1.死者蘇生
疲れたしばらく動けねえ、後でルーラしてやっからオレの調子が戻るまでお前らメラで暖をとれと塔の上でエセ勇者パーティーを休息に付き合わせ、下手をすれば折角凍らせた黒の核晶を誘爆させそうなコントロールのなっていないメラに散々ダメ出しをしつつ、ようやく復調したので約束通り一行をパプニカ付近に送ってやってから本物の勇者パーティーの元に飛んだ。
位置はポップに付けさせたベルトで捕捉できた。余程の事では肌身から離れないものとベルトのバックルに仕込ませた目印だが、大魔王との決戦でもしぶとく残ったらしい。まあ、それも持ち主の命あってのものだが。
おそらくカール領の北東、森の奥に紛れるよう構えられた大きな建物。ここがどうやら現勇者パーティーの最終アジトらしい。
外からでも分かる建物の沈んだ空気から、全てが大団円とはいかなかったらしい気配を感じ取る。世界の命運に影響を及ぼさぬ民衆の凱歌が遠くから響いてくる中で、中心だけがひっそりと静まり返るこの異様な雰囲気には覚えがあった。
およそ十五年前、一人の犠牲で訪れた仮初の平和に沸く世界の中心で、空しさに立ち尽くした一年。
氷像の形をとってその悔恨を味わわせた張本人の亡霊が、訪れたマトリフをにこやかに出迎えた。
「いやあマトリフ、お久しぶりです。体調は大丈夫ですか? あなたの事だからオーザムあたりの塔まで凍らせに行ってくれたんでしょう? ありがとうございます」
「……成仏しろアンデッド。ニフラムかけてやろうか?」
「いやですねえ、くさった死体じゃないですよ。正真正銘アナタのよく知る新鮮なアバン=デ=ジニュアール三世ですよ」
「お前はこの間くたばったって、お前の弟子から聞いてたんだがな」
「ちょっとした奇跡が起こりまして」
そう言ってアバンは、懐からボロボロに壊れたアクセサリーを取り出した。以前目にした事のあるその国宝を見て、大方の事情を察する。
「はん、お姫様からの愛のしるしのおかげで命拾いしたってわけか。つくづく悪運の強いヤツだぜ。……で? 悪運の強さじゃお前に負けてねえ筈の、オレの弟子はどうなった」
「アナタの弟子でもありますけど、私の弟子でもあるんですからね。……無事ですよ。今は寝ていますが、大きな怪我もありません。皆戻ってきました……ダイ君と、ゴメちゃん以外は」
「……。」
「といってもおそらくダイ君は、生きてはいるのですよ」
「あ?」
「動ける仲間が現在も捜索中です。まあ、話は歩きながらにしましょう。オーザム帰りにここはまだ肌寒いですからね。……目が覚めるまで、ポップのそばに居てあげてください」
そう言ってアバンは微笑んだ。細めた目の内には、憂いが垣間見えた。
大魔王と冥竜王による、神々への復讐と地上を巡った確執。そこに最後まで挑む形になった、小さな勇者と魔法使いの顛末。
旧知の地上の勇者から語られるのは、あまりにスケールの大きい話だった。現実感のない……文字通り神話の世界の話になるのだろう。
そういった領域に彼らが足を踏み入れようとしている事を漠然と悟ったのは、果たして何時の事だったか。かつての勇者と似た眼差しをした子供が、古い伝説の戦闘種族であると知った時か。
それとも、己で面倒を見ると決めた最初で最後の弟子が、類を見ない天賦の才に恵まれて勇者の元にひょっこり転がり込んだ偶然を知った時か。
アバンに案内された広めの部屋には、要安静らしいメンバーに交じってブロキーナも居た。
ひょいと気さくに手を上げる旧友にヘッと笑い、挨拶もそこそこにマトリフはまっすぐ部屋の中央、目当ての弟子の眠るベッドの傍まで近づく。
そうして確かに生きて、手の届く位置で、静かに寝息を立てている幼い寝顔を見下ろして――マトリフは重く、長いため息を吐いた。
安堵なのか、感嘆なのか。とにかくその姿を目にして初めて、ひと段落ついたのだという実感が心の底から湧いた。終わって手元に帰ってきたのだと思った。たとえ結末が完全な大団円を描いていなくとも。
その時初めてマトリフは、犠牲の所在を知りながらも運命を祝う幸福な人間の傲慢……かつては軽蔑した筈のその在り方を、己自身の心で理解した。
