往診から帰ってきて鞄を整理する龍太郎の顔を、しばらく一人は無言で眺めていた。
帰還の声を聞いて診察室に入ってきた麻上が、龍太郎の顔を一目見るなりこう言った。
「どうでした? るり子さんのところの赤ちゃん」
「えっ?」
「会えたんでしょう? お顔がデレ~っとしてますよ」
「ええっホントっスか?」
龍太郎が恥ずかしそうに自分の両頬を押さえた。
今日は以前赤子を取り上げた木下さんの家まで龍太郎に薬を届けに行かせたのだが、麻上の言う通り、帰ってきて扉を開けた時点でその顔は隠しようもなく綻んでいた。
元から柔和な龍太郎の顔立ちが和んだ表情を浮かべると、まるで砂糖菓子のような甘ったるい印象になる。大人の男で、これほど柔い表情を浮かべる人間はそう居ないように思う。物珍しさに、一人も感心のような思いと共に黙って見入ってしまっていた。
「気持ちはわかりますよ、赤ちゃんってホントかわいいですし」
麻上のフォローに加えて、同じく入室してきたイシさんもうんうんと頷く。
「もう活発に動き回る頃じゃろ。めんこいじゃろなァ」
「そうなんス……。白衣が珍しいのか、オレの方にちっちゃい手伸ばして、ずっとこっち見てて……」
少しキリッと持ち直していた顔が、またデレっと蕩ける。
「かわいかった~。ずっと見てたかったっス~」
そうしみじみ言う龍太郎の笑顔があまりに幸せそうなので、麻上とイシさんはおかしそうに笑った。
そんな会話のあった日からしばらく経って、診療所に木下さんの奥さんが訪れた。
湿布をもらいに来たとの事だったのだが、分かりましたと用意する一人を呼び止め、「それとね」と鞄の中から封筒を取り出した。
「こないだ撮った写真なんだけど、とってもよく撮れてたから焼き増ししたの」
そう言って封筒から取り出し見せられた写真に、一人は思わず口元を綻ばせた。
龍太郎がこのあいだ往診に行った時に撮ったのだろう。木下さんの旦那さんがカメラを構え、高品先生も入ってと促したのだろうか。
赤子を抱く母親と、夫と、祖母と、白い布を掴む無邪気な赤子。幸せな家族。その傍で、柔らかく目を細めて、蕩けるように甘く笑う若い医者。
「……いい写真ですね」
「かわいく撮れてるでしょう?」
ニコニコと言う木下さんに、一人は深く頷いた。
「あっ!」
いい写真じゃ、いい写真ですねえ、とイシさんと麻上も交えて三人で写真を眺めている所に、龍太郎が帰ってきて声を上げた。
「その写真……!」
木下さんが今日訪れて写真を置いていった経緯を教えると、龍太郎は写真を食い入るように見つめて言った。
「オレ、めちゃくちゃデレデレしてる……!」
「まあ、そうですねえ」
「そうじゃな」
麻上さんとイシさんが同意する。
龍太郎は顔を赤くして抗議した。
「恥ずかしいっスよ! なんでここに飾るんスか〜!」
そう、写真は一人の手によって額に入れられ、診療室のデスクの上に堂々と置いてあった。
「フフ……」
「先生! フフじゃないっス! 飾んのはやめてくださいよォ!」
「ことわる」
「なっ、なんでですか! オレなんかしました~!?」
別に何もしていない。ただ、いつも見ていたいくらい可愛かっただけだ。
