笛に呼ばれて出て来たら、昆奈門さんはなんだかボロボロだった。
「だ、大丈夫ですか!? 怪我してるんですか……!?」
「いや、大丈夫。怪我は無いよ。汚れてるだけ」
「そうですか……」
ほっとして、とりあえず正面に正座で座る。
でも怪我はしていなくとも、疲れているんだな、と見ればわかった。
昆奈門さんは胡坐をかいて、どことなく手持ち無沙汰でいるみたいに背中を丸めている。
いつも横座りの昆奈門さんがこういう風に座るのは、ぼくを膝に座らせる時だけだ。でも昆奈門さんはぼくにそうさせることを迷っているみたいにこう言った。
「すまない。別に用があるわけじゃないんだ」
「そうなんですか?」
ぼくが首を傾げると、昆奈門さんはやはりどこかはっきりしない態度で頷く。
「近くまで来たから……顔を見ていこうかなって」
「そうだったんですか」
ぼくがとりあえず納得してみせると、昆奈門さんは曖昧に頷き、そのまま黙ってしまった。
ぼくはしばらくその顔を見つめていた。そして、ふと尋ねてみる。
「ぎゅーってします?」
「は?」
「抱っこです」
「……いいけど、突然だね?」
「お疲れの時にいいかと思いまして」
「……抱っこが?」
「はい。ぼくは昆奈門さんにくっついてると気分がよくなるので、昆奈門さんもいかがかと」
「……。」
昆奈門さんは無言で、迎えるように両手を差し出した。
ぼくは立ち上がり、広げられた腕の間に入り込んで、昆奈門さんの首に縋り付くようにぎゅうと抱きつく。
どういう抱っこなのか分からずにいたらしい昆奈門さんは、しばらくされるがまま動かずにいて、そのうち浮いていた手でぼくの背中を柔く抱き返した。
「どんなかんじですか?」
聞いてみると、真面目な声が返ってくる。
「……よくなってきた。気分」
ぼくは笑って、もっと強くしがみついた。
「そうでしょう。テンションがあがるんです」
「テンション上がってたの? 膝に乗ってくる時」
「上がってました」
昆奈門さんは低い笑い声を漏らした。大きな体ごしに振動が伝わってきてぼくも楽しくなる。
「もっと強くぎゅうってしてもいいですよ」
「私の力だと、伏木蔵がつぶれちゃうかもしれないよ」
「すごいスリル~」
わくわくして待ってしまうぼくに、昆奈門さんは背を抱く腕の力を強めた。
痛くはないけれど、少し苦しいくらいの強さで圧迫されて、なんだかしあわせになる。
「痛い?」
昆奈門さんがやけに神妙に聞いてくるので笑って答えた。
「痛くないですよ」
「……じゃあ、怖い?」
「ぼくが、あなたをですか?」
「うん」
「……さあ……」
ぼくは目を閉じて考えてみた。
大きな体。強い人。自分ではもう動けない、頑丈な腕の囲い。
土埃と、鉄──戦の匂い。
ひとの身体のあたたかさ。
それらが、ぼくに与えるもの。
……考えてもわからなかった。
ぼくは考えるのをやめて言った。
「どうでしょう。どっちみち、ぼくはスリルが好きなので……」
「……うん」
「だから、いいことですよ。ぼくにとって」
「どっちみち?」
「どっちみち」
繰り返すと、昆奈門さんは喉の奥で笑った。
ぎゅう、と抱き寄せられて、ちょっと痛くてぼくも笑う。
そのまま二人してしばらく笑っていた。ぴったりくっついているからどっちの笑いで揺れているのか分からなくて、それがまた面白くって、なかなか笑いが止まらなかった。
