『落下の王国』感想

4Kデジタルリマスター再上映!ありがとうこの企画を決定した偉い人!おかげで初鑑賞できました!
もうこの映画の存在を知って、本物の世界遺産を舞台としたという作品内容に興味を持ち、しかし見る手段が乏しいと知っては定期的に諦めるということを何年定期的に繰り返してきたのだろう? 思えば月イチゴローで紹介してたのを見た時に既に存在を認知していた=あれは公開当時の特集ということは、2008年から? 17年越しにようやく本編を見れたということに?

しかし見た感想として、大人になった今だからこそこの映画のすばらしさが分かるのだという気がするので今見られてよかったです。
というわけで下記細かいあらすじ・ラストまで触れたネタバレを一切気にしない感想です↓

 

~あらすじ~

時は昔(1915年ごろらしい)、南カリフォルニアの病院。5歳の少女アレクサンドラは腕の骨折で小児病棟に入院していた。
毎日暇を持て余すアレクサンドラは勉強中の英語で手紙を書いて好きな看護婦さんに届けようとしたり、宅配の氷をこっそり舐めてみたり、別の部屋に入院している入れ歯のおじいちゃんとお話したりして入院生活をやり過ごしている。

そんな中で看護婦さんに投げたつもりの手紙が風に舞い、どこかに消えてしまう。探し歩いたアレクサンドラは、自分の手紙がふと見つけた窓の空いた病室内のベッドにいる青年の手にあるのを発見した。少し腹を立てつつ病室に乗り込んで手紙を取り返したアレクサンドラは青年に呼び止められ、手紙の内容についてからかわれる。
あなた宛ての手紙じゃないんだからわからなくていいとむくれるアレクサンドラに、青年ロイはお話をしようと椅子を持ってくるよう誘う。
二人でアレクサンドラの宝物入れの中身について話した後、父親がもういないこと等アレクサンドラの身の上を聞いたロイは、おとぎ話を始める。
それはかつての悪い君主に地の果てへ放逐された変わり者の5人の戦士の話だった。
夢中になったアレクサンドラは次の日もロイに話の続きをせがむ。
しかし足を骨折したロイの見舞いに来る客とのやり取りや、ロイの自身の状況に対する絶望のためロイは中々話に乗り気にならない。
そんな中でロイは礼拝堂のパンの一切れを悪気なくとってきて自身に分け与えたアレクサンドラを見て、一つの妙案を思いつく。
君は英語が読めるのだから、その調子で調剤室に入り、ここに書いてある文字と同じラベルの薬の瓶を取ってきてくれないか。
渡した紙切れに書かれた文字は『MORPHINE』。
アレクサンドラは首を傾げながら、「話の続きをしてくれるなら」と請け負ったのだった。

 

……という感じのストーリーです。現実はほぼ病院の中に固定の一方、ロイの語るおとぎ話がすべて世界遺産で撮られた非現実感あふれる絶景映像という対比が鮮やか。
しかし実際は古めかしい病院の風景の方がフィクションで、おとぎ話の中の世界遺産の方が現実にある風景という反転も面白いです。

作品に対して一番思ったのは、非常に誠実な作品だということでした。気まぐれに進んでいくおとぎ話世界に対して、現実の病院ではそこで起こることも、そこに起こる葛藤も、アレクサンドラがわかることとわからないことの境界も、正しく現実的で突飛さは何もない。

要するにロイはめちゃくちゃ死にたくて死にたくてたまらないんですね。当時出始めの文化だった映画にスタントマンとして参加して、そこで橋の上から落ちて馬に乗るという無茶なスタントに挑戦した結果足を骨折、そしてそのスタントに挑戦する動機でもあった恋人の女優にフラれ、主演の有名俳優に彼女をとられてしまい、もう失意のどん底なわけです。

