いつかのハッピーエンド - 6/7

5.精霊代理

「……ゴメちゃんのこと、バーンは神々の遺産って呼んでたわ。竜の騎士も、ゴメちゃんも……少しだけ神様の力を持っていたから、ポップ君を死の淵から呼び戻すことが出来たのね」すん、と鼻をすすりながらレオナが言う。ポップもしんみりと頷いた。
「おかげで巡り巡って、メルルを助けることも出来たんだよ」
「そうね……。……いえ、でもそれにしたって自分を治すみたいにメルルの体を治すって何? 乗り移ったってこと?」ふと我に返ったようにレオナが問い質す。
「まさか。そんなん出来るわけねえよ。なんかこう、メルル自身の精神力とおれの精神力を同調させて……ドサクサに紛れて無理くり治したっていう感じ?」
「逆になんでそれは出来るのよ」
「魔法力の威力を調整して相殺する修行、師匠からやらされまくってたから」
「精神力そのもののレベルまで行くとか想定してねーけどな。他者同士の物理的境界による抵抗を限りなく0にする……いわば回復呪文版のメドローアみてえなもんか。精神力を一時的に同質にして流し込み、実際はポップの魔法でありながら、あたかもメルル自身が己の肉体を治癒したような効果を疑似的に得る。
 メルルが己の精神力を取り戻した後も意識の繋がりを維持できたのは、メルル自身がポップと同じく己以外の精神を受け入れ易い体質で、且つ占い師としてその力をコントロールする技量があったからこそ出来たことだろう」
「だから副産物ってことね……一時的なはずの竜の血による意識の抜け道をポップ君がその後まで持ち越したように、メルルは繋がった精神を保持して、ポップ君とコンタクトがとれたと」
「今は既に失われていますが……」メルルが圧倒されたように頬に手をやりながら言う。
 レオナも信じられないような声で確認した。
「つまりポップ君は、自力でほぼ竜の血と同じ役割したってこと?」
「竜の血と同じで、出来る相手と出来ない相手が居るがな」
「もうそれって相手限定のザオリクって言っていいんじゃないの?」
「神の力を借りないから違う。あくまで結果的に蘇生まで踏み込んだ、裏技的な回復呪文だ」
「細か~い」
「師匠は理論派だから!」
「お前は感覚派過ぎる」
「なんかポップ君って、勢いで成功させるみたいなパターン多くない?」
 賢者三人で喧々諤々という雰囲気になった所に、スッとたおやかな手が挙げられた。
「質問していいかしら」
 それまで静かな表情で話を聞いていたフローラの発言に、レオナとポップが同時に「はい何でしょうっ!?」と居住まいを正す。
「そのポップ君の技術……彼らの怪我の治療には有効ではないのかしら?」
 そう言ってフローラが示したのは、マトリフが来た当初から部屋に動かず居たヒュンケルとロン・ベルクだった。
 ポップが言われて初めて気づいたように目を丸くする。
「うわ、何だよ二人とも。包帯だらけじゃん」
「今気づいたの?」レオナが呆れた声を上げる。「……二人とも重症なのよ。回復呪文が効かないほどのダメージなの」
「ええ!? 早く言ってくれよ!」
「お前それどころじゃなかっただろ。……だが、回復機能が効かねえほどなら難しいんじゃねえか? さっき言ったように、他人から利用出来る指向性は基本的に回復機能のものだけだ。メルルは体質的に例外だし、二人は瀕死ってわけでもないしな」
「う~~~ん」
 マトリフの指摘に唸りながらポップがヒュンケルに近寄る後ろを、何も言われなくてもマトリフとアバンとブロキーナでついていく。文殊の知恵を授けたい所だが、実質的な役割としては野次馬だった。
 勝手知ったるとばかりに特に声もかけずヒュンケルの肩や腕に少し回復魔法を当てると、ポップはすぐさまわめいた。
「うっわひっど! 痛そ! ボッロボロ!」
「そうなんだよねえ」既に診たらしいブロキーナが気の毒そうに眉を下げて頷く。
「こんなになるまで戦って……」アバンは涙腺が緩んでいる。
「こりゃあ確かにただのベホマじゃ無理だな」マトリフはすぐに見切って手を下げた。
 全員回復魔法の使える四人から寄ってたかって診察され、ヒュンケルは微妙な顔をしながら言う。
「……自分の状態は自分が一番よく分かっている。無理を言うつもりはない」
「でも痛えだろこんなの。常に」
「それは仕方がない。我慢出来ないほどじゃない」
「まあちょっと待てって、今考えてっから」
 米神を押さえて眉を寄せながら、ポップはうんうんと唸る。
「メルルみたいにおれの精神力を押し込むやり方は無理として……呪文はおれ……魔法力もおれ……」
 難しい顔で呟きながら、ポップはヒュンケルに身を寄せた。
 そしておもむろにヒュンケルの首に抱きつく。
「おお」
 感心した先代勇者パーティー三人の声が響く。ヒュンケルは驚いた顔で固まっていた。
 しっかりと抱きついたまま、ポップは目を閉じて何かしようとしている。
「……ヒュンケル、お前闘気って抑えたり出来ない?」
 言われたヒュンケルは、動揺を鎮めるように一つ深呼吸した後、気を落ち着け――そうするとポップに触れている部分全体に、回復魔法の光が灯り出した。
「おお!」三人の声が揃う。
「やった! どうよ!? 回復してる感じしない!?」
 抱きついたまま有頂天になって聞くポップに、ヒュンケルも呆然としながら頷く。
「……している、気がする。少なくとも、ずっとあった痛みが和らいでいる」
「ひゅー! 成功だぜぇ!」
「お前これ……ヒュンケルの精神力を自分とこで魔法力に変換してんのか?」
 思わず呆れた声でマトリフは問う。ポップは得意げな顔で肯定した。
「そう。今のおれは触ると発動する回復アイテム」
「お前をやべえと思った回数は一度や二度じゃないが、今それを更新した」
「え、ヒュンケルの精神力を使って……例の指向性の問題を解決してるってこと?」ブロキーナが鳩が豆鉄砲を食ったような顔で確認する。「でもどうやって魔法を発動させてるの?」
