4.回復呪文
品の良いノックと共に扉が開いた。フローラとレオナの華やかな顔がそこから覗く。
「あらポップ君。ようやくお目覚めなの」
「皆ここに集まってる。やっぱりこっちに持ってきて正解ね」
フローラが扉を押さえた後ろから、マァムとメルルとチウ、湯気を立てたスープやパンを積んだワゴンを押した三賢者と、折り畳みの椅子を持ったバダックも入ってくる。
「こっちの面々はここから離れるより、用意したものを各自適当につまんでもらった方がいいかと思ってな。兵士たちは気兼ねなく広間で先にやってもらっとる」
バダックが椅子を広げながら言った。三賢者と一緒に机を中央に寄せて、各自自由に取って食べられるような体裁に整えられる。
久々に目にする相変わらず美しいカールの女王陛下に礼をされ、マトリフも出来得る限り恭しく礼を返した。
活気ある合流勢の一方で、妙に静かな部屋全体の雰囲気と、力尽きたような体勢でベッドに沈んでいるポップを見回し、マァムが面食らって言った。
「ど……どうしたのポップ」
「お加減が悪いのですか?」
心配そうなメルルの言葉に、ポップから掠れた声が返る。
「元気だよ……」
「いや絶対ウソだろ!」
チウが反射のようにツッコミを入れて、それから気を取り直したようにふんぞり返って言う。
「お前のぶんも食べ物を持ってきてやったんだぞ。ありがたく食えっ」
「うん……さんきゅ……置いといて……」
「本当に大丈夫か!?」
狼狽した声を上げるチウに、ブロキーナが端的に状況を説明する。
「落ち込んでるんだよ」
「えっ? ははあ、そいつは案外打たれ弱いところがありますからね」
チッチと指をふって知ったような口をきくチウに、ヒムが面白そうに口を挟む。
「コイツのこと、それほど知ってんのかよ隊長さん」
「そんな単純な子供のことなど全てお見通しさ。確か前に落ち込んだ時はボクの拳で立ち直ったんだよな。よし、ボクが一発気合を入れてやろう」
「やめんか」
「別にあの時も、あなたの拳は関係なかったと思うわ」
「ええっ」
あっさりと諫められショックを受けるチウの横から、レオナが冷静な口調で発言する。
「……ひとつ思い出した事があるんだけど。ダイ君がバーンパレスから落ちてきた時、離れる前はあった筈の傷が治ってたわよね?」
ピクリ、とポップが反応する。レオナはうつ伏せたポップの後ろ頭を見ながら続けた。
「バーンが若い姿に戻った時に言っていたの。“魔”に近い闘気で限界を越えた戦いをすると、その反動で肉体が呪文を受け付けない状態になる時があるって。私がダイ君にかけたベホマも、かなり時間が経ってから急にまとめて効力を発揮したわ。
キミが合流して一緒に戦っている時、ダイ君にベホマをかけていたでしょう? でもダイ君は回復していなかった。多分同じように、遅れて効いたのよ。私たちと離れた後に」
「それじゃあ、あの時ダイのダメージは……」
顔を輝かせるマァムに、レオナは頷く。
「見える傷が無かった以上、少なくとも外傷は全部治癒していた筈よ。ベホマだもの。体力の回復じゃないから、そっちは流石に限界だったかもしれないけど……」
「……いや。おれはあの時、体力も回復させたつもりだった。なのにまったく回復しねぇから、あの時は相当焦ったけど……」
ベッドに埋まっていたポップが、手をついてゆっくりと起き上がる。
振り向いた目には、希望を見出した輝きが戻ってきていた。
「傷も体力も回復してる状態なら、尚の事……あのダイが跡形もなく消えるなんて、あり得ない」
「……そうよ。だからそんな、しょぼくれた顔するんじゃないの」
静かだが確かなレオナの言葉に、ポップは頷いて、すっかり芯の戻った声で言った。
「ありがとう姫さん! おれ、今からちょっと探して来るわ!」
「この状況でなんでそうなるの!!」
冷静だったレオナが一気に憤慨する。
