いつかのハッピーエンド - 4/7

3.本音

「……前に、師匠がさ……ダイを支えてやれって、おれに言ったじゃん。ダイは必ず、人間としての壁にぶつかる時が来るからって」
「……ああ」
「あいつ、いっつも壁にぶつかってたよ。普通と違う自分は、皆から受け入れられないかもしれないとか。バーンに勝てなくて、皆の期待に応えられないかもしれないとか……。どんどん強くなっていって、そうやって誰よりも強くなればなるほど、誰よりも責任があると思って背負いこんで。自分の強さに義務がくっついてると思って、みんなのためにならなきゃいけないって気負って。
 ……お人好しなんだよ。いいやつだったんだ、本当に。おれはそうじゃないから、尚更そう思ってた。おれ別に、何か立派な志があってアバン先生に弟子入りしたわけじゃねえんだ。今のまんまじゃダメな気がするっていう、漠然とした理由でついてっただけなんだ。世界を平和にしたくて闘ってたのかっていうと、それもどっちかっていうと人間滅ぼそうとしてくる魔王軍への負けん気の方が強かった気がする。おれはただ、ダイがひたすらいいやつだったから、付き合いで自然といいことを出来てきただけなんだ。
 だから……ダイほど立派な人間してねえおれが、人間としてあいつにしてやれることと言やあ、あいつの隣で図々しく開き直って、対等な友達ヅラすることだけだったんだ。おれは立派なんかじゃないけどお前の友達だし、だからお前だって別にどんなんだっていいんだって。もし勇者でも勇者じゃなくても、どういう結果になったとしても、おれはダイだから友達なんだし全部おれにとっちゃどうだっていい事だ。竜の騎士なんてのは偶々だし、知ったこっちゃねえって。隣でそう言ってやることだけが、たったそれだけのことが、重い使命を背負っちまったあいつに、友達としてしてやれることの全部だったのに。
 ……おれさあ。こんなこと思うのは正しくねえし、あいつも望まないし……誰も良いなんて言わない、イカれた考え方だってわかってっけどさあ。
 おれ、あいつに守られて、結局あいつを一人ぼっちの特別な生きもんにさせちまって、対等な友達じゃいらんなくなるぐらいだったらさあ。
 いっそ、あのまま死んじまいたかったなあ」

 ……言い終えて、ポップは俯いた膝の上に、ぼろぼろと涙を零した。
 悔恨でもない。自暴自棄でもない。間違っていても構わないと覚悟して吐露されるその言葉は、掛け値なしの本音だった。
 心の底からそう言い切れる。そういう人間なのだ。

 マトリフは、掛ける言葉が出てこなかった。何を馬鹿な、と言いたい気持ちがある。しかしそういう男だからこそ、と理解する頭がある。それでも、冷静に何かを言ってやるには、自分は目の前の弟子が大事すぎた。

 代わりに響いたのは、獣王の穏やかな声だった。
「……お前はいつも、友情のために命を張るんだな」
 クロコダインの隣では、ブラスが顔をくちゃくちゃにして泣いている。クロコダインは無念の涙を零し続けるポップに語り掛けた。
「ダイが死の大地で、氷山の中に落ちてしまった時を覚えているか。あの時、ダイの発見は絶望的だった。無数の氷山の中から傷ついたダイを見つけることは不可能に思えた。それでも、ダイは常識で考えれば聞こえる筈のないお前の呼び声に反応し……深い氷の底から自分の位置を報せてみせた。あれはきっと、お前以外には無理だったことだ。お前の声だからこそ、ダイは聞き取れた」
「でも、あれも……おれがヘマしたのをダイが助けにきて……それをおれがまた助けに行っただけだし……」
「ああ。そうやってお前達は、互いに順番に助け合ってきたんだろう? ……今回もそうだと、信じることは出来ないか。ダイはお前を助けた。それをお前がまた、助けに行くんだ。オレはそう信じる」
 嗚咽を漏らし、震えるポップのその薄い双肩にも、本人の知らぬ内に役割は圧し掛かっていた。あまりにも大きな役割が。それを支えていたのは、ただ閃光のように貫かれる、ひたすらに真っ直ぐな想いの強さだ。
 ダイを救っていたであろう、その呆れるほどの思い切りの良さ。しかしそれは今、完全に負の方向へと発揮されているようだった。
「……でも、黒の核晶だぜ。少なくともダイはあの時、一人で死ぬ気だった。蹴り落とされる時、ごめんって、謝られたし。なんでそこで蹴るんだよ。ひどくねえか。もう交互にとか、そういう段階じゃねえよ。おれを一人残すつもりの蹴りだよ。マジありえねえ。ありがた迷惑なんだよ。ごめんって何だよ。あいつのそういうお人好し過ぎるとこ、結局何度言っても変わんなかった。信じらんねー。何なんだよ。おれは何だったんだよ」
