アマプラで今月末で見放題終了するらしいので、名作と名高いことは知っていた今作をようやく頭痛のする雨の日曜の午後に視聴しました。
おっ……面白かった……!!!!!!!!
別にエモーショナルなシーンとか無しに、純粋に面白過ぎて感動してしまった。
全然場面展開の無い作品らしいってことは聞いてたけど、私の物語に求める理想って〝コレ〟かも!! と思った。
元々ゲームでも小説でも何でも、私は「場所が区切られてる話が好きなんだ」っていう自覚はあったんですよ。ミステリーでも館モノとかクローズドサークルものが好きだし。ゲームでもかまいたちの夜とかまさにそうですよね。クロックタワーも建物から出ないので面白いんだと思うんですよ。
別にずっとその場所じゃなくても、逆転裁判とかも場所単位で物語が進展するじゃないですか。留置所で1イベント、犯行現場で1イベント、関係者の家で1イベントって感じで。場所っていうのは内部の人間の悲喜こもごもを区切る入れ物に過ぎないでほしいんですよ! 舞台は多くなくていいんです! 固定した書き割りが1ターンごとに背景にあればそれでいいんです!
オープンワールドゲーが向いてないのもそこなんですよね多分。開けた場所を走り回って何かする人間の自由さが見たいんじゃないんだ! 閉じた場所で動けずに自分の内面から何かひねり出す人間の不自由さが見たいんです!! 人間ってそこにいるだけで過去のすべてを内包した宇宙だから!!
印象的だったのは11対1で1の側に立って話し合いましょう、と主張した男にちょいちょい他のメンバーがトイレとかで自分から話しかけに来る場面があるところ。
意図を探るような、アンタはどういう人間なんだと問いかけるような。それでいて自分の話を聞いて欲しいような。真っ向からたった一人、味方なしで議論の対面に立つことを表明した相手がゆえに、話しかけやすいと言うとちょっと違うかもしれませんが、ある種の〝話せる信用〟みたいなものが周囲の心に根付いてるような印象を受けます。
実際議論して人を説得するということはカウンセリングに近いものがある。
始めは初対面の社会人同士、本心を見せない、喫煙所で挨拶するような気楽なノリだったのに、どんどんそれぞれがどういう人間なのかが詳らかにされていく。まったく異なる社会生活を送る人間、その相手がどういう立場で人を裁こうとしているのか。立場の表明ということが、すなわち自分の表明に他ならなくなっていく。
自分の選んだ立場を否定されるということはすなわち自分自身を否定されることでもある。対立する立場を主張する相手はすなわちアイデンティティを脅かす敵である。だから皆抵抗する。自分の方が正しいんだとそれぞれの道理でもって主張する。
何故ならこの陪審員制度では、全員一致でなければ総意として提出することが出来ないから! 有罪か無罪か、それは究極の二元論! どちらかを選ぶしかない! 〝審議〟というこの場所で、その営みの中でだけ、立場が可変であるという形で留保が許される!!
最高。面白過ぎ。人類に必要なのはこの部屋なんだと私は思うね。「話し合いましょう」。主人公の男かっこよすぎる。
俳優の人が気になってググったら五度結婚してました。仕方ないね。そりゃモテますわ。

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