不意に光る鱗の - 5/6

五.

 もういいか? と尋ね、まだだと返ってくる隠れ鬼のようなやりとりを何度か繰り返した後、そろそろ大丈夫だろうと了承を貰った。あんまり急かすので仕方なくという色が濃かった気もする。
 今まで抱きたいと思った相手は当然のように抱ける構造をしている生き物だけだったので、実際出来るのかどうかということを、いざやろうという段階になるまで正直失念していた。慎ましい入口を目にして、本当にこんな場所にこれが入るのか? と今更ながらに疑問を抱いてしまったのだが。じっと牛山の一物を見つめた尾形が「……まあ、慣らせばいけるだろう」と冷静に太鼓判を押したのでそれを信じている。入れられる本人がいけると言うんだからいけるんだろう。
 それに実際指で弄ってみると、固く閉じるばかりと思えた肉の輪も案外柔軟性に富んでいる。滑りをつけて指を往復させるだけで、実際に繋がった時の感触を想像させて否が応にも興奮した。
 尾形自身も、さっさとうつ伏せて顔を隠していたため表情こそは見えないが、指で弄られるのが悪くないらしい。左手で腹から脚の付け根までの肌を堪能しながら内を探っていると、ひくりと身体が反応する箇所がある。
 そこを執拗に解している内に、二本、三本と入る指は増え、とうとう掠れた声でお許しが出たのだった。

 おそらく、かなり慣れている。牛山ぐらいの大きさの男とも経験がある。反応からそれが伺えた。
 ふと、今まで抱いた女の中に時折やけに艶めかしい、まるで腰を持っていかれるような感じのする、不思議な魔力のある女がいたことを思い出す。
 そういう女を抱いた後は、しばらく頭がぼうっとして、精力を吸い取られたようになった。何がそうさせるのかは分からない。具合は勿論いい、しかし他に表面的な共通項が見出せない。顔立ちでもなく、肌の色でもなく、身体つきでもない。
 しかしある時気付いた。そういう女には、一つだけ共通した印象がある。それは皆、どこか不幸せそうだという事だった。
 目の前の男のように。