「痛みだろう。意識で知覚出来る唯一の指向性だ」
「じゃあ、少なくとも痛みが無くなるまでは回復魔法が効くと?」
「時間は掛かるだろうが、いけるだろうな。離れ業にも程があるが。しかし、こっちも大したもんじゃねえか。闘気って自分の意思でここまで抑えれるもんなのか」
「アバン流の、無刀刃という技で会得したのです。マトリフさんが持ってきてくれた、アバンの書に記されていて……」
「ほお~。間接的にオレのおかげだな」
「……あのサボり魔だったポップがここまでの技術を……ヒュンケルも、あれほど殺気立っていた子が、無刀刃をマスターするまでに成長して……」アバンは引き続き涙腺を緩ませている。
「え? こうやって闘気抑えんのって難しいの?」ポップが間の抜けた声で聞く。
「難しいよ」
「元々ほぼ0のお前には分からねえだろうがな」
「ええ~そうなんだ。ロン・ベルクも練習しといてくれよ、次やるから」
 言われたロン・ベルクは「闘気を抑える……?」と呟いて眉を寄せた。横ではノヴァが「難しいよそれ」とぼやいている。
 ポップは抱きついているヒュンケルにもダメ出しの声をかけた。
「お前、手とかも痛いんだからもっとしっかり抱えろよ。くっついた部分しか回復魔法効かないんだから」
「……これは……ポップに負担は無いんですか? オレにはどういう仕組みか見当もつかないのですが……」
「なんでおれ本人に聞かねえで師匠に聞くんだよ」
「お前に聞いても大丈夫としか言わないだろう。当てにならん」
「か〜!」
「まあ、疲れはするだろうがな。魔法自体は例の蘇生呪文の応用だし出力も小さいから、負担になる類のモンではねえ」
「この痛みがポップに伝わっていたりは……」
「それは心配しなくていい。感覚とエネルギーは違う。感覚を共有出来ないことが自分と他人を分ける最後の砦とも言える」
 マトリフに保証されてとりあえず安心したのか、ぎこちない手つきでヒュンケルの手がポップの背に回った。抱えた手に回復魔法がかかる。
 戦友の怪我が治りそうとあってか、近くにクロコダインとヒムとラーハルトも寄ってきた。
 クロコダインが不思議そうに尋ねてくる。
「まったく魔法を使えなくても、精神力というのはあるものなのですか?」
「精神力自体は、魂のあるヤツには誰にでもあるさ。ポップだって闘気が無いだけで生命力はあるだろ。生物に元来備わっている精神力とか生命力を、肉体を使って活用可能なエネルギーに変換したものが魔法力とか闘気と呼ばれている」
「闘気はどんなんか分かるけどよ。魔法力ってどういうもんなんだ?」
 いまいち分からなそうに首をひねって言うヒムに、反対にマトリフは問いを投げる。
「じゃあ闘気がどういうもんか言ってみろ」
「あ!? え~~~~……なんか、ぶつけるモン」
「しょっぺえ回答だな……まあ間違ってはねえからいいか。つまり、さっきもちょろっと言ったが自分以外のものを物理的に弾く力だな。生きてそこに存在する個体の、モノとしての強度を高める力が闘気だ」
「目に見えないのに、モノなのか?」
「だが闘気には触れるだろ。当たると痛えし触ると硬え。肉体から純粋な物質性のみを取り出したエネルギー、と言やあわかるか」
「あー、何となく」
「じゃあ魔法力はどういうもんだ。ポップ」
「え!? え~~っと……ないものを、あるものにするもの?」
「なんだそりゃ」
 呟くヒムにマトリフは言った。
「いや、合ってる」
「合ってんの!?」ヒムの声がひっくり返る。
「闘気が物質性なら、魔法力は精神から概念性を取り出して現象化するエネルギーだ」
「さっぱりわかんねえ」
「火の無いところから火が、氷の無いところから氷が、風の無いところから風が出る。条件が揃えばそういう現象が起こる事は知っている。その遠い場所での可能性を、たった今この場の現象を操作して再現する法術が呪文として体系化されている」
「……。」
 黙ってしまったヒムにポップが補足する。
「死の大地は氷だらけだったろ? あれはフツーに雪が降ったり寒かったりしたせいだけど、別に雪も降らねえ寒くもねえここで、いきなり氷を出せるのが魔法だよ」
 ヒムはまじめに聞いた。
「なんでそんなこと出来んだよ」
「……それが魔法だから……」
「過程を省略して結果だけ呼び出す力、とも言えるな」
 マトリフの再補足にようやく腑に落ちてきたのか、ヒムは腕を組んで考え込んだ。
「オレがしばらく走っていけば窓の外に見えてる山のてっぺんまで行けるだろうけど、お前らはルーラでいきなり行けるみたいな話か?」
「おお。わかってきたじゃねえか」
「あー。そう考えると、あるものをないものにする、とも言えるかなあ」ポップがぼんやりとした口調で言う。
「要するに在るものと無いものの境を越えて、望む結果を引き出そうとするのが魔法なわけだな。そのための操作が複雑で大きいほど呪文としては高度になる」
 マトリフの結びに、ヒムは目の前のポップとヒュンケルを指さした。
「これは?」
「もはや呪文とは呼べねえ」
「どうやってるの? 何をしてるの?」レオナが後ろから最早恐々として聞いてくる。
「接触した部分で限りなく非物理的情報以外を排除した上で、痛みに向いたヒュンケルの精神力を即座に回復エネルギーとして練った魔法力にして返している」
「そ……それは、魔法を使っているのはポップ君なの? ヒュンケルなの?」
「しいて言えば、ポップがヒュンケルに使わせている」
「なんでヒュンケルの精神力をポップ君は関知できるの?」
「痛みはそれ自体が取り除かれるべきという欲動を持っている。誰だって痛えのは嫌だろ。また、それそのものが本人に知覚出来る明確な指向性でもある。痛いということは元の形から損なわれているということを意味するからな。本人にとって起こってほしい現象と対象が揃えば、精神力の要件は満たす。ポップは予め精神力の種類を痛みによる回復に狙い定めて、ノータイムで魔法化することで接触した部分でだけ発現可能にしている。接触部分のみでの発動だから主体がポップかヒュンケルか決定的には曖昧にしたままでだ」