倫理も道理も超えて、ただ己にとって大切なものが、己の手から失われなかったことを喜ばずにはいられない身勝手。
限りないものの息づくこの世界で、たった一つだけが無事ならば満たされてしまう、矮小な胸の内。
ずいぶん俗になったものだと自嘲する。しかしすぐに、己は元々こういう人間だったのかもしれないと思い直した。あるいは人間の本質こそが、実はこういったものなのだろう。今までは、そこから上手く目を背けることが出来ていただけの話で。
そのまま小賢しく終わるつもりだったが、あと少しで幕引きというこの歳になって、目の前の鼻たれ小僧にガラリと人生の様相を変えられてしまった。結局は己も凡夫だったのだと思い知らされる。
決戦前夜、臥せったマトリフの前に膝をつき、誰にも打ち明けられない苦悩に追い詰められ、気付いたらここに来ていたと打ちひしがれる迷子のような子供。
頼れないと分かっていながら縋るように導を求めてきた、そのいじらしさ。
あれが今生の別れにならなかったことを、こうして再び会えたことを、マトリフは長く生きてきて初めて、ただただ単純に――神に感謝した。
そうした感慨に立ち尽くし、黙って寝顔を見下ろしていたのはほんの少しの間だけだったというのに。
マトリフのための椅子を持ってきたアバンが背後でブロキーナと「想像以上に……」「一度懐に入れたら……るタイプですから」「まあ、そりゃ……よねえ」「それに、ポップも……」とボソボソ意味ありげな視線を寄越しながら密談し始めたので、マトリフは顔を凶悪にしながらベッドから離れる。
「なんだよ。何か言いたいことでもあんのか」
「いえいえ」
「いやいや」
二人して誤魔化すようにニコニコと勧めてきた椅子に「ケッ」と毒づきながら座る。
「ご存知ですかね、こちらは私の一番弟子のヒュンケル。お隣は皆に武器を作ってくれた上に、地上での闘いに参加してくれた魔界の名工、ロン・ベルクさんです」
奥に座る包帯まみれの男二人を紹介するアバンに、「一番弟子の方はご存知だぜ」と答える。ヒュンケルは一礼した。
ロン・ベルクに対しても「こちらはポップの魔法の師匠で、私が勇者していた時の仲間である大魔導士マトリフです」と紹介される。
「大魔導士なんて肩書きも、『魔界の名工』には流石に名前負けすらぁな」
「フン……古い呼び名だよ」
「バーンパレスで活躍したポップの武器もロン・ベルクさん作だったそうですよ。残念ながらバーンの奥義を破ったのと引き換えに砕け散ってしまいましたが……」
「魔界の名工作の武器を一日でお釈迦にしやがったのかアイツ」
「いやいや、有史以来誰も破ったことのない大魔王の必殺奥義を相手取っての、名誉ある破損ですから」
「一番活躍した武器と言っても過言じゃないね」
慌てた様子でアバンとブロキーナがフォローする。
武器が失われた事にはさして気にした様子もなく、ロン・ベルクは代わりに、興味深そうに質問をした。
「バーンの奥義ってのは、どういう技だったんだ?」
問われたアバンは、にこやかに謎のポーズをとった。
「天地魔闘の構えと言いまして、カラミティエンドというどんな武器も砕く手刀と、フェニックスウィングというどんな攻撃や呪文も跳ね返す掌撃と、カイザーフェニックスという最大火力のメラゾーマを飛び込んできた相手へ三種一気に叩き込む恐ろしい技でして。不甲斐ない話ですが、私もカイザーフェニックスの直撃を受けて一発戦線離脱してしまいました」
「……武器がいらん訳だ」ロン・ベルクがぼそりと毒づく。
「お前よく生きてたな」マトリフは素直に感想を言った。
「実際ギリギリでしたね。ヒム君とラーハルト君という相当な手練れ二人と飛び込んだんですが、誰も指一本触ることすら出来ずに終わってしまいました」
「……そんなもの、どうやって凌げる? 何人がかりで可能なんだそれは」
ロン・ベルクが訝し気に聞くと、アバンはよくぞ聞いてくれたとばかりに人差し指を立てて言った。
「なんとポップ一人で」
「あ?」マトリフは思わず素で聞き返してしまった。
「ダイ君は、奥義を使った後に出来る隙をピンポイントで狙わなければなりませんでしたから」