「きついか? 長く息を吸って吐けよ」
 声を掛けながら、先端だけ入った状態で白い尻を揉みしだく。服の上からも思っていたが、肉厚でしっかりとしたいい尻だ。何より肌の手触りが掌に吸い付くようで申し分ない。
 少しひんやりした尻たぶを思うさま捏ねていると怒られた。
「も……揉むな」
 恥ずかしかったのだろうか、居心地悪そうにもがいている。
 揉んでいると進みが良かった気がするのだが。仕方なしに撫でさするだけに留める。
 それでも何か言いたげだったが、譲歩したのか尾形は黙った。
 尾形の肌の温度は、全体的にぬるかった。牛山の温度が高いのもあるが、一般的な男も尾形よりはもう少し高い印象がある。しかし女のしっとりと冷たい肌ほどには低くない。そして中は、外側の温さが嘘のように、熱い。
 腰から腹までの、よく鍛えられたしなやかな線、尻から腿の肉付き、脛の形、そうしたものを何度も辿って確かめる。
 撫でれば撫でるほど、全身の力が緩んできて、繋がりもずぶずぶと深まっていった。
 はあ、と苦し気な吐息を漏らす尾形の背を撫でる。
「痛くねえか」
 問いには答えず、尾形はどこかぼんやりした声で呟いた。
「あんたの手、あっついな……」
 気持ちいいのか悪いのか、いいのか嫌なのか、自分の状態を報せる気はつくづく無いらしい。
 しかしその声に、少なくとも嫌がっている素振りは無かった。
 全身を撫で回しながら、ゆっくりゆっくり進んで、ようやく全部収まりきる頃には牛山の額にも汗が滲んでいた。
「やればできるもんだな、全部入ったぞ」
 尻を撫でて言うが、尾形はうんともすんとも言わず、ただ伏せた顔から深く長い呼吸音だけが返ってくる。やはり苦しいのかもしれない。実際生々しい肉色をした接合部は牛山の形に広がり切っていて、若干不安になる。
 しかしそうはいっても、予想より遥かに具合のいい粘膜の感触に牛山は唸った。物凄く動きたい。
 しかし苦労して入れて、抜いたらすぐに戻ってしまうのではないかという懸念も過った。
 牛山は少しの間そのまま尾形の腰を撫でて考え込み、おもむろに奥の方だけで小刻みにその腰を揺らし始めた。
 一番奥だけをぬちぬちと揺さぶられ、尾形の口から思わずといったように声が出る。
「ぅあっ、あうっ、……!」
 慌てたように掌で声を抑えるのをちょっと残念に思う。中々股間に来る反応だ。
 奥の方を突くと、全体が絡みつくように締め付けてきて気持ちがいい。
 繰り返す内に、突けば突くほど馴染んでくるようで、引いた時の追いすがるような動きが何とも言えず淫猥だった。
「あー……」
 低い恍惚の唸りを漏らしながら、しばらく無心になって内部の繊細な反応を愉しんでいると、突然後ろ手に尾形が牛山の手を掴んできた。
 止まれ、ということらしい。気付けば、普段は真っ白く透けるような耳が、今は朱に染めたように真っ赤になっている。
 耳だけではなく、首や肩も血が上って赤い。背中から心臓の上に触れると、しっとりと汗ばんだ肌の感触と共に、ばくばくと勢いよく脈打つ鼓動が伝わってきた。
 どうやら、いきなり“正解”の責め方をしてしまったらしい。牛山は掴まれた腕をそのままに、尾形の身体の下に腕を差し入れて身を起させた。
「あっ、く、ああッ!」
 引き起こした拍子に深く入り込んでしまったのか、艶めかしい悲鳴が上がる。
 覗き込むと、尾形の男の象徴は触れてもいないのに限界寸前という有様だった。滲む先走りがぷっくりと先端に溜まっていて、その身に蓄積された快楽を示している。
 なんだ、善かったのか、と幾分ホッとした気持ちで尾形の表情を見下ろし、牛山はぎくりとした。
「はぁっ、はぁ……」
 目許を赤くして、普段は真っ暗闇のような黒目を濁らせ、彷徨わせる……血の通った人形のような顔。
 牛山の肩に後ろ頭を預けて、苦しさと快感の間で息を弾ませる表情の、その悩ましさ。
 匂い立つような、剥き出しの淫靡さがあった。知らずごくりと喉が鳴る。
 もはや目の前の生き物は全身余すところなく性欲の対象にしかなり得ず、牛山は生まれて初めて他人のチンポに興味が湧いた。
 辛そうだったので、親切心で自分にするように扱いてやった。途端に尾形から悲鳴が上がった。
「いっ、いって、痛いッ! チカラが強い!」
「そうか? 俺普段こんぐらいだけど」
 しゃあねえなあ、と力を緩めて優しくしてやる。
 しかし弱めてもまだ強いらしく、尾形の足がもがいて床を擦った。
「ふざけ……んぐ、いッ……あ、ああッ」
 それでも問答無用で扱いていると、やがて首を振って尾形は達した。
 溜まっていたのか、手に出された精液は濃い。
「お前遊郭にも全然行かねえけど、一人で抜きすらしねえのか?」
「……てめえと……一緒にするな」
 息も絶え絶えになりながら尾形が言う。
 俺の常識がまちがってるのかな、と思いながら、くたりと弛緩した内部からずるずると怒張したものを引き出した。
「う……っ」
 きゅっと目を瞑り尾形は身体を震わせる。
 唐突に、かわいいなと思った。今、無性に尾形がかわいく思える。健気で、全てを明け渡して、震えて。
 実際そうだというわけでも、何か理屈があるわけでもない。ただ漠然と、俺のものだな、という気分になった。

 ずん、と突き上げるようにして一気に押し込むと、一瞬鳴き声のような悲鳴が上がる。
 そのままがつがつと突き上げ始めると、一度落ち着きかけた尾形の身体が、炙られるように熱くなり始めた。
 無意識に逃げようとする身体に腕を回し、抱えて揺さぶり上げる。
 内側をゴリゴリと抉られると、きゅうきゅうと締め付けて歓喜を訴えてきた。
「あぐっ、ア、は、っああ」
 切なげに眉を寄せて感じ入る尾形はすっかり牛山の大きさに慣れたようで、押さえつけた身体は抽挿の度に悶えるように撓り、一度達した男根も芯を取り戻している。
「はあっ、はあ、ッ」
 細かく全身を震わせ、朱に染まった表情が緩み、大分反応が出来上がってきたところで、牛山は唐突にずるりと逸物を引き抜いた。
「う、あっ?」
 きょとんと、無防備に目を丸くした尾形をくるりと引っくり返し仰向けにする。
 白い脚を片方肩に担いで、再び肉孔に宛がうと、尾形は真上にある牛山の顔を見上げて目を見開いた。
 特に何を言うこともない。牛山は無言で、再び腰を進める。ただ単に、顔を見たくなったのだった。
 一気にではなく、しかしゆっくりでもない、無造作な速さでずぶずぶと内に割り入る。
「あっ、く、うう」
 容赦なく侵される内臓の感触をどう感じているのか。尾形は朦朧としているような、あるいは恍惚としたような表情で、受け入れさせられていく陰茎に目を細めた。
 脚をしっかりと抱えて、善い反応を返す場所ばかりを狙って執拗に突いてやる。
 尾形はあっという間に蕩けたような反応になって、夢中になって善がり出した。揺さぶられる度に上がる快楽を隠そうともしない声が、牛山の耳を犯す。
 息が荒くなる。米神を汗が伝う。ドクドクと射精時のような激しい心拍を頭の奥で感じながら、気付けば獣のように交合に没頭していた。
 がつんと叩き付けるように射精すると、まるで迎え入れるように腰を反らせて悶え、尾形も極まる。
「あ゛っ、あ、ああ……ッ!」
 前を扱いて達した時よりも、ずっと深い絶頂を感じているようだった。
 ぐりぐりと追い打ちのように腰を押し付け、悶える身体を抑え込みながら、牛山は繋がる前よりもむしろ、飢餓感が強まるのを感じていた。

