6.いつかのハッピーエンド
ノックが響いて、再びバウスンが顔を覗かせた。
「失礼します。ああポップ君、目が覚めたんだね。…………。大丈夫かい?」
何故か人様の膝の上に乗っているポップに困惑を隠せない様子のバウスンへ「大丈夫です! これには事情があるんで! 本当なんで!」とポップは悲痛な声で弁解した。
「ロン・ベルク先生に回復呪文をかけているんです。ポップの治療ならある程度有効らしくて」
「なんと、それは何より」
息子からの説明にバウスンは喜ばしそうな笑顔で頷き、ポップもナイスフォローしたノヴァへこくこくと笑顔で頷いている。
「ピラァ・オブ・バーンの警備に関して、手配を任せる形になってしまいすみません」
フローラの言葉に、バウスンは畏まった。
「いえ、分担した役割ですから。任せて頂き感謝しております。それにレオナ姫も……。バルジへのベンガーナの派遣を了承して頂き、感謝します」
「構いません。余裕が無いのは確かでしたし……西部の塔は担当しますから」
「かたじけない」
「バルジにベンガーナ?」ポップが首を傾げる。
「ああ。六つある塔のうち、ロモス北西、カール北部、パプニカ西部に落ちた塔に関しては、各国の兵士が見張りを立てることにすぐ決まったんだけどね。しかし残りの三か所、特にオーザムの塔に関しては議論が難航したんだ。海を隔てている上に、オーザム側では例え見張りの人員程度でも今は手が回せる状況ではないから」
「まあ、壊滅状態って話だしなあ……」
渋い顔をするポップにレオナが頷く。
「そう。当面はオーザム以外のどこかがやらなければならないわ。そこにベンガーナが名乗り出てくれたのよ。ベンガーナは魔王軍の被害も少ないし、塔も領内には落ちなかった。今すぐ遠いオーザムに人材を派遣出来る余裕があるのはベンガーナだけだと言って」
「は~ん。そう考えるとベンガーナってラッキーな国だよな。侵攻担当は他の軍団より格落ち感あるザボエラんとこだし……まあ、あの王様強運そうなツラしてたもんな」
「でも問題があってね。オーザムを担当する代わりにもう一か所、ないしは二か所でも、まとめてベンガーナで担当したいと要望してきたの」
「え。なんで?」
「オーザムはさっき言った有様だし、テランも領内は無事だったけど元々派遣出来る人材に乏しい国よ。そうなると残りの五か国で六つの塔を管理することになるでしょ。三つは確定したとして、どこかが最低二つ以上担当することになる。その役目を他には渡したくないってわけ。大国の自負ってものがあるんじゃない? パプニカが世界会議を主催した事に、ベンガーナは初め難色を示していたから。最終決戦の指揮を担ったのもカールだったし、戦後こそはリーダーシップをとりたいと考えているんでしょう。
で、まだまだ復興途上のパプニカもリンガイアも大変でしょうから、バルジとリンガイアのどちらか片方か、あるいはその両方とも、塔の事ならこのベンガーナにお任せあれって言ってきたってわけよ。バルジ島は一応パプニカ領内だから、順当に行けばパプニカが二つ担当する筈だったんだけど……」
「ありがた迷惑ってこと?」
「ありがたくはあるわよ。実際ベンガーナと違ってパプニカもリンガイアも復興でてんてこ舞いなんだから、人手なんていくらあったって足りないんだもの」
「じゃあいいじゃん。ベンガーナが他より余裕があるのは事実なんだし。やりたいってんだから任せちゃえば?」
「でもベンガーナは多分、塔への自国軍の配備を脚掛けに、次は国の復興自体にも協力を申し出てくるわよ」
「……ダメなの? てんてこ舞いなんだろ?」
「だからこそ、今後国家間の差が開いていく一方なんじゃないかってことを気にしてるの。ベンガーナが戦後復興のリーダーシップを取ろうとしているのは、丸ごと親切心ってわけじゃないわ。国として他より余裕があることの対外的なアピールがしたいのよ。各地の被害も大きいし、今後は人の移動が激しくなるでしょう。それに先駆けて国力に余裕がある所を見せておけば、移り住むなら裕福なベンガーナだなってセールスポイントになるじゃない。そしてもっと国が発展する……そういう今後の展望を見据えてるのよ。そしてそうなった時に取り込まれる主な人間は、復興地域の焼け出された人達。滅びた国から人が出て行って衰退していく一方で、大国はどんどん力をつけていくというアンバランスな世相が出来上がるってわけ」
