不安げな顔だ。実力を伴わない賞賛を恐れているような。己の身の丈に合わない居場所を忌避しているような。
「お前がただの勘だったと言うのなら、別に無理に己の手柄としなくても良い。胸を張れなくとも、今はまだ」
滝沢さんの夫を見送った後、ずっと情けない表情が解けないままの龍太郎に声をかける。
妻の命の恩人だと何度も頭を下げて感謝され、固く手を握られ、拝まれ倒していた。龍太郎は一度も「どういたしまして」とは言わなかった。自分は何かを出来たわけではないのだと。何かを成し得る、そんな存在ではないのだと。
「お前の言う通り、ほんの偶然に過ぎなかったのだとしよう。お前があの夫婦の不幸を回避するキッカケになったのは。ならば――それだけを今は祝えばいい」
丸く見開かれた大きな目に問いかける。その感覚が、お前にもあるはずだと。
「お前が何かを成し得たのかどうか、それは分からなくとも。少なくともあの二人に、訪れたかもしれない不幸が訪れることはなかったのだ。それをただ、よかったと思えばいい」
じっと目を見て龍太郎の答えを待った。
龍太郎はゆっくりと瞬きして、言われた言葉をしばらく反芻しているようだった。
そしてそれらの意味するところが、その内心に浸透したのであろう一時の間の後、俺は初めて龍太郎の笑顔を見た。
「……そうっスね」
腑に落ちた――というように。
ほどけるように龍太郎は笑った。安心したような笑みだった。それならば受け取れると――他人の幸せならば、なんの憂いもなく言祝げると。
「確かに。よかったっス。本当に」
声を明るくして、にこにこと笑う顔は子供のように無垢だった。
転んで泣いていた子どもが飴を口に入れてケロッと笑顔になる、そんな情景を浮かべるほどその変化は劇的で。
予想以上の効果に、言った方が思わず呆気にとられてしまう。
「いい人そうでしたね。旦那さん」
すっかり心に余裕が生まれた風情で、そんな感想すら零して同意を求めてくる龍太郎に、口の端で笑った。
「……ああ」
――お前もな。
すっかり機嫌が良くなった龍太郎につられるように、気分よくそう思う。
それは久々に、浮ついたような感覚だった。