「そこが分からないの! なんでポップ君が練った魔法力をヒュンケルが利用できるの?」
「魔法力はそもそも属人性が薄い。闘気を宝玉に貯めて他人に補充したりは出来ないが、魔法力だと出来る。それは魔法力が物理的主体の制約がない非物質的エネルギーだからだ。誰のものでもない魔法力を補給して自分のものにした経験が姫様も一度はあるだろ?」
「あるけど……あるけど……!」
「とにかく、理論上は可能だ。これまでのコイツの習得した技術を踏まえると」
 とんでもない弟子に改めて渋い顔になりながら言い切ると、ポップの惚れ惚れしたような声が返ってきた。
「も~師匠が全部説明してくれてマジ助かる。おれ自身改めて考えるとよくわかんねえ部分あるのに」
「お前は自分で説明できねえ事を出来すぎる」治療中じゃなければどついていた所だった。
「……そんな難しい事してるのに、よく平気そうに喋れるわよね」呆れながらのレオナの指摘に、ポップは「あー」と上の空で答える。
「瞑想してる時みたいな感じでいれば大丈夫」
「……瞑想中は喋んないでしょ普通」
「おれ瞑想だけは超得意だから。先生にも褒められたもん。修行中毎日やってたし。今も時間ある時やってるし」
「その瞑想ってあたしの知ってる瞑想? 呪文詠唱前の常に魔法を発動出来る状態のまま留めておくあの瞑想?」
「ポップは瞑想状態を維持するのが上手すぎて、つらつらと喋ったり考えたりする程度ならまったく問題なく心身を魔法発動段階に固定していられるんですよね」アバンがさらっと言った。
「え? これ今、瞑想状態なんですか?」
「最低要件は満たしてます」
「普段と変わらないじゃないですか!」
「満たしてます満たしてます」
「ここぐらいまでなら気緩めても平気だな、みたいな一線があるわけ」ポップがまったりとした口調で言う。
 マトリフはレオナに言った。
「若い男の魔法使いが少ねえのは、血の気が多くて瞑想が下手くそだからって説もあるほど瞑想は重要だぞ。アバンが毎日毎日こんこんと基礎練ばっかさせてた結果今のポップがある」
「うれしいですね~」
 アバンが素直に喜んでいる。
「……あたしももっと瞑想するわ」
「おうやれやれ。素質はあるんだからよ」
 そんなことを言っている内に、ポップが不意にヒュンケルに話し掛けた。
「……そろそろ一旦やめとくか?」
 見ると頭をポップの肩口に凭れかけさせて、完全に寄りかかるような体勢でぐったりしている。
「精神力切れか?」
「ヒュンケルは精神力使った経験なんて完全に初めてでしょうからねえ」
「……魔法力が切れると……こうなるのか……」疲れた声でヒュンケルが呟く。
「その倦怠感に、魔法力を練り続けた肉体疲労をプラスってとこだな」
「そうですか……」マトリフの捕捉に返す声は心なしか苦い。
 ポップが素直に優しい声をヒュンケルにかける。
「おれが寝てたベッド使えよ。まあ、今の時間だけでも結構マシにはなっただろ? ぼちぼち精神力が回復したらまたやってやるからさ」
「……すまん」
「そこはありがとう、だろ」
「……ありがとう……」
「まあ、おれは礼を言っとくべきとこでお前に礼言ったことなんてあんまりねえけど」
 へへ、と悪戯っぽく笑うポップにヒュンケルは顔を上げないまま、何かを言い淀むような雰囲気で押し黙る。ポップの肩口に伏せられて見えないその表情が、マトリフには何となく分かる気がした。
「重っ。その辺の友達連中、誰か手貸してやれよ」
「お前チカラなさそうだもんな」
「う、うるせー! 体格がちげぇだろ!」
 ヒムにぐったりしたヒュンケルを任せつつ、ポップは首を回して「よ~し」とロン・ベルクの方に向かった。
「待たせたな!」
「……小休止を挟んだ方がいいんじゃないのか?」
「平気だよ。案外コツ掴むと、おれの方はそんなに疲れねえわ」
 事も無げに言いながらポップはロン・ベルクの腕に回復魔法の光を当てる。
「うわ、なんこれ、ヒュンケルよりひでえじゃん。うっわ。やば。痛そう」
「剣技の威力の反動というお話でしたが……」
「凄まじい剣技だったからねえ」
「腕の形保ってるのが奇跡だな」
 先代三人も別に何の足しにもならないが再び一緒になって怪我の状態を確認する。
「これ自力で動かすの無理じゃん」
「そうだな」ロン・ベルクはだらりと腕を垂らしたまま肯定する。
「他人に持ち上げられるぐらいなら平気?」
「ああ」
「う~~~ん……」
 ポップは口元に手をやって考え、「ちょっと失礼」と神妙に言うと、背を預ける格好でロン・ベルクの膝に座った。
 だらんと投げ出された右腕をそろそろと慎重に持ち、己の腹の前に置く。その動作だけでも痛むのかロン・ベルクの眉が顰められているが、触れた部分には既に淡い回復魔法の光が灯っている。
 左腕も同じように腹の前に持ってきて、自分を抱えさせるようにすると、上から緩く押さえて三人に訊いた。
「どう!?」
「うん、腕全部覆えてるね」
「だが出力が弱いな」
「闘気がまだちょっと強いようですね。ロン・ベルクさん、例えばですね……」
 魔法職から聞くと何が何だか分からない説明をアバンがする。何がどう納得されたのかは知らないが、先程よりも回復魔法の光が強くなった。
「おお!」ポップが声を上げる。
「痛みがマシになった……」信じられないような声でぽつりとロン・ベルクも呟く。
「今のわけわかんねー説明でなんかコツ掴んだのか」
「なんとなく、言ってることは理解した」
「さすが先生、武芸百般~!」
「いやあハッハッハ」
「勉強になるな……」傍で聞いていたノヴァの呟きに、ポップが思い出したように言う。
「でもおれは魔法力特化型だし、ヒュンケルとかは闘気特化型だけどさあ、先生とかノヴァみたいに闘気も魔法力も強いタイプって何なの? そんなんアリなの?」
 若干僻むような声色にノヴァは苦笑した。