「……アンタが作ったポップの杖ってのはどんなんだったんだ?」
現状まったく想像が付かないので、ロン・ベルクに訊く。
「ブラックロッドという、魔法力を打撃力に変換する杖だ。よくある理力の杖と同じ原理だが、変換の上限を外してある。同じ仕組みの武器をバーンが好んで使っていた」
「そりゃあ……凶悪な代物だな。あいつが使えばそれなりの打撃力にはなるだろう」
「だが打撃力がついたところで、その奥義にどうやって敵うと言うんだ」半信半疑の顔でロン・ベルクはアバンに問う。
「右手にその杖を構えて、左手にこれまたかなり強力なイオ系の呪文を携えまして。バーンも同時に両手で違う呪文を出すなんて器用だと感心していましたよ。あんな離れ業を教えられるのはマトリフ、貴方だけでしょうねえ」
言われたマトリフは即座に否定した。
「いや、教えてねえ。目の前でやって見せたことが一度あるだけだ。絶対アイツぶっつけ本番でやりやがったな」
「いやいやまさか……え、そんな事あります?」
「だがそれだと、あと一手足りねえじゃねえか。そのカイザーフェニックスとやらをお前同様食らって黒コゲになって終いだ。アイツはお前ほど頑丈じゃねえからダイの盾にすらならねえぞ」
「あ。貴方と全く同じ言い方をバーンもしていましたよ、笑いながら」
「すごいね、やっぱり魔法を極めた同士でちょっと思考回路が似るのかな」
ねー、と感心して頷き合うアバンとブロキーナにマトリフは大きく舌打ちする。
「で、どうしたんだよ」
「私もよく分からないんですが、何やら呪文を弾き返す防具? を胸元に仕込んでいまして。ポップの呪文とバーンのカイザーフェニックスを纏めて弾き返したんですよ。流石に二つの呪文は許容範囲外だったのか、それとも威力が単純に強過ぎたのか、その防具も一度で砕け散ってしまいましたが。あれが何だったのか知っていますか? ヒュンケル」
「……ハドラー親衛隊の一人が持っていた、『シャハルの鏡』という……マホカンタと同じ効果を持つ防具だと思います」
「おお」「あの伝説の」ロン・ベルクとマトリフだけが反応する。
ヒュンケルは続けた。
「メドローアがあるポップは、シャハルの鏡を装備したそのシグマという騎士に常にマークされていました。バーンパレス内で一騎討ちになった際、経緯は分かりませんがおそらく譲り受けたのでしょう」
「いや、一騎打ちでどうやって常時マホカンタ持ちの相手に勝つんだよ。あれだろ? ハドラー親衛隊って前言ってたオリハルコンの集団だろ」
「そうです」
「メドローアしか通じねえのにメドローアが跳ね返されるじゃねえか。詰んだな」
「でも勝ったんでしょ?」ブロキーナがヒュンケルに聞く。
「はい」
「意味がわからねえ」
「まあまあ、大魔王の奥義を破った最初で最後の魔法使いですからそれぐらいはね。分かっていただけましたか? ポップの頑張りとブラックロッドの活躍を」
にこにこと言うアバンにマトリフは毒づく。
「嬉しそうな顔してんじゃねえよ」
「弟子の成長は嬉しいものじゃないですか。貴方も」
「フン。……で、トドメを担当した小せえ勇者の消息はちったあ掴めたのかよ」
いきなり容赦なく核心に飛ぶマトリフに、アバンは苦笑いする。
「ハッキリ聞きますねえ……」
「ルーラが使えて、回復力も高いダイが半日以上経っても自力で戻って来ねえ。ってことは、迷子のとこを山中で発見されてめでたしなんて単純な状況じゃねえって事だろう。今朝終わっての今で、いつまでも休みなく探させるわけにもいかねえんじゃねえか」
「ええ。そろそろ今日の所は……ひと区切りつけようと思っています。今、メルルさんという占い師のお嬢さんが別室で占いをしてくれているんです。その結果が出てから方針を定めようかと」
「メルル? ……ああ」
マトリフはちらりと寝台に目をやって、以前控えめに弟子の事を案じる様子を見せていた少女の顔を思い出す。
「まあ虱潰しに探すよりはよっぽど近道かもしれねえな」
「無理しない方がいいって止めたんだけどね。どうしても力になりたいって、レオナ姫と少し前に出ていったんだよ。始めは一緒にこの部屋で休んでたんだけど」ブロキーナの言葉に、マトリフは訝る。
