ビルス様の星に行っていると聞いていた悟空が突然目の前に現れたので、分厚い本の山を両手で抱えて移動していた悟飯は「うわぁ」と悲鳴を上げて仰け反った。
「おう悟飯! わりぃわりぃ!」
悟飯が落としかけた本を手を出して支えながら、悟空が朗らかに謝る。
「お、おとうさん……帰って来られてたんですね」
ずれた眼鏡を直しながら悟飯が聞くと、「ついさっきな!」という答えが返ってくる。
悟空の得意技である瞬間移動は、仲間内から「来るなら突然ではなくワンクッション置いてくれ」という一致した懇願があって、悟空もそれを基本的には守っている(いちいち連絡を入れるのが面倒なので滅多に会いに来ないとも言える)はずのところを問答無用で昼日中現れた唐突さに、悟飯は咎めるよりも心配になった。
「何かあったんですか?」
「いや~地球に戻ってきた途端、界王さまから通信があってよ。オメーとんでもない変身が出来るようになったらしいな!」
「え」
「ちょっとオラにも見せてくれよ!」
言いながら持っていた本をごっそり奪われ近くの机に置かれてしまう。
「あっちょっとおとうさ……」
「場所変えっぞ!」
言うが早いか悟飯の手を掴むと、悟空は一旦実家でゲームをしていた悟天の所まで瞬間移動し、ポカンとする悟天に「おう!」とだけひとこと言って悟飯の手を引いたまま実家を飛び出してしまった。
上空を飛び、「あの辺でいいか」と当たりをつけ周囲に何もない場所までビュンと速度を上げる。
確かに周りに何も無い僻地を探すなら一旦パオズ山を経由した方がショートカットになる理屈は分かるが、かなりのせっかちさだ。
悟飯は一分くらいボケーッと手を引かれている間に、都心部の自分の家を遠く離れた見知らぬ岩場の上まで連れてこられてしまった。
「拉致事件ですよおとうさん……」
困ったように眉を寄せて眼鏡を直す悟飯に、悟空は「ははは!」と笑って済ませてしまう。冗談ではなかったのだが。
「このぐらい人里離れた場所じゃねえとあぶねーだろ? 見せてくれよ、こないだなったっつー変身をよ!」
「ええ~アレですか~?」
悟飯は頭を掻いた。先日巨大なセルのような何かと戦ったときに偶発的に成った変身形態。アレ以来家がアレだったり論文がアレだったりで何かと忙しく、一度も再現していない。
「そうソレ! 頼む! 界王さまがハンパじゃねえ気だった、気づかなかったなんて勿体ない、アレを見逃したなんてかわいそうなヤツだって散々自慢してきてよお! なんかビルス様んとこの星はそういう他所の気が届き難いらしいんだよな~。セルマックスとかいうヤツも出てきたんだろ? オラだって見たかったぞ、おめえの戦いぶりをよ!」
「はあ……」
悟飯は気の抜けた相づちをうつ。
界王さまとは直接会ったことはないけれど、前のセルの時にかなりご迷惑をおかけしたことは覚えている。
それにしても見逃したとか見たかったとか、まるでショーのような言い草だ。しかし考えてみれば天下一武道会はショーなのだし、セルゲームだって名目上はショーだったのだし、そういうものなのだろうか。自分のノリが悪いだけなのだろうか。
「なあ、いいだろ悟飯?」
肩を抱いて迫る悟空に、うーんと悟飯は考え込む。
「まあでも、おとうさんもスーパーサイヤ人3とか見せてくれたしな~……」
「そ、そうだよ! 見してやったろ前に!」
あん時見せといてよかった~! とテンションを上げている悟空に、悟飯は頷いた。
「いいすよ」
「ヨッシャー! サンキュー悟飯!!」
大喜びの悟空に微笑みながら、悟飯は眼鏡をポケットに入れて数歩後ろに下がる。
「ちょっと離れててください。気持ちの持っていきかたにコツがいるんで」
「おう!」
離れた場所でバッチ来いとばかりに気合いを入れている悟空を前に、悟飯は少し俯き加減にスゥと息を吸い、集中し始める。
サイヤ人の壁を越えた状態も、老界王神に潜在能力を引き出された状態も。一度繋がってしまった場所は、どれほど忘れたつもりでも身体は行き方を覚えている。
今ももしかしたら悟飯は急いでそこから遠ざかろうとしているのかもしれないが、記憶の底に埋もれるにはその感覚も、感情も、まだあまりにも生々しい。
あの時着いた場所。あの時走った感覚。
衝動。
ザワ、と空気が変わった。
「ウゥウウウウ……」
低い獣のような唸り声の後、咆哮とともに、悟飯の全身から桁違いのエネルギーが放出された。この世にあってはならないような異次元の気が怒濤のように吹き上げ視界を覆う。