「それだけすごい魔法が使えるんだから、闘気が無くたってお釣りが来るだろ」
「それはそれ、これはこれだよ! ノヴァは初めからどっちもすごかったのか?」
「いや。ボクは闘気はわりと早いうちから習得が進んだけど、魔法が使えるようになったのはここ数年だな。勉強自体はもっと前からしてたんだけど」
「へえ~。師匠、こいつマヒャド使えるんだぜ」
「ほお。やるじゃねえか」
「ど、どうも……。でもメラ系はメラミまでしか使えないよ」
「氷系呪文の方が得意なのか? おれ逆だわ」
「ボクに魔法を教えてくれていた人は、リンガイアは寒い地域だから氷系呪文の得意な人間が多いと言ってたけど」
「関係あんのそれ?」首を傾げて見つめてくるのでマトリフは頷く。
「多少はあるぞ。魔法と言っても自然現象の再現だからな。慣れ親しんだ現象の方がイメージはしやすい」
「ふうん。じゃあおれが炎系呪文得意なのは、実家が武器屋だからかな」
「火が近くにあったのか?」
「小さい頃、よく親父の工場に入ってどやされてたから。真っ赤になった鉄とか見んのが好きだったんだよな。見るだけだけど」
 ポップのささやかな思い出話に、黙って治療を受けていたロン・ベルクが反応した。
「……その話、前に酔っぱらったお前の親父がしてたぞ」
「えっマジ?」
 ロン・ベルクの言葉にポップがぎくりとする。
「危ないから入るなと叱ってもしょっちゅう工場にくっついてきて、何が面白いんだか機嫌よさそうに頬杖ついて炉に火をくべたり鉄が焼けたりするのを横で見ているが、叩いて鍛える段階になるとビビッて逃げていくんだと。小さい頃は本当に落ち着きがなくて目が離せなかったと」
「うえ~。なんでそんなハナシ外でするかな~~~」
 恥ずかしそうに顔をしかめるポップを見ながら、マトリフは隣のアバンを肘で突いた。
「……お前、両親に会ったら土下座ぐらいはしといた方がいいんじゃねえか?」
 アバンは沈痛な表情で押し黙った。自覚は痛いほどあるらしい。
 まあオレも言えた立場じゃねえがなと思いつつ、想像に違わず可愛がられて育ったらしいポップをしげしげと眺めた。
「コイツに似てて鍛冶屋とか想像つかねえから、ポップは母親似か」
「そうだな。親父とは髪型と負けん気ぐらいしか似てないんじゃないか」ロン・ベルクも上からポップを見下ろして答える。
「でも母さんとおれが似てるかっていうと似てなくない?」
「まあ、印象は真逆だな」
「つまり淑やかな感じか?」
「ああ。静かで落ち着いた女だ。怒ったことなど一度も無さそうな顔をしてる」
「ほ~」
 マトリフは目を眇めてポップの顔をそのまま大人しそうな女に挿げ替えることを試みた。悪くない。
 そもそも例えアバンの教え子だろうとポップがもし仮にこれほど顔が可愛くなく、いかにも男っぽい男だったらここまで面倒を見ていなかったとマトリフは思っている。
「興味あるな。キミのご両親」マトリフのような邪な気持ちではないだろうが、ノヴァが代弁するように言った。
 ロン・ベルクがふんと軽く笑う。
「オレに弟子入りするって話が本気なら会うこともあるだろう。ちょくちょく来るからな」
「本気ですよ」
「え? お前ロン・ベルクに弟子入りすんの?」
「する。本当は腕が動かなくなってしまった分のお手伝いも兼ねるつもりだったんだけど、もし腕が治ったとしても弟子入りしたい。技術と精神を学ばせてもらいたいんだ」
「マジかよ。北の武器屋じゃん」
「生憎というか、鍛冶出来るまでにはこいつの治療でも回復しねえと思うぞ。痛みを基点にしてるから、負傷部分がポップに接触してる状態で痛みが無くなれば、その時点でこの方法は使えなくなる」
 口を挟んだマトリフに「そうですか……」とノヴァが複雑そうな顔をする一方、ロン・ベルクは心底安堵したように言う。
「痛み無く日常生活が送れるようになるんだったらそれだけで万々歳だ。自然治癒ならそこまで数十年は掛かったんだからな」
「アンタも苦労したんだなあ」ポップは同情の声を返した。
「まさか治る方法があるなんて思いもしなかった。つくづく、長生きはしてみるもんだ」
「熱意のある弟子も入門して来るしな。なあノヴァ、もしロン・ベルクっぽい武器作れるようになったらアムドする杖とか作ってくれよ」
「アムドって何?」
「なんかアムドって唱えると、武器から防具が出てきて装備されんの」
「魔法の筒みてえな原理か」
 面白そうだなとマトリフは興味を持った。そこに、離れた場所からマァムがぽつりと呟きを漏らす。
「……やってみたかったの? ポップ」
 図星だったのかポップは「べ、べっつにぃ~」と目を泳がせた。
 ロン・ベルクは皮肉っぽい笑みを浮かべて言う。
「そいつは悪かったな。魔法使いなら鎧が必要になるほどの距離にまず行かないことが重要だと思って、伸縮機能にしたんだが」
「至極もっともだな」マトリフはロン・ベルクの考えを支持した。
「キミ魔法使いなのに常に最前線にいるよね」ブロキーナも疑問に思っていたのか呟く。
「違うんすよ、気づいたら敵が近くにいるんすよ」
「狙われてんだろ。後退しろよ」
「せ、背中を見せるのは剣士の恥っていうし……」
「お前剣士じゃねーだろバカ」
「でもポップの場合、素早さでギリギリ身を守れてる所があるので鎧の装着はあんまりオススメしませんねえ」アバンが残念そうに眉を下げて言った。
「確かに、いくら上等な鎧つけた所で本人の防御力が弱くちゃな」
「闘気ないし」
「そうなんですよ。だから攻撃そのものを避ける方が先決だと思って、体術をみっちり鍛えてあるので」
「すごい動けるもんね。魔法使いにしては」
「お前に鎧は豚に真珠だとよ」
「ぐぬぬ」
「すばやさの下がらない防具があればそれが一番いいよ。普通より防御力が低いのは確かなんだから」
 ノヴァの意見に、先代パーティーよりは言い返す余地があると見てかポップがツンとして言い返す。
