暖房フル稼働モード突入!光熱費が上昇しています!(エヴァのBGM)
といっても電気代とか引き落としにしてるんで毎月一切金額を確認してないんですが。
こないだ家族と会った時にそれ言ったらドケチの兄ちゃんにハァ!?って言われました。
「電子明細にして確認すればポイントが入るんだよ!?😠」って言われた。「ポイントって言っても…たとえ数百円引かれたところで…😗」って言ったらお話にならないって嘆かわしそうなリアクションをされました。
「使った金額が知らされたところでそれはもう今更って言うか…過去だし…」とも言いました。「そういうことじゃないんだよ」って言われました。
何故同じ家庭に生まれ育ちこのような価値観の差が表れるのでしょうか?人間って面白いですね(どちらかというと道徳的に分が悪い方なのを抽象化して誤魔化す図)
タンパク質チャレンジ、今日作った豚バラ大根が重くてお腹いっぱいになる割に豚バラのタンパク質がそうでもないので二日目にして未達です。
豚バラ大根 #青空ごはん部 #自炊班
今思えば一食分食べたらあとは保存して夜はタンパク質多めの別のメニューを食べればよかったのか?
でもおいしく出来ちゃったんで昼夜連続で食べても全然アリだったから…(?)
まあ明日はサバの予定なんで。一日単位じゃなく週間単位で摂れてればおkおk!
寒いし雨降ってるしジム行けないんで青空文庫の宮沢賢治のを二本読みました。
谷川俊太郎さんの訃報で氏の作品がいっぱい流れてきたんですが、どれも本当に素晴らしい言葉でいいねをする手が止まらず。
で、詩ってあんま読んでないんだよなと思ってハマってる賢治の物語でなく詩をチョイス。
もう春と修羅が長いのなんのって。いやスクロールした感じ長めであることは分かってたんですが、詩だから言うて同じページの長さの物語よりは短いんちゃいますのと思って読みだしたら終わらない終わらない。
でも途中でやめたとして絶対また再開する気にならないと思ったので気合で読み切りました。実際最初の方だけ読んだことあって挫折してたんですよ。
読んでみるとかなり散文的であり感覚的であり風景的な詩なんですね。感覚的な言葉の羅列だから前後関係とかを考える頭を一切使う必要がないので、なんか読みながらトリップしそうになった。
比べると谷川さんの詩はかなり概念的なんですね。意味的というか。私は頭でっかちだからそっちの方がやっぱり読み応えを感じちゃうかなあ。
でも春と修羅もやっぱりよかったです。なんかこのひたすら周囲と隔絶された内心世界で思考が止まらない感じに親近感を覚えてグッと宮沢賢治が身近に感じました。
地の文はめちゃめちゃ端麗なのに途中差しはさまれる現地の人との会話がゴリゴリの東北弁なのも、現実世界と内面世界とのギャップにおののくというか、職業教師とはいえ周囲からさぞ浮いてたんだろうなあ~と思ってしまった。こう、きっと田舎の農村で、周りは思考の言葉と話す言葉が一致しているのに、賢治の中には詩人の人格と児童書作家の人格がいて、それでいて周りの人と話しているのは周囲に合わせた農民の人格って感じがするというか。
ていうか昨日賢治って朝型なのかなあとかアホなこと言ってましたが教師やってたなら朝型に決まってるよな。何言ってるんだまったく。
農民芸術概論要綱も面白かったです。職業芸術家は一旦滅びよって言ってた。金のために芸術やるな、芸術は自ずと生まれるからこそ芸術だみたいなこと言ってて分かる~と思った。私も二次創作やろうと思ってやってるんじゃなくてなんか書かざるを得なくてやってるだけですもんね(賢治は二次創作の話は一切してないだろ)
原稿料貰ったのは「雪渡り」のみだったとウィキペディアに載ってましたし、現代ならもうコミティアにすら出ないタイプの創作者だったんでしょうね。いやコミティアには出るか。すごい良心価格設定で。
でも物語と違って詩って、賢治自身が「心象スケッチ」と形容しているようにかなり個人的な風景画に寄ってる形式なので商売が難しそうな形態ですよね(谷川さんぐらい意味に寄ってくると普遍的な物語性が出てくるのでそこにバズり的商業的価値も出てくるとは思いますが)。
逆に詩が第三者に容れられてあえて読まれる市場社会っていうのはかなり豊かなのかもしれません。

コメントを残す