「確かにそう言われてみるとなんか、不公平な感じもするけどさあ。でも実際すでに人手不足なんだろ? オーザムも、リンガイアも」
「そうだね。だが、まだリンガイア軍は生きている。多少意地を張ってでも役目を果たすさ」
「ボクもいるしね」ノヴァがぼそりと口を挟む。バウスンは微笑みながら続けた。
「それに、オーザムも今でこそ指導者不在で大変な状況だけどね。今日の時点で、オーザム政府の要職であった大臣が数名、難を逃れているのが発見されたんだ」
「おお! そいつぁめでたい!」
素直に喜ぶポップに、バウスンも笑顔で頷く。
「君たちが共有してくれた地上破滅阻止のメッセージは、狼煙の役割も果たしてくれたらしい。オーザム国民も、カール国民も、そしてリンガイア国民も、戦禍を生き残った人々が今後も出てくるだろう」
「パプニカも今日だけで既に何名か、行方不明だった貴族の生存が確認されてるわ。これからもそういう……ほとぼりが冷めるまではと避難してた人がちょくちょく出てくるでしょうね」
複雑そうな笑みでレオナが言う。
隠しきれない軽蔑の色が見える姫の気性に乗って、マトリフは皮肉の一つも挟みたくなったが、ポップが「まあいいんじゃん?」と苦笑して軽く済ませたので自重した。
「じゃあ一応、復興の芽はあるわけだ」
ポップの明るい声にバウスンは力強く頷く。
「ああ。国民が生きている限り、彼らの帰る国は存続させる努力をしたい。そしてその国は、例え貧しくとも独り立ちした国家でなければ意味がないんだ」
「わかった? ポップ君」
「なんとな~く。で、姫さんはバルジ島の方をベンガーナに譲ったってわけか」
「そ。一つで手一杯と言えばそうだし、まあここは花を持たせてあげようかなって。リンガイアは投下地点が中心部に近すぎるから、流石にまずいのは理解出来るわ。その点バルジは国の外れだから許容範囲よ」
「魔王軍の総攻撃受けた思い出の地なんだけどな~」
「あたしは氷漬けにされた因縁の地なんだけど。ていうかそれ思い出なの?」
「バルジ塔んとこにあったフレイザードのメダルもきっと吹っ飛んじまったな……。つーか元々バルジ塔って呼んでたのにぶっ壊されて新しく立ったのも塔だからわけわかんねえな。新バルジ塔とでも呼ぶか。あれ? 考えてみれば師匠の家とわりと近くねえ? あぶねー、師匠のとこ落ちなくてよかった~!」
「まったくだよ」現行政治問題に興味深く耳を傾けていたら、急に自分が話題に上ったので気の抜けた相槌をうつ。
ポップはしみじみ言った。
「塔の場所が何メートルずれたかでこっちは大騒ぎだってのに、大魔王サマときたらでっかいピンで六芒星作ることしか考えてねえんだからな。つくづく腹立つ話……あ、でも今のピラァ・オブ・バーンの状態って六芒星作ったまんまなんだしさあ。落ちたのがどこの国の敷地どうこうって以前に、爆弾だけはどうにか六芒星じゃなくしといた方がいいんじゃねえの? 連鎖的に誘爆して結局ドカン、なんて事もなくはないかもだし」
ふと思い付いたようにさらっと言うポップに、レオナとバウスンの息を呑む音が重なる。
「ポップ君! それよ!」
「う、うん」
「そういう意見を待ってたんだ!」
「え? そうなんすか?」
えらく食いつかれ、ポップはきょとんとして二人の顔を見比べる。
「今言った通り、各国の塔をどこが警備するかはかなり面倒な問題なのよ。今の警備体制は一応暫定的なものって事になってるけど、何も無ければこのまま今後も同じ体制で行くって流れになってしまうわ。でも今ポップ君が言った件を次の世界会議で持ち出せば、再考の余地が出来るわね」
「じゃあ爆弾はやっぱ六つ全部まとめて管理しましょうってことで、塔の警備自体を白紙にすんの?」
