ヘマをした。
仕事自体は遂行したから何のお咎めも無いだろうが、かなりの深手だ。
ヤバいかもしれねえな、と冷めた頭で思う。
どうせ死んだ所で死体は秘密裏に処理されて、俺のコードネームが組織のリストから消えるだけだ。所詮替えのきく消耗品でしかない。
息苦しさに咳き込むと結構な血が溢れ出た。痛みが意識を朦朧とさせる。
本部に戻ったって助かる保障は無い。あちこちに恨みを買っている分、むしろ見つかった相手次第では止めをさされるのが関の山だ。
死ぬと分かった所で、走馬灯が走る程思い入れのある人生でもない。
馬鹿らしく思いながら、最後に煙草が吸いてえなと思った。道中破損した車の中に置いたままで、手元には無い。
舌打ちして、とうとう地面に崩れ落ちた。
煙草がねえならもういい、止めだ。
空の向こうから、一日の始まりを告げる赤みがかった金色の光が差し込む。
その光に、あの女の髪の色を思い出した。
可愛げのねえ、偏屈な小娘。
ふと、最後にあの小奇麗な顔が見たくなった。
あの青い目が自分の無様な様を映したら、整ったその顔はどんな表情を浮かべるのだろう。想像したら愉快だった。
霞んでいく意識の中で、不意にぼやけた視界に人影が入り込む。
驚いたように見開かれた青い瞳。
動揺に揺れる、綺麗な顔。
朝日にきらきらと光る赤みがかった茶髪。
「……シェリー……」
掠れた声で呟くと、その唇が震えた声で返事を寄越した。
――ジン。
微かに耳に届いたその声音だけで、何となく満足して、ジンは未練無く目を閉じた。
何度か覚醒と眠りの間を、引き上げられるように行き来した。
高熱と痛みに呻く中、丁寧に汗を拭う冷たいタオルと、熱を確かめるように額に置かれる細い手。
一度その手を無我夢中で掴むと、驚いたように強張った後、しかし拒絶せずに大人しく手を握り返された。
その冷たく柔らかな感触に、手の持ち主が浮かべている表情を思った。
そんな覚醒を度々過ぎた後、ようやく落ち着いた覚醒が訪れる。
まず、歌が聞こえた。
透き通った声で、小さく、空気に溶けるように口ずさまれた歌。
異国語で、流れるようなそれは酷く耳に馴染む。
眩しさにゆっくりと目を開けると、どうやら朝も過ぎた頃合のようだった。
声のする方に目を向けると、頬杖をついてパソコンの画面を見つめながら小さく歌う気の抜けた横顔。
無防備なその様子は窓から差し込む穏やかな風と斜陽とが相まって、居心地の悪くなるような安寧さを醸し出す。
あの瀕死の中、無意識にシェリーの住処に足が向いていたらしい。
そしてそれを運良くシェリーが発見したと。
自分の幸運さ、しぶとさと正直さにジンは呆れた。
歌がひと段落したらしく、自然に沈黙して戯れにキーを人差し指でたたく横顔に、掠れた声を掛ける。
「……歌はやめたのか」
「!?」
吃驚してこちらを見る表情に思わず口角が上がる。
「……起きたの」
ばつが悪そうに目を逸らしながら立ち上がる。照れているらしい。しくじった、という顔をしている。
「あれから何日経った」
「三日よ。二晩跨いで眠りっ放しだったわ」
「ここは、お前の部屋か」
「そうよ。まったく、私の部屋の近くで死に掛けるなんて迷惑も良い所ね。貴方を見つけてここに落ち着かせるまで、どれだけ大変だったか」
秀麗な眉を吊り上げて文句を言うシェリーに鼻で笑う。
「なら放っておきゃあ良かったじゃねえか」
「よく言うわ。わざわざ私の部屋の近くまで来ておいて…助けさせるつもりだったんでしょう」
「いいや。勝手に足が向いてただけだ」
シェリーは訝しそうに眉を寄せて瞬きしてから、言葉の意味を深く考える事は止めてぷいっとそっぽを向いた。
「……死にたいなら私の近くでは死なないで。貴方の死体なんて、見るのはごめんだもの」
「……フン」
大体言いたい事は言ったのか、シェリーはとりあえず文句は引っ込めて、ジンの額に手を伸ばす。
冷たい感触にジンは目を細めた。
「もう熱も下がったわね。ボスに直接、貴方の事は言ってあるから。回復次第報告に来れば良いそうよ……でもなるべく早く出てって頂戴」
「ああ」
言葉だけ素直に返しながら、引いていこうとした手を掴む。
「な……」
何、と言おうとして、シェリーはその掴む手の熱さと大きさ、そして意外なほど真摯に握る力強さに、ふと思い出した。看病の最中に一度だけこうして離してもらえないまま、ずっと手を繋いでいた奇妙なひととき。
言葉を途切れさせた青い瞳を見上げるジンの、その砂漠のような眼に滲む熱さが、手から滲み込む体温と同調してまるで全身を侵食するような錯覚に襲われる。
引きずられるように早くなっていく鼓動に、シェリーは溺れていく者にしがみ付かれて水底に沈んでいくような息苦しさを覚えて、知らず吐息を震わせた。
