大物の友人

 ささささ、となるべく素早く、なるべく静かに移動しながら、乱太郎は伏木蔵と目を合わせて頷き合った。タソガレドキの来賓席を囲む幕はもう目と鼻の先だ。
 このまま幕の後ろ側に回ろう、という意思を視線を通して確認した、のだが――内側からは全く見えないはずの幕の外に近づいただけで、タソガレドキ忍者隊の組頭である雑渡昆奈門が、まるで待っていたかのように二人を出迎えに現れた。
 二人で慌てて急ブレーキし、あわわわ、とうろたえながら雑渡を見上げる。
「ちょ、ちょっとこなもんさん!」
「雑渡昆奈門だよ」
 幕内に聞こえないようヒソヒソと小声で口にした名に、律儀な訂正が入った。
「二人揃って何か用かな」
 尋問というわけでもなく、単純に気になるから聞いたという気安さで訊かれ、二人は焦る。
 保健委員がその場に待機するだけで、相手の陣に被害を与える事ができる……という一年い組考案の作戦。いくらなんでもそんな、と効果に納得し切れない気持ちもあったし、仮にあり得るとして当の狙っている陣営の者にその内容を説明するのも憚られる。
 顔を見合わせ、どう言い訳しよう? と二人で迷う時間は、しかし短かった。
 質問の答えが返ってくることに数秒程度で見切りをつけたのか、雑渡はやれやれとその場に胡坐をかいて座ると、当然のように伏木蔵の脇を持ち上げて、膝の上に座らせた。まるで飼い猫を抱くような自然な仕草だった。
「まあゆっくりしていきなよ」
 そう飄々と言う雑渡は、幕の内側には戻らず、二人に付き合ってこのまま観戦するつもりらしい。
 そして膝に乗せられた伏木蔵も、ぱっと楽しそうな笑顔を浮かべると「そうしまーす」と言って一切の言い訳を放棄し、歓迎されるがままそこに落ち着くことに決めたようだった。
 え、えぇ~? と、乱太郎はそこまで即座に切り替えられず困惑する。しかし特にうまい言い訳が思いつくわけでもなく、雑渡に見つめられて乱太郎は誤魔化すように笑った。
 そこに変な顔の忍者が「あのー、乱定剣ってなんでしょうか?」と質問してくる。話が変わる気配に助かったと思った。と、伏木蔵が「はーい、僕しってまーす!」と元気よく挙手する。
「おせーて!」と勢い込んで乞う忍者に、伏木蔵は歌うように言った。
「一、眼鏡をかけていること。二、顔にそばかすがあること。三、髪がふわふわで髷が結えないこと。四、足が速いこと。五、絵がじょうずなこと!」
 一瞬あっけにとられて何か反応する前に、「それは乱太郎の条件だ」と雑渡がツッコミを入れる。乱太郎はハッとし、ここを逃してはいけないと身を乗り出して合いの手を入れた。
「略して〝乱〟条件!」

 あははは、と言い出しっぺの伏木蔵と笑い合いながら、乱太郎は内心でしみじみ感心する。
 さっきの今、この状況で、タソガレドキ組頭の膝の上に乗せられながら、即効で冗談を言えるなんて。伏木蔵って、本当に大胆。
 隣に座り、伏木蔵の小さな肩に置かれた大きな手を横目でチラリと見る。膝を貸し与えるのに留まらず、是非ここにいなさい、とでも言うような圧を感じる手だ。
 そんな手の下で伏木蔵は機嫌良さそうにリラックスしている。
 僕にはちょっとマネできないな。と、乱太郎は密かに冷や汗を垂らした。