 最中の尾形の反応は、感覚がそのまま頭を通さずに外に出ているという感じだった。
 気持ちいいなら気持ちいい。痛いなら痛い。苦しいなら苦しい。媚びるような、あるいは取り繕うような意識がそこには一切介在しない。身に起こる感覚そのままに身を投げ出す様子は、獣のようなあられもない淫蕩さを感じさせもしたが、ある意味で幼い子供のようでもあった。
 感情が抜け落ちたような常日頃の様子との意外な落差に、こちらも惑わされたのか、我を失ってしまった気がする。

「ころす、気か」
 もう何度目なのか全くわからないが、流石に冷静さを取り戻し始めてきた牛山の身体の下で、尾形が掠れた声で言った。
 半ば魂が抜けたような顔をしている。全身体液や痕まみれで酷い様だが、顔が整っているのでやはり人形のような妙な清潔感があった。こいつ綺麗な顔してるな、と今更思う。
「死にそうなのか?」
 労わる手つきで頭を撫でて聞くと、尾形は笑った。
 力の抜けた、今まで見た中で一番裏の無い笑顔だ。
 そして予想もしないことを言った。
「死ぬまで、やってみるか?」
 そこで乗り気になれる神経が分からないと、他人事のようにぼんやり思ったが、尾形は機嫌良さそうに笑っていた。
 そして頭を撫でる牛山の手をとって、頬を撫でさせる。
 目を細めた顔は、快楽とは違う、心地よい気持ちよさを感じさせた。
「あんたなら出来そうだよな」
 そう言って目を閉じる。
 ふと牛山は、今目の前にいる牛山という存在に、尾形がどこまでも無関心であることに気がついた。
 されることも、起こることも、尾形を取り巻くただの状況でしかなく、そこに尾形はただ眼差しだけを向ける。あの何もかもを映すだけの、真っ黒い大きな眼差しだ。
 牛山がこれからどうしようと、あるいは本当に抱き殺してしまおうと、それは予定外ではないし、かといって想定内でもないのだろう。過ぎていくことだけに意味を見出した、ただの事実。その過ぎ方に、在り方に、なんの期待もしていない。
 あまりにも素直な身体の反応を思い返して、牛山はひとつの推測をする。
 もしかしたらこの男は、自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、自分ではわからないのかもしれない。
 だから本人は無為だが、色々な事をこちらにさせようとする。試すように、確かめるように。
 しかし、完全に何も分からないわけではないだろう。
 珍しく問い掛けられたことを思い出して、牛山は尾形の目許を親指で撫ぜて尋ねた。
「そういえば、お前なら行くのか。葬式」
 尾形はゆっくりと目を空けて、牛山を見上げる。
 何の表情もない。そうしていると、やけに幼い。
「……行くさ」
 内緒話をするように、掠れた声で囁いた。
「葬式ぐらいは……行ってやらなきゃ、かわいそうだろう」
 そう言う言葉には、どこか、否定されることを予想しているような心許なさが感じられた。常には無いことだった。
 牛山は、そうかもしれねえな、と言った。別に、実感があって言ったことではなかった。
 釣りあげられる魚は釣られたくないと思いながら泳いでいたわけではないし、食われる時に水中を恋しがりはしないだろう。もう死んでいる。そして死ぬと思って生きていたわけでもない。
 考えても仕方がないことだとしか牛山には思えない。そもそも、尾形はまるで、そういう生き方そのものだ。
 だが、分からないのだろう。あるいは……それだけは分かりたくないのかもしれない。

 牛山はそれ以上掘り下げるのをやめて、前の問いにだけ答えた。
「死ぬまではやらねえ。言っただろ。生きてるところが好きなんだよ」
 言いながら、最後にもう一回だけと圧し掛かる。
 もう何の抵抗もなく繋がれる。抱き寄せながら身の内に沈ませると、尾形が緩く首を振り、顔に落ちかかった髪をぱさぱさと揺らして弱音を吐いた。
「くるしい、っ」
「そうか? ……うれしそうだぞ」
 適当を言って、宥めるように乱れた前髪を撫でつける。
 信じたのか知らないが、尾形は心なしか顔を赤くして、黙り込んだ。