純白の象徴

 開き切らない瞼をしょぼしょぼさせながら診療所の主に朝の挨拶をすると、主はコーヒーを飲みながら外を見てこいと言ってきた。頭に疑問符を浮かべながら村で貰ったドテラを着込みつつ正面扉を開け放つと、視界いっぱいに焼き付くような銀世界が一面に広がっており、龍太郎は眩しさから目を庇いながら叫んだ。
「ド、ド田舎~~~~~~!!」
 雪は長靴では心許ないほどの高さまで積もっている。都会ではまず見ない積雪量だ。自分の口から立ち昇る息の白さに慄き、扉を勢い良く閉めると室内に逃げ帰る。
「さむいい! 冷凍庫っス! 人間の暮らせる気温じゃない!」
 訴えながら診察室に駆け込むと、神代一人は白衣を脱いだ厳つい上下黒の装いで待ち構えていた。
 その左手には除雪用のスコップ。そして右手で同じものを龍太郎に無言で差し出してきている。
 龍太郎は差し出されたスコップとそれを差し出している顔を往復で五度見ぐらいしたが、現実は非情だった。

 人の往来に必要な部分を粗方除雪し終えると、一人は一息ついて寄せ集めた雪山にスコップを突き刺した。これで当面の診療所の運用は問題ないだろう。
 一番重要な表玄関の周辺は龍太郎に任せた。さてどうなっているかと見に行くと、思ったよりきちんと玄関前の雪は片付いている。しかしそれを行ったであろう主が居ない。
 どこに行ったのかと周りに視線を巡らしていると、不意に建物の影からヌッと巨大な雪塊が現れた。
「あッ先生!!」
 その雪塊の後ろから現われた龍太郎が、一人の姿を認めやけに嬉しそうな満面の笑みを見せる。
「見てくださいこの塊!! メチャメチャ育ちました!! この辺り一帯の雪をぜんぶ糧にして!!」
 確かに龍太郎が腰を入れて身体全体で押しているその塊の大きさは、ざっと見たところ龍太郎の心窩部ぐらいまでの高さがある。相当な雪量だ。龍太郎の出てきた建物の裏側を覗くと、そこに積もっていた雪は全体的にかなり嵩を減らしていた。彼の言う通り、この雪塊の糧となったのだろう。
「……ご苦労だったな。休んで良いぞ」
 じわじわと湧き上がる微笑ましさに口元を歪めながら労うと、龍太郎はキリッとした顔で断った。
「いえ! もう少しやっていきます!! 先生は先に休んででください!!」
 その顔には何らかの決意がみなぎっている。
 そうか……と頷き、一人は一先ず言われた通り先に診療所の中へと戻った。

 玄関口から「先生~! 先生ちょっと来てもらっていいっスか~!」と龍太郎の大声に呼ばれたのは、それから小一時間ほど経ってからのことだった。
 表に出ると、玄関横で龍太郎がキラキラした顔で待ち構えていた。邪魔にならないが目につく場所に、先刻の巨塊が安置されている。そして龍太郎の前にはそれよりも一回り小さな雪塊があった。
「スミマセン先生! 先生のお力でこれをこっちの塊の上に乗っけてもらってもいいですか!?」

 言われた一人は、我慢できず「フフ……」と笑ってしまった。
 注文通りにしてやると、龍太郎は「わァ~!」と拍手して喜んでいる。
「さすが先生! いとも軽々と!」
「お前こそ、よくここまで大きいのを作ったものだ」
 思わず褒めると、龍太郎はにこにこと笑って頷いた。
「ハイ! 診療所に来たお子さんが喜んでくれるかなァと思って!」
 思わぬ答えに目を瞠る一人に、龍太郎は大きく伸びをして、首を左右に回しながら言う。
「いや~疲れた~! 先生、オレ白衣着るのちょっと休んでからでいいっスか?」

 一人は口元を緩めて、その背を暖かい室内へと押してやった。
「ああ。それでいい」

 その後しばらく、『熊殺しの高品先生作巨大雪だるま』は診療所の名物となった。
 龍太郎の目論見通り訪れた子供が皆喜んでいたのは何よりだったが、途中から誰かの手によって付け足された熊の耳にだけは、最後まで一人は微妙な顔をしていた。