「キミ話聞いてないの!? 今日はもう一区切りなの! ダイ君の捜索は一旦休んで明日から!」
「あくまで全体的な話だろ? おれずっと寝てたし、もう休んだから」
「わりと協調性ないわよねキミ!!」
「ちょっ、落ち着きなさいポップ。まだまだ休み足りないですよ。それに何も食べてないでしょう」
「大丈夫です! 空腹でも魔法には影響ないし」
立ち上がりかけるポップの腕と足首をアバンとマトリフでそれぞれ掴む。
「いやありますよ! 身体が資本ですから!」
「お前今ルーラ使ったらぶっ飛ばすぞ!」
少しの隙があれば、すぐにでも窓から飛び出してしまえるのがルーラを使える魔法使いの厄介な所だった。
「もう暗いから捜索は無理だポップ。日が昇ってからにしろ」
「お前は放っておくとどこに行ったものか分からん」
「ホントに極端なやつだなあ……」
「テンションの上がり下がり激しすぎだろ」
「やかましい男だ」
続々と呆れたコメントが寄せられ、ポップも渋々諦めをつけたらしい。
スン……と項垂れて正座するポップに、マァムが器によそったスープを手渡す。
「ほら、せっかく皆で作ったんだから食べてよポップ」
「温まりますよ」
マァムとメルルに優しく言われ、ポップは目を潤ませた。
「うん……」
ときめいているのか、この場で最も乙女のような顔をして受け取り、大事そうに持った器からゆっくりと一口すする。
「うめえ……」
しみじみと呟いて肩の力を抜くポップに、マトリフとアバンもようやく脱力した。
「人騒がせな……」
「お二人もどうぞ」
「あ、これはどうも」
「ありがとよ」
メルルにスープを手渡され、マトリフは素直に礼を言って受け取った。
広い部屋だが、流石にこれだけの人数が集まると一気に手狭に見える。しかし何にせよ、ようやく落ち着いて一休みという空気になった。
立ったままだったり座ったり、各人その場で近くの者と言葉を交わしたりする和やかな雰囲気で満ちる。
その空気を途切れさせない程度の控えめな音量で、レオナが手を挙げて発言した。
「あの。ちょっと疑問があるんだけど。ポップ君のベホマって、傷も体力も両方回復するの?」
「する……と思う」口の中のものを飲み込み、ポップが答える。
「したぞ」
そこに、かけられた経験のあるらしいヒムが軽く答えた。
「そうなの!?」レオナがすごい勢いで食いつく。
「お、おお。一瞬で腕が復元したし体力も全快した。ホイミもそこのじいさんにかけて貰ったが、回復速度が段違いだったな」
「……あたしが習った時、回復魔法って身体の回復能力を促進させて直すものだから、効き目の強い回復呪文になればなるほど傷の回復にかかる時間と体力の回復にかかる時間の差が大きくなって両立出来なくなるって聞いたんだけど。だからあたしのベホマは傷か体力のどっちかしか回復出来ないって」
「普通のベホマはな」
マトリフはスープを啜りながら言った。
「ポップ君のは普通じゃないってこと?」
「体力の回復速度に追いつかない外傷への回復に対し、魔法力によってブーストを掛ける事で両方の効果を得る全回復呪文も世の中には存在する」
「何それ! そんなのアリなの!?」
「原理的には蘇生呪文の応用だ。死体にはどうして回復呪文が掛けられないと思う?」
「それは……心臓が止まってるからでしょ? 血が巡ってないのに回復機能の促進なんか出来ない……」
「そうだ。かといって、じゃあ致命傷でもギリギリ心臓さえ動いてりゃベホマで回復できるのかっていうと、これも厳しい。本人の生命力は弱っていくのに、治さなきゃならない傷のダメージは深刻だ。沈んでいく船から辛うじてコップで水を汲み出すようなもんで、ダメージと回復効果が釣り合わず間に合わない。
じゃあ、蘇生呪文というのはどうやって死に至る傷を負った肉体を治癒するのだと思う?」