「普通って何? おれが普通なのであってお前ら戦士連中の耐久性がおかしいだけなんだけど?」
「周りよりショボいって言えば満足か?」
「ぐぬぬぬぬ!」
 弟子をイジめる語彙には事欠かないマトリフにポップが歯噛みした時、再びスッと手を挙げてフローラが言った。
「ごめんなさいね。今更なのだけれど」
「はいなんですか!?」ポップが歯切れよく返事する。
「先ほどマトリフさんは、未成熟な内から非実在的情報に浸りすぎたポップ君の状態を『危ない』と形容していたように記憶しているのだけれど」
「……確かに言ったな」
「その治療を長期に続けることによるポップ君への身体的な負担は、本当にまったく無いのかしら? 治療の可能性をつい先に聞いてしまったけれど、それを行うことによるリスクの可能性はやはり存在するのではないかと……話を聞いていて不安になってしまって」
「確かに気がかりだな」治療を受けているロン・ベルクが同意する。
「おれフローラさまのそういう何事もキッチリさせる感じ好きです!」ポップが謎のアピールをした。フローラは困惑したように「ありがとう」と言った後、「……で、どうなんですか?」とマトリフに対しクールに回答を促した。
「……回復魔法自体は高度なだけで、禁呪の領域に踏み込むようなタブーは冒してねえ。だからそれ自体による身体的なダメージはない。これは言った通りだ。だがこの回復魔法に限らず、元々ポップには魔法使いとして早熟すぎる事への懸念がある。肉体の在るべき状態の記憶がまだ不安定で薄い内から、魂による現象操作の力が優位になり過ぎるとどうなるか。例がねえから、オレにも確かなことは言えんが……パッと思いつく可能性の一つとしては、回復呪文が効きづらくなったりするかもな」
「えっ。……ああ~、例の指向性が弱くなるってこと?」ポップが眉を顰めて言う。
「そういう事だ。まあ、自分で治す分には何とでもなるだろうが、自然治癒力が弱くなる。そうなると他人からの回復魔法の効きも弱くなる」
「絶対気絶できねえじゃん」
「それに、外傷に関しちゃまだいい。お前魔法力が尽きても生命力から捻り出して魔法使うような無茶しまくってきただろ。そんなことばっかやってると、体力の絶対量が無くなってくぞ」
「まじで?」
「こればっかりは回復呪文でもどうにもならねえ。本来体力に振られなきゃならねえエネルギーが初めっから魔法力に振られるようになっちまう」
「すぐ疲れる情けない男になっちまうってこと? まだピチピチなのに?」
「そういう事だ。まあ、幸い短期決戦だったからな。この三ヵ月のペースのまま今後も無茶を続ければあっという間に何処かしらがイカれてくるだろうが、常識の範囲に止めてりゃそこまで悪影響は無いはずだ。あとは、怪我や疲労をこさえて回復呪文が必要になるような機会をなるべく避けるこったな」
「魔法自体を控える必要は無いのですか?」
 斬り込んだフローラの質問にポップがギクっとする。
「それはあんまり意味がねえ。オレ自身もそうだが、体力と違って一度上がった魔法力の総量が下がる事ってのは基本的にない。呪文の強さに体がついていかなくなる事はあってもな。どうせ溜まるんだから使っちまったほうが得ぐらいのもんだ」
 魔法を控えなくてもいいと言われ安堵したのか、ポップが明るい口調で感心する。
「へ~。えらい賢者とかってジジイばっかのイメージがあったけどそのせいか。歳とればとるほど有利なんじゃん」
「だから歳とれば自然と強力な魔法身につくって前に言ったろ。てめえは聞きやしなかったが」
「まあまあ、もはや歳とるどころのハナシじゃなかったわけだしぃ」
「……そうだな。そう思ってオレもお前に殆どの呪文契約をさせたし、オレのオリジナル呪文の中でも特に難しいヤツから教えた。難しいのから覚えちまえば、お前は勝手に原理や法則を理解して他の呪文も芋づる式に出来るようになるからな」
「えっ! じゃあベタンとかもやっぱアレ難しいヤツだったの!?」
「当たり前だろ。重力操作なんざ上級も上級よ」
「練習中こんなのも出来ねえのかって散々けなされた記憶があるんだけど!?」
「そう言った方がお前はやる気出すだろ」
「ひ、ひでえ……」
「アバンはゆっくり育てるつもりで居たようだがな。初めは甘やかしてたのかと思ったが、今言ったような事を懸念してあまり広く契約させずにおいたんだろう」
 アバンは複雑そうな笑みで肯定した。
「魔王が復活するとは思いませんでしたからね。しかしポップの言う通り、そういう心配をしている場合ではなくなってしまいました。皆が生き残る上でこれ以上ない指導をポップに与えてくれたこと、本当に感謝しています」
「ヘッ。成り行きだがな」
 勇者の資質を見出したダイに心を動かされたのは、曲がりなりにも元勇者パーティーだった過去が呼び起こしたなけなしの義侠心だった。しかしポップをここまでの魔法使いに仕込んだ理由の殆どは、ただ教えるのが楽しくなってしまっただけだ。初めて出会った己を凌ぐ才能に、己の培ってきた技術を注ぎ込むのが単純に今までの人生で一番面白かった。
 アバンが魔王討伐後に定住もせず後進を育てて回っているのを物好きだと揶揄ってきたが、今思えば何のことはない、アバンも成り行きで育てる事になったヒュンケルに自分の技術を教えるのが楽しくなってしまったのだろう。何事も自分で経験しなければ分からないものだ。
「でも心配しなくても今んとこ全然問題ないし、気にしすぎだったんじゃないっすか?」
 ヘラヘラとポップが言う。才能があると言ってもこういう危なっかしい弟子だったために、教えるのが楽しい反面いろいろと苦心させられたのも間違いないのだが。
「……さっきから言ってる非実在的情報というのは、要するに精霊側の力ということか」
 ロン・ベルクの言葉に、アバンが頷く。