 くちゃくちゃの涙声でダイへの恨み言を言い始めるポップに、クロコダインも困ったように言い淀んだ。
「う、ウム……だから、それも本人に……」
 言葉に窮したクロコダインに代わって、我慢出来なくなったのかラーハルトとヒュンケルとノヴァが次々と堰を切ったようにポップへ反論を投げかける。
「意図がどうあれ、ダイ様ならあの爆発にも耐えられる可能性が十分あるのに対しお前だと100%死んでいたのは紛れもない事実だろう。結果を見てものを言え」
「お前も以前ダイを守ってメガンテした癖に、ダイの行動をどうこう言えるのか」
「必ず生きてるっていうキミの言葉に勇気づけられたからこそ皆気落ちせずに探してるんだぞ。言った張本人のキミがなんでそんな何もかも終わりみたいな顔なんだ」
 若者連中の矢継ぎ早の追及にも「それはそれ、これはこれだし……」とポップは怯まずはらはら泣き続けている。
 若干呆れた顔をしているヒムの横で、ブロキーナが宥めるように優しい声を掛けた。
「まあまあ……。ポップ君もお腹空いただろう? とりあえずご飯食べて元気出そう」
「食欲ない……食べる気しない……」
 バーンパレス戦から丸一日以上食べていない癖に即答するポップに、再び若者連中がキレ気味に言う。
「食え!」
「無理矢理でも食え」
「そろそろ用意出来るから! 労うために豪華にするって言ってたぞ」
「おれに労われる価値はねえ……」
「しっかりしろポップ!」
 抜け殻のような虚ろな目をするポップに、とうとうクロコダインも強めの激励に切り替わる。
 ため息をついたマトリフは、扉の外に声をかけた。
「おい。そろそろ入って来いよ」
 少し間をおいて、静かに扉が開いた。
 そこには入るタイミングを逸して、ポップが目覚めた直後ぐらいからずっと扉の外にいたアバンが無言で突っ立っている。
 おそらくポップ以外には気配を察されつつ廊下で立ち聞きしていた大勇者は、黙ったままポップの側まで来ると、はああ、と深いため息をついた。
「……貴方は本当に……なんというか……威勢のいい子ですよねえ。色んな意味で」
 ポップの濡れた頬に手をやり、ぐしぐしと親指で拭いながら呟く。
 されるがまま流れた分の涙を拭われたポップは、不意にアバンに聞いた。
「先生は……ダイが竜の騎士だったこと、出会った時から知ってたんですか」
「見当だけは、朧げについていました。稀に見る潜在能力の高さに加えて、ライデインらしき呪文を使ったことがあるかもしれないという話をブラスさんから聞いたのでね。
 雷雲を己で呼び寄せ意のままに雷を落とすライデインが伝説の勇者の呪文と言われているのは、契約する方法が現存せず『世界を救う者』しか使えないという言い伝えがあるためです。おそらく竜の騎士が呪文契約ごと紋章と共に継承しているものなのでしょう。もしダイ君が伝説の竜の騎士だとしたら、納得出来る要素はいくつもありました」
「……言ってくれれば、良かったのに」
「確かめる機会も、そんな暇もなかったですし。それに、言っても結果は変わらなかったでしょう? ダイ君はブラスさんやレオナ姫を救うためにあの島を旅立ちますし、その旅には貴方が必要になる」
 黙り込むポップに、静かな口調でアバンは言った。
「この世には、天命というものがあると私は思っています。私が呪法研究の家系に武芸の才能を持ってあの時代のカールに生まれついたのも、マトリフとブロキーナという希代の偉人の助力を得られたことも、倒した魔王の根城でヒュンケルを託されたことも、友人夫婦の娘であるマァムが教え子になったことも、貴方が旅を共にする弟子として転がり込んできたことも、パプニカからダイ君の修行を頼まれ、その先で貴方がたを助けるためにこの身を犠牲にしようと決意した時も……私はその時々で、これは天命なのだと思い行動してきました。私は私にしか出来ない使命のために、ここに行き着いたのだと。……結局いつも完全に思った通りの結果にはならないのですが。でもその時々で、本当にそう思っていたことは確かなんです」
 アバンの手が、ポップの首にかかっているアバンのしるしを掬った。ポップを散々悩ませたその特別な石を見つめて、懐かしそうに目を細める。
