スマホに悟飯から突然一枚の画像が送られてきた。
どうやら海中で撮られた写真のようだ。しかしその光景は、この地球で目にする一般的な海の光景とは大きく異なっていた。一面に緑色なのだ。
おそらく水面を天井のようにびっしりと覆っている藻の影響なのだろう。その隙間から差し込んだ陽の光が、海底に豊かに生い茂る水草を照らして、空間ごと緑の光に染め上げている。
『ナメック星の海みたいじゃないですか?』
ピッコロがその写真を一目見て思った通りのことが、添えられたメッセージに問いの形で書いてあった。
悟飯の気を追って飛ぶと、地球四分の一周ほど離れた場所にある島に辿り着いた。
無人島というわけではなく中心部には街もあるようだが、悟飯はそちらではなくまったく反対の側にいるようだ。悟飯の気以外にそちらの方角から人の気配はしない。
飛んでいくと、切り立った崖と崖の間で入り江のようになった場所があり、その一部の水面が隙間なく一面の藻で覆われていた。上から見ると一瞬ぎょっとする光景だが、悟飯の気は確かにこの付近からしている。
『悟飯』
念話で呼びかけると、すぐに緑の絨毯の一か所から悟飯の頭がざば、と飛び出してきた。
「あれえピッコロさん? どうしてこんなところに? もしかしてあの写真見て来てくれたんですか?」
水中用のでかいゴーグルをつけて、頭に藻をつけながら明るい声を上げる悟飯の珍妙な風体に、ピッコロは今更ながら何故来たんだったか……と妙に我に返ってしまった。
「何をしている?」
「お世話になった先生で、海洋生物を研究している方が居るんですけど、その方のちょっとしたお手伝いでサンプル採取に来たんです。こういう環境でしか生息しない珍しい貝がいるんですよ。ほら、ゲットしました」
悟飯は笑顔で何やら小さな貝が入っているらしい透明な容器を掲げた。
言ってみれば仕事中といえば仕事中だったらしい。若干居た堪れなく思いつつ聞く。
「よく分からんが、じゃあもう目的は果たしたのか」
「ええ、無事に。でも水中の景色があまりにも綺麗なんで、そのまま眺めて楽しんでたんです。写真見たでしょ?」
「……ああ」
何とも言えず腕を組んだまま頷くピッコロに悟飯は微笑むと、こちらに手を差し伸べて言った。
「せっかく来たんですし、ピッコロさんも入ってみませんか。ナメック星の海とは少し違いますけど……なつかしいかもしれませんよ」
ピッコロは少し沈黙して、マントを消すとゆっくり悟飯の方に降りていった。
藻が無ければ、実際には他と同じ青い海なのだろう。一枚太陽との間に緑の層を挟むだけで、これほど鮮やかに緑の世界が広がるものなのかと思う。
『なつかしいかもしれませんよ』
そう、初めその写真を見た時感じたのは、確かにそういった感情だった。
そしてそれは、ピッコロ自身がナメック星へ初めて降り立った時に感じた朧げなそれよりも、ずっとハッキリとしたものだった。
神は故郷の記憶を殆ど持たなかった。おそらくこの感情は、ネイルのものなのだろう。
この身に混ざったナメック人の中で唯一、あの消えた星で生きていた者。
ピッコロと融合する時、ネイルは人格はお前のものだと言った。それは正しかったが、正確ではなかった。
ものを考えているその瞬間の人格は確かにピッコロのものだ。しかし、ピッコロの中には融合した相手の過去が増える。人格が持ち主で、記憶が荷物だとすれば、持ち主はピッコロのままでも二人分の荷物が増えるのだ。そしてその重さは、否が応でもピッコロの動き方を変える。ピッコロ自身は思ったことの無い思考や感情でも、そう思い振舞った経験の記憶が与えられれば、自ずとその振舞いに影響されずには居られない。生きている間ずっと地球を案じていた神の記憶がピッコロに地球の動向を見守らせ、生きている間ずっと最長老に仕え続けたネイルの記憶がピッコロに最長老の冥福を祈らせる。
思えば生きた年数も周囲と関わり生きた経験も融合した二人の方が遥かに豊富で、それらに比べればピッコロの経てきた世界の量など遥かに少ないものだ。ピッコロが知っているような事は二者の記憶にも既にあるし、そしてそれらはピッコロのそれよりも厚く重い。
ピッコロの腕をトントンと若干興奮気味に叩いてきた悟飯に顔を向けると、見ろと言うようにある方向を指さしている。
その指の先ではゆったりと、見た事も無い奇妙な見た目の魚が泳いでいた。見せつけるように目の前を横切るその魚を、悟飯は取り出したスマホで写真に撮りまくっている。
明らかにはしゃいだ様子に呆れ、送ってきた写真といい機械なのに水没させていいのかと思ったが、そういえば自分のスマホは防水だとか何とか以前言っていたかもしれない。
思えば荒野で修行していた頃から、ピッコロが興味を示すかどうかなどおかまいなしに周囲にいた珍しい生き物の話なんかを嬉々として寝る前に喋っていた。うるさい寝ろと怒鳴ったらやめるが、次の晩にはまた別の生き物の話をする。終いには呆れて喋るに任せるようになった。折に触れて思うが、悟飯は成長こそしたものの子供の頃にあった部分はちっとも変わっていない。ただ色々な要素が増えただけで、あの頃あったものはあの頃のままだ。
そう、強いて言えば悟飯との記憶だけだ。
神の記憶にもネイルの記憶にも存在しない、それらに全く影響されない、元のピッコロだけの持ち物だと言い切れるのは。
「ナメック星みたいに海そのものが緑色なわけじゃないですけど、負けないくらい綺麗だったでしょ」
ピッコロさんが直接見に来てくれてよかった、やっぱり直接見た方が絶対きれいですからね、と上機嫌に言う悟飯に、ピッコロもフッと笑う。
「確かに、なつかしかった。もっともオレじゃなく、オレと融合したネイルというナメック星人の感情かもしれんがな」
言った言葉に、しかし悟飯はきょとんとした顔で「えー?」と疑問の声を発した。
「ピッコロさんもなつかしいでしょ? だって同じタイミングで見たボクだってすごくなつかしいんですから。もうボクが子供の頃のことだし、あの星も無くなっちゃいましたからねえ」
あっけらかんと返され、ピッコロは閉口する。……言われてみれば、そんな気もしてきた。確かにネイルが過ごした平和だった頃のナメック星の風景はピッコロの中にある。しかし悟飯が目の前にいるから余計だろうか、子供の頃の悟飯と共に降り立った戦禍のナメック星の記憶も実際負けないくらい今この脳裏に鮮明だ。
人格はお前のものだ、という自分のものではない声が再び蘇る。
「今度デンデにも写真見せてあげたいな。神殿からじゃ、水中までは見えないでしょう?」
ピッコロのちょっとした混乱などまるで知らぬ顔で、にこにこと悟飯が言った。ピッコロは深く息をついて、それがいいだろうな、と返した。ただのピッコロとして。