「その通りです。人は精神力を魔法力に変換することで、不可視の精霊による呪法を授けてもらう事が出来る……あくまで人の意思が精霊の秘術を借りるという主客の関係です。しかしポップの場合は、呪文契約や使用する毎に経験として流れ込んで来る情報が多すぎる。レベルが上がってからようやく習得するのではなく、足りない内から使用を許されて否が応でもレベルを上げさせられる……主客が逆転して、まるで精霊の方から求められているように。マトリフがさせた呪文契約も、殆ど成功したのでしょう?」
「ああ。契約出来ない呪文は無かった。まだ賢者にもなってなかったのにな」
 初めて目の前で魔法契約させた時の光景は忘れない。円で囲われた狭い空間が、この世から遠く離れて神域に踏み込むかと見紛う光の洪水。契約の成功率を上げる為に肌を晒した未だ未成熟な少年の身体が、その輪郭を透けさせ神秘の存在へと変貌する刹那に感じた、漠然とした畏れ――呼ばれているのではないかと。
 アバンもあの光景を見たのだろう。そして同じ畏れを感じながら、しかしお互いに、結局はその光へポップを導いた。それが必要な光だと分かっていたからだ。
「私も、この回復魔法自体に問題は無いと思います。しいて言うなら、それが出来てしまうという事が心配なだけです。最早この治療でポップのしている役割は人というよりほぼ精霊に近い。人の精神力を受け取り、呪法という結果を授ける……こちら側に留める楔となっているのは、魔法力を生み出している肉体だけ」
「お、大げさだなあ先生。逆に言えば、身体がある限りは安心ってことじゃないですか? いくらその、精霊?の真似事したって、身体で魔法力練らないと使えないって大前提は変わらないんだし」
「……それはそうなんですけどね」
 ふう、とため息をついて話を収めるアバンに、ポップもホッとした顔になる。
「精神力は相手のものってことは、ポップ君自身の魔法力は消費しないの?」レオナがポップ本人ではなくマトリフに聞く。
「しないが、その分普通に魔法使うよりも体力はガンガン減るだろうな」
「じゃあ薬草食いながらやったら永久機関なんじゃ!?」
 ポップが大発見をしたかのような顔で言う。アバンが悲壮な顔で首を振った。
「なんでそこで、じゃあ休み休みやらなきゃって方向に行かないんでしょうね~アナタは」
「そんなに急いで治さなくていい。お前の体の方がどうにかなったら本末転倒だ。次は最低でも、一週ぐらいは間を置いた方がいいんじゃないか」治療されているロン・ベルクが言う。
「でも両腕使えないのは困るだろ。それに、なんかアンタ全然精神力に余裕ありそうだし」
「それこそ年の功だな。武器作りぐらいにしか使わんが魔力は元々ある。どの道このペースなら三日三晩やったって尽きないから、お前の都合のいい所で切り上げてくれ」
「へえ~。魔力はあるのになんで一気に治せないのかな?」マトリフを見て聞く。
「単純に出力が出ねえんだろ。触れた部分からしか流せねえんだから治癒速度としちゃホイミ以下だろうな。気長にやっていくしかない」
「そっかあ。今の時点でなんか変化ある?」
「……肩ぐらいはあと少しで動かせそうな気がする」ロン・ベルクが眉を寄せながら答える。
「一番治りが遅いのってやっぱ手かな」
「だろうな。自然治癒だと身体に近い方から順番に動かせるようになった」
「じゃあ肘曲げられるぐらいまではとりあえず毎日やって、その後はペース落とすか。ちょっと間を開けた方が効率良いとかもあるかもしんないしな」
「お前がそれでいいなら。肘さえ動かせれば大分助かる」
「いーよいーよ。でもさあ、年取れば取るほど魔力が上がる一方なんだったら、そりゃ数千年生きてるバーンの魔力がすげえ訳だよな。しかも基本表舞台には出て来ねえ方針だったみたいだから、無尽蔵に湧き出る莫大な魔力は殆ど全部あの爆弾作るために貯めてたわけだろ。コツコツと千年単位で」
「……気の長い話だ。止められた事が未だに信じられんな」
 ロン・ベルクが正直な感想を述べる。
「うん……でもアイツ、そんだけ長い時間費やしてきた計画台無しにされても、最後まで強気だったんだぜ。ヤケクソってわけでもなくてさ。お前達全員殺した後にまた同じことをやり直せばいいだけだって。……その自信を最後まで覆せなかったっていう点では、負けだよな。実際アイツは強くて、それを出来る力があって、実行する意思がある。言い返せなかったもん」
 反省するという程でもない、ぼやくような口調でそう振り返るポップに、若干気圧されたような沈黙が落ちる。そんな中で、アバンがふと笑った。
「私は、守りたいものを生きて残せれば勝ちだと思っていますが。貴方は本当に、大魔王とケンカしてたんですねえ」
「……おれ、勇者じゃないし……」
 ばつが悪そうな顔になるポップに、アバンは微笑んで頷いた。
「だから貴方が必要だったんですよ」
「こういう考え方も、アリってことですか?」
「勿論。貴方は正しいですよ。勇者には出来ない形でね」
 ポップは瞬きして、それから頼りなく笑った。
「……先生が言うならそうかな」
 その笑みを見下ろしながら、ロン・ベルクが鼻を鳴らして言う。
「往生際が分からなかっただけじゃないか? 敗北を知らん以上は恨み方も知らん。バーンは生まれながらの覇者だからな」
「わ~クールな意見。アンタだって無いんじゃねえの? 負けたことなんて」
 胡乱げに問うポップにロン・ベルクはあっさり肯定する。
「ないな。そもそも魔族は、負けが見えてる勝負なんかしないもんだ」
「……じゃあなんでこっちについたんだよ」
「さあ。多分、人間と接した魔族には人間臭さがうつるんだろうよ」
「ふうん……まあ、結局はアンタのついた方が勝ったんだけど」
「そうだな。竜の騎士に人間の心が与えられた理由も、その辺にあるんじゃないか?」
「……どういうこと?」
「人間だけが無謀な挑戦をする。が、案外勝負はやってみたら分からないもんだろう。力量を抜きにして、あえて闘う強さというのも実際は重要ってことだ」
「は~ん。まあ……一理あるかな」
「……いい答えじゃない。何が不満なのよ」
