バレンタインデー師弟チョコ編

 

 

龍太郎の言う「いきなりチョコ贈ってマジ告白とか相手困らせるリスク高いし現実にはそうそう無いでしょ」理論は「一方的に自分の想いを押し付けるなんて」とストーカーに憤ってた理性的な龍太郎の性格ゆえの偏った理屈であり、そういう客観視を出来なくなるのが恋愛感情に陥った人間の思考回路であることも現実であって、そのズレから「愛嬌ゆえにいっぱいもらってきた過去のチョコの中に実は本命が混じっていたとしても『自分が喜ぶと思ってくれた義理(友)チョコ』だと思って無邪気にありがとーで終わらせるクソボケムーブを過去にしていた可能性が存在する」ことが推察される…という描写が2ページ3コマ目です(自分だけが楽しい漫画を元気に描いているね)

この漫画も、もしかしたら海ちゃん以上に「一人先生は絶対沢山貰ってるし!!」と思われそう。この言い訳としては先生はあくまで「思い出は無い」、また「氷室ほどには貰ってない」としか言ってないので、貰ったことが無いとは言ってないのがミソ。実際ほぼ365日患者と関わってきてるし、義理とかを貰う機会自体は全然あってもおかしくない。
ただ基本的にはそういう俗世間的なイベントに当てはめていい人間と周りから見なされてなさそうなので、バレンタインデーにいっぱいチョコ貰ってモテモテとかそういう経験とは実際無縁だろうなというのも個人的な印象。
そして婚約者相手にくだらん時代錯誤だムーブするのがデフォのK一族の人間なので、何とも思っていない相手からの好意の形とか全然ありがたくない派だろうなという解釈。

そこに龍太郎の「思い出が一つもないなんて寂しい気がするし、重たい思い出じゃなくても軽い思い出ならあってもいいでしょ」という考えのもと差し出された見返り一切不要の無償の義理チョコがスーッと効いて…という話。

龍太郎の「いつかどこかでバレンタインデーの話になることがあったら」は自分の存在も先生の思い出になった頃のことを想定したささやかな置き土産のつもりなんですけど、先生にそんなくだらないこと遠慮なく聞いてくんのは後にも先にも龍太郎ぐらいのものなんですよね。せつな。

最後の先生の反応はそういう直球のアガペーに照れたのか、男同士でありながら「自分にチョコを贈った」ということを人生レベルの既成事実として確定して構わないとあっさり買って出るある種の献身に照れたのか、またはその無償さにこそ拗ねたのか、それにしてもなんだこの珍妙なチョコはという所に拗ねたのか、自分でも確定し切れない所がある。そのどれでもかもしれないしそのどれでもないかもしれないけど、こういう表情を浮かべることは自然な気がする。
漫画っていう視覚表現はそうやって言語表現で定義を確定しなくていいところが強みですね。
理想としては小説で書いてるみたいな込み入った話を漫画で描けるようになりたいよな。