そこで動けない自分に代わり、ひょんなことから舞い込んだアレクサンドラという自分に聖体拝領のパンをわけもわからず与えてきた少女に自分を「助けて」もらおう、平たく言うと利用しようとした余裕のない男なわけなんですが…。
悪い男というわけじゃないんです。ただ弱い男なんですよ。

そんな男の弱さがとうとうアレクサンドラをひどく傷つけることになってしまった。モルヒネの瓶を取ってはきたけどEを3と読んでいたため3錠しか持ってこなかったり、今度こそと思い向かいのベッドの男が棚に鍵をかけて隔離している睡眠薬の瓶を取ってこさせたりして、とうとう死ねると思い最後にお話の続きをしてやりながら眠りに落ちたのに、その薬は偽薬にすり替えられていたため普通に目覚めてしまいロイは動揺し動転し慟哭し暴れて医者に制止される。その嘆きを見たアレクサンドラは「(それで何が起こるのかは分からないけれどそれで〝元気に〟なるのなら)今度こそ取ってきてあげようと」正しくモルヒネの瓶に手を伸ばした時、足を滑らせ「落下」してしまう。

大きな手術、それこそ「死ぬような」怪我の治療からアレクサンドラが目覚めた時、そばには消沈したロイがいた。今までとは逆にベッドから起き上がれないアレクサンドラにお話をせがまれ、「ハッピーエンドにはできない」と言うロイに、それでも知りたいとせがむ。そして始まるお話の続き。

もうこのロイがベッドサイド、アレクサンドラがベッドから動けないという反転した構図になるシーンから泣けて泣けて仕方ありませんでした。私はこういう「すまん…」っていうシーンに弱いんです本当に。ボヘミアンラプソディでもメンバーに最後謝るシーンで死ぬほど泣いたもんね。

元々絶望しきってた所に加えてこんな小さな無垢な女の子に取り返しのつかないことをしてしまった罪悪感も加わりロイの精神状態はどん底。冒険を続けてきたせっかくの生き生きしたキャラクター達も次々とお話の中で悲惨に死んでいく。
こんなのやだと悲痛に泣くアレクサンドラに、しかしあれほど勇猛だった男たちの破滅は止まらない。
弟の仇を朱に染まる布に手を当て誓ったはずの勇敢な山賊、ロイの顔をしたおとぎ話の主人公、アレクサンドラの顔をした娘を持つ父親――その男も実は弟への誓いの時には嘘を示す手を作っていたことが明かされ、主演俳優の顔をした王様になすすべなく殺されようとしてしまう。

その今わの際で「死んじゃダメ」と必死に応援するアレクサンドラの構図が熱い。熱すぎる。
もうこっちもダラダラ泣きながら心の中でロイに「男だろ!!!しっかりしろ!!!立ち上がれ!!!強さを取り戻せ!!!」って鼓舞してしまったよね。私のジェンダーバイアスの外れない部分を自覚してしまいました。どうしても「小さな女の子を泣かすなんてそんなの男じゃないよ!!」という感じの言い方をしたくなってしまう。
まあそんなのは当然「女でもない」んですが…女の場合はいちいちそういう言い方しなくたって小さい子を泣かすようなのは問答無用で異常者だけど、男はあえてそういう言い回しをしないと律し方が見えないからかな…。

とにかくアレクサンドラがめちゃめちゃいい子なんですよ。かといって不自然なほどじゃなくて、子供らしく良い子なの。変に言葉数多くなくても仕草とか行動とかで「ああこう思ったんだろうなあ」と伺える素直さがあって。
でも根本的に優しいのもありますよね。あと賢い。お見舞いに来てた家族が別の言語ってことは自力で英語は覚えてきてるんでしょうし、お医者さんに「もし退院出来てもオレンジの収穫は手伝わせないでください、この年齢ではまだ無理です、また必ず木から落ちますよ」って通訳してって言われた時もたぶんそのまま伝えてないんだよね。おうちの経済状況では自分も働かないとダメってわかってるし、その上でお母さんに苦悩させるような情報は伝えたくなかったんでしょう。