「何だ、怪我でもしたのか? あんな大人しそうな嬢ちゃんなのに、まさか前線に出てたのか」
「出たし、怪我どころじゃない。大破邪呪文の時、敵から狙われたポップ君を庇ってね。一度命を落としたんだ」
「ああ?」
淡々と告げられたとんでもない情報に、マトリフは愕然とする。アバンは部屋に備え付けの机の上からボロボロに朽ちたアイテムを持ってきた。一目で呪具とわかるそれを手渡され、しげしげと眺めるマトリフにアバンが言う。
「本人は大丈夫だと言うんですがね。凶器がコレだったと聞いて、私もまだちょっと心配で……」
「……猛毒じゃねえか。刺さったら即死だな」
詳しく調べなくても分かる。かなり性質の悪い毒だ。ブロキーナが頷く。
「刺さったんだよ」
「……なんで生きてる?」
「キミの弟子が蘇生させた。土壇場でアバン殿のしるしを光らせて、賢者に目覚めて」
「蘇生だぁ? 明確に蘇生呪文を唱えたのか」
「そこまではよく分からなかったけど」
「安置して、十字を切り神へ祈りを捧げたりは?」
「いや。ただ抱き上げてただけだね。天まで上る、ものすごい回復系のエネルギーを出して」
「じゃあ蘇生呪文じゃねえな」
「契約はしてあるんですか?」
「一応な。だが流石に成功しねえだろう。技術はあっても、あの呪文は血統がモノを言う。パプニカの姫も実際アイツにかけたが失敗したって話だ。なあ?」
問われてヒュンケルが頷く。
「確かに、ポップを蘇生させたのは姫のザオラルではなく……竜の血でした」
「えっ。ポ、ポップも蘇生?」
「おお。メガンテして一度死んだらしいぞ」
絶句するアバン。マトリフは無視して再度手の中のアイテムを眺める。
「しかしこのダメージじゃ、確実にただの回復呪文じゃ間に合わねえな」
「姫が確かあの時……ザオリク級の回復エネルギーだと言っていましたが」
ヒュンケルの言葉を手を振って否定する。
「それはもっと有り得ねえな。ザオリクってのは、今じゃおとぎ話になってる遺失呪文だ。百発百中で死者を蘇らせる呪文は、少なくとも現在の地上にはもう存在しねえ」
「何だ、そうなのか」ロン・ベルクが言った。「魔界で昔聞いたことがあるがな。人間だけが使う完全蘇生呪文――聞いたのは三百年ぐらい前だが」
「ああ、確かに丁度そんぐらいの頃に、ザオリクを使えたって最後の人間の記録が残ってる。まあ詳しく調べたらそれも結局は、成功率の高いザオラルだったってオチのようだがな。それがパプニカの王族、姫様のご先祖ってわけだ」
「では、姫が蘇生呪文を使えるのも……」
「御家柄だよ。パプニカが魔法国家と呼ばれる所以がそれだ。特定の魔法の系列は積み上げた歴史がモノを言ってな、ある程度血筋が影響する。パプニカは神との繋がりが必要な儀式系の呪文に昔から強い。代々王族がその秘跡を引き継いで、かつては死者が蘇る国と呼ばれ崇められていた。千年ぐらい前なら実際当たり前にザオリクを使うことが出来ていたらしいがな。地上と神との繋がりが薄れた今じゃ、百発百中のザオリクなんて夢のまた夢だ」
沈黙するヒュンケルの横で、「マトリフどのが宮仕えしたお目当てがその辺だったんだっけ?」とブロキーナが思い出すように顎髭を撫でて言う。
「ああ。碌でもねえ国だったが、やっぱり儀式系の呪法の蓄積は豊富だった。おかげで研究は捗ったぞ。他は本当にクソだったが」
何度強調してもし過ぎることはないと繰り返すマトリフの背後で、扉が開くと共に涼やかな声が響いた。
「あら~、面白そうなお話ですこと。あたしも是非聞かせて頂きたいわ」
うふふ、と上品な笑みを浮かべて言うパプニカの姫に、マトリフも流石にばつの悪い思いをする。
「……あくまで昔の話だ。流石だな、地獄耳はデキる指導者の条件だぜ」
褒めてお茶を濁すマトリフを微笑み一つで許しつつ、レオナは後ろに続いたメルルを部屋に招き入れた。その後ろには見知らぬ、魔族と思しき青年もいる。
「おやラーハルト君も」アバンがにこにこと声を掛けた。