その奔出が晴れた向こう、現れた禍々しいまでの異様に、悟空の全身に鳥肌が立った。
赤と青の相反する光が、変貌した悟飯の周囲を帯電するように取り巻いている。
纏う気の圧は熱風のようでありながら、その質はどこまでも重く沈んでいて、ともすれば冷気のような感覚を生じさせる静けさがあった。
例えるならそれは、殺気と無慈悲。
「ハァ……」
ゆっくりと吐息を漏らして、悟飯は顔を上げた。
「それで、どうしますか?」
昂ぶってすらいない、冷え切った声が聞く。
赤い瞳がひたと悟空を見据えている。
「ためしてみますか?」
そう言ってうっすらと弧を描いた唇に、悟空は腹の底から震えがこみ上げるのを感じた。
「……ああ……」
まるで防衛本能のように無意識に、超サイヤ人ブルーに変身する。
「頼むぜ」
悟空は構えた。全く勝てる気のしない相手に対峙する昂奮に、心臓がはち切れそうになる。目の前が赤くなるような高揚。
――たまんねえ。
「悟飯……やっぱ、おめえは――」
「コラーーーーーーッ!!!!!」
そこで唐突に割り込んだ第三者の怒鳴り声に、二人は同時に目を丸くした。
「貴様ら親子揃って何をやっとるんだッ!! 地球を滅ぼす気かーーーーッ!!!!」
脳内と、実際にすごい勢いで飛んで近づいてくる肉声と。サラウンドで響き渡るピッコロの怒声に、先に我に返ったのは悟飯だった。
「あちゃー。すみませんピッコロさん、つい」禍々しい変身状態のまま、何事もなかったかのようにのんきな口調で謝る。
二人の居る場所に追いつき降り立ったピッコロの米神が、その気の抜けた謝罪に怒りでビキビキと引きつった。
悟空は不満たらたらでピッコロに抗議する。
「なんだよ~ピッコロ、イイとこだったのによ~~~」
「地球を滅ぼす所がか!!?」
「加減したってぇ~」
「信用できるか!!」
キレ散らかすピッコロは悟飯を背中に隠すように立ち塞がってしまい、どうあっても再開は無理そうだ。
ちぇ、と悟空は変身を解き、代わりに申し出た。
「じゃあせめて近くで見せてくれよ。そのぐらい良いだろ?」
「もちろん。いいですよねピッコロさん?」
「見るだけだからな」
警戒しながら横にずれるピッコロに、ケチだな~と笑いながら悟空は悟飯の前に立つ。
「ひゃ~マジですげぇ気だな。近くに立ってるだけでバチバチすっぞ」
言いながら周りを回って360度眺め回す。一度見たはずのピッコロもついでとばかりに一緒に鑑賞している。
「超サイヤ人って感じでもねえし……オラが今修行してるような力の強め方でもねえし……」
肩や胸に触れる。それだけで、容易に勝てないその強さがハッキリとわかる。どうすればこの生きものにダメージを負わせられるのか分からないほどだ。
顔を見つめると、白い肌と鈍く輝く白銀の毛髪の中で、ひときわ異彩を放つ鮮やかな深紅の瞳がじっと悟空を見返した。
指でその目許を撫ぜて、はぁ~~~とため息をつきながら、悟空は心の底から呟く。
「闘(ヤ)りてぇ~~~」
「やめろやめろ!!」
ピッコロが口角泡を飛ばしながら悟空の手を悟飯から叩き落とした。
「いってぇ。なんだよピッコロ」
「なんだじゃない!! もう終わりだ終わり!! 変身を解け悟飯!!」
「え、もういいんですか?」
「もうちょっといいだろ、減るもんじゃなし」
「うるさい!! 悟飯に触るな!!」
「なんでこんなに怒ってんだ? ピッコロのやつ」
「さあ……」
ひそひそと話し合う二人にピッコロはイライラしている。
「まあいいや。ありがとな悟飯、すげえもん見せてもらったぞ。いつかその姿で戦う所を見んのが楽しみだ」
「はは……」ニヒルに笑った後、変身を解いてボサボサの黒髪に戻る。「なるべくそういう機会は少ない方がいいですけどね」
ポケットから取り出した眼鏡をかけて気の抜けた笑みを見せる悟飯に、悟空は笑ってその頭を撫でた。
「ははっ、おめえおっかしいなー。前に亀仙人のじっちゃんが言ってたギャップ萌えっちゅうやつか? なあピッコロ」
「し、知らん……」
「へえ〜おとうさんもそういう言葉知ってるんですね~」
のほほんと笑う悟飯の前で、悟空は何かに反応して耳をそばだて始めた。
「お? 界王さまか? ……うん、……え、何、ピッコロも? オレンジ色になって? ものすごい? ホントか界王さま! 見てえ! 丁度いま……ッアレ? あッ逃げた! 悟飯連れて逃げた! おい待てよピッコロ! オレンジピッコロって、オレンジピッコロって何だー!?」
