日が落ちてきた。空が上は暗く、下はまだ明るいまま、ぼんやりと紫がかっていてキレイだ。……きっと今まで数えきれないほど空はこんな色をしていたのに、アシリパは今この時初めて気が付いたように、そう感じた。それはこの瞬間が、この一日が、今までの日常から違う所にあるから見えた景色なのだろう。
あとの二人は夕食の支度をしている。雪が音を吸って辺りは静かだ。
人ひとりぶん空いた隣で、座って外套に包まる男に近寄る。頭まで包まっている布の隙間に、アシリパは冷えた指先を突っ込んだ。頰を包むと、模様のような傷跡が触れる。
冷てえ、やめろ。と、嫌そうな声がした。本当に嫌そうだった。
しかしこの男はこういう風に構っても、口ではっきりと嫌がる代わりに、いつもされるがままなのだった。猫みたいなヤツだと思っている。こいつと話していると、猫と話しているようだ。不思議と意図の通じる違う生き物。あいつらは賢いが、仲間になったりはしない。ただそこに居て、違う理屈でものを考えている。そうして気まぐれに寄ってくるのだ。やがてフラッと去っていく、こちらには分からない理屈で。
私はあたたかい。と言えば、尾形は小さく鼻で笑った。言うじゃねえか、と面白がるような声がいう。そうして暖を取る指先は許された。別に何をするでもなく、己を撫でる手を一瞥してまた目をつぶる猫のように。
樺太に来てから尾形をよく構うようになった。尾形は最近だいたい火の傍か、前より群と近い位置にいるから捕まえやすい。たぶん寒がりなのだ。暖かくなってきたらまた、遠くを眺めるために離れた場所を歩くのだろう。
生まれ育った土地と海を隔てたこの地に訪れて、今アシリパの中には、アシリパを置いていってしまったものたちの思い出が雪のように積もっていた。それらが音を吸って胸の中は静かだ。寒いので尾形は近くにいるけれど、尾形は無口なので、辺りの静けさは変わらない。
しかし今はそれでよかった。雪はこれまでの日常の、象徴のようなものだ。積もった静かな景色は故郷の景色だった。懐かしく、慕わしい。
掌の中で尾形が欠伸をした。ふと、尾形に雪が好きかどうか訊いてみようかと思ったが、やめた。雪の中に尾形が来るのではなくて、尾形が居る所に勝手に雪が降るのだ。アシリパは尾形の顎髭を撫でてみた。案外柔らかい毛並みだった。くすぐっても、喉は鳴らなかった。