あと周りの大人がいい人ばっかりなのも泣ける。本当の悪人というものは一人も出て来ない。お医者さんは皆真っ当だし看護婦さんもやさしい。主演俳優すらも根本的に当時の社会での「格」が違うだけで別に悪い人じゃないんだろうなと思うし、見舞いに来たのに車から降りてこなかった元カノも泣いてたってことは情はあった。ただ「大人の事情」があり、それは普通に起こり得ることで、人間が社会で普通に生きただけで悲劇は起こりうるし絶望も抱きうるし希死念慮も抱きうる。でも周りを見ればいい人ばかりで。美しい瞬間も確かにあって。ただそれらと関係できるかは、それらが素晴らしいこととは関係がない……。

そういう「自然さ」への誠実さみたいな所への徹底が見ていて本当に心地よく。
自然だからこそ手強いんですよね絶望も悲劇も。そこに藻掻いて藻掻いてようやく「誓い」を立てられるシーンは本当に涙が出ました。そうだッ…!生きるんだよッ…!

また終わり方もよくってねえ…。おじいさん😭と思ってたのでアレクサンドラの心根にもう泣きっぱなしであります。天使やねん。この子は本物の天使やねん。
ここで感動したのが、私ちょっと前にショート動画を短期報酬ドーパミンドバドバ流しながらディグってた時にちょうどあの白黒映像の動画を見てたんですよ。世界最古のスタントマンの紹介動画。その短い動画を見てへぇ~と思ってたおかげでラストのあの映像が本当にいた人、現実と接続した映像であることに気づけました。昨今ショート動画は脳を堕落させる麻薬であるという風潮が強まっておりますがやはり情報である以上はこうして糧になる部分もちゃんとあったということでありますね。

二人は多分二度と会えなくて、でも作品を通して会える。このバランス感も完璧。「退院してロイと会えなくなって寂しかった、でも――」の語りは涙なくして聞けません。
ロイが誓いの後の上映会で人知れずひっそりと自分のトラウマのシーンを見て、何も問題なくカットされた作品を見てただ子供たちが無邪気に笑っている、アレクサンドラも笑っている、その光景を見て、ああ本当の意味で現実的な落としどころを心の中に見つけたんだなというのが一切セリフなしの表情だけで分かるのもいい。

流れていく虚実入り混じった古いスタント映像、いつの作品なのか、どのぐらいの期間の幅があるのか、ロイはどれほど銀幕に出続けたのか、アレクサンドラはどんな状況でそれを見続けたのか。
語る声は子供のままだけどきっと大きくなって、成長して、その流れゆく人生の中でロイの姿を銀幕の一瞬の中に見つけては嬉しく思って。
そんな画面へ向けてロイが何度も投げる投げキッス。「ありがと、ありがと、ありがと!」

完璧すぎる…。(号泣)

Xで「大好きだった神がある時ある映画を見て『自分が創作しなくても完璧な理想の作品を見つけてしまったからもういい』と言って実際アカウント消してパッタリ創作をやめてしまった」みたいなポストがバズって流れてきて、その映画というのがこの「落下の王国」だったそうなんですが、気持ちわかりますね。「すべて」を描き切ってますわある意味で。

また、このストーリーで「ファンタジーの部分全部世界遺産で撮るわ」「衣装全部石岡瑛子氏に作らすわ」というのをやりきるセンスがすごい。なんかこういう話をそういう風に作ってくれてありがとうございますって感じ。この世で最も美しい心の動きを最も美しい映像で撮る、すなわち最も尊いものになることは必定でありますよ。

あまりにも感動したんでファンアートも描いちゃった。
中央の文は昔拾った落下の王国の宣伝記事画像に書いてた広告文です。名コピーじゃないですか!?
つまり人間というものはポジティブに「落下」することも出来るのですよね。何か美しいものを見つめるために。

ああ汝、落下を畏れるなかれ。この美しき世界を仰ぎ見よ。クゥ~ッ!

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