「それは……」
言い淀むレオナに、静かに聞いていたアバンが口を挟む。
「難しいでしょうね。超威力の爆弾をまとめて保有する国の選定となるとそれこそ難航するでしょうし、かといって各々自由な場所で管理されても困ります。厄介な代物ですから」
「まだ塔の上に乗っかってた方がマシ、ってことですか?」
聞き返すポップにアバンは思案気な顔をする。
「そうですねえ……」
そこに、バウスンが少し緊張した面持ちで言った。
「個人的な展望を言わせて頂けば……私はリンガイアとオーザムを含む、周辺諸国の復興の陣頭指揮を、カール王国に執って頂けないかと考えています」
「おお」不意打ちの大きな話に、ポップが驚いた声を上げる。
「元々この三国は友好国でした。下地があるだけに共同体制に移行するのもスムーズでしょう。そしてこの三国が手を組めば、カール北部とリンガイア、オーザム……六つの内三本の柱は管理下に置けます」
「は~。確かに」感心した声を上げた後、しかし首をひねりながらポップは続けた。「でも、言っちゃ悪いけどカールも相当大変な状況っすよね。攻めてきたのは同じ超竜軍団なんだし、被害の大きさではリンガイアとどっこいなんじゃ? 他の国の面倒まで見るのはキツくないっすか?」
フラットな立場だけに言いづらいことをさらっと言うポップに、バウスンは口ごもり、フローラは苦笑した。
「ええ。その通りね」
「しかし……同じ厳しい状況でも、カールには求心力があるんだよ」
「求心力?」
「今となっては三国のうち、王家が存続しているのはカールだけだ。そして此度の最終決戦の指揮をとり、勝利に導いた実績がある。十五年前の魔王軍との戦いに続いて二度も世界の先鋒を務めた英雄国……他国に対する権威が違うんだ。だから交渉でも対等に渡り合える」
「なるほど。支援どうこうってよりも、とにかく代表になって欲しいってことか」
「その通りだ。今は経済的支援よりも、国民の士気が欲しい」
「よく分かる話です。そのお話、カールとしても異論はありません。お引き受け致しましょう」
間を置かずスパッと言い切るフローラに、バウスンは胸打たれたような表情をした後、深々と礼をした。
「ありがとうございます。心強いですフローラ様」
「か、かっこいい~」ポップとレオナの声が被る。
フローラはふと憂うように目を伏せて言った。
「しかし私は、これまでのサミットには不参加でした。どれだけ発言力を持てるかは、実際参加してみなければ分からないですが……」
「フローラさまなら大丈夫でしょ~。おれなら全部言うこと聞いちゃいますけど」
「王様たちとポップ君を一緒にしないでくれる?」レオナに釘を刺され「すみません」とポップは謝った。
「何よりカール王国は、アバン殿の出身地でもあられますから……」
バウスンがポツリと付け足す。
「え。なんで先生?」
首を傾げるポップに、レオナが呆れたように言った。
「なんで? じゃないでしょ。アバン先生は勇者よ。それも魔王を倒したパーティーの中心に二回も加わって生還した大勇者よ。今の地上で最も権威ある個人と言っても過言じゃないわ。……ダイ君を除けば」
十五年前、魔王の活動を初めて阻止して世界に平和を齎した時、本人は氷漬けになっていた。そのため戦後における勇者の扱いというのは有耶無耶になり、本人もそれに乗じて再戦時にも煙に巻いたという経緯がある。
しかしレオナの言う通り、今この大戦後においては帰ってきた唯一の『勇者』だ。このままダイが戻って来ない限りは、その称号への栄誉が集中するのは自然な成り行きだろう。
「ほあ~……言われてみりゃそうか」
この間までアバンをただの奇特な家庭教師だと思っていた十五歳の世間知らずは、あまり実感が湧かなそうなフワフワした口調で言った。
「何よそのとぼけた言い方は。キミだって今後は英雄扱いよ。招待状とか来るわよ」
「えっ。おれはパスだよ。そんな場合じゃねえし」