「でも貴方は、私が自己犠牲呪文を唱える前にもこんな風に……勇者だか何だか知らないけど、何故こんなことをするんだって泣いていましたね。卒業のしるしなんかいらないからバカなことはやめてくれって。
 ひどいと思うでしょうが、私はあの時うれしかったんですよ。貴方は私が勇者だったことも知らずについてきて、ただの人間の先生としての私を慕ってくれた弟子です。使命や立場なんて関係なく、最後まで私個人を惜しんでくれる貴方の存在が、ありがたいと思いました。そして、しなくていいと言われて初めて……私は、出来る力があるから勇者として闘ってきたのではなくて、やりたくてそうしてきたんだなと思ったんです。私はただ私のために、皆を守る必要があっただけなのだと」
 ポップの頬に触れ、まっすぐ目を見つめて、アバンは諭すように言い聞かせた。
「きっとダイ君もそうだったのだと思います。決して貴方を、竜の騎士として守るべき弱きものとして助けたのではない。竜の騎士という彼にとっての使命を誇るために、大事な友達の貴方を助けたんですよ」
「……でも……そんなの……そんなのさぁ……置いていかれたおれの気持ちはどうなるんですか。おれは悲しむことしか出来ないじゃないですか。おれ先生死んじゃった後もしばらく悪夢見るし食欲なくすし散々だったんですよ。悲しすぎて死んじまうかと思ったんですよ」
 目に涙をいっぱい溜めて頬の手を掴みなじるポップに、アバンは困ったように笑った。本人の意図とは裏腹に、包み隠さぬ愛惜は罪悪感を煽るには甘すぎる。アバンのこんなデレデレした笑顔をマトリフは初めて見た。
「でもほら、何だかんだ結局こうして私は生きてるわけじゃないですか。まだ死ぬ天命ではなかったということです。……だからダイ君も、必ず生きていますよ。そうして再び会うことが出来たその時には、こんな風に、身勝手な自己犠牲を貴方が怒ってあげればいい」
 言い切られてしまい、何も言えなくなるポップにアバンは駄目押しする。
「同じ勇者だった人間としてお願いします。ダイ君のした事を、悪く思わないであげて下さい」

 ポップは顔を歪めて俯いた。手が遣る瀬無くシーツの端を握り締める。
 そして追い詰められた弟子の潤んだ瞳は、やがて縋るようにマトリフの姿を映した。
 整理のつかない気持ちと、納得のいかない悔しさと、答えを求める哀願が綯い交ぜになった不安げな眼差しが、心臓を掴まれるような凄まじい凶悪さで惜しみなく向けられる。
「師匠〜……」
「……なんだよ」
 聞き返す声から思わず骨が抜ける。
「なんか……なんか、おれの悪口言って……」
 無力感の果てか、独特なねだり方をする弟子に、マトリフは深くため息をつき――リクエストに応える事にした。
「……泣き虫。無鉄砲。甘ったれ。根性なし。無責任。放蕩息子。ビビり癖のお調子者。運で生きてるハッタリ野郎」
「うん……」
「居ねえと詰むのに防御力低い。意地っ張り。わがまま。個人主義。極端。うっかり者」
「はい……」
「いつまでも自分に自信が持てねえヒヨッコ。自分を客観視出来ねえ。余裕がない。気が小さい」
「……。」
「迫力がねえ。威厳がねえ。女顔。ナメられやすい」
「あの……」アバンが言いにくそうに割って入りかける。
「騙されやすい。警戒心が今一歩足りない。非力。すぐ絆される。隙だらけ」
「あの、マトリフ、そのぐらいに……」
「すぐカッとなるのにケロッと忘れる。気分屋。押しに弱い。慎重さに欠ける。すぐ泣き言いうくせに本当にヤバい事は一人で抱え込む」
「マトリフ」
「魔法なしじゃ闘気もねえ細っこいガキのくせに生き急いで人に心配かけてばっかの危なっかしい奴」
「もう、もういい……もういいよ師匠……」
 顔を覆ったポップは悲痛な声で制止し、そのままベッドにうつ伏せると、腕の中に顔を埋めて完全に沈み込んだ。
「おれは……ダメだ……ダメだおれは……」
「「ああ~~~~」」
 アバンとブロキーナが非難するような声を上げる。
「なんでトドメ刺すの?」
「介錯してやったんだろ」
「言い過ぎですよ。立ち直れないじゃないですか」
「いざ言おうと考えてみると、思ったより言いてえことがあったんだよ」
「そもそも私、そろそろ夕食の用意が出来るらしいって事をお伝えしに来たんですよ。そういうわけでポップ、ご飯ですよ」
「パスで……」
「パスって貴方」
「こいつ、どうしてわざわざ悪口なんか言われたがったんだ?」腕を組んで成り行きを静かに見守っていたヒムが、思わずといったように疑問を差し挟む。不可解な人間の心理に困惑しているらしい。
