こんな夢を見た。
私は様々な人間に囲まれていた。老若男女、服や背格好は分かるのだが、顔は皆ぼやけていて、見覚えのある個人をその中に見出すことはできない。
彼らは私に、思い思いの祝福の言葉を述べているらしかった。そして手には、これもまた思い思いの祝福の品を持って、さあ受け取ってくれとばかりに差し出しているのだった。
私は少し困惑しながらも礼を言い、両手いっぱいに様々な品を受け取った。名誉や栄光、期待や地位、大義や高邁、どれも素晴らしいものばかりだった。
正直言って私にはもったいないような品ばかりで、もっとこれらが相応しい人、欲しがっている人に贈られた方がいいのではないかと、口には出さず思った。
その考えの後ろめたさを誤魔化すように視線を巡らせた時、ふと、離れた場所に小さな男児が立っているのに気がついた。
少しほつれた着物を着た、色の白い子どもだった。
その吸い込まれるような大きな黒い目に、私は見覚えがある気がして立ち尽くした。
周囲にあれだけいた人間はもはや視界に入らず、靄のかかったような頭で、ぼうっとしてその姿を映すことしか出来ない私のもとまで、その子どもは静かに歩いてきた。
子どもは私をまっすぐに見上げて言った。
「あなたの欲しがるものがわかりませんでした」
黒い目が、どこか途方に暮れたように、その小さな右手に抱えた銃と、左手に持った短剣とを見下ろす。
「俺の手に入れられるものでは、駄目なようです」
そう言って銃と短剣を地面に下ろし、改めて背筋を伸ばす。
「でも」
そして懐から、くしゃくしゃの白い紙を取り出した。
「俺もあなたを祝福したいのです」
それを聞いた私は、何故だか急に胸がいっぱいになって、ほろほろと涙を零した。
膝をついた私に、子どもは紙を差し出して言う。
「あなたの欲しいものをここに書いてください。きっとそれを届けます」
そうして筆記具を持たせようとする小さな手を、私は両手で包んで、暫し俯いた。
「そのお気持ちだけで、私は……」
言葉に詰まり、私は得も言われぬ焦燥を感じ、辺りに散らばる祝福の品を忙しく見回した。
「私の方こそ、あなたに何か差し上げたい。私もあなたを……」
何かないだろうか。目の前の彼にあげられるものが。貰ったばかりのこれらの中から、あるいは、私自身の持ち物の中から。
懐を探ってもすべての隠しは空で、落胆する私に、子どもは首を振った。
そして改めて、何も書かれていない紙を差し出した。
「これが俺の欲しいものです」
じっと注がれる黒い眼差しは、真剣に、ただ私の返答を待っていた。
「あなたの欲しいものをあげられる答えが。本当の答えが欲しかったのです」
私は呆けたような気持ちでその顔を見つめ、少し躊躇って、それから紙を持った小さな手をそっと押しやった。
俄かに顔を曇らせ、何か言い掛ける子どもに、先んじて口を開く。
「では、あなたのお名前を。ここに書いていただけますか」
「……名前?」
子どもはぱちぱちと瞬きをした。私は頷いた。
無垢な顔を覗き込み、言葉が違わず届くようにと、慎重に声を和らげる。
「いつかまた、あなたにお会い出来るなら、それ以上の祝福はありません」
左手に白紙を、右手に筆記具を握らせ、促す。
「どうかきっと、会いに来てください。私のところへ」
子どもは困ったように私の顔をしばらく見ていたが、やがて大人しく手許の紙へ、彼の名前であろう字を書きつけた。
こちらからは見えないその文字を見てみたい気もしたが、そこまでは望めないのだろうということは分かっている。
そこに表したものを、きっと届けると約束してくれた。であるならば、届けられたそのものこそを、私は賜るべきなのだろう。
「これが本当に、あなたの欲しいものですか?」
くしゃくしゃの紙を両手で持ち、じっと見上げる子どもに、私はしっかりと頷いた。
「はい。私の欲しいものはそれです」
辺りを見回せば、溢れるほどの祝福の品が私を取り囲んでいる。けれど。
「それが、私の一番欲しいものなのです」
重ねて答えると、子どもは確かに私の目を見て、わかったというように頷いて見せた。あるいはそれは、礼だったのかもしれない。
――不思議な夢だった、と改めて私は首をひねる。
何故あんな夢を見たのだろう。皆が私を祝福する夢など。今日は別段、私の誕生日というわけでもないのに。
残念なことに、起きて直ぐは鮮明だったその内容も、起き出して日々の雑事を片付けている間に薄れて行ってしまった。
ただ、夢の覚めた後にひとつだけ、強く惜しいと感じたことだけは覚えている。
私は確かに最も欲するものを、あの紙に記せたのだと思う。だが、それとはまた別に、私もあの紙が欲しかった。
あの紙片こそは、名も知らぬあの子が、私への祝福を望んでくれた証なのだ。
その事実があるだけで、私は何より善いものを貰ったのだと、あの子に伝えられたらよかったものを。