何もなければ誰より調子に乗りそうな話を、あっさりと拒否するポップに「ま、キミはそうよね」とレオナはどこか安堵したように肩を竦めた。
「でも確かに、こっちにはアバン先生が居るんで!って言い張れば、大体何とかなりそうな感じするもんな」
「……それもそれで反感買いそうね。今ポップ君がドヤ顔で先生を自慢する絵を想像して思ったんだけど」
「それは姫さんが個人的にイラッときただけじゃないすかね」
「いや。他の国もそう感じるだろうな」マトリフが口を挟むとポップは狼狽えた。
「ええ!? おれそんなにムカつく言い方しそうなイメージある!?」
「バカちげーよ。お前じゃなくても、アバンはこっち側につくって表明されれば他国の反感を買うだろうって話だ」
「そんなこと言ったって、しゃあないじゃん。状況的にはボロボロなんだし、そのぐらいのハンデは許してくれても良くね?」
「じゃあお前、これは確実に勝ったなってゲームで相手のチームにアバンがひょっこり入ってきたらどう思う?」
「超こえー!」ポップはおかしそうに笑いながら言った。「九割がた勝っててもクッソ焦るね!」
「ずりーぞって思わねえか」
「まあ野次ぐらいは飛ばすかな」
「アバンを引き入れたいなと思わねえか?」
「そりゃ思うよ!」
「それが無理だと分かったら?」
「……先生を……倒す!」
拳を握ってキリッと言うポップにマトリフは失笑した。
黙っていたアバンがぼそりと呟く。
「ポップはかわいいですねえ」
「えっ!? なんで!? 勝者の余裕!?」
「いやいや」
「みんなお前みてえな目出度い野郎ならいいがな。大体は禁止カードにされるだろうよ」
「ええ!? そんな、禁呪法じゃねえんだから」
「似たようなもんだ。丁度あの爆弾みてえなもんだな。大概なんでも出来そうな存在が一国に管理されると、周りは怖いだろ」
「でも先生だって人だしさあ。どっかには居ることになるでしょ。で、カールは先生の故郷じゃん。ラッキー、で終わりでしょフツー」
沈黙が落ちる中、バウスンが反省したようにアバンに頭を下げる。
「軽率な発言でした。お許しを」
「いえいえ、滅相も無い」
「あれ!?」
忙しく二人の顔を見比べるポップの一方で、レオナが沈んだ表情で言う。
「先生が旅をして弟子育成の道に進まれたのは、カールの為でもあったのですね」
「あくまで結果論ですよ」
アバンは穏やかに苦笑したが、否定もしない。
ポップは納得いかなそうに顎に手をやる。
「おれはそんなの気にしなくていい、っていうか知ったこっちゃないと思うけどなあ。周りだって始めビビッたとしても、こっちが居直ってればその内イヤでも慣れるでしょ」
「キミは本当に、無責任っていうか楽観的っていうか……」
「だって一番すげえ人って事は、一番頑張った人って事だぜ。何をどう好きにしたってお釣りが来るだろ。姫さんだってダイが帰ってきたら、他の国が何と言おうがパプニカに引き摺り込むつもりだろ?」
不意打ちでまっすぐ目を見て問われ、一瞬レオナは怯んだ顔を見せた後、キッと目つきを鋭くして答える。
「……そうよ!」
気合いで負けまいとしてか、怒ったような声になるレオナにポップは笑った。
「ま、ダイの気持ちによるけど。そこは」
「何でよ! ダイ君も来たがるわよ!」
「わかんねえよ? あいつ、わりと冒険野郎だからな」
「あたしもそうよ! じゃあ一緒に行くわよ!」
「それならいいかも」
ポップは軽口のように言って、ロン・ベルクを仰ぎ見た。
「さっきロン・ベルクも言ったじゃん。無謀っぽい勝負でもやってみなきゃ分かんねえって。なあ?」
「ああ」ロン・ベルクは愉快そうな笑みで短く肯定する。
「おれが先生もダイも、まとめて倒せるほど強えカードになってやるよ。そうすればフェアゲームだぜ。全世界の王様も安心安全、大手を振ってベットできるって寸法よ」
大見得を切る弟子に、マトリフは呆気に取られて、そして素で笑ってしまった。
「無謀にも限度があらぁ」
毒づきながら、敵わないと思う。ポップの大言壮語には根拠こそ無かったが、覚悟はあった。
アバンも晴れやかな顔で笑う。