「……わからないわ。成功したことがないから」
苦い顔をするレオナに、「それはオレやポップでも成功しねえから気にすんな」と断りつつ、マトリフは話を続ける。
「そもそも肉体の自然回復というものは、元来肉体に元の状態に戻ろうとする復元性があるからこそ起こるものなんだが……蘇生呪文っつーのはその元の状態っていう指向性に対し、回復機能に頼らない違う復元性を加えてやることで肉体を治癒する呪文だ。治癒の機序が違う。言ってみりゃ、生き物としてというよりは物質に近い治し方をするわけだな」
ぽかんとするレオナに、ポップが横から付け足す。
「バーンの使ってたベホマも同じやつだったと思うぜ。初めて闘った時、黒焦げになった状態から一瞬で全回復しやがったんだけどさ。そこまでの深刻なダメージを回復機能だけで治そうと思ったら、それこそマホイミになっちまうだろ? あん時はバーンもよぼよぼの爺さんだったし尚更だ。衰えた回復機能の促進だけであんな超回復は出来ねえ」
「た、確かに……」
同じ光景を見ていたマァムが目を丸くして納得する。
「……じゃあ、ポップ君は蘇生呪文を使えるようになったから、全回復するベホマも使えるようになったってこと?」
「まあ、方法の習得はしたんだろうな。だがザオラルとしての成功はしねえだろう。血統が足りねえ」マトリフが答える。
「血統?」
「蘇生呪文の成功に必要な要素はざっくり言って二つだ。回復機能の代わりを果たせるほどの魔法力とレベル。そして元の形っつー指向性を手に入れるための、神との繋がりだ」
「指向性を……手に入れる?」今度はポップが疑問いっぱいの顔で首を傾げる。
「傷がついたら、傷が無い状態の記憶。骨が折れているのなら、折れていない状態の記憶。その形状記憶があるからこそ肉体は回復することが出来る。じゃあその記憶っていうのはどこにある?」
「記憶だからー、頭?」
「違う。頭も所詮は体の一部だ。肉体の形の記憶は、魂にある」
「ああ~。なるほどね。コアか」
「そうだ。魂の記憶があるから肉体はその形を保とうとする。じゃあ、死んで肉体から魂が抜けた時は、どうやって元の形に戻せばいい? 戻す先、指向性はもう肉体から離れて行っちまってる」
「……さっき言ってた、神との繋がりってやつ?」
「その通り。本人の中にしかない魂の記憶、それを知り得ない他人が、本人の回復機能に頼らずに復元しようとする。そうなると頼れる先……つまりその者の魂の記憶を持ってる者が他にあるとすれば、それは万物の創造主たる神のみ、という事になるわけだ」
「はっはあ~。ザオラルで神様に祈るのは、記録照会ってことか」
「色気のねえ言い方だが、まあそういうこったな」
「で、おれがやっても、血統が足りないから神様は教えてくれないと。もしかして姫さんなら教えてもらえるのか?」
「今の地上で一番ザオラル成功の可能性がある一族ではあるだろうな」
「でも成功しなかったんですけど!」若干ヒステリックにレオナが言う。
「それは単純に魔法力と技術力が足りなかったって方がでかいだろう」ばっさりとマトリフは答える。「あとはコイツの状態も悪すぎたんだろうな。僧侶でもねえのに自己犠牲呪文かました魔法使いなんざ、バラバラになって吹っ飛んでもおかしくねえ」
「そうだよ。それに姫さんはそれまでにも魔法力を消費してたわけだし」失敗されたポップがフォローに回る。
「回復機能を介さずに修復する分、使えるエネルギーの制約がないって所がこの治癒方法の利点だが、肉体が本来持っている回復能力自体がそもそもすげえもんだからな。それを魔法力で肩代わりするとなると、勿論膨大なエネルギーが必要になる。蘇生呪文の消費魔法力の多さも大体ここにかかってる」
マトリフの言葉にレオナが少し期待するような顔になる。
「じゃあ、あたしの魔法力と技術が上がれば……」
