り返し、雑渡は忍者隊と共に一瞬でその場から消える。
時間にすれば、ごく短い遣り取りだった。それでも、傍から見てその特異さを理解するには十分な空気に満ちていた。
「……仲……良いんですね」
困惑に満ちた声で、やっとそれだけを呟く安藤の言葉に、同じく困惑しか出来ない忍たま達の中から返事はない。
仲が良い。その場に居る誰もがその“結果”だけは理解できたが、それがひしひしと伝わってくるほど、何故それほど仲が良いのかという“原因”に対する謎が深まるばかりで、ただただコメントに困るのだった。
◇
学園長の庵に、一年は組担任両名と一年い組実技担当の厚木、一年ろ組教科担当斜堂、そして当事者の安藤、加えて事情聴取に乱太郎・きり丸・しんべヱの三名が集められていた。この青天の霹靂のようなパーティーが何故起こったのか、一応詳しく究明しておこうという事になり呼ばれた面子だった。
教員にも明らかにされてしまった見栄の内容に、盛大に呆れられた安藤はひたすら小さくなりつつ照れている。
一方、安藤から相談を受けた乱きりしんから飛び火し”一年は組学級会”が開催された経緯を聞いた山田と土井は、揃って深いため息をついた。またか、という反応である。
しかし今回一年は組が起こした行動自体は、それほど大したものではなかった。誰も狙っていない規模の結果になっただけに、そうなった原因を知っておくべきだと学園長は考えたのだった。
「八方斎名義でプレゼントを送って欲しいという手紙を、ドクたま宛に庄左衛門が書いた。それを偶然通りがかった八方斎が読み、本人自ら出向いてきた……というのはまあ、ありそうな話ではある。しかしタソガレドキ忍者隊の首領までもが部下を従えて駆け付けたのは、一体どういうわけじゃ?」
難しげに眉を寄せた学園長の問いに、乱太郎が恐縮して答える。
「ドクタケのプレゼントだけじゃ、ちょっとインパクトが足りないと思って……初めは、伏木蔵の持ってるタソガレドキグッズを貸してもらおうと思ったんです。パーティーの時に、貰った風に見せることが出来ればと思って。そしたら事情を聞いた伏木蔵が、それならタソガレドキ城にも手紙を書いて、直接プレゼントを贈ってもらっちゃおうか、って」
「何!? 伏木蔵は、タソガレドキへの連絡手段を持っているのか?」
驚いて声を上げた土井に、乱太郎は慌てて首を振った。
「私もびっくりしてそう聞いたら、そうじゃなくて、今医務室にタソガレドキの諸泉尊奈門さんが来ているからって……」
土井は一瞬考え込んだ後、頭を抱えた。
「あああ〜〜……! あの時か……!」
「土井先生、心当たりが?」
「はい、あの……例によって彼が、私に勝負を挑んできて……分度器で殴ったら大きなたんこぶが出来てたんで、医務室で治療していきなさいと連れて行って……そうでした、その時に任せた保険委員の当番は、伏木蔵でした……」
がっくりと項垂れて呻く土井に、学園長も腕を組んで唸った。
「なるほど。乱太郎から事情を聞いた伏木蔵は、学内に丁度よくタソガレドキ忍者が来ていることを知っていた。そしてドクたま宛へ手紙が送られたのと同じように、タソガレドキ側へも手紙を出すことを思い付いたわけじゃな。ただ、おそらく宛先は……」
「組頭本人……」
思わず静まり返る一同。
「……まあ……仲、良いですもんね」
「……それにしたって、大胆すぎでは?」
「しかし実際、わざわざ本人が出向いてプレゼントを贈りに来たわけだ」
「ノリノリでしたよ」
「ヒマだったんじゃ?」
「タソガレドキは今忙しい筈ですが」
「来た時、戦が長引いて遅くなったって言ってましたよ」
「何故そこまで……」
「こういうの好きなんじゃないですか?」
「あー好きそうな雰囲気ある」
「それにしたって、フットワーク軽すぎだろう」
「だから伏木蔵と気が合うんじゃないですか」
「どういうこと?」
「どっちも気軽に大胆なことするタイプってこと」
「「なるほどね~」」
乱太郎・きり丸・しんべヱはすっかり腑に落ちた様子でほのぼのと頷き合う。教師たちはげんなりしていた。
「伏木蔵にも事情……聴きますか?」
「……いえ」
問われた斜堂は長い沈黙の後、短く拒否した。
学園長も鷹揚に頷く。
「良い。悪いことをしているわけではない。持てる手段を使って最大限の結果を引き出した、それもまた見込みある素質じゃ」
「えー、なんか僕らとは扱いが違くないっすか~?」
「日頃の行いだっ」
「ええー!?」
にべもない土井に、乱きりしんの上げた不満の声が綺麗に重なって響いた。
◇
「お手紙届けてくれてありがとうございました、だって」
別件の任務から帰ってきた尊奈門に、言付かった伏木蔵の礼を伝える。尊奈門は反応に困る、といった様子で頬を掻いた。
「はあ……なんというか、その。つい受け取ってきてしまっただけなんですけど」
雑渡はその肩を叩いて言った。
「私からも礼を言う。よくやった尊奈門」
「え……ええっ!?」
手渡した菓子の包みと雑渡の顔を忙しく見比べて、尊奈門は狼狽えた声を上げる。
「な、何をですか? 伏木蔵くんはともかく、何故組頭が礼を?」
「最高の手紙だったから」
「はっ??」
困惑一色の尊奈門をその場に残し、雑渡は一人歩きながら件の手紙を懐より取り出して広げた。
素直な字で紙面に綴られているのは、簡潔に分かりやすく述べられた、この上もなく他愛ない話。冗談のような大真面目な願いごと。
ある意味これまで手にしたどんな重大な密書よりも貴重な手紙だった。こんなに暢気な手紙は、いまだかつて貰ったことがないから。
大事にしよ、と雑渡は再びその手紙を丁寧に畳んだ。きっとこの先、いつ読んでも笑える手紙だろうと思った。