「頼もしいですよ、ポップ」
「でしょ!」
「馬鹿が……」ポップが寝ている間にした話を思い出したのか、ラーハルトが呆れ返った声で呟いた。しかしその表情からは険が抜けている。
「うるせえ! お前も倒す!」
「やってみろ馬鹿」
「ヒュンケルは倒せたわけだからおれだってワンチャンある! おいヒュンケル、どうやってコイツ倒したんだよ」
「グランドクルス」
「詰んだ~」
早々に放り投げるポップにヒュンケルも珍しく、気が抜けたように笑った。
「やっぱり頼りないですよ」レオナの文句に、アバンは微笑ましそうに言う。
「いえいえ、頼りにしてますよ。ポップの言う通り、私も今後はちょっと好きにさせてもらおうかと思っていますので」
「おっ。勇者パワーで故郷に錦を飾るんすか!?」
「はっはっは。残念ながら、やはり勇者という肩書は色々不自由でしてね。あくまで戦いにおいてのみ求められる存在で、他の場所に顔を出すには物騒というのが私の見解です。マトリフと同じくね」
「え~」
「なのでここはひとつ、転職しようかと」
「え。ゆ、勇者から?」
「ええ。勇者から」
「何に?」
「この場を借りて言わせてもらってもいいですか?」
「どうぞどうぞ?」
アバンは頷くと、唐突にフローラの方に歩み寄り、そして跪いた。
「!?」
全員呆気にとられる中、固まっているフローラの手をとる。
「考えたのです。これからの私に出来ること、そして、したい事を。そのために貴女の助けが欲しい」
まっすぐフローラの目を見つめてアバンは言った。
「私をカールの王にして戴けませんか」
時が止まったような沈黙が室内に落ちる。
「…………!? ……、……っ、………………」
あの毅然としたフローラが驚愕し、動揺し、何か言いたげに口を開きかけ、やめ、困惑と混乱と憤りと羞恥と躊躇と僅かな畏れが嵐のようにその美しい面に表れた後、やがて小さな小さな、普段の凛とした声とは程遠い、消え入りそうな細い声で答えた。
「…………はい」
真っ赤に染まった顔に、アバンはにっこりと微笑みかけた。
「……ええええええッ!!?」
驚いて飛び上がる猫のようにポップが立ち上がる。同時にロン・ベルクが唸るような声を上げた。
「いってえ」
立ち上がった拍子に放り出された腕が相当痛んだらしい。押し殺してキレ気味の響きになった苦悶の声に、ポップは慌てふためいた。
「あっ!! うわ、ごごごごめん!! ごめんロン・ベルク!!」
あわあわと土下座する勢いで謝り倒すポップに、ロン・ベルクは眉間に皺を寄せながら腰を上げ、垂らした腕でポップを再度囲い直した。回復の光が戻り痛みが減じたのか、重いため息を吐く様子に、ポップは動揺を抑えきれないまま縋り付いて再三謝る。
「マジでごめん!! つい! ついビックリしちゃって!!」
「大丈夫ですか? 気を付けてくださいね」
気遣うように眉を下げて声をかけるアバンに「いやお前のせいだろ」と流石にマトリフはポップの味方をした。
「あ、あ、あのっ、それはつまり、けっ、けっ、結婚……!?」
常は冷静なレオナも珍しくテンパりながら聞く。
アバンは男らしく頷いた。
「します」
わああああ、と手を取り合ってパプニカ勢が沸く。
「か、かっけえええー!! さすが先生! やることでけえー!!」
ぽかんと口を開けて感動しているポップの賛辞にアバンは片手を挙げて応える。
「ありがとうポップ」
レオナも涙を浮かべながらフローラを祝福した。
「おめでとうございますフローラ様!」
「あ……ありがとう、レオナ。突然のことで……私もまだうまく状況を飲み込めきれているとは言えないけれど……」
マトリフは声を落としてブロキーナに尋ねた。
「女王様、いつアイツが生きてること知ったって?」
「今朝だよ。何事もなかったかのように突然話しかけられて、一時気を失っちゃって」
「やべえな。気の毒になってきた」
「ワシならちょっと考えさせてって言っちゃうね」
「なんですか~? そこのお二人」
にこやかに声をかけてくるアバンにしっしっと手を振る。
