思わぬ興と不興について

「あれ!?」
 ひっくり返ったような、普段テンション低めの夏目からはあまり聞かない類の声が頭上から突然響いて、ニャンコ先生は不覚にも少し飛び上がった。
「なんだ夏目! 突然変な声を出しおって」
「い、いや。あれ……田沼と……三篠、だよな?」
「んん?」
 胡乱気にニャンコ先生が夏目の指さす方向を見ると、そこには二人並んだ人影。一方は疑うことなく田沼で、もう一方も確かに――人に化けた三篠だった。
「何やっとるんだあいつら」
 ニャンコ先生は呆れた声で呟く。田沼と三篠は大木の下で、朗らかな笑みを浮かべながら紅葉を見上げていた。ほのぼの、という形容が似合うその空気にツッコミを入れる。
「なんだあのやけに和やかな雰囲気は。老人会か?」
「た、田沼! 三篠!」
 狼狽えた声を上げながら夏目が突撃する。少しは様子を見るとかせんのかこの阿呆、とニャンコ先生は内心毒づいたが、田沼は夏目に気がつくと笑みを深めて軽く手を挙げた。
「あ、夏目。先生」
「た、田沼。三篠……そんな所で、二人して何やってるんだ?」
 相変わらずのスーツを着た背の高い人の姿をとった三篠は、田沼の横でニィと口端を吊り上げて言った。
「何をするも何も。こうして二人で、この見事な紅葉を眺めていたのですよ」
「な……なんで!?」
「おやおや。理由が必要ですか?」
「必要だろ! なんでまた田沼と一緒にいるんだ! 人に化けて!」
 興奮気味に三篠に詰め寄る夏目に、田沼がどこか申し訳なさそうに割って入った。
「夏目。ミスズはさっき、頭が痛くて休んでたおれに声をかけて、助けてくれたんだ」
「えっ……!? そうなのか!?」
 夏目の顔が一気に心配そうな表情になる。
「妖か?」
 ニャンコ先生の確認に、妖の姿は見えない田沼に代わって三篠が説明する。
「小物だが性質の悪い奴が彼の周りをうろついてましてね。私が彼に声を掛けると、分が悪いと見てさっさと逃げて行きました」
「声をかけてもらったら、ウソみたいに頭痛が収まったんだ。それで、あの時のミスズだって気付いて、お礼をしてたんだよ」
「そうだったのか……。疑って悪かった、三篠。田沼を助けてくれてありがとう」
「フッ。まったく、何を疑っておられたことやら……」
「礼というのは、これか?」
 ニャンコ先生が紅葉を見上げながら田沼に尋ねる。
 田沼は笑顔で頷いた。
「うん。ミスズと前に会ってた時、何を話していたのかはあんまり覚えてないんだけど……一緒に見せてもらった景色が綺麗だったことは覚えてて。だからおれも、助けてもらったお礼も兼ねて何か見せたいなあと思って、ここについてきてもらったんだ」
「田沼……」
 夏目は田沼の優しい心根に触れて、ほっこりと笑みを浮かべる。
「すごいだろ、ここの紅葉。真っ赤で、見上げるほど大きくて。こないだ父さんと歩いてた時に見つけてさ」
「うん。確かに、すごい眺めだ」
「夏目にも見せたかったんだけど、ミスズの方が先になって……でも、偶然こうして一緒に見れて良かった」
 はにかむ田沼の顔を、横から三篠がぬっと覗き込んで言った。
「では、見せていただいたのは私が一番初めですな。夏目殿よりも」
「そうだな」
 微笑ましげに肯定する田沼と、満足気な三篠。見交わし合う二人に、夏目とニャンコ先生の怒涛の異論が差し挟まれる。
「な、なんだよ三篠……今こうやって一緒に見てるんだから一番も何もないだろ!」
「ありますとも。初めは二人きりでしたから。貴方がたは途中で入ってきただけです」
「おい田沼の小僧! 何故見せたい相手に私も入っとらんのだ! 略するな!」
「え、ごめん。先生は花より団子の方が嬉しいかと思って……」
「フ、違いありませんな」
「ばかもん! 私のような粋者は花も団子も嗜むのだ!」
「ダルマの如き体型だけあって、強欲なことだ」
「何だと!」
「あ、そうだ。今ちょうど家のお茶請けに買った饅頭があるぞ。これを買いに出てきた所だったんだ。食べるか先生」
「おお!? そういうことは早く言わんか!」
「こら先生! 田沼、それお客さんに出す用に買ったんだろう? 悪いよ」
「大丈夫、元々そのうち先生が食べるかと思って余分に買っておいたんだ。ちょっと食べるのが早まるだけだよ。な、先生」
「お前は本当によく弁えておる! 褒めてつかわす」
「先生!!」
「やれやれ、まったく騒がしい……風情が台無しですな」
「ミスズも、もし食べられるならどうだ? 饅頭」
 窺うように饅頭を差し出して見上げてくる田沼に、三篠はフッと笑みを漏らす。
 そして田沼の饅頭を差し出す手ごと両手で包み込んで、顔を寄せて言った。
「では、頂いてみましょう」
 田沼は少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

「近……くないか!?」
「おい! そんな食わんでもいいような奴にやるくらいならそれも私に寄越せ!」
「本当に邪魔だ……」
 三篠はうんざりしたように呟いた。