「そうだな。姫様は歴代の王族でもわりと見込みのある方っぽいし、ポップと同じぐらいの魔法力を出せるようになれば、ザオリクの復活も夢じゃないと思うぜ。つまり百発百中の蘇生だな」
「ポップ君ぐらいの魔法力を、あたしが……? そんなこと可能なの?」
「修行を続ければ、オレぐらいの歳になる頃には十分可能性がある」
「マトリフさんぐらいの……」
レオナは顔を引きつらせたが、ふと思い至ったように言った。
「でも、マトリフさん。ポップ君がメルルを蘇生させたのはザオリクじゃないの? 私にはそう見えたけど。致命傷を負った肉体を完璧に復元したわけでしょ」
「賭けてもいいが違うね。ポップお前、そん時にザオラルとかザオリクって唱えたか?」
「唱えてない……」
「神々はもう天界には居ないとされてるんだ。だから現代において神の力を借りる場合、神の助力を直接得るというよりは、残滓として残っている力を一定の儀式を経る事で引き出すという手順を踏む。イメージとしちゃ仕舞われた箱みたいなものがあって、そこから力を取り出す鍵となるものが正式な詠唱や由緒ある血統だったりするわけだ。既に死んだ情報である以上、形式が何より重要になってくるわけだな。応用で何とかなる領域じゃない」
「じゃあ治癒出来たのは、まだメルルから指向性……魂は失われてなかったから、例の蘇生呪文の応用で治癒出来たってこと?」
「それも違う。他人にかける場合、ザオラルザオリクでない限りは回復機能の指向性を利用することしか出来ねえから、結局は回復機能じゃどうにもならねえダメージの再生は無理だ。自分にかける分には魂の情報から治せばいいから別だが、他人の魂に干渉することは基本出来ねえもんだからな」
「そっか……おれが肋骨バキバキにされても全快出来たのは、自分だから治癒可能だったってだけか」
「……肋骨バキバキ? そんな事あった?」
レオナが眉を顰めながら聞く。
「シグマから、なんかライトニングバスターとかいうイオナズンと同等の威力の技を腹に直接ブチ込まれてさあ」
「……お前、よくショック死しなかったな。即死しねえにしても、痛みで気絶したら終わりだったぞ」
「うん。まあその辺は気合で何とかね。何だかんだ痛え思いは散々してきて耐性ついてるしな」
へへ、と笑いごとで済ませた後、ポップはハッとした。
「そういや、意識を失ってる間おれの知ってることが分かったってことは、メルルもあの痛みを味わったんじゃあ……」
蒼褪めるポップに、メルルは慌てて首を振った。
「い、いえっ。感覚までは伝わってきませんでしたから、痛みなんかは全然……」
「よ、よかった~~~」
胸を撫でおろすポップに、メルルは複雑そうな顔をしている。自分をもっと大事にしろと顔に書いてあるようだった。
「……そういえばさっき、メルルがポップ君と交信出来たのは、蘇生させた副産物みたいな事を仰ってましたね?」
レオナがアバンを見ると、アバンは無言で頷いた。
「竜の血がどうとか?」
再びレオナの視線を受け、マトリフは「前例のない事象である以上、100%そうだとは言えねえがな」と前置きしつつ言う。
「ポップは何か新しい事をやる時、実際に見聞きしたことから要素を拾ってヒントにする傾向がある。完全に思いつきで挑戦っていう無策はあまりやらねえタイプだ。そしてコイツは、蘇生の成功例を一度だけ目の当たりにしている」
「じ……自分の身体で?」レオナは唖然とした。
「参考にしたとしたらそれだろ?」
ポップに聞くと、難しい顔をして頷く。
「うん……無我夢中だったから、詳しく考えずに勢いでやった感じだけど……今思えばそうだなあ」
「どうやって? そもそも竜の血の蘇生って、あれ呪文だったの?」
「呪文というか、魔法ではある。ポップ、お前魔法を発動するのに必要な三要素を言ってみろ」