「さっき部屋の前を通り過ぎて行こうとしたのを捕まえて、少し占いに協力してもらってたんです」レオナがしれっと言う。どう見ても占いという柄ではなさそうな男だが、案外付き合いが良いのかもしれない。
「そうでしたか。ラーハルト、こちらポップの魔法の師匠である大魔導士マトリフです。マトリフ、彼はさっき話した、私と一緒に天地魔闘の構えをくらった槍使いの青年です」
「なんだその紹介は。……あの魔法使い、まだ起きていないのか」
はあ、と仕方なさそうにため息をついてラーハルトが言う。何も言っていないが、何だコイツという考えが顔に出ていたのかアバンが「マトリフ顔が怖いですよ」と注意してきた。
「そろそろ日が落ちてくる。空からの捜索は気球船と、獣王クロコダインが引き受けているが、探せる範囲が少な過ぎる」
ラーハルトは気にした様子もなく、アバンが勧めた椅子にどかりと腰を下ろし言った。心なしか疲れた様子だ。どうやらここへ戻ってきたのは、ポップが起きていないかと確認しに来たらしい。それだけ埒が明かないという事だろう。
レオナが議題を引き受けるように言う。
「メルルにダイ君のことを占ってもらったわ。ありったけの知ってる占いを手あたり次第試してくれて」
「それで、結果は?」
問われ、レオナが振り向いて説明を促すと、申し訳なさそうな顔つきでメルルが前に出た。その顔色をさりげなくマトリフは確認する。血色はよく、毒の影響は傍目からはまったく見えない。
「すみません、手がかりになるような情報は何も……。数週間後に何かがハッキリするという兆しはあります。少なくともそれまでは、何も進展がない、というのが占いの結果で……」
「……あたし、あなたの案外直球な言い方しかしないところ好きよ」
「すっ、すみません……ありがとうございます……? でも、あくまで占いは占いです。見えていないだけで、変わる可能性は常にありますから……」
「だが、信憑性は高いんじゃないか。大魔王の結界すら通り抜けて、遠く離れたポップと交信を可能にした神通力だ。今のこの世があるのはその力のおかげと言っても過言じゃない。オレも命拾いしたしな」
その力を目の当たりにし、難を逃れた当事者であるらしいロン・ベルクはメルルの能力をかなり高く評価しているようだった。手放しの賛辞に、しかしメルルは慌てて首を振った。
「いえっ、私にそんな、すごい力はありません。あれは多分……殆どポップさんの力なんです」
「ほお?」
「え、そうなの?」
レオナも驚いてメルルを見る。メルルは頷いた。
「私があの塔が落ちてくるのを予見出来たのは、バーンパレスの中でポップさんが見聞きしたことをそのまま、夢として追体験していた為ですが……ポップさんが意識を失った途端、ポップさんの意識と繋がっていた糸のようなものが、ふっつり切れた感覚がありました。このあとポップさんの目が覚めても、もう考えている事はお互いに分からないでしょう。多分、ポップさんの魔法力が一旦切れたから……。だからこうして元通り、占いも出来たのです」
「意識を失うまでは繋がってたってこと? 地上で再会してからも」
「はい……だから、あの時のポップさんの気持ちが……強い強い無念さが伝わってきて、私……何か役に立つ事をしたいと……」
泣きそうな顔で言うメルルに、レオナは「そうだったの……」と目を伏せた。
マトリフが確認のため口を挟む。
「……夢として見てたっつーのは……アイツが、あんたを蘇生させたって時からか?」
メルルは頷いた。
「はい。ポップさんの意識を見始めたのは、体の感覚が無くなってからすぐだと思います。自分の意識が失われる時は、当然死んでしまうものと思っていましたし、夢を見ている自覚は無かったんですが……ポップさんの恐怖が強く弾けた時に、初めて夢を見ていると気づいたというか……これを見ている自分はポップさんじゃないと、思い出したというか……」
「奴の精神力がブレた時に、自分の意識を取り戻したわけか」
「はい。なので意識を取り戻して交信に成功したのは、私の中に残った、ポップさんの意識から伸びた糸を必死に手繰っただけで……糸を張ったのは私の力ではないんです」
