コーヒーブレイク

 先生が外から帰ってきた時はいつもコーヒーが出されていることを認識していた。先生がテーブルに座ると当然のようにその目前に供される。基本はイシさんが、不在の場合は麻上さんが。先生も特に言及なくそれを受けていて、一連のやりとりは至極自然だ。ここはそういうしきたりなんだなと思った。
 だからイシさんも麻上さんもいない時に先生が帰ってきて、龍太郎はふと、自分がコーヒーを淹れなければと思った。
 キッチンに行って、いつも先生が使っているカップを見つけて、自分が飲む時の要領でコーヒーを淹れる。
 慎重に運んで先生の前にコトリと湯気の立つカップを置いた。先生が無言で見上げてきた。驚いたような顔だった。そんな反応をされたことに驚いて、龍太郎も瞬きする。しばらく無言で見つめ合った。
 そして自分は別に、こうしてコーヒーを当然のように供する側の人間ではなかったらしいとようやく気付いた。
 じわじわと顔が赤くなる。
「……どうぞ」
 軌道修正で、あくまで親切で淹れましたというテイで、蚊の泣くような声で付け足した。
「……ありがとう」
 先生は礼を言いながら、少し俯いて明らかに笑っていた。恥ずかしい勘違いは正確にバレているようだった。
 龍太郎はぎこちない動きで後ろに下がり、少しずつテーブルから離れて、それとなく窓の方に寄っていって違う話題を探し始めた。
「美味いぞ」
 後ろから声をかけられる。
 龍太郎は窓の外を見ながら小さい声で答えた。
「そうですか……」
「お前はコーヒーを淹れるのが上手いな」
「そうですか……?」
「また飲みたくなったら頼んでもいいか」
「……いいっスよ」
 恥ずかしくてたまらないので話を逸らしたいけれど、周囲に立ち込めるコーヒーの良い薫りが邪魔をする。
 優雅に小休止する先生の声は、やけに上機嫌に聞こえた。