「お前じゃねえ。女王陛下を案じてんだよ」
「……実際……色々と言いたいことはあるのですが……」
「え」
アバンの笑顔が固まる。
「しかし、結局は頷くのですから。迷っても同じことです」
そう言って仕方なさそうに微笑むフローラの美しさに、流石のアバンも申し訳なさそうな、照れたような顔を少し覗かせた。
「おれフローラさまのそういうハッキリしたとこ本当に好きです!!」「あたしも大好きです!!」再び謎のアピールをするポップとレオナに、フローラも今度は堂々たる余裕をもって「ありがとう」と返す。
「引き受けておいて何ですが、正直に言って……壊滅的な状況の三国を復興させる大任の枢軸が、私一人に務まるものなのか不安でした。でもさっきのポップ君じゃないけれど、この人が居るなら何とかなると思えます」
肩の荷が下りたようなフローラに、バウスンが涙ぐみながら頭を下げる。
「無理を承知で引き受けていただき、改めてありがとうございました。お二人のご成婚は我々にとってもこの上ない吉報です。心から祝福致します」
「こちらこそ、ありがとうございます」
「こう見えて荒事にしか関わって来なかった身の上ですから、執政に関しては一から学ばせて頂く立場となりますが、精一杯務めさせて頂きます」
既に堂に入った優雅な礼をするアバンに、ポップが満面の笑みで言う。
「先生なら大丈夫でしょ~。すぐ王様レベルもカンストっすよ。ねっ師匠」
「そもそも王様を職業に含めんじゃねえ。……まあ、政だろうがすぐ要領を掴むだろう事は確かだがな。禁止カードが名前だけ変えて、ゲームに本格参戦してきやがるわけだ。今後の世界情勢が見ものだな」
「ダーティーな響きの例えですねえ。私はどんなゲームでもフェアプレイ精神ですよ」
「フン。主旨替えした理由はなんだ?」
「前例を、作っておかなければならないと思いまして」
「戦いを終えた勇者が、堂々と表舞台に立つことの?」
「それもありますが。ポップが言ったように、ただ単純に、勇者も好きにしていいって事のです」
そう言って、アバンはフローラの肩をやさしく抱いた。
「王様になるのはついでですよ。ご存知でしょう? 実は私、ずっとこの方のことが好きだったので」
肩を抱かれたフローラは耳まで赤くなった。
「きゃああああ!」とレオナとマリンとエイミがを頬を覆って黄色い悲鳴を上げ、マァムとメルルは当てられて赤面している。
ポップも何故か黄色い悲鳴を上げる側に加わっていた。乙女のように赤面するポップに手近な木か何かのように抱きつかれているロン・ベルクは呆れるような面白がるような何とも言えない顔をしている。
「これまで散々泣かせといて、その気になった途端開き直りやがって」
脱力して憎まれ口をたたくマトリフに、ポップが力いっぱいアバンをフォローする。
「師匠、これまではこれまでだよ! 今は今だよ!」
「そういう調子のいいとこお前らよく似てるよな」
「だってフローラさまも先生のことずっと好きだったんでしょ!?」
他人の事となると直球を投げるポップに、フローラは暫し沈黙した後に深く息を吐き、クールさを取り戻した声で答えた。
「……ええ。この人が私をそう思う気持ちよりは、確実に強く」
「ええ?」
おどけたような、本当に心外なような、しかし嬉しそうな声をアバンが出す。
マトリフはやさぐれた。
「ケッ!! おい酒だ酒だ! 酒をもて!!」
「ありますぞマトリフどの!!」
やけくそで所望したマトリフに、用意のいいバダックがワゴンから酒瓶を取り出し始める。
「オレも飲みたい」明らかにただ酒好きなだけと思われるロン・ベルクも同調した。
「あッ!! じゃあおれ取ってくるね!!」
先ほどの負い目か、勢いよく申し出るポップをノヴァが押しとどめる。
「いやキミはそのままいろよ。ボクがとってくる」
「気が利くな」
「弟子ですから」ドヤ顔で言ってノヴァはバダックの所に向かった。
罪滅ぼしが不発に終わったポップは、ロン・ベルクから許しの言質をとって終わらせようとしたらしい。