「それだけでも、意識の境界を操るあんたのような人間以外には無理な芸当だったろうがな」
顎を摩りながらマトリフはごちた。何となく、弟子が起こした奇跡の見当が、朧気ながら見えてきていた。
ヒュンケルに尋ねる。
「なあ、竜の血の蘇生っていうのは呪文か何かを使っていたか? それともただ血を与えただけか」
「血を与えただけです。手から流した血をポップの口に垂らして、飲ませた直後に脈が戻って……誰でも蘇生するわけではないと、ラーハルトから聞きました。強い精神力のある者だけが、竜の血で生き返ることが出来るのだと」
水を向けられたラーハルトは怪訝そうに顔を上げた。
「何……? あいつもバラン様から血を頂いたのか? いつ?」
「お前と戦ったすぐ後だ」
「……直後に生き返っただと? 目を覚ましたのは?」
「その日の晩だ」
黙り込んだラーハルトに構わず、マトリフは考えを整理する。
「……成る程な。魔法力へ変換するエネルギーと、魔法の術式は与える。しかしそれを発動させる精神力だけは本人に100%負わせることで、一か八かの自己蘇生が可能になるってことか」
「……メルルさんがポップと交信できたのは、ポップが彼女を蘇生させたことによる副産物だったということですか?」
アバンも何となくマトリフの考えている方向性が読めてきたらしく、思案した表情で確認する。「そういうことだろうな」とマトリフは答えた。
黙考に入り、上の空になってしまったマトリフとアバンを放置してレオナが仕切り直す。
「とにかく、数週間後に何か進展があるのは期待出来るにしても、だからといってそれまでに進展がないと言い切ることは出来ないってことね」
「はいっ」
込み入った話から戻ってこれて安心したのがありありと伺える表情でメルルが頷く。
するとロン・ベルクが「数週間後にハッキリすることってのは、ソレかもしれんな」と、顎をしゃくって傍らの包みを示した。
「それは……」
「ダイの剣だ。包みを開けてみろ」
言われて、レオナが歩み寄り、布に包まれた剣を手に取る。
「重っ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「ごめん、開けてくれる?」
「はい」
レオナが剣を持って、メルルが覆っていた布を開く。柄が露になった所で、ロン・ベルクが言った。
「その柄に嵌まった宝玉が光っているだろう。それは持ち主の闘気を一定量溜めて安定させる性質を持っている。今は使用していたダイの闘気が蓄積されてどの道光っているが、その分だと数週間もすれば溜まった闘気は完全に抜けるだろう。その時、もし光が消えれば……ダイの生存は絶望的だ。しかし光が消えなければ、確実にダイは生きている」
「……ダイ君の生死は少なくとも判明する、ってこと?」
「そういうことだ。ダイの生命力でこの剣は命を繋いでいる。持ち主が死ねば剣も息絶える」
「この宝玉に蓄積された闘気が完全に抜けたかどうかは、貴方が見ればすぐ分かるの?」
「ああ」
レオナは少し黙り込んで、それからゆっくりと頷いた。
「じゃあ……その日まで総出で捜索に当たって、ダイ君が見つかれば良し。見つからなければ、その日仲間を集めて、改めて今後の方針を相談しましょう。……あたしは勿論、ダイ君は生きてると信じてる。でも生きているのに数週間経っても見つからず、自力で帰ってもこれない状況という事は、帰ってくるのも迎えに行くのもかなり難しい状況ってこと。長期で捜索するメンバーと……それ以外のメンバーを、改めて整理する必要があるわ」
自分に言い聞かせるような毅然とした口調に、意を汲んでマトリフは言う。
「復興を放ったらかしってわけにもいかねえだろうしな。むしろここからようやく本格的に始められるってとこだ。どっか遠い所にいる、既に世界を救った勇者様の事にいつまでも心を砕いてくれるほど世の中厚情じゃねえ」
「シビアだよね~相変わらず」
横から言うブロキーナにマトリフはふんと鼻を鳴らす。
「前例があるからな」