「え……魔法を使う基になる精神力と……それを魔法のために使用可能なエネルギーに変換した魔法力と……魔法力を使って具体的な現象を起こすための呪文……」
「なんで不安そうなんだよ」
「だってテストみてえだし……間違ったら怒られそう」
「アホか。……じゃあ竜の血はどういうもんだと思う?」
「魔弾銃みてえに、一回こっきりで発動する肉体再生の呪文と魔法力が籠ってるもの。発動はあくまで本人の精神力に依存する」
「オレも同じ考えだ」
「本人の精神力……って、さっき死んだ肉体からは魂が離れちゃってるって言ってなかった?」訝し気に言うレオナにポップは頷いた。
「ああ。さっきの師匠の話だと、蘇生呪文ってのはあの世に仕舞われた魂の情報にこの世からちょろっと触るのを許して貰って、肉体を復元させる訳だろ? 多分竜の血の場合は逆なんだよ。竜の血を飲み込んだ肉体に、本人があの世からちょろっと干渉するのを許して貰えるようになるんだ。なんつーか、道が繋がるっていうか」
「……おとぎ話みたいな話ね」
「竜の騎士は神々が創った三界の調停者だぞ。そりゃおとぎ話だよ」マトリフは肩を竦めて言う。
「おそらく、竜の騎士の血には肉体の隔たりを越えて精神を通じ合わせる力がある。声を持たぬ精霊と意思疎通が計れていたって記述があるからな。ダイの記憶を消したって話を聞くに、その能力は竜の騎士同士でも有効だったんだろう」
「ああー。そういやバランがダイに、自分は嘘ついてないって何も言わずに分からせたりしてたわ」ポップが手のひらを叩く。
「その精神の境界を越える力を、飲ませた者の肉体にも一次的に適用する。そして肉体に対してあの世の魂が蘇生を発動する精神力を持つことが出来れば、一か八か復活可能ってわけだ」
「必ず蘇るわけじゃないの?」
「構造的には呪文契約と似てるからな。何よりもまず明確な意思とイメージが無いと魔法は発動しねえ。だから精神力なのさ。出来ねえ奴は端から出来ねえ仕組みだ」
「なるほどね……。で、今聞いた竜の血の蘇生の話が、どうやってメルルの蘇生に関わってくるっていうの? まったく見当がつかないんだけど」
「蘇生呪文自体は成功しないにしろ、回復機能に頼らない肉体の復元と、それに必要な魔法力を用意することは既にポップの技術なら可能なわけだが」
「ええ」
「そうなると竜の血による蘇生と比べてあと足りないものは、指向性と精神力だ。竜の血はあくまで己の肉体に蘇生呪文をかける構造を取る事によって、その二つをクリアしていた。つまり蘇生というより、死んでも間に合う自己回復呪文ってわけだ。で、メルルは意識を失ってからずっと、ポップの見聞きした意識を自分の事のように知覚していたらしいな」
「……つまり?」
「自分の身体を治すようにポップはメルルの肉体を回復した。それによりポップとメルルの間には一次的に道が繋がり、結果メルルはこの地上から天上にいるポップと交信が出来た。肉体の隔たりを越えて」
「……竜の騎士でもないのに? それにその精神の境界を越える力って、あくまで竜の血を飲んだ直後に備わる一次的なものなんじゃないの?」レオナは唖然としている。メルルも目を丸くしてぽかんとしていた。
「兆候はあった。コイツが蘇生した直後ぐらいにハドラーと、あと何か性格悪そうな小せえジジイに闇討ちされてピンチになった時、眠らされていたはずのダイが出てきて助けられた事があった。『ポップがおれを呼ぶ声がした』ってな。実際ポップはそん時ダイの名を口にしてもいねえし、毒で大声を上げることも出来なかった筈なのによ。ずっと不思議だったんだが」
「ロマンがねえな師匠。そこは友情パワーで納得するとこじゃねえのフツー」
「オレは現実主義者だ。それにさっき、氷山の下に居たダイに聞こえる筈のないお前の声が届いたって話もあったろ。お前はおそらく、一次的に付与されただけの精神の非境界性を、そのまま性質として保持しちまった。元々お前は肉体による精神の壁が極端に薄いタイプだったから、きっかけになっちまったんだろう」