「さっきの怒ってない? 怒ってないよな?」
「怒ってないが、詫びたそうだな。じゃあこうして治してくれてる間、ついでに酒を飲ませてもらおうか。酒瓶が持てるまで」
「そんぐらいお安い御用だぜぇ! ……え、酒瓶が持てるまで?」
ドサクサで妙な契約を結ばされそうになっている。
一方それどころではない様子のレオナは、顔を輝かせてアバンとフローラに聞いた。
「じゃあ結婚式とか、戴冠式とか、色々準備が必要ですね!」
アバンはやんわりと答えた。
「いえ、公言するのはしばらく先にさせてもらいます。少なくとも数週間後になりますね。結構大ごとですし」
「そうね。今言っても混乱させるだけでしょう」
「あっ。そ、そうですよね。すみません」クールな二人の返答に、我に返ったレオナは恥じ入る。
「え? でもアバン先生、その間もカールでバリバリ指揮とるんでしょ?」
不思議そうに聞くポップにアバンは頷いた。
「ええ、働きます」
「怪しまれません?」
「大丈夫です。はぐらかすのは得意なので」
「確かに~!」
はぐらかされた経験多数のポップは笑顔で納得した。
「怖え王様だぜ」
アポロに渡された酒瓶と杯を受け取りながらぼやくマトリフにアバンは飄々と言う。
「結婚式には来てくださいねマトリフ。何ならスピーチを頼んでも?」
「誰がやるか。つーか王家の式典でスピーチなんぞするか」
「おや無いんですか。王宮のしきたりに関してはとんと無知でしてね。今度教えて下さい」
「やだね。そうやってついでに面倒ごとを頼んでくるのがお前の常套手段だからな」
「これは手厳しい。ああでも、調子の良い時でいいので近々オーザムの塔にルーラして頂けるとありがたいんですが。私とポップを連れて」
「早速頼んでんじゃねえか」
「いいじゃないですか。結婚祝いということで」
「サムいご祝儀だぜ」
アバンは笑った。マトリフはため息をつきながら空の杯に酒を注ごうとする。すると横からブロキーナがひょいとボトルを奪い、マトリフの杯に注いだ。
そしてボトルを返してきたブロキーナは、空の杯をあと二つ手にしている。マトリフは小さく笑ってブロキーナの杯に酒を注いでやった後、アバンがもう一つの杯を受け取るのを待った。
一瞬きょとんとして、それから笑顔でブロキーナから杯を受け取ったアバンが、マトリフの酌を受ける。
三つの杯を無言で合わせ、それぞれ口に流し込んだ。
「……感慨深いね」
ブロキーナのしみじみとした呟きに、アバンも素直に答える。
「そうですねえ」
マトリフは何も言わず杯を揺らす。
勇者は世界を救い、お姫様と幸せに暮らしました。そんな結末は所詮おとぎ話だと、そう見限った筈の光景が今、十五年越しに実現している。
万感といえば万感の思いではあった。
「お二人にも、今まで色々ご心配をお掛けしました」
今になってそんなことを言い出すアバンに肩を竦める。
「流石に身を固めるとなると、お前でも殊勝になるみてえだな」
「ええ。これからは心配する方に専念したいと思います。お二人も、今後はどうぞ一緒に若い世代を心配して下さい」
「心配せずに済む日は来ねえのか」
「さあ。そればかりには私にも」
「身体に悪いなあ……」
「でも、仕方ないですよ。可愛いですからね」
笑うアバンは確かに、すっかり堂に入った保護者の顔をしていた。
老兵同士ささやかな乾杯をする一方で、再び椅子に座ったロン・ベルクの膝の上にポップが横座りになっている。ポップはノヴァに手渡された酒瓶を神妙な面持ちで持ち上げると、飲み口をロン・ベルクの口元に運んだ。
身を寄せたポップの体に回された腕には回復治療が施され、乾いていたであろう喉には上等な酒が注がれ。ごくりごくりと注がれた分を喉を鳴らし嚥下したロン・ベルクは、深く満足げな溜息を吐いて言った。
「懐かしいな。バーンの所に居た時はこういう生活をしてた」
「どういう生活だよ!!」
力いっぱいポップがツッコミを入れる。
「お酒関連はボクには荷が重いな。ポップがやってくれて助かるよ」
「おれにも重いんだけど!?」