 気のない返事のポップに、レオナがからかうように声をかける。
「竜の騎士についてはまだ色々考え中だから、おれ」
「ふ~ん。……ねえ。今更だけどその体勢平気なの?」
「えっ。……しゃーないじゃん!? 腕全部だし! いちいち立たせるのも悪いし!」
 内心羞恥は感じていたのか、一気に動揺を見せるポップにレオナはわざとらしく首を傾げた。
「あたしは平気なの?って聞いただけなんだけどお」
「平気ですけど!? れっきとした治療行為だし!?」
「ふ~~~ん」
「……いや、でもやっぱり退こうか? 重いし。立ってやった方がいいな?」
 身じろいで降りようとするポップに、動く気配のないロン・ベルクがさらっと答える。
「全く重くない。楽だからこの方がいい」
「あっそう……?」
 出鼻をくじかれるポップに、アバンがフォローを入れる。
「実際理に適った体勢だと思いますよ。腕の重さによる負担も無いですし」
「ですよねえ!? おれはそう思ってえ」
「恥ずかしく思うことはないですよ」
「……思った方がいい? 絵的にアウトですか?」
「どうして反対に受け取るんですかね~」
 疑心暗鬼に陥るポップをレオナとアバンはとぼけた顔で面白がっている。
「まあべったりくっつかなきゃいけない以上、どういう体勢でもそんな感じになるわよね」
「どういう感じ? 具体的に言って!?」
「そういう感じよ」
「え、どう思うマァム? 今のおれをどう思う?」
 突然振られ、面食らいながらマァムは答えた。
「すごいなって思うけど……」
「何が!?」
「え、技術が。誰も治せない怪我を治せるなんてすごいことなんだから、胸を張っていいと思うわ」
 好きな女による至極真っ当なコメントに、ポップは僅かに心の安定を取り戻したらしい。
「そ……そお!?」
「ええ。それに実際ポップはすごく軽かったから、膝に乗せるくらい全然問題ないと思う」
「そ……そお?」
 一度弾んだ声が急激に弱弱しくなる。
「そういえば片腕で持って走ってたわね。ポップ君を」
「そ、それはいったいどういう体勢ですか!」チウから聞き捨てならないというように挙手して問われ、レオナが麻袋を担ぐような仕草をした。
「こう、腕にああいう感じで座って」
「あっ……そうですか」チウは大人しく着席した。
「鳥かよ」
「ポップ君も普通に、持たれる事を受け入れてたわよね」
「すげえ安定感があったもん」
 どうでも良くなったのか、ポップは投げやりな口調で言ってロン・ベルクの膝の上で不貞腐れた。
「最終的にポップを持ち上げて痛まないぐらいに治療が進めば大成功ですね」アバンが冷静に言う。
「大した重しにならなそうだな。オレがポップにベタンをかけて負荷を上げてやろうか」
「それおれにダメージが行くよね!!」
「ポップに岩とかを持たせればいいんじゃない?」マァムが素で提案する。
「それおれが潰れるよね!?」
「えっそうかしら? ポップを抱えてる腕が重さを支えれば……」手を上に向けて持ち上げる仕草をしながら考え込むマァムにポップが悲痛な声を上げた。
「シミュレーションするのはやめろぉ!」
「迷惑かけちまうな」ロン・ベルクは乗り気の反応を見せた。微妙に顔を逸らして表情を隠しているが確実に笑っている。
「そこまではやらねえよ!? そんな百キロとか持ち上げられるまで行かなくたっていいじゃん!!」
「持てた方が便利だろ」
「おれはそうは思わないけどなあ!」
「ロン・ベルクもヒュンケルも戦士職だもの。キミと違ってパワーは死活問題でしょ」
「これからはスピードの時代だと思います! ラーハルトを見てそう思いました!」
「オレもお前ごとき指一本で持ち上げられるが」引き合いに出されたラーハルトが鼻で笑って言う。
「ごとき!? 指一本は言い過ぎだろ!!」
「ウソじゃないと思うわ。私も親指ならいけるかも」
「だからおめえはさあ! シミュレーションしないでくんねえかなあ!」
「やかましい野郎だなあー」
 素朴な感想を述べるヒムにマトリフも「そうだ。ピーチクパーチクうるせえぞ」と同調しておく。
「だって……! そもそも師匠がベタンするとか言うから……!」
「あら……ヒュンケル、もう起きて大丈夫なの?」
 マァムがヒムの隣でいつの間にか起き出してきているヒュンケルに気づいて声をかける。
 ヒュンケルは実際すっきりとした顔で頷いた。
「ああ。回復した」
「ウソだお前、さっき精神力カラになったばっかじゃん!」
 信じないポップにヒュンケルは不思議そうに聞き返した。
「魔法力や精神力は、体力ほどすぐには回復しないものなのか?」
「えっ!? いや同じぐらいだと思うけど……!?」
「ならこのぐらい休めば十分だ。魔法職ではないオレの精神力は大した総量では無いのだろうし」
「え~……?」
 首をひねるポップにアバンが言う。
「多分本当に回復していますよ。はっきり言ってヒュンケルの回復力は特異体質です。昔からヘトヘトに疲れ果ててもちょっと休めばすぐ元気になりましたから」
「今の時間で休んだって言えます!?」
「ヒュンケルなら言えます」
 断言するアバンに、ポップはハッと何かに気づいたような顔になった。
「いやでも確かに、異常な回復力でも無ければ説明つかないほど、いつもどんだけボロボロになっても速攻ピンピンして戦場に復帰してたような……」
「おそらく最大出力のグランドクルスを放って生き残る秘訣もそこにあるのでしょう。普通は瀕死になるその最中にあっても物凄い勢いで回復しているために、ギリギリ首の皮一枚でセーフにしているんです」
「こえぇ~!!」
 素で怯えるポップに「な、なんで怖いのよ」とマァムが戸惑いの声を上げる。
「こっちは戦いが長引くほど疲れてダメージ溜まってくのに、ヒュンケルはその間にも体力回復してるんだろ!? そりゃ倒せねえわけだよ! ゾンビじゃん!」
「確かに……」
「不死身の秘密か……」
 ラーハルトとヒムが深刻な顔で納得している。