「肉体による精神の壁って?」
「要するに闘気だ。闘気は己以外のものを弾く性質を高めた生命力。オレですら人並み程度にはあるが、コイツは多分ほぼ無い」
そう言ってマトリフがポップを指すと、聞いているのか居ないのかも分からなかった周りの戦士連中から怒涛のコメントが寄せられた。
「だよな。全然無いよな」
「初めて会った時から思っていた」
「魔法使いでまだ子供ということを考慮しても尚弱そうだった」
「すぐ死にそうだ」
「前線に出てると不安になる」
「赤ん坊レベル」
あまりの言われようにポップはショックを受けている。
「そんなに!?」
「多分、そういう人間も探せばわりと居るんだろう。占い師もそういう境界の薄いタイプだからこそ、己の外からの声なき声を聞ける」
「確かに彼女も、戦場にいると不安になるタイプですね」
メルルは恐縮している。ポップは何を思ったか真面目に「じゃあおれ占い師の才能あんの?」と聞いてきた。
「ねーよ。自分の声がデカすぎる。お前の特異なのは、精神の壁が薄いくせに精神力がクソ強いところだ。要するにアンバランスなんだよな。肉体に対して精神の占める存在感が大きすぎる。魂に皮がくっついてるだけみてえな」
「こわ。風船みてえじゃん」
「実際お前の危ないのはそういう所だ。一般的な魔法使いや賢者は少しずつ経験を蓄積して、肉体の経年と共に時間をかけて非実在の情報と実在の情報の折り合いをつけていくが、お前は体も育ち切ってねえ内から性急に非実在の情報にどっぷり浸り過ぎた」
「はーん。ただでさえ膨らみ切っちまってた風船に、竜の血による蘇生が孔を開けちまったってわけか」
「他人事みてえに言ってんじゃねえよ」
「それにあん時、成功しなかったとはいえ姫さんがこの世からおれの蘇生を祈って一回道を繋ごうとしてくれたんだろ? で、一方おれといえば、そん時あの世でゴメに会ってハッパかけられてさ、どうも死んだままバランに呪文を打ったっぽいんだよな。多分イオ系の」
「……死体を通してか?」
「確かに心臓は止まってたわ」レオナが神妙に言う。
「それであの世から死体を使ってこの世に干渉したのが一回。で、実際生き返ったので一回。合計三回も肉体からはみ出た状態で魂がうんぬんかんぬんしたんだし、そんな事になってもおかしくないかも」
「……おかしくねえな」最早投げやりな気分でマトリフは同意する。
「え、あれって実際ポップ君が出したの? ゴメちゃんが力を貸してくれたんじゃなくて?」
「多分ゴメは魔法力と、一次的に肉体を操作する力だけ貸してくれたんじゃねえかな。ゴメ自身がイオの呪文持ってたとは考えにくいし」
「そうだな。そもそも地上の生物じゃなかったんだろう? 自身が魔法を持ってはいない。あくまで力を貸してやるだけだ。竜の血と一緒でな」
「そう……」
「……おれさあ、あの時ゴメに喝入れられたから生き返れたんだよな。身体が蘇生したのは、そりゃバランがくれた竜の血のおかげだけどさ。あの世でゴメが死ぬなって……まだダイは闘ってるのに見捨てていっちまうなんて弱虫だって、そう言ってケツ叩いてくれたから、しぶとくこの世に戻ってこれたんだ」
ポップは室内を見回して、しんみりと聞いていたブラスの目を、目覚めてから初めてまっすぐに見た。
「ブラスじいさん、おれ、そん時にゴメと約束したんだ。死んでもダイを見捨てたりしないって。おれ、その約束だけは絶対に守るから。ダイの助けになるから。……ゴメのぶんまで」
そう言って頭を下げるポップに、ブラスはまたぶわっと目に涙を溢れさせたが、唇を震わせた後に一言だけ口にした。
「……ありがとう。でも、どうか無茶はせんでな。ポップ君」
「うん……」