「お前、妙に似合うな。侍らされるのが」マトリフが思った事を言うとポップは憤慨した。
「それ全然いいことじゃなくねえ!?」
「後でオレにも酌ぐらいしろよ」
「そりゃいいですけどもお!」
「もう一口」
「わかったよお!!」
こき使われるのがやけに堂に入っているポップは、確実に宮仕えはしない方がいいだろう。おそらく碌なことにはならない。
「心配ですねえポップ。悪い人に騙されちゃダメですよ」
「お前だろ」
眉を下げて言うアバンに即効で言い返すと、本人ではなくポップが心外そうに言った。
「先生はいい人じゃん!」
「そういうとこだぞお前」
「心配ですねえ~」
「身体に悪いなあ」
「おい、もう一口」
「わかったよお!!!」
その後は持ち込まれた酒が無くなるまで三十歳より上の大人勢が大体飲みつくし、他の面々は主にポップがヒュンケルを治療している光景はセーフかアウトかで盛り上がっていた。ロン・ベルクに対しては何となく有耶無耶でセーフになった問題だが、対ヒュンケルの場合は範囲が広いだけに密着度が高すぎることが争点になり、結局マァムの「よく分からないけど見ていると照れる」というコメントが決め手になってポップは人前では治療しない宣言をするに至った。誰も見ていない所でするのもそれはそれでどうなのかと思ったが、そこまで突っ込む人間はいなかった。
お開きの時間になり、アバンは大所帯を率いてデルムリン島、マトリフはマァムを送りにネイル村を経由して自宅、ポップはヒュンケルとロン・ベルクを連れて故郷の村に帰るため建物の外で集合する。
「先生。結婚おめでとうごさいます」
どういう心境か、改めて言って殊勝に頭を下げるポップに、アバンは笑って礼を言う。
「ありがとう、ポップ」
「ほら。お前も祝えよ」
そう言って、ポップは隣のヒュンケルを肘で突いた。
促されたヒュンケルは、どうしたらいいのか分からないような戸惑いの顔を見せる。
アバンはそんなヒュンケルを目を細めて見つめ、ただ言葉を待った。
その眼差しに、ゆっくりと確かめるような口調で、ヒュンケルが言う。
「……おめでとうございます。……先生」
アバンは幸せそうに笑った。
「ありがとう。ヒュンケル」
にこっと笑ったポップは、懐かしそうに言った。
「ねえ先生、覚えてます? デルムリン島にハドラーが来た時、先生に言ってたこと。地上の半分をやるから、オレの部下になれって」
興味深そうな顔をするヒムの横で、アバンは頷いた。
「覚えていますとも。もしかしたら、魔王が勇者を勧誘するというのは通過儀礼なのかもしれませんね」
飄々と言う言葉に、見送りのレオナがピクリと反応する。
「断ったと思ったら自力で世界中の国半分まとめる王様になっちまうんだから。ハドラーもビックリですよ」
「ふっふっふ。しかし、手に入れるのと維持するのとは大違いですからね。自分のものにしたり外敵から守ったりするまでは力で出来ても、そこから何かを育んでいくのは力以外のものです。そして私は後者の方が楽しい性質なのでね。その辺の私の好みをまず理解してからでなければ、ヘッドハンティングは出来ませんよ」
「好みの問題っすか」
「そうですよ。私が得意呪文をマホカトールと言って憚らないのも、お気に入りの呪文だからです。外敵を寄せ付けないだけでなく、中の者が継続的に安心安全に過ごせるなんて素晴らしい呪文じゃないですか。そんなお得な呪文が使える人材は戦場の外でもありがたがられて引っ張りだこでしょう」
「まあ、確かに」
「強くなるのは容易ではありません。だから強くなればなるほど、戦場以外で何かの役に立つのは難しくなります。でも決して不可能じゃない。あなた方にもそれを見つけて欲しいのです。特に、戦いで一番頑張った、ダイ君にはね」
アバンの言葉に、ポップは僅かに痛みを堪えるような色を瞳に滲ませて、それでも笑った。その顔はやはり、初めて会った時よりも少し大人びて見えた。
「大丈夫ですよ。何だかんだその時が来りゃあ、アイツはやってのけます。……ダイはすげえんだから」
<了>