 クロコダインが苦笑しながら戦慄くポップを宥めた。
「ヒュンケルがこの先お前の敵になることは無いんだ。味方ならこれほど頼もしい存在も無いだろう?」
「敵に同情しちまうだろ!」
「クッ。ハハハハ」
 笑うクロコダインの横でヒュンケルは何とも言えない顔をしている。
「ヒュンケルの治療は、精神力を使い切らない程度に短いスパンで、こまめにかける方が効率が良さそうですね」にこにことアバンが言う。
「十秒ぐらいっすか?」
「それは流石に短いのでは……まあ勿論やらないよりは良いですけど……」
「ヒュンケルの精神力如何なんだから、やめ時は任せればいいだろ」
「グランドクルスだって放っとくと全放出しちまうヤツなんだぜ? ほどほどで調整するなんてヒュンケルに出来るのか?」
「お前オレを何だと思ってるんだ」とうとうヒュンケルが散々な言われように物申す。
「捨て身の全力野郎」
「それはお前だろ」
「お前ほどじゃないですぅ~~~」
「どの口が……」
「まあまあまあまあ」アバンが満面の笑みで二人をとりなす。
「ロン・ベルクさんはポップの実家の近所にお住まいなんでしたね。では帰るついでに立ち寄れば、毎日の治療もスムーズですね」
「そうだな。オレは基本家にいるからいつでもいい」
「え~……ロン・ベルクの家に行くのはいいけどお……」
「何だよ」
 マトリフが聞くと、ポップは目を泳がせた後に上目遣いで言った。
「……実家にはそのうち顔出すから、おれひとまず今日は師匠のとこ泊まっちゃダメ?」
 甘えた声音にマトリフは鼻で笑った。
「ダメ。一人でゆっくり寝る。ついでにマァムもネイル村に送ってってやるよ」
「ありがとうおじさん」
「ええ~~~」
 情けない声を上げたポップは、ハッと思いついたようにブラスを見る。
「そうだ、おれデルムリン島にじいさんを……」
「私が送って行きますから大丈夫ですよ」
 にっこりとアバンが先手を打つ。
「ありがとうございます、アバンどの」
「いえいえ滅相も無い。いつでも送り迎え致しますので」
「ブラスどの……オレもひとまずデルムリン島に置いてもらって構わないだろうか」
 頭を下げるクロコダインにブラスは笑顔で頷いた。
「いいですとも。是非来てください」
「……かたじけない」
「オレもダイ様の故郷を見学させて頂きたい」
「オレも行きてえな。ここよりくつろげそうだし」
「ワシも行っちゃおうかな。噂の怪物島、興味あるし」
「えっじゃあボクも行きます!」
「どうぞどうぞ。何人でも運べますよ」
「え~……いいなあ……あっじゃあおれメルル送ってこうか!?」
「私ですか? ……パプニカの皆さんは、今日はここにお泊りになられるんですよね?」
「ええ、そのつもり」
「では私も一緒に泊めて頂いてもよろしいでしょうか?」
「もちろんいいわよ」尋ねられたフローラが優しく頷く。
 メルルはフローラに礼をし、ポップに微笑んで言った。
「私は大丈夫です。だから、ポップさんはご自宅でゆっくり休んできてくださいね。明日ここでお待ちしていますから」
「うう……そお……? おれもここに……」
「そんなに部屋数も無いの。他で休める所があるならそこで休んでくれれば嬉しいわ」
 さらっとフローラにメルル相手とは全く違う態度をとられ、ポップは捨てられた子犬のような目になる。
 フローラは表情を和らげて言った。
「ポップ君、今日は必ず帰ってあげなさい。貴方が闘ったことをご両親もご存知でしょう。心配して待っている筈だから」
「……はい……」
「数週間後に進展が見込めるのよね。少なくともそれまでは、ご両親のいる家で過ごすのがいいと思うわ」
「はい……あっ。じゃあヒュンケル、その間ウチに泊まれば?」
 いいことを思い付いたとばかりに声をかけるポップに、ヒュンケルが戸惑う。
「オレが?」
「そしたら日中別行動でも、どうせ毎日会うから回復魔法かけられるじゃん」
「それはグッドなアイデアですねえ。お言葉に甘えたらどうですヒュンケル」
 にっこにこのアバンにヒュンケルは困惑している。
「しかし……ご家族に……悪いのでは」
「大丈夫大丈夫。客が居ればさ、親父の態度もちょっとは丸くなると思うんだよな」
「え、何? ポップ君はお父さんが怖くて帰りたくないの?」レオナが聞く。
「そうだけど?」
「真顔かよ」マトリフは失笑した。
「お前、大魔王とタイマン張れる度胸があんのに何で親に顔合わせる度胸はねえんだよ」
 ヒムが至極もっともなツッコミを入れる。ポップは真剣な顔で言い返した。
「バーンより怖ぇんだよ親父は!!」
「どんな親父だよ!?」
「……それほど恐ろしい人間には見えなかったが」
 ヒュンケルは会った事があるのか、思い返すように眉を寄せて言う。
「外面はいいんだって。だから、そこに望みをかける」
「……まあ、理由はともかく合理的ではあるわ。そうさせてもらえば? ヒュンケル」
「そうよ。いいと思うわ」
 レオナとマァムの笑顔の後押しに、ヒュンケルはそれでも躊躇う素振りを見せる。その様子を見て、ポップはさらっと言った。
「ま、別に嫌ならいいけど。何にせよこの数週間の内に、ある程度治しときたいな。その先はおれ、多分ランカークスには居ないと思うから」
 言われた内容にヒュンケルは僅か目を見開いて、少し黙り込み、それから頷いた。
「……世話になる。よろしく頼む」
「おっけー」
 軽い調子で言って、ポップは笑顔を見せる。感情を伺わせない、少し大人びたその笑顔を見てマトリフは思う。
 ああ、こいつはこれから辛い日々を過ごすのだろうなと。
 大魔王を倒す、世界を救う。そういう明確な目的と手段のあった旅を終えて今、叶うのかも、どう叶えればいいかも分からない目的に急き立てられている。せっかく手に入れた平和な世界にも関わらずに。
 かつてマトリフが急速に平穏を取り戻していく世界の隅で、全てを無に帰す極大消滅呪文を一人編み出したように。浮いたまま帰れない――勇者が帰るまでは。