「……地上の平和を維持することは、勇者の志を尊重することでもあるわ。……バーンと戦った時にね、ダイ君はバーンから、部下になれって勧誘されたの。きっと戦いが終わったら人間たちから迫害される。人間たちが英雄に縋るのは苦しい時だけで、平和になればすぐに英雄の座を追われる。そういうものだって」
突然明かされたあまりにも重い話に、室内の面々が絶句する。
「ダイ君は……知ってるって答えたわ。人間がそういうこともする生き物だってことは……そして、それでも人間たちや、育ててくれたこの地上の生き物すべてが好きだって。もし本当に、人間たちから自分の存在が望まれなかったのなら……その時は……お前を倒して、この地上を去るって。バーンに笑って答えた」
「そんな……」メルルが涙目で口元を押さえる。「そんなの……悲しすぎます」
「そう。だから……ダイ君は、戻って来なければならないのよ。彼が守り切った地上に……皆が幸せに、豊かに暮らし、迫害のもととなるような恐怖を抱かなくて済む世界に。彼自身にも平和を与えるような人間の国に」
握り締めたレオナの手は白く強張っていた。
「バーンの言った事も、ダイ君の言った事も、現実にしてはならないの。それを証明する義務が、人間にはあるわ」
しばらく室内には沈黙が落ちた。やがて気持ちを切り替えたようにその沈黙を破ったのも、レオナの快活な一声だった。
「さあ、捜索に出てくれてる仲間に今日はこれで一区切りって伝えないと。皆クタクタで戻ってくるんだから、夕飯ぐらいは豪華に手配しないとね。メルル、手伝ってくれる?」
「……はい!」
大きく頷くメルル。アバンも腰を上げて続いた。
「私も手伝います」
「あっ、じゃあ是非フローラ様に協力をお願いします。先生が帰ってくる少し前から、各地の状況報告を取りまとめて下さっていますから」
「わかりました……」
答える声には覇気が無かった。マトリフとブロキーナはヒソヒソと話し合った。
「そういや、女王様は死んでたこと知ってんのか?」「らしいよ。それで生きてたことは知らなかったらしいよ」「やべえな」
アバンの後ろ姿が心なしか小さく見える。
そうして三人が出て行こうとする間際、「……ああ、それと」とレオナが振り返った。感情の読めない顔で室内の面々を見回し、最後に奥の寝台に目を留める。
「剣の宝玉のこと。……ポップ君には目が覚めても黙っておいてくれる? ここだけの話にしておいて欲しいの。皆」
「ど、どうしてですか……?」
メルルが困惑した表情で首を傾げる。理由を問われ、レオナは頬に手を当てて、考え込むように言った。
「先のことがどうとか……結果がどうだったからとか。彼にはそんなの関係なく行動してて欲しいっていうか。あと単純に、数週間後に生きてるって確証を得た時のポップ君の顔が見たいのよね。サプライズってやつよ」
「……サプライズにしちゃ重いがな」
否は唱えないが思わず呟いたマトリフに、レオナはふと、静かな微笑を浮かべた。
「……ダイ君があんな風に迷わず、きっぱりとバーンの問いに答えられたのは……その問いを投げかけられたのが、初めてじゃなかったからだと思う。以前にバラン……ダイ君のお父さんが、まったく同じ問いをダイ君に投げかけたことがあったの」
「……!」ラーハルトが反応する。
「それは……」心当たりがあるのか、メルルもはっとする。
「その時のダイ君は、何も言い返すことが出来なかった。あたしとポップ君と三人で行ったベンガーナでね、助けてあげた人達から怯えられてしまうって事があったばかりだったし。……でもポップ君が、黙り込んだダイ君を押し退けて、そんな事しないってバランに向かって啖呵を切ったの。おれ達はダイの正体が何だろうと迫害なんかしないし、ダイは人間を滅ぼす手伝いなんか死んでもしないって。……即答だった。現実とか可能性だとか、そういう深い考えなんか何にもない上に、自分だけじゃなくダイ君のことまで勝手に言い切っちゃう無責任な言葉。けど少なくともポップ君だけは、何度だって同じ答えを返すんだろうって、分かる言葉。
……きっとポップ君さえ居れば、ダイ君は人間を許してしまえるのよ」
俯いた表情は、誰からも見えなかった。
「彼は、あたしには言えないことを、いつも言うのよね……」