「自分が許せないのだろう」クロコダインがため息を吐いて言った。「最後には己しか責められない……そういう男だ。だがその克己心は美点だと、オレは思うぞ」
 フォローする徳の高い獣王の言葉に、ヒュンケルが真顔でぼそりと呟く。
「……しかし、さっきの言葉……大体同意だった」
 マトリフは我が意を得たりと弟子の兄弟子を指さした。
「だろ」
 突っ伏したポップから悲嘆の唸りが聞こえる。
 マトリフは気を取り直してアバンに尋ねた。
「お前と女王様の共同作業はひと段落したのか?」
「ええ。明日以降はダイ君の捜索と、詳しい被害状況の調査が並行して行われる事になります。相当数が非難して侵攻の難を逃れていたようですから、順次元の生活に戻っていけるように支援が必要になるでしょう」
「フン。大多数の人間にとっちゃ、明日からが本当の役立ちどころってわけだな」
「そうですね。ようやくそれぞれの日常を取り戻す段階に入れます」
 丁度、窓の外から距離を隔てて微かな歓声が室内へと届く。花火は既に終わっているが、沸き立つような何かがあったらしい。
 マトリフはその喜色の気配を凪いだ心で受け止めた。
「人間が一生かけて守ってるもんなんて、実際呆気ねえもんだな。たった三か月で長年積み上げた町も自然も台無しにされて、その上極めつけに五分以内に消滅するときた。だが結局人間は、変化のない日常の中に幸福を求める生き物だ。懲りずにまた積み上げるしかない」
「……その通りですね」
「ま、オレの日常は世界が平和になろうが滅びかけようが変わらねえがな。またあの洞窟に帰るだけの気ままな人生よ」
「またまた。新しく、カワイイ来訪者が出来たでしょう」
「何の事かさっぱり分からねえな。……そういや三ヵ月前といやあ、ポップお前、ダイに会うまで一年以上もアバンにくっついて旅してたって言うがよ。勇者だって知らなかったんなら、何だと思って一緒に居たんだ? 勇者の家庭教師だっつってんのに、勇者関係者だとは思わなかったのかよ」
 思い出すのは辛かろうと深くつっこんだ質問は避けていたが、今となっては気兼ねなく聞き出せる。うつ伏せたポップの尻を叩いて問うと、くぐもった答えが返ってきた。
「趣味で勝手にやってる変な人なんだと思ってた……」
 マトリフとブロキーナは声をあげて大笑いした。
「詐欺師じゃねえか」
「そんな怪しい人についてっちゃダメだよ」
「でもなんかよく分かんないけどすごいってのは分かってたから……」
「ま、具体的な肩書とかじゃない、何か感じるものがあったんだろうけどねえ」
「それでも家出してまでついていくか? 普通。で、親元には手紙だけ届くわけだろ。息子さんを預かっていますって。たまったもんじゃねえよな」
「アバンどのにとっちゃ棚からぼた餅もいいとこだよね。いつこの子に才能あるって気づいたの?」
「初めて会った日、ついて行きたいってねだるので試しにメラを契約させてみたんです。そしたら初めての魔法契約で色んな情報が一挙になだれ込んで来たせいか、知恵熱出して寝込んでしまって。ご両親には平謝りしたんですけど、次の日ケロッとして百発百中でメラを出せるようになったのを見て、ああこれは逃がしちゃいけないなと」
「うそ……だってあの時、仕方ないから弟子入り認めてくれた感じの雰囲気だったでしょ……」
「そういう態度でいた方が、貴方みたいな子は是非来てくれって言われるよりもついて来たくなるでしょ」
 しれっと答えるアバンに、マトリフとブロキーナは素直にポップへの同情の声を上げる。
「あーあ。悪い大人に捕まっちまったな」
「かわいそうにねえ」
 旧友からの非難がましい声を聞き流し、伏せられた頭を優しく撫でて、最も言う資格のない男が最も無責任なことを言う。
「……毎日修行して、無茶して無理して、とうとう大魔王の奥義に身一つで飛び込む事までして。よかったんですよポップ。いつだって、途中で逃げ出しても。危ないことなんてせずに、平和な場所で普通に過ごしても」
 今更なその言葉は、しかし掛け値なしの本心でもあるのだろう。
 甘やかすような哀れみの言葉を大人たちから掛けられた子供は、それでも塞ぎ込んだまま一言答えた。
「ダメだったんです……」
 アバンはポップの跳ねた髪を梳きながら、思い返すようにゆっくりと呟いた。
「そうですねえ。貴方はそういう子なんですよねえ」